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アルザの街に到着してすぐに、俺たちは船から降りて馬車に乗り換えて、迎えに来ていた護衛の兵たちと共に、休憩をとることなくアルザの街を発つことになった。


 アルザの街に到着したのは昼を大分回った頃で、それ自体は予定していた時刻通りだったそうだが、今日中にグラードの街に着かなければいけないし、あまり時間に余裕が無いからだろう。

 俺たちは馬車に乗ってのんびりしていたが、周りがバタバタと慌ただしく動いていた。


 ともあれ、何とかかんとか出発して、馬車に揺られることしばし。

 丁度グラードの街との中間あたりだろうか?


 王都の周辺は、王国東部と違って街や村の周辺は開拓も進んでいて、丘陵地帯ではあるものの非常に見通しが良い土地だ。

 だが、それでも全く森が無い……という事はなく、所々に小さな森があったりする。

 そして、そういった森は騎士団やその地の代官が管理しているが、人の出入りを完全にコントロール出来ているわけではない。


 ってことで……。


「セラ副長。どうかしましたか?」


「うん。ちょっと見回りをね。上を一回りしたら戻ってくるから、気にしないで」


「はっ。お気をつけて」


 街道を走る馬車から降りた俺は、並走する護衛の騎士たちにそう伝えると、【風の衣】を発動して、一気に上空へと飛び立った。


 ◇


「……ぬーん。下からだと分かりにくいけれど、王都周辺はマジで見通しがいいね」


 王都周辺の地形の特徴は、高低差はあっても十数キロ以上の広範囲に渡って山や崖が無く、基本的に見晴らしがいい。

 もちろん、地上からだと高低差があって、はるか先まで……とはいかないが、上空からだと大分先まで見えている。

 もう少し高度を上げたら、王都も見えるんじゃないか?


 ちょっと試してみたくもなるが、それはまたの機会にしよう。

 それよりも今はこっちだ。


 視線を遠くから、下を進んでいる馬車の周辺に戻して、気合いを入れた。


「ふっ……」


 そして、【妖精の瞳】とヘビたちの目を発動して、周囲を見渡すと、辺りには小規模な森がいくつかある。

 セリアーナの加護で、周囲の森の状況は一応把握出来てはいるが、俺はここら辺の情報を持っていないし、実際に自分の目で確認しておきたいんだ。

 世の中、必ずしも身体能力と戦闘能力が比例するわけじゃ無い。

 俺がいい例だ。


 さて、まずは油断せずに、移動を始める前に改めて馬車の周囲を見渡す。

 魔物も獣も怪しい人物もいないし、もちろん妙な物も目につかない。

 馬車は安全だな。


「それじゃー、ちょっと行ってみましょうかね」


 下を見ながら、街道を離れることにした。


 まずは街道の脇。

 これはリアーナでもよく見られるもので、草原になっている。

 生える草の背丈は低く、何かが潜んでいるようにも見えないし、ここはとりあえず問題無しだ。


 では次は少し離れてみよう。


 街道から数百メートル離れた場所には、小規模な森がある。

 上空から見ると、森の向こう側には畑が見えるし、元はもっと大きな森だったが、それを切り拓いていって、今のその森の大きさになったんだろう。

 少し離れた場所にも、そこと同じ様な規模の森が見えるが、似た感じかな?


 森の中には生物の気配がたくさんあって、大半が獣だが一応魔物もしっかりいる。

 距離があるから、その魔物が何かって事までは分からないが、強さはどれも大したこと無くて、恐らく小型の妖魔種か魔獣だろう。

 上から見ていて、森のすぐ側に畑を作るのは危険だと思ったが、この程度の魔物なら十分対処出来るはずだ。


 森の向こう側には農夫らしき姿があるが、森には誰もいない。

 こっち側も、問題無しだな。


 それじゃー、次に向かうか。


 今度は街道の反対側を目指して、移動を開始した。


 ◇


「ただいまー」


「お帰りなさい。何も異常はなかったでしょう?」


 走る馬車を止めることなく中へ入ると、セリアーナが得意気な顔でこちらを見ながら出迎えた。


「無かったねー」


 それに答えながら俺は中に入ると、【風の衣】を解除した。


「一応先の方まで見て来たけど、どこも魔物も怪しい連中もいなかったし、こっち側は大丈夫だね。あ、ソレはセリア様が着けたままの方がいいんじゃない?」


 ふとセリアーナの方を見ると、彼女の右手の人差し指に着けている指輪を外そうとしていたので、俺はそれを制止した。

 着けている指輪は、俺の【琥珀の盾】だ。


 普段は俺が身に着けているが、周辺の見回りに行く際にセリアーナに貸していたんだ。

 彼女の加護もあるし【小玉】もあるから、余程の事があっても大丈夫そうではあるが、保険にだな。


 だが、よくよく考えると俺には【風の衣】があるし、一発防げさえすれば、まず安全な避難先だってあるわけだ。

 それならセリアーナに渡しておいた方がいい気がする。


「そう? なら王都まで借りておこうかしら」


「うんうん。その方がいいよ」


 セリアーナの言葉に、コクコクと頷いた。


 護衛が俺だけしかいない状況だ。

 王都まで後1日ちょっと。

 危険は無いのかもしれないが、それでもセリアーナの守りが強化されるのはいい事だよな?


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 俺たちがグラードの街に到着したのは、夕方を少し回り、辺りが暗くなった頃だった。


 この街はいわば、王都の玄関口の様な立ち位置だ。

 だからだろうか?


 街のいたる所に立っている街灯に、まだ夜になる前から既に明かりが灯されていたりするし、非常に明るい雰囲気で、うらぶれた気配はどこにも感じられない。


 街全体が、ちょっとした貴族街の様なものだろうか?

 これなら高貴な方々をもてなす事も十分可能だろう。


 さて、その綺麗な街で滞在する今日の宿は、代官屋敷の正面にある、石造りの建物だ。

 2階建てで、中庭こそ無いがまるでお城の様な造りになっている。ここへ到着するまでの間、街中の他の建物も見てきたが、ここはちょっと格が違う。

 もしかしたら代官屋敷よりも立派かもしれないな。


 宿に到着した際にここの支配人がセリアーナに挨拶していたが、その彼等から漏れ聞こえる話を纏めたところ、ここは街屈指の宿で、他所から王都にやって来る高位貴族をもてなす際に使われるんだとか。


 で、セリアーナはまさにその高位貴族で、今日はこの宿は俺たちの貸し切りになっている。

 この宿は基本的に一組のみの利用が前提になっているそうだ。

 実にゴージャス。


 護衛の兵は、彼ら用の宿泊施設が併設されているし、中で働く使用人たちはいるが、この宿にいる客は俺とセリアーナの2人だけだ。

 俺からしたら贅沢な話ではあるが、セリアーナも他の皆も当たり前の様に受け入れているし、これが貴族ってやつか……。

 俺ももうすぐなるわけだが……無理に真似する必要は無いんだろうが、こういった振舞いを身に着けるのは、中々難しそうだよな。


 そんな事を考えつつ、宿の支配人に案内されて今日俺たちが使う部屋にやって来た。

 そして、護衛の兵たちがすぐに部屋のチェックを開始している。


 その彼等をよそに、俺とセリアーナは、部屋の真ん中に置かれた応接用のソファーへ移動した。

 俺もアレコレ部屋の中を見てみたいが……一応セリアーナの隣を離れるわけにはいかないし、残念だがここから見るだけだ。


 キョロキョロとしていると、広い部屋の中に、さらに部屋が併設されているのか、いくつかのドアが見えた。

 寝室とか浴室かな?

 リアーナでのセリアーナの部屋と似た雰囲気だ。

 これなら、のんびり出来そうだな……。

 一泊だけなのがちょっと勿体無い気がする。


 既に俺たちの荷物が運ばれていて、部屋の奥に積まれているのが分かった。

 さっき挨拶をしていた時に運んでくれてたんだろう。

 あそこの奥が寝室かな?


「それでは、私はこれで失礼します」


 支配人のセリアーナへの挨拶は続いていたが、それも終わると、すぐに部屋を出て行った。


「奥様、我々もこれで失礼します。セラ副長、後はよろしくお願いします」


「はいよ。お疲れ様」


 支配人が部屋を出てすぐに、中のチェックをしていた兵たちもこちらにやって来ると、そう言って部屋を後にした。


 さて、それじゃあ……俺も部屋の探索を……と思ったのだが……。


「もうすぐ夕食ね。それまでに着替えを済ませておきましょう」


「ほいほい」


 先に着替えか。

 探索は後回しだな。


 ◇


 着替えて少し経った頃に、夕食の準備が出来たと連絡が来て、俺たちは食堂に向かった。


 ここの宿は、部屋の設備はしっかりしているが、食事は食堂でとることになっているらしい。


 わざわざこの街のこの宿に宿泊するようなお偉いさんは、その大半が王都を目指すはずだ。

 護衛や専属の使用人だけじゃなくて、執事や侍女、一緒に王都へ行く貴族……。

 大人数での移動が前提になる様な身分の人たちだ。

 だからこそ、貸し切りが前提になっているのだろう。


 俺たちは護衛の兵こそいるが、他は連れてきていないもんな。


 多分……ここに2人で泊まる者って俺たちくらいかもしれないし、想定していなかったんだろう。

 広い食堂で俺たち2人の他は給仕のみっていう、不思議な時間を過ごしてしまった。


 ともあれ、食事を終えた俺たちは部屋に戻り風呂も済ませて、後は寝るまでの時間をどう過ごすかってなったんだが……。


「そこの天井にしましょう」


「ほい!」


 寝室に移動したセリアーナは、奥の天井を指してそう言った。

 俺はそれに従って、【浮き玉】の高度を上げて天井に手を付けると【隠れ家】を発動した。


「よし、いいよ」


「結構」


 セリアーナも【小玉】に乗って浮いてくると、俺の手を掴み、一緒に中へと入った。

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