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「やあ、セリア。久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「ええ。貴方も変わり無い様で、なによりだわ」
俺たちが案内されたリーゼルの部屋は、2階の奥にあった。
何となく、ミュラー家の屋敷のイメージから、リーゼルの部屋は1階にあるような気がしたんだが……よくよく考えると、彼はリアーナの領主ではあるが、この屋敷にとってはお客さんなんだよな。
だから、この部屋も客室に過ぎない。
もっとも、客室といってもただの客室という訳では無くて、貴賓室とでもいえばいいんだろうか?
書き物が出来る机と、それとは別に、今俺たちがいる応接用のスペース。
さらに、部屋の奥には別室に繋がるドアもある。
昔、俺たちがミュラー家の王都屋敷で滞在していた部屋と同じ様な間取りだ。
リーゼルは、もうここに数ヶ月滞在しているが、その間の領主の執務は、十分ここで対応出来ただろう。
このリセリア家の王都屋敷は、2階建てのコの字型になっている。
男性用と女性用に東西でフロアを分けているし、この屋敷の方が少々規模は大きいが、基本的にはミュラー家の王都屋敷と大差は無い。
その辺は他の屋敷もそうだったし、この国での貴族の屋敷の基本設計みたいなもんなんだろう。
下にも部屋はあったし、談話室もそちらにあるだろうから、恐らく男女で会談をする際にはそちらを利用するんだろうが、今回は特別なのかな?
ともあれ、セリアーナとリーゼル。
久しぶりに顔を合わせた2人は、和やかに挨拶を交わしてから会話に移っているが、まだ案内してきたマイルズ夫妻が部屋にいるからか、なんとも当たり障りのない話に終始していた。
セリアーナは【小玉】から降りてリーゼルの向かいに座っているが、2人ともちょっと固いというか……余所余所しいかな?
俺の気のせいだろうか?
「さて、少し話をしたいから、君たちは下がって貰っていいかい?」
2人は二言三言、言葉を交わしていたのだが、そこで一旦話を中断すると、リーゼルは夫妻に部屋を出るように申し付けた。
2人だけじゃなくて、オーギュストや屋敷の使用人たちもだ。
俺も彼等と一緒に出ようかなと思ったが……。
「おわっ!?」
「お前は残っていなさい」
俺はこの場に残って一緒に話をするらしく、セリアーナに足を掴まれてしまった。
◇
リーゼルは、マイルズ夫妻や部屋にいた皆が出て行くと、浅く座っていたソファーに深く座り込んだ。
そして、「ふぅ……」と一つ息を吐くと、顔を緩めた。
そういえば、リアーナだとこんな表情をしていたっけ?
顔を見るのが久しぶりだから忘れていたけれど、さっきまではちょっと力が入っていたのかもしれない。
セリアーナは……俺は彼女の後ろにいるから表情は分からないが、特に何か変わった様子は無い。
平常運転かな?
「改めて……。久しぶりだねセリア。手紙で報告は受けているけれど、領地の問題は上手く片付いたようで良かったよ。セラ君も、ご苦労だったね」
「あ……はい」
「海でのことは簡単にだが報告を受けているよ。セラ君がいなかったら、到着はもう少し遅れていたかもしれないね。流石だよ」
「いえいえ」
なんかえらい褒めてくるな。
間違ってはいないが……なんともむず痒い。
「その娘は、気分転換に遊びに出向いただけだし、あまりあてにしない方が良いわよ?」
「フッ……。セラ君に船を任せるような事はしないさ。それよりも、セリア。君が近日中に到着するという話を聞きつけた者たちが、歓迎会を開きたいと申し出てきたが……どうする? その化粧を見ると……今日は断って正解だったかな?」
船がどうのって話も気になるが、それよりリーゼルは化粧にも詳しいのか……。
セリアーナのメイクが今日はちょっと手抜きだってことを、この短時間で気付いたらしい。
どうやら、セリアーナが今日王都に到着すると予測した者たちから面会の話があったようだが……セリアーナの思考をよく理解しているな。
「今日明日は誰とも会わないわ。明後日以降ね。それでいいかしら?」
「ああ。セラ君はどうする?」
「出席させるわ。あまり遅くなる前に私も退出するし、それでいいでしょう?」
「もちろんだよ。あまり大がかりなものでは無いし、元々付き合いがある者たちがほとんどだからね。少数の静かな会にする予定だから、そこはあまり気にしないでくれ」
「わかったわ……。それで、貴方は王都での用事はどうなの? 折角領都に戻って来ずに残っていたのだし、何か成果はあったのかしら?」
「まあまあかな……? 少なくとも、今後はリアーナを中心に、東部との交流に力を入れる地域が増えそうだよ」
なんか知らんうちに俺の予定が決まってしまった……。
だが、ポカンとする俺を他所に、2人はこの半年ほどのそれぞれの話を、手短に済ませていった。
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リーゼルは、戦場から王都に帰還後、主にゼルキスを除くリアーナより西側の領地の人間と交流を図っていたらしい。
リアーナから王都圏まで、船で行くのが一番早い移動手段だ。
そして、大量の物資を運ぶ手段でもある。
効率だけを考えるなら、船便を利用する事が正解だ。
だが、誰もがその船便を利用できるわけじゃ無い。
リアーナでの船便の開始以降、順調にリアーナ・王都間の本数は増えていっているそうだが、まだまだ数が足りていない。
リアーナから西に向かう場合や、その逆の場合も、移動の基本は陸路だ。
だから、リアーナ・王都間の領地との連携も必要になってくる。
しっかり話をつけておけば、特別扱い……とまではいかなくとも、多少は領内の通過の際に便宜を図ってくれるようになるしな。
一応、貴族学院へ入学する子供たちが、王都に向かう際にそのルートを利用して、その道中に挨拶をしたりしているが、折角領主が王都にいるんだ。
その領地の王都屋敷を任された者たちと、交流するいい機会だ。
それに、丁度時期的に、各領地から貴族学院に通う子供たちの親が、王都にやって来る卒業シーズンも重なっていたしな。
話の途中に出てきた、いくつかの人名は理解できなかったが、リーゼルの事だ。
この機会を逃さずしっかり活用していたんだろう……。
残った甲斐はあったと、ご満悦だった。
◇
「それで、今後の予定はどうなっているのかしら? あまり長く王都に滞在するわけでは無いのでしょう?」
一通り話を聞き終えたセリアーナは、リーゼルに次を促した。
「そうだね。セラ君の城での手続きは、来週……来月の初週のうちに済ませる予定だね。他国の生徒も学院への入学手続きを終えて、街が静かになっている頃だし、城の人間も多少は手隙になっているだろうからね。さほど待たされること無く手続きは完了するはずだ。そして、週末に王都を発つつもりだよ。君たちが乗ってきた船は、今も港に待機しているんだろう?」
「ええ。そうしてもらっているわ。……思ったより早く帰還するのね。貴方の事だから、もう少しこちらで用事を見つけると思ったのだけれど」
「ルバン卿の船を僕らの都合であまり長期間拘束するのも悪いだろう? それに、いい加減僕も領地を空け過ぎている。忘れられたら困るからね」
「あら、それなら大変ね。貴方がいない間に、私が色々好きにやらせてもらったわ。お陰で、私が大分自由に人を動かせるようになったもの」
そう言うと、2人で笑いあっている。
一見領主夫妻の領地での権限の取り合いみたいな感じに聞こえるが、この2人の場合はなぁ……。
セリアーナがちょっと触れた、色々好きにやったってのも、何のことか心当たりがあるが、アレはリーゼルとも事前に話していたような事だし……。
これじゃれ合ってんじゃないのかな?
「ねー。オレ、もう部屋行っていいかな?」
この2人は、手を繋いでデートとかよりは、適当に議題を用意して、議論をするのを楽しむようなタイプだ。
一応、養子の手続きだったり帰還時期のスケジュールだったり、全く俺に関係が無いって事でもないから、さっき出ようとした際に残していたんだろうけれど、もう俺が残っている必要は無いよな?
「それもそうね……。私はもう少しリーゼルと話しておくから、お前は部屋に下がりなさい。部屋の場所は使用人に聞くといいわ」
セリアーナがそう言うと、さらにリーゼルも続けた。
「セラ君。悪いが部屋を聞く際に、僕らにお茶を用意するようにと伝えておいてくれないかい? この部屋は、リアーナの君たちの部屋と違って、中にキッチンが無いんだよ……」
立派な部屋だけれど、キッチンはもちろん風呂も無い。
使用人にお世話されることが前提の部屋だな。
リーゼルは、少々物足りなさそうに言いはしたが、まぁ……公爵領の王都屋敷だ。
そこの貴賓室に滞在するような人間なんて、身分もそれ相応の人だろうし、むしろそっちの方が自然だろう。
「なるほど……りょーかい。それじゃあ、ごゆっくりー」
リーゼルの言葉に、改めて部屋を見渡して納得すると、返事をして部屋を後にした。
◇
「おっ!? ここにいたのね……」
リーゼルの部屋を出たはいいが、リアーナの屋敷と違って、部屋のドアの前に護衛の兵が控えているような事はなく、また、廊下に使用人の姿も見えなかったので、1階まで行くのかな……と思ったのだが、廊下の角を曲がったところに、2人の使用人がしっかりと控えていた。
彼女たちは壁を背に立っていたが、俺が姿を見せるとすぐに、こちらを向いた。
動きに全く淀みが無いし、練度の高さを感じるな……。
流石王都。
「セラ様? お1人でしょうか?」
「うん。オレはもう部屋に行くから案内して欲しくてさ。それと、旦那様が部屋にお茶を持って来てくれって言ってたよ」
「かしこまりました。それでは、お部屋には私が案内させていただきます」
「ほいほい。よろしくねー」
部屋かー。
そう言えば、俺の扱われ方ってどうなってるんだろう?
1人部屋か、またセリアーナと一緒か……どっちだ?
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