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「こちらの都合で遅らせてしまった所為で、完成した姿を見せる事は出来なかったけれど、楽しんでもらえたようでよかったよ」


 少々、屋敷の警備やら王都の警備やら、ついでに昔の事と、話が色々飛んでしまっていたが、話を戻したリーゼルはそう締めくくった。


「まぁ、また来た時に見せてもらったら、それでいいかな?」


 確かに、中庭の広いスペースを占めるあのホールが未完成だったし、そういう意味では、今はまだこの屋敷の完成度は高くはないだろう。

 だが、流石に今年は無いにしても、俺ならリアーナから王都にやってくるのに、そこまで気合いを入れる必要もないし、来年にでもまたこの屋敷を訪れる事はあるはずだ。

 その時に完成したホールを見せてもらえればそれでいい。


 そう思って、軽い気持ちで答えたのだが……。

 何やらセリアーナだけじゃなくて、リーゼルとオーギュストも困った様な表情を浮かべている。


「……オレ変なこと言った?」


「変では無いけれど……。その希望は叶わないわよ?」


「うん?」


 叶わないってどういう事だろうと、セリアーナの言葉に首を傾げていると、彼女の代わりにリーゼルが口を開いた。


「セラ君。君はもうじきミュラー家の人間になるだろう?」


「……うん」


「その場合、滞在先はミュラー家の屋敷になるんだ。もちろん、僕やセリアが王都に何かの報告の必要があって、その伝令役を頼む事もあるだろうし、この屋敷を訪れる事はあるだろうけれど……」


 リーゼルはそこで言い淀むと、バトンタッチのつもりなのか、セリアーナに目を向けている。

 セリアーナはリーゼルから話を引き継ぐと、説明を始めた。


「セラ。ここはリセリア家の屋敷よ。客人として、ミュラー家のお前が宿泊する事はあっても、どうしても屋敷での行動には制限が付くわ」


「…………っ!?」


「いくら、私やリーゼルが許可を出していたとしても、他家の人間……それも、お前を自由にさせる訳にはいかないわね」


 言われてみればその通りだ。


 ここがどこぞのギルドだったり、何か国の施設なら話を通せば見学くらいは出来るかもしれない。

 ただ、この屋敷はリセリア家の持ち物で、管理をしている者はあくまで、代理人に過ぎないんだ。


 建っている場所がリアーナ領なら、どこの街でも問題無いんだろうが……王都だもんな。

 先程まで話していた事だが、王都では屋敷にあまり兵を置く事は出来ないし、もちろん、何事も起きないように王都の兵が日々巡回をして、王都の治安を保っているわけだが、それでも万が一ってことはある。

 公爵家の王都屋敷に宿泊するような者に何かあったら、マイルズじゃ責任が取れるかどうか……。


 それに、セリアーナの口振りを考えると、その万が一ってのは、俺がこの屋敷で何かをやらかしてしまう場合なんだろう。


 もちろん、この場の3人は俺がそんな事をする訳ないってのがわかっているだろうが、さほど面識のないマイルズからもそれだけ信用されているかっていうと、ハッキリいって無理だ。

 むしろ、いくら許可があるからって、自分が管理を任されている屋敷で、そんな事をやらせちゃうようでは駄目だろう。


 その気になったら、無視して見て回るってのも俺なら出来るが、それをやっちゃーお終いだ。

 俺だけじゃなくて、この王都屋敷の者たちと、セリアーナたちリアーナの人間との信頼関係も崩れてしまうもんな。


「お前がこちらを訪れる際にあのホールへ行くこととなると……精々晩餐会か何かよね。お前、出たい?」


「……出たくない」


 仮に出たとしても、参加するためであって、アレコレ好き勝手に見学するためではない。

 それなら、無理に俺が苦手なパーティーに出席するだけになってしまう……。


「済まないね。僕も君なら好きに動いてもらっても構わないのはわかっているんだが、かといって、マイルズに管理の手を抜けとも指示を出せないからね」


 と、申し訳なさそうに伝えてきた。


 身分はリーゼルの方がずっと上だし、そもそも彼が主だ。

 だからといって、何でもかんでもリーゼルが命令出来るってわけじゃ無い。

 この屋敷の管理を任せている以上は、リーゼルやセリアーナならともかく、それ以外に関してはマイルズの裁量次第だ。


 もしかしたら、セリアーナもそのことを分かっているから、今日の俺の見学に付き合ってくれたのかな?


「まあ……年に一度はお前を王都に送るし、その都度こちらに顔を出していれば、そのうちマイルズたちもお前を好きにさせて問題無いとわかるんじゃないかしら?」


「うん……気長に待つよ」


 ちょっとセリアーナに答える俺の声に力は無かったが、仕方が無いか。

 少なくとも、内装はしっかり見学出来たしな。

 折角だし外装も見てみたかったが……それは今後の楽しみにするか!


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 リーゼルの部屋での話の後は、時間がちょうどいい事もあり、昼食を一緒にとることにした。


 普段は、昼も夜も客と会う事の多いリーゼルだが、今日はたまたまスケジュールが空いていたんだとか。

 だから、俺たちを見かけた時にホールに降りて来て、一緒に付き合ってくれたんだろう。

 食事中や食後の会話の際も、話題は特にどうという事のないものだったし、彼にもたまには息抜きが必要なのかもしれないな。


 リーゼルとのお喋りを終えた後は、俺たちは自分たちが利用している部屋へと戻ってきた。

 面会の予定が無いとはいえ、それでも何かとやる事はあるようで、彼はまた夜まで仕事を片付けないといけないそうだ。

 大変だな……。


 部屋の入り口では、セリアーナが使用人に何やら話しているが、俺はそのまま部屋の中へと進んでいき……。


「……とぅっ!」


 掛け声とともに、【浮き玉】からテーブルを飛び越えるようにソファーへとダイブして、バインバインと2度3度跳ねてから着地すると、そのままダラっと寝転がった。


「ふぃー……」


 ソファーを転がりながら、大きく息を吐く。


 ただの暇潰しの屋敷見学のつもりだったんだが……屋敷や貴族街、果ては王都の警備具合とか色々話が飛んで、思ったより頭を使う事態になったからな。

 色々昔の事を思い出したりもしたし……な。


 疲れた疲れた。


 再度大きく息を吐いて、ソファーを転がっていると、こちらに向かってくるセリアーナが目に入った。


「お? もう話はいいの?」


「ええ。私も座らせて頂戴」


「ほいほい」


 体を起こしてセリアーナが座るスペースを空けると、彼女はそこに座って、ついでに【小玉】を渡してきた。

 今日はもう夕食以外は部屋から出ないからな……必要ないか。


「セラ」


「ん。了解」


 そして、隣に座ったセリアーナは自分の肩を指で示すと、俺の名を呼んだ。


 ◇


「セラ」


【ミラの祝福】を発動しながら肩のマッサージを開始して10分ほど。

 開始直後は全く口を開かなかったセリアーナが、再び俺の名を口にした。


 なんとなくで【ミラの祝福】を発動する事はあっても、こういう風に真面目にマッサージをしながらってのは久しぶりだったからな……。

 ちょっと気合いを入れ過ぎていたかもしれない。


「痛かった?」


「いいえ、丁度いいわ。それよりも、今日はお前の気分転換になったかしら? 明日から少しずつ忙しくなるわよ」


「うん。ついでに、いい勉強にもなったね」


 今日の屋敷の見学やリーゼルとのお喋りは、セリアーナが言うように、ちょうどいい気分転換になったし、さらに俺が今まで考えた事も無かったような話も聞けたしな。


 それに……。


「なんか、オレが昔メイド扱いだった理由を思い出したよ」


 今はもう違うが、俺は昔、世間的には冒険者というよりも、メイドの方が比重が上だったんだ。


 馬車の御者をアレクが務めて、屋敷内での警護はエレナがする……。

 それが当時のセリアーナが、外を出歩いたり、他家を訪れる際のお決まりのフォーメーションだったが、それプラス、俺がメイドとして扱われることで、色々な事が出来る俺を、気兼ねなく連れまわせるようになっていた。


 他所の貴族の屋敷を訪れる際には、あまり兵を連れて行くのは良くないとだけ聞いていたが、当時はまだセリアーナを狙う者もいただろうし、ミュラー家や王家に配慮しつつ自分の身を守る方法が、それだったんだろうな。


 ……色々考えていたんだなー。


 セリアーナの首をグリグリしながら、しみじみと思い出した。


「ああ……あの頃の私は伯爵家の娘に過ぎなかったし、あまり兵を連れる事は出来なかったのよね……。今は身分が公爵夫人になったし、そこまで気を使わなくてもよくなったけれど、お前の存在は都合がよかったわ」


「身分で違ったりするの?」


「明文化されているわけでは無いけれど、それでも、国に対しての重要さは身分で変わるでしょう?」


「身分だけだとは思わないけど……わかりやすくはあるね」


 リーゼルと婚約したり、当時のセリアーナも重要度では大分上にいたと思うが、それでも身分っていう分かりやすい基準で考えたら、そこまでではない。

 能力とか関係性だとか、客観的にわかりにくいものよりも、身分が一番わかりやすいんだろう。

 それに、明文化されていないそうだし、そこら辺は自分で空気を読めってことなのかな?


 そう考えたら、当時のセリアーナは相当特殊な立場だよな。

 いやはや、今の俺と年は変わらないのに、独力でそれだけの事を考えられるんだから、大したもんだ。


 感心して、肩をもみながら後ろからセリアーナを見ていたのだが、その視線を感じたのか、彼女は目を閉じたまま口を開いた。


「まあ、どうせリアーナにいる事が多いのだし、お前はそこまで気にする事は無いわね」


「ぬ」


 どうやら、俺の視線を身分の変化への不安とでも思ったらしい。

 今日知った事ばかりだし驚きはしたが、セリアーナが言うように俺はリアーナに居つくつもりだし、あまり不安は無いんだが……改めてセリアーナからお墨付きをもらったのかな?


「ぬふふ……」


 俺は機嫌良くセリアーナの肩を揉み続けた。

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