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838 セリアーナ side その2


「アレクシオからの報告を受けたという事は、君もこちら側の状況は把握出来ているね? それを踏まえて聞いてくれ。今のところ、王都では西部との交流が途切れるというような話は聞かない。帝国や、神国も含めてだね」


「あら? 王都には血の気の多い御仁が多いし、てっきり断交だと盛り上がっていると思ったのに……」


おじい様もそうだが、同盟内の高齢の貴族は西部を敵視しているし、いっそ西部との断交は、彼等の悲願といってもいいくらいで、戦争での勝利と、今回の件とで一気に盛り上がっていると思ったのだが……意外と慎重な様だ。


「そうだね。僕が王都へ帰還した際には、そう言った声があったのは確かだよ。ただ、西部の再編も行われそうだったからね。うかつにこちら側から動いて、向こうに暴発されても厄介だし、とりあえず、数年様子を見ようとなったんだ。ただ……セリア、君は今日は西門から屋敷に真っ直ぐ来たのかな?」


「そうよ?」


「そうか。王都に滞在している間に一度でいいから、教会や外国人居住地がある北街へ行ってみるといい。まだ僕らが何もしていないにも関わらず、北街に出入りする者や各家の守護をしていた冒険者たちの数が減っているんだ」


「ゼルキスの領都でも似たような事があったそうだけれど……」


リアーナの領都で起きた一件以来、ゼルキスの領都でも、教会周りを出入りする者が減ったらしい。


現状王国東部の領地を訪れる、同盟外の他国の者は、教会周辺に集まる傾向があるし、教会周辺から人が減ったという事は、関係者だけではなくて、外国からの人間も減っているという事になる。


そのことは、ゼルキスからの報告だけじゃなくて、セラやお母様からも直接聞いているし、事件当時の一時的な事ではない。

だからこそ、領主側が教会を運営していくという話になっているわけだ。


ゼルキスの場合は教会周りだけで、王都の場合は街の一区画全体。

そう考えると規模こそ違うが、それでも同じ様な事が起きているのかもしれない。


「起きていることは王国東部と同じだと思うよ。いずれ王都の教会も本国の人間は撤退するかもしれないね。圧力をかけていけば、王都の教会も主導権を奪えるとは思うけれど……。西部の再編の件があるだろう?」


「……ああ。西部の人間を排斥すると、情報が手に入りにくくなるのね」


帝国を始めとした、主要国による西部の再編はほぼ確定しているが、その結果次第で、付き合いをこのまま続ける国や、逆に断つ国が出てくるだろう。

それを見極めるためには、今はまだその時期ではないと判断したのか。


今はまだ西部の方が知識も技術も上だし、向こうと完全に交流を断つことで、西部の国同士で変に結束されても面倒だ。

そうなったら、どうせ数十年後に再び戦争を仕掛けてくるだろうし……用心は必要だ。


もちろん、同盟側だってその分進歩していくが、わざわざ人間相手に力を割くのも馬鹿馬鹿しい。

損害はほとんどなかったが、今回の戦争だって忙しい時期に人手を取られてしまったし、避けられるのなら避けた方が良い。


それに……。


「まあ、西部の事はこちらに任せておきましょう。ウチは開拓に専念しておけばいいのでしょう?」


元々王国東部は中央とは距離があって、ほぼ独自の意向で東部の開拓を行っていた。

私とリーゼルが結婚したことで、直接王家と繋がりが出来たとはいえ、その方針は変わらないだろう。


リーゼルも、私の言葉に頷いている。


「その方針に変わりは無いよ。領地の開拓の進め方も、去年から話していた通りでいこう。そう言えば、そちらはどうなったんだい?」


「東の拠点は、今開発を進めているわ。予定通りアレクに任せるつもりよ。南もルバンがいるし、問題無いわね」


「北は?」


「まだ決まっていないわ。私の近しい者で適任はいないし、貴方の方から選んでいいわよ?」


「それは構わないが……セラ君には断られたのかい?」


「ええ。まあ、領都にミュラー家の屋敷を建てるし、そこを任せるわ。……なに?」


ふと見ると、リーゼルがおかしそうに笑っている。


「いや。確かに全部君の派閥で固めても、外との繋がりが同じになってしまうか。北に手を付けるのはまだ先になるし、僕の方で適当に探しておくよ」


「ええ。お願いするわ。……こんなところかしら? 意外と改まって話す事は無いわね」


「今後の国の方針はウチを中心とした、東部の開拓だけれど……。本格的に動くのはまだまだ先になるし、今の時点で急いで何かを決めるような事はないからね。それに、今回の王都滞在で各領地と繋がりを持てたのは大きいけれど、どこも注目はしていても、まだまだウチの評価を決めかねているって感じかな?」


支援はするけれど、本格的に領地をあげて参加するのはまだ様子見といったところだろう。

甘く見られていると思わなくもないが、魔境の開拓を新興の家が行う訳だし、仕方が無いか。


そう考えて「ふぅ……」と、一つ溜息を吐いた。


839 セリアーナ side その3


「フフッ……。疲れたかい?」


「そういう訳では無いけれど……。想定通りに進むものとそうでないものがあるのね」


 戦争が起きる事は予測出来ていた。

 それに合わせて、リアーナで教会勢力が事を起こす事も予測出来ていた。

 その結果、西部との力関係や付き合い方にも変化は訪れるであろうことも、予測出来ていた。


 だが、リアーナの領都で起きた件や、それを切っ掛けとした、西部の一連の動きは想定外だった。

 結局リアーナにとっては良い方に話は進みそうだが、多くの国や組織、そして人間が絡むだけに、想定外の出来事も起きてしまう。

 同盟の対応の方針だってそうだ。


 私はリアーナ以外の事には関わる気は無かったし、外の事はリーゼルに任せておけばいいと、正直興味も無かったのだが……。

 リーゼルの必要な情報と私が必要な情報は違うかもしれないし、私も独自の情報網を用意しておいた方が良いのかもしれない。


 リアーナの商業ギルドはリーゼルの派閥だし……それならお母様が用意していた商人を使おうか。

 彼等なら、王都とも繋がりがあるし、それに恐らく将来的に、セラに引き継がれるだろうし……。


「そういえば、リアーナから送った品は届いているのかしら?」


 商人の事を考えていたからか、出発前に送っていた荷物の事を思い出した。

 送った荷の中身は、大半が王都滞在中に使う物だが、それ以外にも、仕立て途中のセラの服なども含まれていた。

 向こうでは手に入りにくい素材があったから、こちらで仕上げるためなのだが、どうなっているんだろうか?

 余裕をもって送っていたから、既に到着しているだろうし、完成しているはずだ。


「ああ。商会から先日仕上がったと報告を受けているよ。彼等が保管していて、君たちが到着したら届けると言っていたね。彼等もセラ君の事情は知っているし、到着した事も分かっているから、数日以内には持ってくるはずだよ」


「そう……。無事届いているようならいいわ」


「その商会で働く者を始め、依頼した工房で働く職人や付き合いのある者たちも既に調べているから、安心していいよ」


 リーゼルは、事前にこちらの商会の調査を終えていたようだ。


 領都で依頼した商会の方は、私が調べているから問題無いのは分かっているが、こちら側に関しては、リアーナの商会からしか情報が無いから、どうしても信用度は下がってしまう。

 紹介する側だって、信用できないような者を紹介するわけではないが、それでも間に入る人間が増えれば、どうしても何かが起こる可能性も増えてしまう。


 もちろん、その場合も想定して動いてはいたが、何も起きないならそれにこした事はない。


「王都はこの時期、他所から出入りする者が多いからね。特に今年は戦争の件もあって、普段とは違う顔ぶれが集まっていたから、少し手を焼いたよ……。さて、一先ず伝えておきたいことはこれくらいかな?」


「そうね……とりあえず、お互い聞きたい事は聞けたと思うわ。私もそろそろ部屋に下がらせてもらおうかしら? 部屋は反対側?」


 これまでの全てを話せたとはいわないが、少なくとも差し当たって必要な事は話せたと思う。

 これ以上は、また後日でいいだろう。


「ああ。途中まで案内しよう」


「ええ、お願い」


 互いに立ち上がると、部屋の外に向かうことにした。


 ◇


 リーゼルと共に部屋を出て廊下を歩いていると、初めの曲がり角で使用人が待機していた。

 そこで彼から使用人に案内が代わると、そこから使用人の案内で私が滞在することになる部屋に向かったのだが、この屋敷は随分と広い。


 流石にリアーナの領主屋敷程ではないが、ミュラー家の王都屋敷の、倍とまではいかなくとも1.5倍はありそうだ。

 屋敷の間取りやデザインに変わりは無いが、部屋の数もずっと多いし、公爵家の格は保たれているだろう。


 外は暗くなっていて、中庭の様子はハッキリとは見えないが、建設途中のホールの様な物も見える。

 今はまだ違うが、いずれはここが東部閥の王都での集会所になるはずだ。


「それにしても、広いわね」


 廊下を歩きながら、【小玉】をセラに返したことを悔やんでしまい、ついつい声が漏れてしまった。

 疲れはしないが、ただただ長い廊下を歩くだけなのはうんざりしてくる。


「公爵家に相応しい立派なお屋敷でございますね」


 案内役の使用人が、私の愚痴に控えめにフォローを入れてきた。


 ここまで口を開かなかったが、全くの無反応という訳じゃ無いようだ。

 使用人側から言葉をかけてくることはなさそうだが……これがこの屋敷の方針なのかもしれない。


「マイルズたちは移動に疲れないのかしら?」


「本館から東と西のどちらかにしか向かいませんから……」


「ああ……。それもそうね」


 言われてみれば、男性棟から反対側の女性棟まで歩くことはまず無いか。


 等と適当な事を話しながら、私たちは女性棟の奥を目指して廊下を歩いて行った。


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