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久しぶりにあったじーさんは、恰好こそ公爵家の屋敷に訪れるからか、いつもよりきっちりしているが、威厳というかなんというか……相変わらずのド迫力だった。
午前中完成させた服と雰囲気は似ているが、多分俺がアレを着ても、これだけの迫力はどうやっても出ないだろうな……。
改めてじーさんに挨拶をした後、俺はまじまじとその姿を見ていたが、セリアーナとの言葉を交わしていたじーさんが、その視線に気付いたのか、ふとこちらを向いた。
「どうかしたか?」
「んにゃ、なんでもなーい」
「そうか……。しかし、セリアーナと違って、お前は全く変わらんな」
じーさんは俺の言葉に小さく鼻を鳴らすと、並んで座る俺とセリアーナを見比べて、そう呟いた。
「セリア様はオレがしょっちゅう【ミラの祝福】をかけてるから、あんまり変わらないのかもしれないけど……。オレは結構伸びてるよ?」
じーさんがセリアーナと最後に直接顔を合わせたのは、結婚式で王都に訪れていた時だしもう数年前の事だ。
セリアーナの年齢を考えたら、まだ成長したりはしていてもおかしくないが、元々大人っぽいねーちゃんだったしな……。
毎日顔を合わせている俺には、変化はいまいち実感しにくいが、じーさんは変わって見えたんだろう。
まぁ、子供も産んでるしな。
どこかしら、変化は出ていたのかもしれない。
しかしだ……俺が変わっていないってどういうことだ?
会ったのは2年前だし、結構変わっているはずなんだが……!
「ふふっ……。おじい様、この娘もこう見えて少しは成長していますよ? ほんの少しですが……」
「む? そうか。相変わらず小さいので気付かんかったわ」
そう言うと、じーさんは「わっはっは!」とデカい声を上げて、しばしの間笑っていた。
「ぬぅ……」
まぁ、このじじいデカいからな……。
ついでに、俺はいつも浮いているから体のサイズは分かりにくいかもしれない。
今日はしっかり、その認識を改めて帰って貰わないとな!
と、俺がむくれたり気合いを入れたりとしている間も、セリアーナとじーさんの会話は弾んでいる。
時折、手紙だったり直接俺が飛んで行ったりして、リアーナの状況は伝えていたが、それでもどうしても、外に出せる当たり障りのない情報になってしまう。
もちろん、受け取る側もそれを加味して読み取っているんだろうが、やはり正確な情報は、直接それを運べる立場の者から聞くのが一番だ。
俺が王都に来る時は、テレサも一緒だったりするし、彼女となら多少は踏み込んだ話も出来るだろうが、厳密に言うと、彼女はミュラー家の人間でもリセリア家の人間でもないからな。
昨冬からはリーゼルも王都に滞在していたし、彼もじーさんと会ったりはしていたそうだが、やはり、身内のセリアーナ相手の方が、遠慮なく話が出来るんだろう。
セリアーナが話す、領地の事や子供たちの事を楽しそうに聞いていた。
◇
「むぅ……。聞いてはいたが……これは2人にも大分負担をかけてしまったようだな」
さて、ダンジョンの事だったり、リアーナの領都以外の街や村のことだったり、さらにはマーセナル領の事だったりと、セリアーナは色々な事を話していたが、もちろんそれだけじゃ無い。
昨秋の教会地区で起きた事件についても、話していた。
一応、あの件はゼルキスにも伝えていたし、そちらからじーさんや親父さんにも伝わっていただろうから、そこでしっかりと協議していただろうが、やはり直接あの場にいたセリアーナの情報は、正確さが違う。
……リーゼルの時も同じような事を考えたな。
この世界、情報の伝達手段が問題なんだよ……やっぱり。
ともあれ、セリアーナの話の合間にじーさんも何かと質問をしていたので、少々時間を要したが、ここ数年のリアーナの事情をしっかりと伝える事は出来た。
元々、リアーナ領はゼルキス領だったが、その最東部。
今のリアーナ領領都がある辺りは、じーさんの代で少々無謀といってもいいような勢いで開拓・開発した場所だ。
当時はやれるからやってしまえっていう、脳筋思考で突っ走ったと聞いているが、そちらを優先しすぎて、開拓した領地の統治は後回しにしていた。
その後、親父さんが苦労してなんとか形を整えるわけだが、それは、問題をルトルに押し込める形にして、それ以外の場所をしっかりと抑え込むって方法だった。
んで、そのツケが、リーゼルが領地を離れて、セリアーナが代理で守っている状況で爆発してしまった。
予測は出来ていたし備えてもいた事だが、想定以上の出来事だったからな。
じーさんからしたら、ちょっぴり自分がはしゃぎ過ぎた事も関係している。
その事を、改めてセリアーナの口からきいたじーさんは、重苦しい表情を浮かべていた。
だが……。
「もう解決したことです。気になさらないでください」
セリアーナは、何事もなかったかのように、そう伝えた。
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「それで……おじい様」
セリアーナは、じーさんが苦い表情をして黙りこくったままなのも気にしないようで、話を先へ進めた。
領地の格という意味では公爵領のリアーナの方が上ではあるが、リセリア家はまだ出来て数年だし、長年派閥の長として、東部の貴族を纏めてきたのはミュラー家で、それはそのまま王都でも同様だ。
まだまだマイルズよりもじーさんの方が信頼出来ると、東部閥はもちろん、国内だけじゃなくて他国の貴族もそう見ているようで、色々な情報が届いている様だ。
その情報の全てが有用な物とは限らないが、それでもちゃんと処理する能力があるのなら、情報量が多い方がいいに決まっている。
そして、じーさんをトップにした王都組にはその能力があった。
ってことで、じーさんが持つ情報は、リーゼルよりもずっと多かったらしい。
セリアーナはその事を知っていたのか、何かと細かいことを、アレコレと質問しては答えてもらっていた。
俺も隣に座りながら一緒にその話を聞いているが、どこぞの国の貴族のゴシップとか、本当に細かい事まで把握出来ている様だ。
じーさんは、自分に入ってきた情報はしっかりマイルズにも伝えているようだったが、それは全てという訳では無いらしい。
セリアーナも、初耳の話が多かったらしく、時折驚いたような仕草を見せていた。
まぁ……今のこの屋敷にはリーゼルもいるからな。
仮にも王族の彼に、そんな話を伝えていいのかってのもあるのかな?
いったんじーさんを経由して、情報の取捨選択を任せた後に……ってことかも知れない。
話を聞いていて、だんだんその説が正しいような気がしてきた。
リアーナから運ばれた素材の取引具合とかを話していたが、それはわかるんだ。
ウチの魔物の素材っていうと、大半が魔境の魔物の素材だからな。
魔物の数が少ない大陸西部はもちろん、そこら中に魔物がうろつく同盟各国や、このメサリア王国内でだって高級品だ。
ウチの今の主力輸出品でもあるし、販売先の情報を知るのは大事な事だと思う。
ただ、購入者の不貞云々の情報は何なんだろうね?
購入者はウチの国じゃないみたいだが、この情報をなんに使うんだろうか……?
もしかしたら、外交畑の貴族ならこの情報を何かに使ったりするのかもしれないが、ウチはどう考えても使わないよな。
精々、領地に戻った後の、ご婦人方のお茶会の話題になるくらいかな?
うん。
やっぱり、リーゼルにわざわざ伝えるような事じゃない。
と、一人納得していたのだが……。
2人はしばらくの間、和やかに談笑を続けていたのだが、ふとじーさんが真面目な顔をすると、セリアーナも笑い声を止めた。
「どーかしたの?」
横を向いてセリアーナに訊ねると、「フッ」と小さく笑うと、口を開いた。
「これから話を始めるの。お前も聞いておきなさい」
どうやら今までのは、あくまでただの前置きだったらしい。
俺にもしっかり聞いておけっていうあたり、真面目な内容なんだろうが、ちょっとそれを聞いて安心したりもしている。
リーゼルたちを部屋から出してまでする話が、ゴシップだけだったらどうしようかと思ったよ。
「りょーかい!」
それじゃあ、どんな話をするのか、俺もしっかり聞かせてもらおう!
◇
「セリアーナ。お前たちの到着に先だって、リアーナからの手紙が届いていた。内容は、王都周辺の不審者の調査。それでいいな?」
「ええ。商人に運ばせたものですから、少々回りくどい内容になってしまいましたが、間違いありません」
「うむ」
と、頷くじーさん。
「結論から言うと、お前が警戒していたような動きは無かった。元々リーゼル閣下が滞在中に調べさせていたし、それにウチも協力しておるから、この情報は信頼できるものだ」
どうやら、俺たちの荷物を運ばせていた商人たちに、じーさん宛ての手紙も持たせていたらしい。
そして、その手紙には周囲の調査を依頼するような事が書かれていた……と。
暗号っぽい内容だったみたいだが、それは正確に伝わっていて、しっかりじーさんは動いてくれていた様だ。
しかし、怪しい連中は見つからなかったぽいな。
捜査範囲がどれくらいなのかはわからないが、リーゼル主導でやっているんだし、そうそう手抜かりはないはずだ。
怪しい者ってのが何を指すのかは知らないが、まぁ……教会や西部絡みの連中を指しているんだろう。
それでも、まだリーゼルがこちらに戻ってきた頃には、リアーナの情報がどこまで伝わっていたかはわからないから、改めてこれを機に調査をさせたってことなのかな?
しかし……。
「なに?」
「どうかしたのか?」
じーっとセリアーナを睨んでいると、当のセリアーナやじーさんが、どうかしたのかと眉を顰めている。
「……なんでもない」
やっぱり、何か隠してるんじゃないかな……って気がしなくもないが、それはとりあえず話を先に聞いてからにしよう。
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