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「ほほーぅ……」


 俺は今【妖精の瞳】を発動して、俺たちが宿泊している部屋にしていたように、ホールの内側の壁や天井裏をじっくりと観察中だ。


 壁は、床から1メートルくらいの高さまでは木目がむき出しになっているが、そこからはやや光沢のある白い壁紙が貼られている。

 窓から入って来る日光がその白い壁紙に反射して、今はまだ照明を点けていないのに、ホール内を明るく照らしていた。

 夜になったら、照明が日光の代わりになるんだろうな。


 まだ全部の魔道具は設置されていないが、照明や空調用に天井や壁には導線が張り巡らされている。


 このホールは、天井までの高さが2階分くらいあって、開放感というか……人が集まっても、圧迫感を与えないように作られている。

 壁面に大きな窓がいくつもついているし、それがその効果をより大きくしているのかな?


 少々不用心な気もしなくもないが、どうせこのホールで開かれるパーティーは、お目出度いものがほとんどだし、快適性を優先しているんだろう。


 それに、デザインだけじゃない。


 内装に使われている資材は、質は良いものの、特別な素材を使っているようには見えないし、最初から建物としての防御能力は考慮していないようだ。

 外装はまだ出来ていないからどうなるかわからないが、内装や屋敷の雰囲気を考えても、ここだけを要塞のような造りに変えたりはしないだろう。


 そもそもここは王都だし、最低限の警備はしても本格的な守りはここの騎士団に任せるんだろうな。


 当たり前といえば当たり前か。


 ただ……俺は孤児院時代を除けば、ゼルキスの領主屋敷にルトルの代官屋敷、そして、リアーナの領主屋敷と、どこも荒事を前提とした屋敷で、そこに住み続けていたから、そういった感覚ってのがいまいち養われていない気がする。

 セリアーナの部屋ですら、魔物や賊からの襲撃に備えられるようになっていたしな……。

 俺の中では、それが常識になっていたんだろう。


 ミュラー家の王都屋敷には1年近く滞在していたし、あそこはここと同じく、防衛能力はそこまで高くなかった。

 だが、あの時はあくまで宿泊先であって、俺が暮らす家って認識じゃ無かったから、あんまり意識していなかったしな……。

 ノーカンだ。


 しかし、領主の屋敷に代官の屋敷か。

 思えば、俺はずっとその土地で一番いい屋敷で暮らしているわけだ。

 贅沢なもんだよな。


 自分の今までの住宅遍歴を考えつつ天井を漂っていると、足元から俺の名が呼ばれた。


「セラ!」


 その声に、首を捻ってそちらを見ると、セリアーナが降りて来いと手で示している。

 スカートだからか、彼女は上に上がって来ないでずっと下にいたが、どうかしたのかな?


 そう思い彼女の下へ下りていったのだが……。


「なに? お?」


 呼ばれた理由はすぐにわかった。


「やあ、セリア、セラ君。部屋から君たちの姿が見えたから、僕もお邪魔させてもらったよ」


 俺が下りたとほぼ同時に、ホールのドアが外から開けられたかと思うと、鎧はもちろん剣すら帯びていない、オフモードのリーゼルがオーギュストと文官らしき男を連れて、中へと入ってきた。


 ◇


 さて、俺はこのホールの建築素材や魔道具の導線にばかり目がいっていたが、セリアーナは俺が天井や壁に張り付いている間に、しっかりと内装を見ていたらしい。

 リーゼルに、ここの壁の彫刻がどうのだとか、あの壁には何の絵を飾るのかだとかを訊ねている。

 リーゼルはそれに答えて、さらに後ろに控えている文官がその内容をメモしていた。


 あのメモが今後の作業に何か反映されるんだろうか……?


「どうした? 副長」


 リーゼル同様に恰好はオフだが、それでもお仕事モードではあるらしいオーギュストが、訊ねてきた。


「あ、ううん。それよりも……」


 リーゼルがセリアーナの質問に答えているように、オーギュストは俺の質問に答えている。


 まぁ……セリアーナのように、あまり知的な問いかけでは無いかもしれないが……、それでもちゃんと答えてくれる辺り、彼の人間性がよくわかるな。

 真面目なおっさんだ。


 ともあれ、俺の質問だが……。


 やはり俺が考えた通り、このホールに防衛力はほぼ備わっていなかった。

 屋敷の警備と、貴族街の巡回兵、そして、城に常駐している騎士団に、そもそも王都を日頃守っている兵たち……。

 彼等に守られることを前提にしているそうだ。


 彼曰く、貴族街での守りを最低限にすることで、王家への信頼を表に出す事に繋がるらしい。


 俺たちが屋敷に到着した際に屋敷を守っていた兵は、リアーナからリーゼルが連れてきた兵たちも含まれているし、言われてみると、この屋敷の守りも要所要所はしっかり守っているが、実は数は結構少ない気がする。


 確かに、城の側に自前の武装集団を配備するのは、失礼だよな。


 納得して、コクコクと頷いた。


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 リーゼルたちがやって来て、それぞれお喋りをした後も、俺はしばらく天井や壁を這いまわって中を調べていたが、10分ほどしたところで、セリアーナからいい加減にするようにと言われた。


 まぁ……建設中の建物に、俺だけならまだしも、領主夫妻が揃っているってのは、周りもちょっと落ち着かないだろうしな。

 気になるところは一しきり見て、そろそろ頃合いではあるし、セリアーナに合流して、ホールを後にした。


 そして、向かった先はリーゼルの部屋だ。

 男性棟だが、今は屋敷にいる客人は俺たちだけだし、細かいことは気にしないんだろう。


 ってことで、昨日ぶりのリーゼルの部屋だ。

 昨日も座った席に、今日はオーギュストも一緒に4人で着いていて、お茶が運ばれて来るのを、適当な話をしながら待つことになった。


 こういった時は、使用人が入って来るのを考慮して、誰に聞かれても問題の無い、当たり障りない話をするんだが、これが意外と難しかったりする。

 俺という問題児を加えながら、万が一聞かれても問題無いような内容で、全員がそこそこついて行けるような話題を提供しないといけないもんな。


 思えば、この4人ってのも珍しい。

 いつもはエレナやテレサ、アレクが一緒で、彼等が話をリードする事が多かったから、このメンツでどうしたらいいのかと思わなくもないが……。

 まぁ……リーゼルがいるから、彼が上手い事話を引っ張るだろう。


 気楽なもんだ……と、足をプラプラさせながら、適当に話に相槌を打ったりしていた。


 ◇


 王都の貴族街の外の事についてなど、しばしの間雑談を続けていたが、お茶が運ばれてきたことで、場を仕切り直す事となった。

 ただ話をするだけなら、1階の談話室でもいいだろうに、わざわざリーゼルの部屋に集まった訳だし、何か重要な話でもあるのかな?


 皆に倣って、首を傾げつつも俺はカップを手にしていると、リーゼルが口を開いた。


「セラ君は、ホールの内部を随分念入りに見ていたが、何か面白い物でもあったかい?」


「あのホール全体が、面白いと言えば面白かったかな……? ゼルキスともリアーナとも違う考え方で建てられてたしね?」


「ああ……。そうだね。僕は王都の生まれだし、むしろこれこそが慣れた街並みだけれど、君からしたら妙に見えてしまうか……」


 俺の言葉に、リーゼルは苦笑を浮かべながら返してきた。

 そして、同じような表情をしていたオーギュストが、リーゼルの話を補足し始めた。


「セラ殿が暮らしている、今のリアーナの屋敷はもちろんだが、ゼルキス領の領主屋敷も、元々は魔境の魔物に備えた砦の役割があるからな。このメサリア王国内でも、特殊な屋敷なんだ。同じ領主屋敷でも、他領の屋敷はそうではないぞ」


「そうなの?」


 セリアーナの方を見ると、肩を竦めている。


 この仕草だけで、言葉で答えないところを見ると、セリアーナも何となく知ってはいるが、断言出来るほど自信は無いって感じか。

 知識はあっても、俺の様に領地の外を自由に動き回れるわけじゃ無いからな。

 直接見た事が無いから、答えかねる……ってところかな?


「そうなんだよ。そして、王都の守りはその最前線とも肩を並べるほどの、この国でも屈指のものだ。君からしたら普段の生活と違和感がないかもしれないけれど、他領から訪れた者は、大抵その守りの厳重さに驚くものなんだよ」


「へー……」


 気の抜けたような声で答えるが、王都は相当守りに自信があるってことだってのは分かった。


 ついでに少し古いことではあるが、アカメを捕まえた時の事も思い出した。

 あの時の一連の流れは、魔物を街に運び入れるために、街壁の下に穴を掘って外と出入り口を設けるっていう、荒業だった。


 結局大量の死刑犯を生み出す事で解決したが、俺は当時、大事になったなぁ……と思いつつも、そこまで詳しいことは考えていなかったんだ。

 だが、今日の話などで、今更ながら、ようやくそこまで大事になった理由が分かった気がする。


 王都とその外に繋がる、魔物を通せるようなサイズの、検問が無いフリーパスの通路が貴族街の近くに存在する。

 それは間違いなく大問題だが、それだけじゃ無い。

 何が問題って……貴族街の各屋敷の防衛力が低いってことだよな。


 頑強な街壁と厳重な検問。

 そして、昼夜問わず多数配備されている、巡回兵。

 それらが、纏めて無意味なものになりかねないんだ。


 貴族街の各屋敷の守りが手薄なのは、王都の守りを信頼しているからなのに、もしそれで死者とまではいかなくても、何かしらの被害が出ていたら、王家のメンツは一気に傷ついてしまうだろう。


 数年後に戦争も控えていたし、そりゃー……あれだけ厳しく行くよな。

 そして、パフォーマンスめいたことをしてでも、そのマイナスの印象を払拭したかったってのもわかる。


 コクコク頷きながら隣に座るセリアーナを見ると、目が合った。

 そして、彼女は満足そうな笑みを浮かべた。


 考えが読まれているような気がして落ち着かないが……どうやら正解っぽいね。

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