386

844


 ウチの王都屋敷は、2階建てのコの字型で、正面玄関のある本館を境に東棟と西棟に分かれている。

 1階は夫妻の部屋だったり、執務室に談話室が用意されていて、2階が客室だ。

 屋敷の形状もだが、中の間取りも他の家の屋敷と同じ様な造りになっているな。

 他の家の王都屋敷にも今まで何度かお邪魔したことがあるし、その辺は合っている自信がある。


 まぁ、王都に屋敷を構える目的はどこも一緒だろうし、同じような造りになるよな。

 違うといえば、広さかな?


 王都はこの国でも屈指の広さではあるが、そこの貴族街といえど、流石に国中から主要大貴族が集まっているだけあって、そこに建つ屋敷の広さは、一般的な家に比べたらずっと広いが、領主格の貴族の屋敷として考えたらそこまでではない。


 だが、この屋敷は……広いね!


 俺が知る王都の貴族屋敷は、2階の客室スペースは廊下のどちらか片側に客室が並び、反対側は窓になっていて、精々違いは客室が中庭側か外側かってくらいなのだが、この屋敷は両サイドに客室が並んでいる。

 俺が今移動しているのは女性棟だが、昨日見た男性棟も一緒だった。

 ミュラー家の方と比べたら……1.5倍くらいこっちの屋敷の方が広いかな?

 客室が倍になるわけだもんな。


 今はまだこの屋敷に宿泊する客は、リアーナの人間を除いたらいないが、いずれは大勢が利用するようになるのかもしれない……。


 ◇


「あ! ねーねー。アレってなんなの? 中庭に建ててる途中っぽいアレ」


 屋敷の中を見学するために部屋を出た俺たちは、部屋のすぐ側で待機していた使用人から、簡単な説明を受けながら東棟を出て、本館に入った。


 東棟は両側に客室があって、廊下からだと外が見えないんだ。

 部屋には窓が付いているし部屋からなら外が見えるんだが、俺たちが利用している部屋は外側にあって、外の様子はわかっても中庭は見えなかった。


 だが、本館の玄関ホール2階には、中庭に面した窓が設置されていて、そこから中庭がよく見えるようになっている。

 そこで、俺は一旦ストップして、窓の外を眺めていたのだが……。


 中庭で何かを建設中なのは、昨晩部屋へ向かう際に目に入って気付いていたが、既に日が暮れていて、何をしているのかわからなかったんだ。

 本館だけじゃなくて、東西の棟からも出入り出来るように通路が繋がっているし、使用人棟とかじゃないよな?


 セリアーナなら何か知っているかもしれないし、後で聞こうと思っていたが、すっかり忘れていたよ。


 使用人について、俺の少し前を進んでいたセリアーナは、俺の声に【小玉】を止めて振り向くと、同じく窓の外に目をやって口を開いた。

 やはりセリアーナは、アレが何か知っているようだ。


「パーティー用のホールよ。今はまだ完成していないけれど、今年中には完成するはずよ。そうでしょう?」


「はい。本来は年初めには完成している予定でしたが、手直しが必要な他家の屋敷が複数あって、その事を耳にしたリーゼル様が、当家の作業は後回しにして構わないと、職人たちに指示を出したのです。お陰で入学シーズンまでに屋敷の改修が間に合ったと、他家から礼を言われました」


 セリアーナの問いかけに、使用人は気持ち得意げに答えて、彼女も俺たち同様に中庭に目をやると、さらに言葉を続けた。


「他国の貴族の出入りが落ち着く来月末か、再来月の頭頃から作業は再開されるでしょう。資材等は既に確保していますし、秋前には作業が完了すると聞いています」


「秋かぁ……」


 残念だが、俺が滞在している間には完成しないらしい。

 見た感じ、外装は完成しているように見えるんだが、まだなのは内装かな?

 まぁ、何年も先……とかそんな事はなさそうだし、また王都に来た時にでも見させてもらえばいいか。

 俺ならまた王都に来る機会もあるだろうしな。

 見せてもらうのは、その時でもいいだろう。


 使用人の話を聞いて、俺はそう納得していたのだが……。


「そう……。それなら少し様子を見てみたいわ。案内して頂戴」


 セリアーナは違うようで、使用人に案内を命じた。


「はい。畏まりました」


 使用人は、セリアーナの言葉に二つ返事で答えると、またも先頭に立って1階へと降りていく。

 俺たちも彼女の後をついて、階段を下りていったのだが……なんというか、こういうのにセリアーナがこだわるのはちょっと珍しい気がする。

 まぁ、セリアーナが次に王都に来るのは10数年も先の事だ。

 それを考えたら、まだ未完成ではあるが、折角滞在しているわけだし、自分の目で中を見たいと思うのかもしれない。


 しかし、これは……アレかな?

 俺のレポート力が信用されていないのかな?


845


 1階に降りてから中庭に出た俺たちは、建設途中のホールへ向かった。


 中庭はそのまま屋敷の敷地の裏門に繋がっていて、使用人たちはそこから出入りをしているらしい。

 ミュラー家の屋敷だと建物には裏口があったが、敷地を出入りするのは表の門だけだったんだよな。


 なんといっても、この屋敷が建っている場所は城のすぐ側だし、この辺を通る者は、城に用がある者か高位貴族の関係者だ。

 出入りする場合も気を使うんだろうな。


 だからこその裏門だが、やはり出入口が増えるって事は警戒する場所も増えるって事で、城のすぐ側で普段から昼夜問わずに兵がしっかり巡回しているが、当然自前でも警備を強化している。


 中庭も屋敷の兵たちがしっかりと警備をしていて、【浮き玉】や【小玉】に乗った状態で現れた俺たちに、一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに警備を再開した。


 俺たちを見て驚いてたし、彼等はリアーナから連れてきている兵じゃないっぽいな。

 ただ、すぐに切り替えて警備の仕事に戻る辺り、中々優秀な兵たちじゃないか。


 その優秀な彼等は、中庭を起点に屋敷の外壁を監視しているが、もちろん建設途中のホールにも配備されていた。

 外装はまだ途中で、建材がむき出しの箇所もあるが、内装に関してはもうほぼ完成しているそうだ。


 両開きのドアの前に、槍を手にして立っている。


 厳重だなぁ……と思わなくもないが、この屋敷の主のマイルズも、あくまでリーゼルから王都を任されている、いわば代官だ。

 気を抜くわけにはいかないよな。


 ふむふむ……と、俺が警備の厳重具合に納得していると、セリアーナは兵たちに言葉をかけると、ドアを開けさせていた。

 何の木かは知らないけれど、分厚いゴージャスなドアだ。

 この屋敷の玄関のドアと同じ様なものかな?


 そのドアを1人の兵が開けているが、案外軽そうに開けているんだよな。

 彼等は鍛えているからってのもあるかもしれないが……玄関の方も使用人が1人で開けていたし、もしかしたら魔道具的な何かなのかもしれない。

 俺たちが泊まる部屋しか気合いを入れて見ていなかったが、滞在中に屋敷の中も調べてみようかな。


「セラ? 入るわよ」


「お? はーい」


 アレコレ気になる事が見つかり、中に入らず入り口の前でキョロキョロしていると、セリアーナが中から声をかけてきた。

 もちろん、ここまで案内してきた使用人も一緒に入っているが、彼女や警備の兵たちは、どこか驚いたような顔で俺を見ている。

【浮き玉】で浮いている俺を見た時よりも驚いているな。


 ……一応護衛の俺が、セリアーナを放ったらかしにしているからな。

 馴染みのない人たちには、異様な光景に映るかもしれない。


 これはいかんね。


 慌てて俺も中へと入っていった。


 ◇


「ほー…………」


 ホールの中央に進んだ俺は、頭を上に向けながら、大きく息を吐いた。


 内部の広さは、リアーナの領都にある屋敷の一番大きな会議室……あそこの倍くらいだろうか?

 50人くらいは優に入れそうな広さだ。

 外から見るとそこまで広くは感じなかったが、内部はただただ広間のみで、余分な物は一切無い。


 ここまで何も無くて大丈夫なのかって気がしなくもないが、それは本館で賄えるんだろう。

 本館とほとんど離れていないからこその設計だな。


 例えば、ゼルキスの領都にあるミュラー家の屋敷には、敷地内に大きなホールを設けているが、あそこのホールは内部に色々な設備があって、建物の規模だけなら倍以上あるはずだ。

 俺も数えるくらいしか足を運んだことは無いし、すべて把握しているわけじゃ無いんだが、思ったよりも、そこと内部の広間の広さは、大きく見積もっても2倍も無いだろう。


 とはいえ、ここで何をするのかっていうと、多分パーティーとかそんなのだよな?

 確かに会議をするのなら50人は入るだろうが、パーティーだとどうなんだろう。

 この国の貴族が開くパーティーはどんなのかは、俺もほとんど知らないから断言は出来ないが、規模的にはどうなんだろう?


 俺が印象に残っているのは、他所の国の屋敷ではあるが、そこで開かれたパーティーだ。

 あれは相当大規模だったよな……。


「ねぇ、セリア様……」


 気になる事は聞いてみよう……って事で、同じく内部を見ていたセリアーナに訊ねることにした。

 使用人も一緒にいるが、まぁ、いいよな?


 俺の質問に、セリアーナはさほど考えることなく答えた。

 唐突な質問ではあったが、ここの使い道は把握出来ているのかな?


「そうね。確かにここで何かのパーティーを開くのなら、給仕を含めても、多くて30人そこらになるでしょうね」


「ちょっと少なくない?」


「領地で開くのならそうでしょうけれど、ここは王都よ? 王都のリアーナに関係する者なら、それでも十分なはずよ。もっと大規模な場合は、それこそ城の施設を利用したらいいでしょう?」


「あぁ……そーか……」


 領地でのパーティーなら、夫婦で参加が当たり前だが、ここは王都だ。

 夫婦揃ってやって来る者は、そうそういないだろう。

 そして、もっと大規模な場合は、それこそ城を使えばいいのか。


 なるほど……ここの規模じゃ足りなくなるような機会ってのがないんだな。


 セリアーナの言葉に、小さく頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る