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「お部屋はこちらになります」


 案内された先は、女性棟の一番奥の部屋で、リーゼルの部屋の反対側だな。

 廊下に並ぶドアの間隔から考えて、反対側と同じ間取りなのかな?


「……お?」


 使用人の彼女がドアを開けて、俺は中に入ったのだが……。

 既に明かりが点けられていた部屋の中を見回すよりも先に、目の前に積まれた荷物が視界に飛び込んできた。

 俺とセリアーナがリアーナから持って来た物だ。


 それが、ドドンと部屋の真ん中に積み重ねられている。

 俺たちがリーゼルと話をしている間に、こちらに運び込まれていたんだろう。


「リーゼル様から、セラ様とセリアーナ様はお部屋が一緒なので、お二人の荷物はこちらに運ぶようにと言われています。別々にした方がよろしかったでしょうか……?」


 俺の様子に、恐る恐るといった様子で、使用人が声をかけてきた。

 この感じ……懐かしいな。


 リアーナの屋敷でもミュラー家の屋敷でも、俺の扱いはずいぶんラフになっている。

 まぁ、リアーナは住んでいるし、ミュラー家の屋敷の方だって、もう顔なじみはほとんどいないものの、それでも以前はそこで働いていたし、客として遇されてはいるが、かしこまられる様な事はないんだよな。


「いや、このままでいいんだけど……」


 しかし……俺への接し方は別にいいとして、俺ってリセリア家の人間ってわけじゃないんだよな。

 厳密にはまだ違うが、どちらかというとミュラー家の人間だ。

 その俺を、領主夫人と一緒の部屋に突っ込んでいいんだろうか?


「そうですか。滞在されるお部屋もこちらになります。荷開きはせずに、このままでいいと言われていますが……」


 積み重なった荷物を前に、俺のこの屋敷での立ち位置に少々疑問を持っていたのだが、使用人には関係ない。

 何か手伝うかと聞いてきた。


「あ、うん。オレがやるから、そのままでいいよ。ありがとうね……」


「はい。それでは、失礼します」


 そう言って、使用人は部屋を後にした。


「さて……」


 部屋に1人になってから、ドアの前で大人しくしていたが、2分ほど経ったところで、もういいだろうと【妖精の瞳】を発動して、ついでにアカメたちを呼び出した。


「それじゃー、開始しますか」


 一言呟いて気合いを入れた。


 ◇


 部屋に入ったばかりのときは、目の前に積まれた自分たちの荷物に目を奪われてしまい、あまり部屋の様子を見る事は出来なかったが、改めて部屋を調べてみると、基本的な間取りはリーゼルが使っている部屋と一緒だった。


 大きな応接室に、そこと直接繋がっている寝室。

 うん……一緒だ。


 だが、小さい事ではあるが、違いもあった。

 応接室にはリーゼルの方と違って、料理をするのは難しいかもしれないが、お茶を淹れるには十分なキッチンが併設されている。

 これは、やはり女性側の方が、部屋だけで過ごす事が多いからなのかな?


 それと、部屋に設置された窓が、リーゼルの部屋の物よりも小さい窓だった。

 向こうは大きな窓がドンとあるのに対して、こちらは半分くらいのサイズになっている。

 女性用だからかもしれないな。


 ともあれ、違いはそれくらいだし、中々くつろげそうな部屋じゃないか。


「ふぬ……。とりあえず、こっちの部屋は問題無しかな」


 使用人が部屋を出て行ってからしばらくして、俺はまずは応接室の調査を開始したんだ。

 セリアーナが基本的に屋敷から出る事は無いし、滅多に出番が来る事はなかったが、彼女が宿泊する部屋の調査は俺の役目の一つでもある。

 ここは自分の家の物ではあるが、訪れるのは初めてだし、しっかり見落としなく調べないとな。


 ってことで、床に壁、そして天井……【妖精の瞳】にヘビたちの目を発動して、入念に調べたが、異常はどこにもなかった。

 もっとも、異常があったら困るし、何も無いのはとてもいい事なんだが……。


 それにしても、まだ応接室だけだが、短時間であっさり終わってしまった。

 なんというか……色々確認しやすい造りなんだよな。

 凝ったところが無いというか、シンプルというか……。


 元々この屋敷は、誰かの屋敷をリフォームしたかなんかだって聞いた気がする。

 だからなのか、部屋に設置された魔道具を繋ぐ導線の張り巡らせ方とかは、ミュラー家の王都屋敷とかと似た気配を感じた。

 同じ王都の貴族街に建っていて、同じような基礎設計だし、もしかしたら同じ工房で建てているのかもしれないな。


「次は寝室か。こっちはどうかな……?」


 一先ず応接室の確認を終えた俺は、次は寝室に向かうことにした。


 リーゼルの部屋も寝室は見ていないし、こっちはどんな感じなんだろう?

 応接室の雰囲気を考えると、多分同じ様な感じの部屋なんだろうけれど……。


837 セリアーナ side その1


「ありがとう。下がってくれ」


「はい。失礼します」


 お茶を運んできた使用人は、リーゼルの言葉に頷くと、静かに部屋を出て行った。

 ドアを開け、歩く際の足運び、給仕の際の動きも非常に洗練されている。

 リアーナではもちろん、実家のゼルキスの屋敷でも見られないほどだ。


「彼女は王都の人間よね?」


「ああ。彼女だけじゃなく、この屋敷で働く者は皆、こちらで母上の実家に縁のある人間の中から選んだよ。気に入ったかい?」


「そうね。仕事が出来るのはいい事よ。……ただ、あんなのが四六時中側にいるようでは、落ち着かないわね。ココだけでいいわ」


 城での生活が長かったリーゼルにとっては、彼女たちの様な存在は馴染みがあるのかもしれない。

 だが、私にとってはあそこまで職に徹し過ぎられると、少々堅苦しく感じてくる。


 普段から使用人を側に置く事はないが、それでも加護で使用人がどのように動いているのか、私は把握出来ている。

 セラの【妖精の瞳】を使わずに、自分の加護単独の時は、光点でしかないから、個人を判別するのはその光点の動きを見ている。

 敵味方の識別は別にしても、動きで個性は出るから、慣れたらそれが誰のものかわかるようになってくるのだが……。


 加護で見える彼女たちの動きは、あまりにも規則正しすぎて、遊戯の駒の様に思えてくる。

 使用人として、上役からしっかり躾けられて、本人も真面目に職務に励んでいる結果なのだろうが、私からしたらうんざりしてしまう。


 リアーナの屋敷がそんな事になった場合を想像して、溜息を一つ吐くと、私の顔を見ているリーゼルと目が合った。

 何がおかしいのか、笑みを浮かべているが……。


「なに?」


「いや。君がセラ君と仲の良い理由がまた一つわかったよ。彼女の様な使用人でも探してみるかい?」


「アレは1人でいいわ……。それに、使用人としてなら彼女たちの様な者の方が正解でしょう」


 私に合わないだけで、貴族の屋敷で働くのなら、彼女たちの動きに問題は無い。

 ここの様に、他領や他国の貴族が訪れるような場所でなら、重宝されるだろう。


 リーゼルは「そうだね」と笑うと、お茶を一口飲んで、再び話を切り出した。


「それじゃあ、少し真面目な話をしようか。領都の件を改めて聞かせてもらえるかい?」


 手紙で何度か報告はしているが、あくまで漏れても問題がない程度に情報を省いていたし、正確な情報は持っていないだろう。

 それに、こちらで騎士団に報告する前に、彼に話して内容を改めて整理するのも悪くない。


「わかったわ。手紙の情報に少し補足する程度になるけれど、初めから話すわね」


「頼むよ」


 私も運ばれてきたお茶を一口飲んで、一息つくと、説明を始めることにした。


 ◇


 以前から把握していた教会地区のアンデッド。

 それが、教会関係者と繋がりのあった冒険者の手によって暴走し、地上に姿を現したが、無事被害を出すことなく鎮圧に成功。


 本拠地を見つけるために教会地区を詳しく調べたところ、敷地内の封鎖された井戸の底に横道があり、そこから繋がる地下空間に魔導士協会で禁忌扱いされている、魔法陣を組み込んだ施設が造られていた。


 私自ら直接乗り込み、無事完全に破壊する事に成功し、調査の末、教会施設の大幅な縮小と地下空間の埋め立てが決定した。


 それらの情報は東部閥でも共有されていて、一斉に各領地で調査をしたが、幸いリアーナ以外では同様の施設は見つからなかった。


 ただ、教会への不信感が加速して、リアーナだけじゃなく、ゼルキスを始めとした東部全体で、教会の活動が縮小しつつある。

 また、教会側もその事を察しているのか、人の出入りが減ったりと、むしろ自分たちも活動を縮小させている。

 さらに、本国の息のかかった者たちも撤退しているため、今後は教会そのものは残るが、領主主導で運営されていく可能性が大きい……。


 それらの情報は手紙にも書いていたが、さらに、人名や地名を加えて、より詳しく説明をした。

 リーゼルは黙って聞いていたのだが、こちらの説明が終わると、内容を纏めるためなのか、そのまま額に手を当て目を閉じた。


「貴方がそこまで考えこむだなんて、珍しいわね。私も戦場での西部の動きはアレクたちから聞いているけれど、やはり大きな動きがあるのかしら?」


 普段から飄々としているリーゼルのあまり見せない姿に、ついついおかしくなってしまい、考えの邪魔になるかもしれないと思いつつも、彼に向かって話しかけた。


 リーゼルは、私の声に目を開くと、肩を竦めて苦笑を浮かべながら口を開いた。


「ある程度予想はしていたけれど、それを大分上回っているから……ね」


 そう言うと「参ったな……」と、笑みを浮かべて全くそうは見えない様子で呟いた。

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