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「本日はよろしくお願いいたします」


 そう言って、女性棟の1階にある談話室に、ゾロゾロと商人と仕立て職人たちが姿を見せた。

 同じく、道具等が入れられた箱を抱えた使用人も、その後ろから入ってきた。

 朝なのにご苦労様だ。


 商人も職人たちも皆女性で、リアーナの領都で服を仕立てた際を思い出すな。

 あの時も女性の職人や、その彼女たちを束ねる工房主とか色々来て、忙しそうにしていたもんだ。

 しかし、今日は仕上げだけだし、そんなに手間がかかるような事はしないはずなんだが……挨拶のためかな?


 ともあれ、俺が服を着替えて準備が整ったところで、作業が開始となった。


 ◇


 俺が今回の手続きで城を訪れる際に着る服は、正装というか儀礼用の服だし、役職や爵位や性別で、基本のデザインは決まっているそうだ。

 城で集まる際に着る事もあるため、統一感が無いとちょっとみっともないからな。


 ただ、じゃあ、全員で同じ格好をするのかというとそうではなく、装飾部分で色々違いを出すらしい。

 そして、その装飾はリアーナじゃなくて、こっちで用意することになっていて、その為に王都で仕上げることになっていたんだ。


 服の注文をしたのはセリアーナだし、彼女はデザインにも関わっているらしいから知っているんだろうが、俺はどんな感じの物かを聞いてはいるものの、見るのは今日が初めてだ。


 ちなみに、先程試着を済ませたが、少し胴回りを詰める必要があるそうで、今職人たちはそのための用意をしている。

 こういう完成に時間がかかる服の場合は、多少の体の変化を想定するもんだ。

 特に俺の場合は成長期だしな。

 実際背は少し伸びているんだが……どうやら横には成長していなかったようだ。


 まぁ、いいさ!


「なんとなく似てはいるけれど、よく見てみると結構違うもんだね」


 俺はセリアーナの隣に座ると、彼女に向かって話しかけた。


「ええ。以前お前用に仕立てた服は、混同させないように、敢えて外したデザインにしていたのよ」


「へー……」


 俺は以前、王妃様たちに会うために城を訪れたことがあったが、その際に騎士の制服っぽい服を仕立てたんだ。

 俺は勝手にコスプレとかパチモンと呼んでいたが、決して安っぽい作りではなく、一度だけしか着ていないのが勿体ないほどだ。

 今は、その服は領都の屋敷にある、俺の部屋で飾っているが、テーブルに広げられた俺の服はそれと似ているが、所々違っていた。


 職人たちは、王都で手を加えた個所を丁寧に説明してくれたが、ボタンや刺繍の糸の素材の違いとか、ハッキリ言ってそういうのは分からない。

 防具に使うようなタイプの素材だったら、少しは知識を蓄えているんだが、お洒落素材はなぁ……。

 だが、そっちはともかくデザインは別だ。


 白の細身のパンツに、青地のシャツ。

 そして、首までピッタリとめるタイプの、色々刺繍が施された黒のジャケットのスリーピースだが、このジャケットだな……一番の違いは。


 コスプレの方は、赤い生地のジャケットで、丈が腰までだったんだが、こっちはお尻がしっかり隠れる長さだ。

 ジャケットというよりも、ハーフコートみたいだな。

 ところどころの雰囲気は似ているものの、違いは一目でわかるだろう。


 前世の警備員の制服とかも、警察官の制服とあまりに似すぎていると駄目なんだったかな?

 それと似たようなもんだろう。


「セラ様、もう一度よろしいでしょうか?」


「ほいほい」


 セリアーナの話に頷いていると、手直し作業が完了したらしく、再び試着を頼まれた。


 ◇


 2度目の試着を終えて、サイズに問題が無い事を確認すると、職人たちが一気に仕上げてくれた。

 仕上がった服を改めて着ると、さらにミュラー家とリセリア家の家紋が刺繍された青と赤のマントを肩からかけた。

 そして、ブーツを履いた。

 ソールが厚く、少々歩きにくいが……まぁ、何とかなるだろう。


 本番は髪を整えたりメイクをしたりもするかもしれないが、一先ず俺の正装スタイルは完成かな?


「どうかな?」


 両腕を広げてセリアーナに見せてみた。


 個人的には、白と黒のシックな上下の服に赤と青の派手な色合いのマントは、バランスが取れていると思うんだが……それは俺のセンスだしな。

 お貴族様的にはどうなんだろうか?


「……悪くは無いわね」


「ありがとうございます。それでは、このまま納めさせていただきます」


 セリアーナは、しばらく視線を上下させながら俺を眺めていたかと思うと、そう呟いた。

 彼女の「悪くない」は、高得点の証だしな。

 どうやら、この恰好は彼女を満足させるレベルの出来らしい。


 セリアーナのその癖を知らないだろうが、彼女の相手をしている商人だけじゃなくて、職人たちもどこかほっとしたような表情を浮かべている。

 貴族相手に仕事をしていると、そんな技術も身に着けるのかもしれないな。


 そんな事を考えながら、俺は鏡に映る自分を眺めていた。


 うむ。

 中々に決まっている。


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 午前中は、今度着るために仕立てていた服の仕上げを行い、そして、無事納品された。


 あくまで今日やったのは仕上げだけだったんだが、結局午前中いっぱい使っちゃったんだよな。

 いざ試着を終えてから、胴回りを詰めたり仕上げをするのでも、公爵家の依頼だ。

 それも、何かと噂の伯爵家の養女がお城で着るための服。

 万が一のミスも許されないだろう。


 俺は気にしないし、意外とセリアーナたちだって、故意に手を抜いたりしたわけじゃ無ければ、そこまで怒ったりはしないような気もするんだが、業界内での評価がエライことになっちゃいそうだしな……。

 自分たちの今後に関わる事だし、必死にもなるか。


 例によって、俺はお金を出していないから、果たしてこの注文がいくらになるのかは知らないが、お貴族様相手の仕事は大変だよな。

 支払いはいいだろうし名誉にもなるんだろうが、その分失敗した時の影響も大きいわけなんだし……。

 今更ながら、当初この依頼を受けたリアーナの職人は、このままじゃ間に合わないって、よく言い出せたよな。


 いくら、スケジュールの遅れの原因が戦争という、彼等じゃどうにもならないことだったとはいえ、覚悟がいっただろう。

 まぁ……ちゃんと代替策も用意していたし、正当な理由があれば納得してくれるっていう、セリアーナへの信頼もあるのかもな。


 さて、何はともあれ午前中の用事は終わり、昼食を挟んで午後になると、またまた別の面会が入っている。

 お相手は、ミュラー家の王都屋敷を任されている、セリアーナの祖父、アリオスだ。


 もっとも、本格的なお貴族様同士の面会ってわけじゃなくて、あくまで俺たちが王都へ到着した事の報告兼、セリアーナの貴族モードの切り替えのリハビリが目的だ。


 どちらかというと、俺たちの方が会う目的があるのに、向こうを屋敷に呼びつける……。

 ご近所さんとはいえ、身分の差を感じるな。


 ◇


 東館1階に談話室は何部屋もあるが、俺が午前中服を仕立てた部屋とはまた違う部屋で、じーさんと面会することになっていた。


 俺たちはその部屋で待っておくのかなと思ったのだが、俺たちはまずは2階の自分たちの部屋で待機で、その代わりに、共に領地から王都屋敷を任せられる身として交友があるのか、マイルズがじーさんの出迎えをしていた。


 じーさんが屋敷に到着してから、20分くらいしてからだろうか?

 使用人から呼ばれて、俺たちもそちらに向かったのだが、なんつーか……難しいよな。


 領地の時だと、流石に玄関まで迎えに行く相手はまれだが、それでも事前に談話室に控えていて、そこでセリアーナが客人を出迎えるっていうのが常だったし、俺だけではあるが、お使いで他の貴族の屋敷に行った際にもそんな感じだったから、てっきりそれが当たり前だと思っていたんだが……。


 リアーナだけのローカルルールだったのかな?


 でも、職人たちを出迎える際は、俺たちは先に部屋にいたし……。

 もう、わかんねーよ!


 もうすぐ俺も貴族の一員になるが、客相手に俺主導で貴族的な対応はしない。

 どれが正解なのかわからないし、ちょっと俺にはハードルが高すぎるもんな。


 決めたぞ!


「……なにを考えていたの?」


 廊下を進みながら、そんな事を頭の中で考えていたつもりだったが、何か仕草が出ていたのかもしれない。

 前を歩くセリアーナが、こちらを振り向くと呆れたような視線で俺を見ていた。


「いや、貴族って難しーなーってね……」


「そう。まあ、こればかりは慣れが必要だけれど、お前は無理に覚えなくてもいいわ」


 そう言うと、「行くわよ」と再び歩き始めた。


 ◇


 談話室に着くと、中にはじーさんとマイルズだけじゃなくリーゼルも部屋にいて、じーさんと談笑していた。


 俺たちは軽い挨拶を交わすと、席について、彼等の話を聞いていたのだが、マイルズだけじゃなくて、リーゼルもじーさんとはそれなりに親しい関係のようだった。


 年齢や身分も違うが、リーゼルが王都に滞在している間にそれなりに交流を深めていたらしい。

 リーゼルとじーさんは、互いに随分と砕けた態度で接していた。


 俺とセリアーナは、時折話を振られた際に頷く程度で会話に参加することなく、彼等の途切れることなく会話する姿を眺めていた。


 なんか、王都圏の天気がどーのこーの言っているが、他領からの手紙とかならともかく、自分たちがいる場所の事だし、これはただの時間つぶしだよな……?


 そんな事を考えていたのだが、リーゼルたちの特に意味のない会話は、使用人がお茶を運んできたのを機に、ピタッと止まると、そのまま終了する流れとなった。


「それじゃあ、僕はこれで失礼するよ。アリオス殿、ゆっくりしていってくれ」


「私もこれで失礼します。扉の外に使用人を置いておきますので、何かあれば彼に申し付けてください」


 リーゼルとマイルズは、そう言うと席を立ち、俺たち3人を残して部屋を出て行った。

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