377

826


 寝室の天井から【隠れ家】に入ると、そのまま俺はリビングに向かい、ソファーにダイブした。


「……ふぅ」


 二度三度跳ねてから背もたれにもたれかかると、思わず気が抜けたのか息が漏れてしまった。

 やっぱり【隠れ家】は落ち着くな。


「どうしてお前がそんなに疲れているのよ……。移動の最中に少し外を飛んだくらいでしょう?」


 セリアーナは、呆れた様な声を出しながら向かいに座った。

 そして、モニターをONにしている。

 これで【隠れ家】の外を見る事が出来るが、手慣れたもんだな。


 そのセリアーナの動作に感心しながら、答えた。


「いやさ……海から陸に戻ってきたから、どっかにセリア様狙ってるのがいるんじゃないかなって思ってね。加護も恩恵品もあるし、心配はいらないってのはわかってるんだけど、そもそも狙われてるかもしれないって状況が嫌なんだよね」


「……何も起きないと言ったでしょう。お前、まだそんな事を気にしていたの?」


「まぁね?」


 セリアーナは、それを聞いてさらに呆れた様な顔をするが、俺からしたら結構重要な事なんだよ。


 リアーナ領とか、向こう側ではもうセリアーナを狙う連中はいなくなったらしいけれど、王都圏の事情はよく分からないんだ。


 王都を始め、王都圏は日頃から騎士団が巡回していて、治安はとても良い。

 その事は知っているんだが、数年前に二度訪れただけのセリアーナを狙っているかどうかとか、果たして調べられるのかどうか……。


 セリアーナからは、道中大丈夫とは聞いているけれど、あまり細かくは教えてもらっていないし、船の上ならともかく陸地に上がるとちょっと不安があったんだ。


 俺が今回リアーナから出て来ているのは、俺自身の養子の手続きをするためだが、それとは別に、セリアーナの護衛って役割もある。

 手続きに関しては、俺がやる事なんて実質何も無いわけだし、今回の俺の一番の役目はセリアーナの護衛だ。


 ちなみに、セリアーナが出て来ているのは、これまた俺の養子の手続きのためだったりするし、マッチポンプ的な何かを感じるが、それはこの際置いておこう。


 んで、その護衛に関してだが、俺の場合は恩恵品と加護任せで、俺自身の能力で何かが出来るってわけじゃ無い。

 一応、常に気を張ってはいたんだ。

 船の上もそれなりに気を緩める事は出来たが、【隠れ家】に籠る事が出来て、ようやく一息つく事が出来たな。


「ふっ……」


 その話を聞いたセリアーナは、笑っているが、まぁ……いいさ。


 ここまで来たら到着は明日だし、王都に着きさえすればリーゼルやオーギュストもいる。

 神経を使うようなことは彼等に任せて、俺はセリアーナの側に浮いていればいいんだ。


 フン……と、顔を横に向けると、セリアーナは何かを思い出したのか「そう言えば……」と呟いた。


「お前にはあまり詳しくは話していなかったわね」


「何についてかはわかんないけど、大抵のことは教えてもらってないよ?」


「それもそうね……。折角だし、お茶を飲む間に簡単に話してあげましょうか……」


 セリアーナはそう言って立ち上がると、キッチンに向かって行った。

 お茶を淹れるんだろう。


「オレも手伝うよ」


「いらないわ。座っていなさい」


「……ぉぅ」


 立ち上がろうと腰を浮かしかけたが、再び座る事にした。


 まぁ、2人でやる事も無いか……。

 俺はモニターを監視しておこう。


 ◇


 ソファーに転がりながらモニターを監視する事、10数分。

 キッチンからセリアーナが戻ってきた。

 それじゃー、話を聞かせてもらおう。


「お前が気になっているのは、私たちを狙ってくる者が何故いないのか……よね?」


「そうそう」


 返事を聞いたセリアーナは、お茶を一口飲むとカップを置いて口を開いた。


「まずはリアーナね。何年か前に、ゼルキスとリアーナの間にある森の調査をした情報を、お父様から預かった事を覚えているかしら?」


「うん」


 確か俺がゼルキスに行った時に貰ったんだったかな?


「街道を使わないで、ゼルキスとリアーナを行き来する人がいるかもしれないから……って話だったよね。結局無事に辿り着いたものはいなかったんだっけ?」


「そうね。その賊共はリアーナまでの道中で、領地に自身の痕跡を残さずに移動する事が第一の目的だったけれど、他にも安全なルートを見つける事も目的だったはずなの。もし安全に辿り着く事が出来たのなら、後々他の者がそのルートに身を隠すことも出来たでしょう?」


「うん」


 だったはずっていうのは、全員死んでたから聞き出したり出来なかったから推測だが、アレクたちが調査していたし、多分そこら辺の事は間違いないんだろう。


 んで、それが失敗に終わったって事は、あの一帯で、外に身を隠せるような場所は無いってことだ。


827


 王国東部でセリアーナが狙われないって断言していた理由は分かった。


 各街はしっかり内部を虱潰しにしている以上、街の外しか隠れる場所は無いが、その外も元気な魔物がうじゃうじゃいるから、巡回の騎士たちの目を避けて、隠れる事は出来ないだろう。


 東部はそれでいいとして、それならこちら側はどうなんだろうか?


 東部とこっちはまた外の環境も違うし、各街間を行き来する人の数も違うはずだ。

 日頃から怪しい行動をしているわけじゃ無いだろうし、見落としたりもするかもしれない。

 その見落とされた連中が何かやらかしたときの事を考えると……。


 その事を訊ねると、セリアーナは呆れたような目でこちらを見た。

 セリアーナはこれでも意外と人を馬鹿にしたり見下したりって事はしないんだよ。

 もちろん、俺に対してもだ。

 何かをやらかさない限りは……。


 セリアーナの反応を見るに、なんか俺がやらかした様な気配を感じるが……どれだろう?

 王都圏の事情には疎いし、そもそも俺はほとんど他所の地域の話には加わっていなかったから、そんな事はないと思うんだが……。


「……オレ何か見落としてた?」


 首を傾げていると、額をペチっと叩かれた。


「まあ、お前が自分を基準に考えていると、抜け落ちていても仕方ないでしょうけれど……」


 そして「はぁ……」と、深い溜息を吐いた。


 ……そこまで呆れられるような見落としなんだろうか?


「確かに、お前が言うように、王都圏にある全ての街を完璧に調べる事は出来ないわね。だから警戒すること自体は間違っていないけれど……。お前が今回王都に来る事は想定しているけれど、そこに私も一緒にいるとは思わないでしょう?」


「……うん? まぁ、そうだね」


 俺の養子云々の話は別に隠していなかったから、全く興味がない者ならともかく、調べようと思えば可能な事だ。

 だから、俺がこの時期にやって来ることは予測できるだろう。

 だが、確かにセリアーナが一緒にいるとは思わないだろう。

 一緒に来るって言われたとき、俺だって驚いたもんな。


 でも、セリアーナも一緒に領都を発ったのは見られているわけだし、その事を伝え……。


「あっ!? そっか……そういや伝える方法が限られてるのか……」


 思いついた事を口にしたが、どうやらそれが正解だったらしく、満足そうに頷いていた。


「そういうことね。領都のすぐ南から船に乗り、マーセナル領経由で王都圏に向かう。それが、リアーナからここまでの最速の情報伝達手段よ。一応、鳥を使った方法もあるにはあるけれど、確実では無いわね」


「そういや、そうだったね……」


 昔何かでそんな事を聞いた気がするが、俺の場合は【浮き玉】で飛んで行く方が早いからって、あんまり気に留めていなかったからか、すっかり忘れていた。


「私たちが乗ってきた船はルバンが所有している船だし、乗員も限られているから、情報が洩れるような心配は無いでしょう? アルザの街まで一緒に来た船団の中には、もしかしたら紛れる可能性もあったけれど、可能な限り私が乗る事は伏せていたわ。出港直前の打ち合わせでは、船長が明かしていたでしょうけれどね」


「うん」


「もちろん、船員全てに口止めする事は出来ないから、アルザの街に着いてからなら、私が乗っていたという情報が漏れる可能性もあったわ。船員から情報を得るのはどこもやっていることだし……。もしかしたら、今頃その情報がアルザの街に広まっている可能性もあるわ」


「……だから、向こうで泊まらないで急いでここまで来たの?」


 セリアーナは、俺の言葉に応える代わりに、ニヤリと笑っている。


 全然船から姿を見せないし、到着したらしたで誰とも挨拶をしない。

 理由はその都度、本人から聞いてはいたけれど、基本的に礼儀正しいセリアーナが、そこまで急ぐ必要は無いのに、妙に急いでいるなー……とは思っていたんだよな。


「ええ。一晩とはいえ時間を与えてしまったら、何か準備をされるかもしれないでしょう? もちろん私なら、仕掛けてこようとする者がいたら気付けるし、お前がいるのならどうとでもなるけれど、何も起こらずに済むのならそれが一番よ」


「……やっぱ隠してたね」


 出発する少し前に、ミネアさんの件やセリアーナが一緒について来るって、唐突に聞かされて、他に何か隠していることは無いかと聞いたんだが……。

 こっちに来てからの事とかやっぱり隠していたか!


「フっ……。これは少数で移動する際の当然の備えよ」


「ぐぬ……」


 悪びれもせずに言うが、確かに具体的に何かが起きたって訳じゃ無いし、あくまでお貴族様の用心の範囲ではある。


「他にはない?」


「安心しなさい。王都に到着しさえすれば、私たちが警戒するような事はもう無いの。後はリーゼルたちに任せればいいのよ。もちろん、状況が変わる事はあるかもしれないけれど、少なくともこれ以上お前に何か黙っていることは無いわ。まだ王都に着いてはいないけれど……ここまでご苦労だったわね」


 そう言うと、俺の額をまたペチっと叩いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る