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 王都に到着した翌日。


 今日はまだ人と会ったりはせずに、屋敷でゆっくりと部屋の中で過ごす事になった。

 船から降りてまだ2日しか経っていないし、疲れも溜まっているだろうと、リーゼルが配慮してくれたんだろうが、それだけが理由ではない。


 この世界の長距離移動は、非常にハードだ。

 揺れまくる船は言うまでも無く、馬車の移動だって負担が大きいからな。

 さらに、そもそも長距離移動をすること自体が滅多に無いし、体も慣れていないだろう。


 俺もセリアーナも、何だかんだでずっと浮いていたし、時折【隠れ家】を利用したりもしていたから、実は負担らしい負担は無かったんだ。

 だが、一般的にはそうじゃないし、長旅を終えた当日や翌日から、領主夫人としての仕事をやらせるってのは外聞がよくない……とか、そんな感じらしい。


 とりあえず、明日はじーさんたちが会いに来て、さらにその後は、服の仕上げをするために職人たちがやって来る。

 身内と職人……まずは気楽な相手とから始めるんだろう。


 2週間近くの間、まともに貴族との会話をしていなかったし、セリアーナが口を滑らすような事はないだろうが、それでも他所の貴族と会う前に、リハビリみたいなものは必要なのかもしれない。


 しかし……。


 セリアーナが慎重に動く必要があるのは分かるが、俺はどうなんだろう?

 一応俺が護衛役ではあるが、同じ屋敷にはリーゼルがいるし、オーギュストだっている。

 この屋敷にいる限り、俺が必要なシーンなんて無いだろうし、ちょっとお出かけくらいしてもよさそうなんだけれど……駄目なのかな?

 俺は特にやる事ってのが思いつかず、朝から部屋の中を漂っているだけなんだよな。


 ちなみにセリアーナは、応接室のソファーに腰掛けて、お茶を飲みながら本を読んでいる。

 実にくつろいでいるな。


 彼女が今読んでいる本は、領都から持って来た物じゃない。

 一応、【隠れ家】には暇潰し用の本をしっかり用意しているのだが、それとは別の王都で新しく仕入れた本で、昨晩のうちに注文を出して、今朝屋敷に届いた物だ。


 新刊が、買おうと思ったその日に手に入る。

 流石は王都って感じかな?


 特に俺が欲しい物は無いが、それでも本くらいは王都にいる間に、俺もちょっと買っておこうかな?

 まぁ、それは今日考える事じゃない。


 とりあえず今は……。


「ねー」


「なに?」


「オレって屋敷にいる方が良いのかな?」


 勝手に出かけるわけにはいかないし、セリアーナにお伺いを立ててみることにした。


「外に出るのは止めた方がいいわね。お前が何のために王都に来ているのかは、もう目ざとい者なら知っているでしょうし、危険は無いと思うけれど、色々面倒なことになるかもしれないわね」


「……ぬぅ」


 今回の俺の養子入りの件は、そこそこ注目を浴びているらしいのは察している。


 国内の有力伯爵家であるミュラー家が、貴族社会とは無縁の娘……つまり、俺を養女を迎え入れるんだ。

 いくら、元々ミュラー家の長女であるセリアーナの使用人兼護衛と、ミュラー家に近い場所で働いているとはいえ、そんな話には普通ならないだろうし、それ自体が大ニュースだったりもするからな。


 ゼルキス領領都で暮らしていた俺は、両親を亡くしたのを機に、何故か貴族学院入学前のセリアーナに拾われて、そのまま入学するために共に王都へ。

 セリアーナは学院を卒業した後に、この国の第四王子であるリーゼルと婚約・結婚。


 そして、リセリア公爵家を創立して、この国の東端に新たな領地を構えることになった。

 新公爵領であるリアーナは、何かと危険ではあるがその分見返りも大きい土地で、リセリア家は、今のところ上手く開拓を進めながら治めている。


 んで、俺はセリアーナが独身の頃から変わらず、公爵夫人となった今も彼女に仕えていて、何故かリアーナの領主屋敷で一緒に暮らしている。

 その縁もあって、ミュラー家とリセリア家の両家はもちろん、王家にも顔が利く、訳の分からない娘。


 俺の紹介文はもの凄く簡単に書くと、こんな感じになるだろう。

 重要なのは最後の文で、俺は王家も含めたら三家に繋がりを持っているって点だ。


 俺は今は平民で、実際に上手くいくかどうかは別にしても、声をかけたり面会の申請をしたりは、簡単に出来る身分だが、それも貴族になる事で変わってしまう。

 これはリアーナでもそうだったが、それなら今のうちにって思う者もいるだろう。


 大人気だ。


 ただでさえ俺は浮いているから目立つのに、その状態でフラフラ外に出たら……うん。

 面倒そうだよな。


 逃げるだけなら簡単だが、それはそれであまりいい印象を周囲に与えないだろう。

 これは、大人しくしているのが吉か……。


 セリアーナの言葉に唸りながらも、納得してしまった。


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 今の街や俺を取り巻く状況を考えた結果、お出かけをあきらめて大人しく部屋を漂いながら、セリアーナ同様に読書をする事にしていたのだが……。


「……飽きた」


 俺はそう小さく呟いた。


 俺が読んでいたのは、どこぞの商人が同盟内を行商した際の体験談を基にした、ちょっとした旅行記の様な物だった。

 リアーナで他にも数冊纏めて買った本で、結構いい値段だったんだが……、比較的最近記されたもので、俺が知っている知識ともそこまで差は無く、それなりに楽しめはするのだが、如何せん地味なんだよな。


 やれ、どこの村から村へ移動する際にゴブリンの群れと遭遇したとか、どこの村に宿泊した際に、魔物から襲撃されただとか、あるいは移動中に野盗に襲われただとか……。


 普段から街や村の外に出ない者にとっては目新しい情報だし、筆者と同じ様に外の移動をする者にとっては貴重な情報になるし、こういった本が、旅行記としても資料としても重宝されているのは分かるんだ。


 んで、そういった本って、何かしら自分と重ねる事で楽しむものだと思うんだよな。


 だが、俺の場合は……。


 王都より西には1人で行ったこと無いし、外国だって勿論そうなんだが、それでも、長距離移動は【浮き玉】を使えば、大概の障害はショートカット出来てしまうし、仮にそれが出来ないような事態でも、どうとでも出来る自信がある。

 だから、この本は資料にならないし、俺が共感出来るような物でもない。


 これがせめて道中に読むのなら、まだちょっとは心が動いたかもしれないが、もうゴールしちゃっているし、どうにもならない。

 失敗だったなー。


 ちらりとセリアーナの方を見ると、相変わらず静かに読書を続けている。


「ねー。セリア様は今何読んでるの?」


 リアーナで普段彼女が読んでいる本は、物語が多かったりするが、今読んでいる本はちょっと薄いし、違うジャンルの本かもしれない。

 面白そうな物なら、テーブルに積んでいる本がたくさんあるし、どれか貸してもらおうかな?


「今読んでいる本は、西部のここ20年ほどの流行を纏めた物よ。娯楽・嗜好品の類ではあるけれど、今後の国交の行方を考えると、こういった物がどれくらい国内で流通するかわからないから、目ざとい商人が運んできているようね」


「へー……」


 セリアーナに近付いて、彼女が手にした本を覗き込んでみたが、要はファッション誌だな。

 写真なんて物は存在しないが、代わりにイラストが添えられていて、中々面白そうではある。

 ……面白そうではあるんだが。


「あまり興味がなさそうね」


 セリアーナは「フッ……」と、苦笑を浮かべている。


「いまいちねー」


 なんでだろうか?

 ピンと来ないんだよな。


 ファッションには元々そこまで興味は無いが、それでも、こういう資料の様な物は好きだし、今みたいに読む物が無くて退屈しているなら、まず読むんだが……。

 もしかしたら、今日は部屋で過ごす気分じゃないのかな?

 だから、読書って行為そのものにしっくり来ていないのかもしれない。


 さて、そうなるとどうやって今日を過ごそうか。

 今まで割と好き勝手に生きてきたからな……。


 活動に制限が付くのも、天候だったり体調が悪かったりと、しっかりした理由がある場合がほとんどだったから、今日の様にただ単に部屋で大人しくしていろって状況は、滅多に無かった。


 思わぬ自分の一面に気付いてしまったが……さて、どうしたもんか。


「ぬぅ……」


 と、唸っていると、セリアーナは読んでいた本をパタンと閉じて机に置き、空いた手を俺に向かって差し出してきた。


「ぬ?」


「【小玉】を寄こしなさい。屋敷を見て回りましょうか」


「お? いいの?」


「ええ。明日からはあまり屋敷を見て回る余裕もないかもしれないでしょう? 今回の滞在を終えたらこの屋敷を私が利用するのは、10年以上先になるかもしれないし……いい機会だわ」


「なるほど……」


 王都に来たなら、この屋敷に滞在することになるだろうが、その王都に来るって事が、滅多に無い事だもんな。

 次にあるとしたら、子供たちが貴族学院を卒業する時かな?


 別に、セリアーナがこの屋敷の事を把握していなかったとしても、何か問題が起きるような事はないだろうが、それでも自分の家の持ち物だし、話のタネにしっかりと屋敷の内部を把握しておくのは悪くない。

 これはこれで、王都の最新情報でもあるしな。


「さあ、行きましょう」


 ただ……セリアーナが俺に向けて放った言葉は、心なしかいつもより弾んでいる。

 俺に付きあうって流れではあったが、既に【小玉】に乗っている辺り、実はセリアーナも気になっていたんじゃないか?

 まぁ、領主夫人帯同なら、どこでも行けるだろうし、理由はなんでもいいか。


「ほい。りょーかい」


 セリアーナに返事をすると、俺も彼女の後を追った。

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