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王都に無事辿り着いた俺たちは、西門前で入場を待っている者たちを横目に、優雅にノンストップで入場を果たした。
俺が彼等の立場なら、「ぐぬぬ……」ってなるが、騎士の護衛付きの豪華な馬車と、これ見よがしにお貴族様アピールしているしな……。
これには皆も納得せざるを得ないだろう。
ともあれ、王都内に入った俺たちは、真っ直ぐ貴族街に向かった。
王都には訪れる度にそれなりに纏まった日数を滞在しているが、馬車で通過するだけとはいえ、西街を通るのは久しぶりだ。
王都の西街は商業地区になっていて、国内だけじゃなくて他国の品を扱うような大きな商会を始め、様々な商会が店舗を構えている。
以前通った時はまだリアーナはゼルキス領だったし、領都もルトルの街で、そこまで発展していなかった事もあって、いろんな店があるなー……程度の認識だったが、それなりにこの世界の事情に明るくなってきた今だと、色々読み取れる事もある。
割とどの店も似たような雰囲気の中、明らかに違う雰囲気の店が他国のだな。
今後他国との付き合いに変化が生まれるかもしれないし、この辺はどうなっちゃうんだろう。
今はまだ以前と大した変化は無いが、数年後とかには色々変化しているかもしれないな。
「そう言えば、セリア様ってこっちのお屋敷を見るのは初めてだっけ?」
西街を通過しながら貴族街に向かう最中、ふと思い出したことを口にした。
そもそも何度か王都に来たことのある俺ですら、外観をちらっと見た事があるだけだし、どんな風になっているのかは知らないんだ。
「そうよ。簡単な見取り図は見ているけれど、初めてね。こちらの屋敷は、リーゼル主導で運営する予定だし、あまり私が関わる事はないのよね……」
と、セリアーナは静かに答える。
王都に入ってからは流石に馬車も速度を落としているし、道も整備されているから、全くうるさくないし、この声量で十分か。
「そう言えば、そんな事を言っていたような気もするけど……。テレサが色々やってたけど、そうなの?」
いつだったか、リアーナ領や王国東部では、元ミュラー家の人脈を活かせるしセリアーナの影響力が大きいが、代わりに王都や同盟各国では、王族としての人脈も活かせるから、リーゼルが主導になっている……みたいなことを聞いた気がする。
ただ、こっちの屋敷とかは働く者の人選も含めて、テレサが色々関わっているよな?
領地以外でのウチの活動は、王都の屋敷が中心になってくるし、それでもリーゼルが主導なのかな?
そう思って首を傾げていると、セリアーナが「あのね……」と、呆れた様な声を上げた。
「テレサはお前の侍女としてすっかり馴染んでいるから、忘れているのかもしれないけれど、彼女はリーゼルの縁者でもあるのよ?」
「あ、そっか……」
そういえば、テレサは王妃様の実家の分家筋かなんかの出身だったっけ?
彼女自体が、リーゼルの人脈でもあるわけか。
「まあ……領地以外で変にリアーナ色を出す必要も無いし、それぞれ適した場所で力を発揮したらいいのよ。……そろそろ貴族街ね」
「あ、本当だね」
馬車はいつの間にか西街を通り、中央広場に出ていた。
馬車からはわからないが、ここからもう少し進むと、街を隔てる壁が見えてくるはずだ。
その壁を越えた先が、王都の貴族街だ。
「屋敷の場所は……どこだったかしら?」
「お城のすぐ側だよ。ミュラー家のお屋敷からもうちょっと進んだところだね」
「ミュラー家の屋敷も随分近かったけれど、流石は公爵家……ってところかしら? 外観は……今日はもう暗いし、見る事は出来ないわね」
屋敷の場所や外観などについてあれこれと話をしていると、どうやら馬車は貴族街に入ったようだ。
貴族街に入る門には検問が設けられている。
王都に入る際にも検問はあるが、こちらは貴族街……さらにその先には王城もあるから、厳重さではずっと上だ。
こちらで生活するようになったら、ある程度顔パスの様な事も可能になるが、初めは何か手続きの様な事をやっていたんだが……俺達が乗る馬車は、一度も止まることなく通過していた。
馬車の揺れがいつの間にか消えていたから気付けたが、これが公爵家の威光だろうか?
領地にいると実感する機会は少ないが、いざこうやって外に出ると、そこかしこで、ウチの力を感じてくるな。
感心している間にも馬車は進み、窓の外は何やら見慣れた景色が見えるようになってきた。
「昔のままね」
隣を見ると、セリアーナも少し懐かしそうな様子で、窓の外を眺めている。
あまり頻繁に出歩くような事はなかったが、それでも1年近く暮らしていた場所だからな。
声もそこはかとなく、ノスタルジックな感じだ。
「そうだねー。変わったところといえば……ウチの新しいお屋敷くらいかな?」
「そう」
そして今度は、満足そうな声だ。
貴族街で変化があったのはウチだけってのが気に入ったのかもしれないな。
「お」
ミュラー家の屋敷を通過した。
そろそろウチのお屋敷に到着だな。
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俺たちが乗る馬車は、貴族街に入ってからずっと一定の速度で真っすぐ走っていたが、速度を緩めたかと思うと一つ曲がり、そして止まった。
周囲の馬や、すぐ後ろの荷物を積んだ馬車もだ。
「着いたね」
「オーギュストもすぐそこに居るわね。周囲に敵は無し……。問題無いわね」
セリアーナはそう言うが、念のため【風の衣】を発動する。
今の俺は、普段のフル装備状態じゃ無い。
恩恵品をいくつか外して、ちょっと戦闘力がダウンした状態だ。
備えは大事!
さて、【風の衣】を発動して、ついでにヘビたちにも警戒を促して準備が完了したころに、外から馬車のドアがノックされた。
外もセリアーナを下ろす準備が整ったんだろう。
「んじゃ、お先に。指輪はちゃんと使ってね」
降りようとドアに手をかけたが、その前に一度振り返り、セリアーナに【琥珀の指輪】を発動するように言った。
「ええ。分かっているから、さっさと降りなさい」
流石に弁えているのか、【琥珀の盾】を着けた指を見せると、さっさと降りろと手を払うような仕草をした。
「ほいほい。それじゃあ……」
再び前を向いて、今度こそドアを開いて馬車から降りた。
馬車が止まったのは屋敷の玄関ドアから10数メートルほど離れた場所だ。
そこの周囲を見渡すと……俺の予想以上に兵がいる。
オーギュストがいるのはセリアーナの言葉でわかったし、出迎えには屋敷の警護の兵もいるだろうとは思っていたんだが……。
視界に入るだけで20人は超えていて、屋敷のドアから馬車の前まで両側に立って守りを固めていた。
警備の兵が全員ここに集まっているわけでもないだろうに、どんだけいるんだろう?
それに、護衛の中には女性の姿もある。
恰好が違うし、兵士じゃなくて騎士か……。
リアーナの人間じゃないから、親衛隊からの出向かな?
彼女たちは、俺が出てくるとすぐに馬車のドアの前まで来ている。
セリアーナ待ちか。
「久しいな。セラ副長……風か」
馬車のドアの正面に立っていたオーギュストは、その親衛隊の動きを気に留めずに、挨拶をするなり、そう聞いてきた。
俺が加護を発動しているのに気付いたらしい。
相変わらず、勘が鋭い。
「久しぶりだね、団長。そ。【風の衣】を使ってるよ。それより、セリア様を降ろしていいかな?」
「ああ。問題無い」
「んじゃ……。セリア様」
振り向いて馬車の中で待つセリアーナに声をかけた。
彼女は【小玉】を浮かすと、そのまま馬車の外へ出る。
【小玉】を発動したままだったし、どうするのかなと思っていたが、乗ったままなのか。
屋敷の中で乗る事はあっても、人前や外に出る時は自分の足で歩くことがほとんどなのに、珍しい気がするが……。
まぁ、いいかな?
「ご苦労ですね。オーギュスト団長」
ドアの脇に控えていた親衛隊たちに囲まれながら、セリアーナは一言オーギュストに労いの言葉をかけると、俺に側へ来るように手招きをしている。
どこのポジションに着けばいいかわからなかったが、この編成の中でも俺はセリアーナの側が正解なのかな?
「はっ。お待ちしておりました。どうぞ、中へ。旦那様もお待ちです」
そう言うと、オーギュストは屋敷のドアの前に控えていた使用人に合図を出して、ドアを開けさせた。
「結構。行きましょう」
セリアーナはそう言うと、【小玉】をゆっくり進ませた。
屋敷のドアまでの通路両側を固める兵に、セリアーナの周囲を固める親衛隊たち。
そして、後ろに浮く俺。
たかが10数メートル程度の距離なのに、凄い人口密度だ。
守りだけなら、【風の衣】と【琥珀の盾】だけで十分なんだが……ハッタリ……ってわけじゃ無いが、こういったパフォーマンスも必要なのかな?
ともあれ、これでお目当てのお屋敷に辿り着くことが出来た。
ようやく俺も気を抜くことが出来るな。
ふぅ……と、小さく息を吐くと、俺もセリアーナに合わせて【浮き玉】を進ませた。
◇
屋敷に入った俺たちを玄関ホールで出迎えたのは、リーゼルでは無くて、この屋敷を任された夫妻だった。
夫のマイルズ・コード、妻のイザベラ・コード。
どちらも40歳前後くらいかな?
リアーナでもゼルキスの人間でも無いし、俺は初めて顔を見るが、どうやらセリアーナは知っているらしく、そこそこ親しげな様子で声をかけていた。
相手も、【小玉】に乗って現れたセリアーナに少々驚いたようだったが、すぐさま気を取り直して挨拶をしている。
ついでに俺にもだ。
「ども……。セラです」
人見知り……という訳じゃないが、全然知らない人だったからなー……ちょっと大人しい挨拶になっちゃったな。
「お二人ともお疲れでしょう。すぐにお部屋に案内します。リーゼル様も2階でお待ちですよ」
そう言って、2人は先導するようにホールの奥に見える階段に向かって歩いて行った。
「ご苦労様。お願いするわ。セラ、行くわよ」
「はーい」
俺たちも夫妻の後について、階段に向かった。
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