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「ふぬ……こちらも異常無し。まぁ、そりゃそうかな?」


 寝室に移動した俺は、こちらも隣室と同様に念入りにチェックをした。

 目で見るだけじゃなくて、壁や天井を手で押したりも試したが、怪しいところは何も無かった。


 広さは12畳かもうちょっとあるくらいで、出入口は応接室から繋がるドア一つだけ。

 中庭に面した窓際には大きなベッドがドンと置かれていて、その反対側に服を収納するための大きなタンスが二つ。

 家具はこれだけだ。

 そして、魔道具も壁に設置された照明や空調のみのシンプルな物ばかり。


 領都のセリアーナの寝室は、ソファーやテーブルだったりが置いてあるし、人が集まって色々話が出来るような部屋になっているが、こちらはただただ寝るためだけの部屋になっている。


 まぁ……ここは王都へやって来た賓客が滞在するための部屋で、屋敷には談話室だってあるし内密な話をするのなら、それこそ隣の応接室を使えばいいわけだ。

 わざわざ寝室に客を通す必要は無い。


 セリアーナが、寝室を内輪の会談の場にしているのが、そもそもおかしいんだ。

 これが本来のあるべき寝室の姿だよな。


「外は……よくわからないね。何か建てているっぽいけど……朝になったらわかるかな?」


 部屋の中は異常無しってことで、窓から中庭を見てみるが、何かを建設中だというのは分かるが、それ以外はよくわからない。

 中庭が広い上に照明の数が足りていないからか、夜という事もあって、いまいち様子が分からない。

 巡回の兵らしき気配が複数あるし、警備は万全だから問題は無いか。


「さて……と。部屋のチェックはこれでいいとして、どうすっかね?」


 セリアーナはまだ戻って来ていないし、待つ間何をしようか?

 隣に積んだままの荷物があるし、それをこっちに運ぶかな?

 数はあったが、あまり大きい物でもないし【蛇の尾】は使う必要も無いだろう。


「よし。やるかー!」


 久々の力仕事になりそうだな!

【祈り】を発動すると、気合いを入れるために腕を回しながら隣室に向かった。


 ◇


 気合いを入れて挑んだ荷物の移動は、10分もかからずに完了した。

 中身を出して整理したりはせずに、ただ移動させただけだしな……むしろ時間をかけすぎたかもしれない。


 ともあれ、これで俺がやる事は終わったのだが、セリアーナはまだ来ていないし、待っている間どうやって時間を潰そうかとなってしまった。

【隠れ家】に引っ込むのも、部屋に誰かが来たら困るし、それは無しだよな。

 もう一度応接室の方をチェックしておこうかな?

 いざって時に備えて、壁や天井で蹴破れそうな所を調べておくのも有りかもしれない。


 もっとも、この屋敷は多くの警備の兵がいて、しっかりと守りを固めている。

 それに、場所だって貴族街の一番奥にあり、お城のすぐ手前だ。

 巡回の兵に加えて、お城の警備兵もすぐ側にいるから、この屋敷に何かを出来るような者はそうそういないだろうし、壁を蹴破って脱出するなんて、ダイナミックな事をやる機会はまず無いだろうな。


 ◇


 壁を調べ終えた俺は、お次は天井の調査に取り掛かっていた。

 手でノックするように、板の一枚一枚を叩いているが、どれも固い上に分厚そうな音がする。


 手抜きじゃ無いな……これは。


「………………お前は何をしているの?」


 腕を組みながら天井を睨んでいると、ふと俺の体の下から声がかかった。


「お? 話はもういいの?」


「ええ。それで、お前は何をしているの?」


 リーゼルとの話を終えたんだろう。

 部屋のドアの内側には、いつの間にやらセリアーナと使用人の姿があった。

 セリアーナは腰に手を当てて俺を睨み、使用人の方は口元に手を当てて目を丸くしている。


 天井に張り付いているのが珍しいのかな?


 しかし、何をしている……か。

 セリアーナなら、俺が何をしているのかなんて一目でわかるだろうに。

 敢えてボカシているのかな?


「うん、ちょっとね」


 と、適当に答えると、セリアーナは一つ溜息を吐いて、使用人に下がるように命じた。


「何か異常は見つかったのかしら?」


「いや、何も無かったよ。壁も天井も床もしっかりしてるし、その向こう側も怪しいところは何も無し! いいお屋敷だね」


「でしょうね……。ウチが入手して改装する前からも、それなりのモノだったはずよ。家格に関係なく、城のすぐ側に建てる屋敷で手を抜くような事はないでしょうしね」


 そう言うと、セリアーナは応接室の中をキョロキョロと何かを探すように見回した。


「あ、荷物なら寝室に運んでるよ。運んだだけなんだけどね?」


「あら、ご苦労様。それなら荷開きのついでに明日からの事を話しましょうか」


「ぬ。了解」


 簡単には俺も聞いていたけれど、あの後リーゼルとさらに詳しく話したんだろう。

 俺がやる事なんて何も無さそうだけれど……とりあえず聞いておこうかな?


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 二人で荷開きをしながら、セリアーナから明日からの事や、ついでに先程までリーゼルとしていた話の内容を聞いていた。


 そして、俺が王都でやる事は何も無さそうだなー……と、改めて考えていたのだが、ケースから引っ張り出した服を見て、「おやっ?」と疑問がわいた。


 広げたそれは、俺が普段から着ているような青いワンピースだが、胸元に家紋が刺繍されている。

 これは、ミュラー家の紋章だ。


 それに、デザインこそシンプルなワンピースだが、生地も糸も高品質な物が使われている。

 セリアーナが普段来ている服よりも質は良さそうだし、ただの日常で着るような服じゃないな。


 この服が入っていたケースは、王都に着いてから使う物を入れていたため、リアーナの領都を出発した時から、ずっと馬車に入れたり船室で保管していたりと、全く触れてこなかったので、中身を見るのは今が初めてなのだが、こんなんが入っていたのか。


「……ねー?」


 いや、そりゃー……こんなサイズの服は俺くらいしか着ないだろうし、そもそもこのケースに入っているんだから、俺の服に決まっているが、こんな服知らないぞ?

 ミュラー家の家紋が刺繍されているってことは、ミネアさんが用意していたのかもしれない。

 いくら実家とはいえ、セリアーナは今は他所の家の人間だし、勝手に家紋を使う事は出来ないよな……?


「どうしたの?」


「なんかミュラー家の服が入ってたけど、これってオレの服?」


「ええそうよ」


 どういう事だろうと、タンスの前にいるセリアーナに声をかけたが、セリアーナは服をタンスに仕舞う事に忙しいのか、こちらを振り向くこと無く答えた。


「これ、オレが着るの?」


 わざわざ仕立てたんだよな?

 それなら、着た方が良いんだろうが、どのタイミングで着る服なんだろう?


 首を傾げていると、今度はこちらを向いたセリアーナが、口を開いた。


「今話したでしょう? もし前もって送っていた荷物が届かなかった時のために、念のため備えをしていたって」


「……あぁ。届かなかったからって、こっちでいきなり用意するのは難しいもんね」


「そういうことね」


 俺たちが出発する前に送っていた荷物は、無事王都に届いているそうだが、その荷物の本命は、俺が養子入りの手続きの際に城で着る事になる服だったりする。


 重要な物だし、俺が【隠れ家】に入れて運べば、たとえ船が沈もうが道が崩れていようが、どんな事態が起きても問題無く運ぶ事は出来るから、本来ならそうするべきなんだ。

 ただ、ちょっとリアーナの領都に必要な素材が入ってこなくて、俺たちの出発までに完成するかがわからなかったそうで、確実に素材が手に入る王都に、前もって送っていたんだ。


 んで、それが無事王都に到着して、しっかりと作業を進めていた。

 近日中に、職人たちがこの屋敷にやって来て、俺が試着しながら丈を詰めたりして完成させるらしい。

 そして、手続きで城を訪れる際に、その服を着る予定だ。


「でも、この服どうしよう? 折角用意してもらったけど……」


 これがただの服なら、こちらで着る事が無くてもリアーナに戻ってから着たりも出来るし、いざとなれば、誰かに譲ったりも出来るが、いかんせんミュラー家の紋章がしっかりと刺繍されている。

 これはミュラー家の人間しか着ちゃ駄目な服だ。


 試しに広げてちょっと体に当ててみたが、俺のサイズにジャストフィットしているし、この服を着れそうなのって、俺しかいないんだよな。

 ミュラー家にはルシアナがいるけれど、彼女にはもうちょっと小さいだろうし、仮にも彼女は直系のお嬢様だ。

 未使用とはいえ、俺の服を渡すのは無しだよな?

 かといって、他にミュラー家の人間で、丁度いい年齢の女の子はいなかったはずだ。


 一応、親族全体を見たら男女どちらも小さい子がいるらしいが、その子たちの家はミュラー家ではないし、家紋を使う事は出来ないだろう。

 だから、この服は俺専用になる。


 ただ、俺は今はまだ役職こそ色々あるが、身分という意味では、ただのセラだ。

 ミュラー家の人間では無いし、この服を着ると色々問題になりそうな気がするんだよな。


 そもそも今回仕立てた服だって、手続きのためだけに着る代物だし、何でもない時にポンポン着るような服じゃないだろう。

 正装というより、儀礼用の服だしな。


 だが……。


「着ればいいじゃない。手続きを終えてからも数日は王都に滞在するのだし、機会はあるでしょう?」


「ぬ」


「その服も気安く着るようなものでは無いけれど、お前の立場の丁度いい紹介になるはずよ」


「それもそっかー……」


 セリアーナの言葉に、そこはかとなく小声で答えた。

 セリアーナが言わんとすることはわかるんだが、俺は手続きを終えたら、後は屋敷でのんびり過ごすつもりだったんだよな。

 後は精々、セリアーナの護衛代わりに後ろに浮いているくらいかな……と。


 だが、彼女の言い分では、この服を着て会うような人とも挨拶をすることになるのかもしれない。


 ……参ったな。

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