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 昨晩、【隠れ家】でセリアーナからアレコレと気になっていたことを一気に聞かせてもらい、ついでに機嫌のよかったセリアーナに、これまたアレコレ質問をしては答えてもらいと、頭を使ったため、いつも以上に即眠りに落ちていたらしい。

 布団に潜った事は覚えていたが、それから先の事は何も覚えていない。


 俺が【隠れ家】に置いている寝具は、初めて王都に来た頃に、じーさんの友人から頂いた物と、リアーナで用意した物とを組み合わせている。

 普段俺が寝る時に使っている、セリアーナのベッドには流石に負けるが、それでも、中々の良い物を揃えている。

 久しぶりに使ったがグッスリと熟睡出来たし、お陰で頭はスッキリだ。


 ……スッキリなんだよ。

 どんだけ寝たんだ?


【隠れ家】には、外に繋がる窓が無いから、寝室のドアを閉められると今が夜なのか朝なのかわからない。

 真っ暗だ。

 隣で寝ていたセリアーナは既に起きているみたいだし、まだ夜って事はないだろう。


「ぬーん……よっこらせ」


 ベッドの上で一旦両足を真上に上げると、今度は振り下ろして、その反動で起き上がった。


 暗い寝室を見回すと、リビングへのドアの下から明かりが漏れている。

 まだセリアーナは【隠れ家】にいるのか。

 俺が寝てたからかな?


 ベッドの下に転がしていた【浮き玉】に乗ると、俺はリビングに向かうことにした。


 ◇


「おはよー」


 リビングに出ると、セリアーナはいつもの席で、お茶を飲みながら本を読んでいた。


「おはよう。思ったより早く起きたわね」


「うん……なんか熟睡してたみたい。今は……10時ちょいか」


 棚の上の時計の針は、10時ちょいを指している。

 とっくに街の住民は動き始めているだろうが、旅行中のお貴族様ってシチュエーションだと、むしろまだ早い時間かもしれない。


「私はもう済ませたけれど、お前、朝食は? 食べるのなら用意するわよ?」


「もらう。……宿の分はいいのかな?」


 セリアーナが起きたのが何時なのかはわからないが、食事は自分で作って済ませたらしい。


【隠れ家】には出発前に、保存用の食糧をしっかり用意しているし、調味料なんかの備蓄も完璧だ。

 作ろうと思えばいつでも料理を作れる環境ではある。

 だが、冒険者とか行商人が泊まる様な安宿ならともかく、仮にも俺たちが宿泊しているのは高位貴族向けのハイソな宿だ。

 宿の方で用意とかしていないのかな?


「宿の人間には起こさないように伝えているし、それくらい対応するでしょう。お前は顔でも洗っておきなさい」


 セリアーナは、キッチンへと歩きながらこちらを向くことなく、そう言った。


「……なるほど」


 宿じゃなくて、こちらの都合に合わせんのね……。

 昨晩、今日は何時に発つとか何も言っていなかったが、俺たちの都合で全部決めていいのか。


 しっくりきたのを、今度は口に出さずに心の中で「なるほど」と頷くと、俺は洗面所へと向かった。


 ◇


 時刻は11時を少し回った頃。

 朝食を食べて片付けも済ませた後は、リビングで食後のお茶となった。


 昨日までは、理由はあったものの何だかんだでずっと慌ただしかったから、こういう風にのんびりするのは久しぶりな気がするな。

 船は船で、やる事こそなかったが、あんまりのんびりするって環境じゃなかったんだよな。

 揺れてたし。


 ってことで、俺はぼんやりとモニターを眺めて、セリアーナはお茶を飲みながら本を読んでいたのだが……。

 30分ほどたったところで、セリアーナが本を閉じると立ち上がった。


「そろそろ用意をしましょうか?」


「うん」


 用意といっても、セリアーナは既に服も髪もキメている。

 後は軽く化粧をする程度だろう。

 時間がかかるのは俺だな……。


 寝間着を脱ぐと、昨晩用意していた服にサクッと着替える。

 どちらもワンピースだからな……。スポっと脱いで、スポっと着るだけだ。


「あ、指輪とかどうしよう?」


「好きにしなさい。ただ、マニキュアは今日はまだ必要ないわね。ああ、【琥珀の盾】は借りておくわよ? それと、【足環】と【蛇の尾】は外しておいた方がいいわね」


「ほいほい」


 セリアーナの指示に答えながら、あれこれ着けたり仕舞ったりと、リビングと寝室との行き来を繰り返して、俺は髪以外の準備が完了した。


「今日も髪やるの?」


 そして、リビングでは既に髪を整える道具を用意したセリアーナが、俺がやって来るのを待ち構えていた。


「ええ。安心しなさい。昨日で大分扱い方がわかったわ」


「……へぇ」


 昨日あれだけ手こずっていたのに……タフなねーちゃんだよ。


「変な顔をしていないで、さっさとそこに座りなさい」


 若干ムッとした様子で、セリアーナは普段彼女が座っているソファーを指した。


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 ソファーに座ってセリアーナに髪を任せているのだが、昨日とは少々手順が違っている気がする。


 昨日はサイドに細かい三つ編みをする事から始めていたが、今日は後ろに1本だけ三つ編みをしている様だ。

 そして、髪が滑って上手く編むのに時間がかかっていた昨日と違って、テンポよく編み目を増やしていっている。

 コツを掴んだって感じの事を言っていたが、どうやら本当らしいな。


「今日は1本にするの?」


「まずは……ね。動かないで頂戴」


「うん……」


 振り向こうとした俺の頭を掴むと、そのまま前を向かせた。

 そして、再び編み始める。

 昨日と同じくらい編み目は細かそうだし……どんなのになるんだろう?

 そして、どれくらいかかるんだろう……?


「ねー」


「なに?」


 セリアーナは、髪を編みながらでもお喋りをする余裕はあるらしく、なんとなく発した俺の言葉に応えてきた。


「今日って、準備出来たらもう出発するんだよね?」


「ええ。日が落ちる前には、王都に到着するはずよ」


「王都に着いてからは? どこかに挨拶とか行くのかな?」


「遅くなるでしょうし、そのままウチの屋敷に向かうわ。何人か挨拶をしておきたい方たちがいるけれど、それはまた後日ね」


「ほぅほぅ……。旦那様たちは、オレたちが今日着くのは知ってるのかな?」


 どうやら、今日は移動だけで、王都に到着したら後はもうやる事は無いようだ。


 ただ、リーゼルたちは俺たちが既にこっちに来ているのを知っているのかな?

 日程に関しては、ある程度予測しているのかもしれないが、船での戦闘の様に何か突発的な事で、数日くらいは前後したりもするだろうに……。

 屋敷に着いても、誰もいないとかになったらどうしよう?

 そう思ったのだが……。


「ええ。昨日到着した時点で、早馬を使って報せを入れているわ」


 どうやら、そこはしっかり考えていたらしい。


 俺たちが昨日着いたのが夕方だし、急げば王都の門を閉じられる前に到着する事も可能か。


「なるほどー」


「数日ゆっくり休んでから、王都の人間と挨拶をすることになるけれど、それも彼等が屋敷にやって来るわけだし、あまり忙しくなることは無いわね」


「ぬ……、そうなんだ」


 そういえば、貴族は基本的に上の人間を訪問するってスタイルだったな。

 ある意味、王家を除けばウチがトップ格なわけだし、忙しくはならないのか。


 そんな事を話している間も、俺の髪をいじるセリアーナの手は止まってはおらず、どうやら三つ編みは完成したらしい。

 セリアーナは「立ちなさい」と言った。


 言われた通り立ち上がると、何やら結んだ髪をウネウネ動かしている。


「これで終わり?」


 後ろ髪の大半を三つ編みにしているためか、痛みがあるわけじゃ無いけれど、何となく後頭部を引っ張られるような感覚がある。

 いつも背中や首にかかっている髪が無いし、スッキリしているのはいいな。


 だが、ただ長い三つ編みを1本作っただけだし、それで終わりなんだろうか?

 ここまできっちりした三つ編みは珍しいかもしれないけれど、探せば同じような髪形の子は結構いそうな気がするぞ?


「まだよ。今は編み目を整えているだけ……いいわ。座りなさい」


「ぬ?」


 まだ続きがあるのか。


 言われた通り座っていると、セリアーナはテーブルに置いている道具箱から、何かを取り出した。

 金色……針じゃ無いよな?

 金属製で、飾りが色々付いているが、簪みたいな物かな?


「なにそれ?」


「これで髪を留めるのよ」


 そう言って、セリアーナは俺の後ろに回ると、頭頂部のやや後ろ辺りにグルグル巻き始めた。

 お団子だな。

 そして、お団子を3周か4周したところで巻くのを止めると、先程取り出した簪をブスっと刺した。


「……ぉぉぅ。完成?」


 髪にとはいえ、頭に金属をブスっと刺すのはちょっと怖いな……。

 少々恐る恐ると、セリアーナに出来たのかを聞くと、またしても「まだよ」と言われてしまった。


 まだ何かするのかな?


 と、首を傾げていると、何やらお団子にしなかった残りの三つ編みが解かれているような感触がする。


「あれ? 解くの?」


 折角時間をかけて三つ編みにしていたのに、解くのかな?


「巻きやすくするために編んだのよ。……それにしても、解くのは楽な髪ね。結んだりするのは面倒なのに……」


 セリアーナは、軽い愚痴のような言葉を零しながらも、残った三つ編みが解けたらしい。

 長さはどれくらいかわからないが、解くのにかかった時間は1分そこらだろうか?

 指を通すだけで簡単に解けるもんな……俺の髪って。

 そう考えると、ちょっと気持ちはわかるな。


 そして、三つ編みを解いた髪に何度かブラシをかけて、完成したようだ。

 今日の髪形はお団子にして、そこから尻尾が生えているような感じなのかな?


「はい、出来たわ。もう立っていいわよ」


「うん。ありがとー」


 ソファーから立ちあがり、セリアーナに礼を言った。


 まだ彼女が化粧をする時間もあるし、その間にちょっと鏡でも見て来るかな!

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