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リアーナを発って、そろそろ10日が経つ。
2度目の戦闘を終えた後の航海は順調だった。
その途中で、もう一ヵ所戦闘がおこるかもしれないと危惧していたポイントがあったんだが、今回はそこに群れは形成されておらず、ノンストップで通過する事が出来た。
ちなみに、今回の王都までのルートは、以前使ったのとは違うルートを使っている。
前回はもっと手前で川に入って、そこから3日ほど北上していたのだが、今回はその3日間を海で移動していた。
かかる日数に変化は無いが、今回のルートの方が水深が深い場所を通るため、大型の船で周囲を固める事が出来るし、その方がより多くの荷を運べるから、こちらのルートを好む商人が多いらしい。
もちろんデメリットもあって、それが魔物との戦闘の有無なわけだが……それは護衛を集めることで対処出来る。
今回がまさにそうだな。
昔に比べると、船を使った王国東部との行き来も増えているし、海での活動を専門にした冒険者たちが増えてきている事もあって、それも大分楽になっているらしい。
少数での移動なら既存のルートで、大人数での移動なら今回のルートを使う。
そうやって、上手く住み分けが出来ているそうだ。
まだ始まって数年だが、徐々に最適化されてきているし、もっと発展していくだろう。
◇
さてさて。
リアーナの今後の発展について考えを巡らせるのはまたの機会にするとして、今日はいよいよ船を降りる日だ。
今朝方、海から川へと入ったが、昼頃には目的地のアルザの街に到着する。
どっちのルートを使っても結局このアルザの街が終着点だし、よくよく考えると美味しい街だよな。
宿泊施設はたくさんあった覚えがあるが、あんまり発展している印象は無いんだけれど……なんでだろうな?
すぐ近くにも街があるし、荷揚げと宿泊に特化させているのかな?
「お前は何を妙なポーズをしているの……。考え事?」
「んー? ちょっとね……ぉぉぅ。化粧もばっちりするんだね」
アルザの街の事を考えながら、窓際で【浮き玉】を中心にクルクルと時計の様に回転していると、後ろからセリアーナの声がした。
俺は振り向いて彼女を見たが、服装や髪形はいつも通りだったが、化粧の雰囲気がいつもと違っている。
船に乗っている間は、セリアーナは身だしなみは自分で整えていて、別にその間服や髪、そして化粧も全てしっかりとやっていたが……何が違うんだろう?
別に厚化粧ってわけじゃないし、むしろ薄化粧なくらいだ。
「目と唇の色を変えただけよ」
と、セリアーナは化粧道具が入った箱を手に答えた。
言われてみると、確かにいつもより赤が濃い気がする。
それだけで雰囲気が変わるのか……。
全体的にキリっと、引き締まった印象になるな。
「お前は?」
「オレはやらない……」
セリアーナは、手にした箱をこちらに見せてくるが、俺は首を横に振って断った。
船に乗っている間は、リアーナではいつもしている黒のマニキュアもしていないくらいだしな……。
【影の剣】は右の人差し指に着けているし、その爪は黒くなっているから、カムフラージュのためには、ちゃんと塗っておいた方がいいんだろうが……やらなくて済むのなら、そっちの方がいい。
化粧と違って皮膚に何かを塗るわけじゃ無いから、息苦しかったりもしないし、何か不都合があるってわけじゃ無いが、気が楽なんだ。
まぁ、船に乗っている間はほとんど人と顔を合わせる事も無かったし、それでもよかったんだが、今日はどうかな?
「そう。まあ、いいわ」
道具を机に置いたセリアーナは、彼女が座るソファーを軽く叩いて、俺に隣に座るように言った。
「ほい。お願い」
【浮き玉】から降りて、セリアーナが示した場所に背を向けて座り、髪を適当に結んでいた紐を外した。
「適当でいいよ?」
「そうもいかないでしょう……」
俺の言葉に、呆れた様な声で返すセリアーナ。
今の俺の髪の長さは腰まである。
リアーナにいる時は、基本的にテレサに任せているから、編み込んだり色々凝ったものにしているが、航海中は、雑にポニーテールにしたり、そのまま何もせずに下ろしたり……面倒だから髪形には拘っていなかった。
船に乗っている連中も、もうそれに見慣れていると思うんだが……駄目だったか。
船は今日で降りて、外に出るわけだし、今回の俺の滞在は公的なものだから、一応身だしなみを整えないといけないんだろう。
リアーナなら、好きな恰好でも大して問題は出ないだろうが、よそ様のお庭じゃそうはいかないか……。
まぁ……狩りに出るわけでも無いし、髪形くらいは我慢しようかな?
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船を降りた後について、セリアーナと話をしていたのだが、彼女はそれ以外にも、俺の髪を梳いたり結んだりとやっていたのだが……。
「……お前の髪は結びにくいのよね。テレサはどうしているのかしら」
俺の髪は、ほぼ常時発動している加護の効果で無駄にサラサラだから、滑って結びにくいんだよな。
リアーナにいた時は、外に狩りに出た際に髪が傷むから、それが丁度いい感じに治るんだが、ここ最近……リアーナを出発する前から、外に出ることなく家で大人しくしていたし、船に乗ってからも、何度か短時間外に出た以外はずっと部屋に籠っていた。
全く傷んでいない状態で、無駄に常時【祈り】や【ミラの祝福】を発動していたため、ベストコンディションといってもいい状態だ。
セリアーナも、その髪に手こずっている様だ。
船に乗ってからの間は、髪を乾かして貰いはしても、結ぶのは自分でやっていたんだ。
もっとも、結ぶといっても後ろで一つ結びにするだけで、難しいことはやっていないけどな。
「テレサは、なんか櫛の柄? それを使ってたよ。まぁ……オレは見えないから、どうやってるのかはわからないけれどね?」
テレサが使う櫛は、動物や魔物の毛を使ったブラシの場合が多いが、木製の櫛も彼女の道具箱には入っている。
で、その木製の櫛は、柄が細い棒状に伸びていて、その柄をなんか上手い事使って髪をすくい上げて、纏めていたっぽいんだよな。
セリアーナは、その方法を知っているのか、小さな声で「ああ……」と呟いたが、どこか困った様な声色だ。
何故かっていうのは、俺にもわかる。
そういうタイプの櫛は、セリアーナは使わないから、彼女の道具箱には入っていないんだ。
もちろん、俺も自分じゃ使わないから【隠れ家】にも入れてきていない。
色々と用意してきたつもりだったけれど、櫛は頭から抜け落ちていたな……。
「さて……どうしましょうか」
セリアーナは、髪をひと房掴んではサラサラと流していき、どうしようかと迷っている。
「適当でいいんじゃない?」
「そうもいかないでしょう。まあ、いいわ。少しずつ手を付けていきましょう」
一つ溜息を吐いたかと思うと、頭の左側の耳の上から少し髪を取ると、ゆっくりと三つ編みをし始めた。
この位置から始める髪形……。
両サイドに三つ編みを作って、それをセンターで纏めるつもりなのかな?
普通の髪質だと、ちょっと時間はかかるかもしれないが、そこまで難しいものじゃないんだが……やっぱり俺の髪質がネックになっているな。
まぁ、セリアーナはやる気になっているみたいだし、任せておくか。
しかし、暇だな。
前世で美容院に行った時なんかは、美容師と会話をせずに雑誌を読んだりしていたが、流石にセリアーナに髪を任せている状況で、本を読むのはまずいよな。
「ねぇ」
お喋りでもするかな?
「なに?」
話をする気が無ければ「黙りなさい」とか言うだろうし、これはセリアーナも乗り気なのかもしれないな。
「今日って船を降りた後は、そこで一泊するの?」
「いいえ。迎えが待機しているから、今日はグラードの街まで行くわ」
「ほぅ……」
以前はアルザで一泊してから移動をしていた気がするが、今日は隣の街まで行っちゃうのか。
グラードの街は、アルザと王都の中間に位置して、アルザ以上に宿泊に特化した街だ。
昨年の西部との戦争の際に、王都へ行かなかった兵の中で、比較的身分の高い者が滞在していたそうだ。
アレクたちも、そこへ滞在していたと聞いた。
以前俺たちが王都へ行った際も、そこで一泊したが、中々いい街だった気がする。
「それじゃあ、明日には王都に着くの? 早くない?」
「その予定よ。動かないで頂戴」
明日には王都に到着という事に少し驚き、振り向いてセリアーナの方を向くと、顔を掴まれて、前に向き戻されてしまった。
「前回と違って今回は私とお前だけでしょう? 必要な物は既に王都へ送っているし、荷物も少ないから、移動する速度を上げても、馬への負担も少ないわ。それに、今の時期なら外の移動も多少は遅くまで出来るでしょう。アルザに到着して、荷物を積み替えてから出発しても、問題無く到着できるわ」
「それもそっかー……。迎えは誰が来るのかな?」
「こちらに残った兵たちと、中央騎士団の1小隊辺りが付くんじゃないかしら? リーゼルは迎え程度で王都を離れられないし、オーギュストも、リーゼルが残るのなら王都に一緒にいるでしょう」
「なるほどねー」
まぁ、オーギュストはリーゼルの護衛も仕事のうちだし、護衛が対象から離れたら駄目だよな。
「……難しいわね」
セリアーナは話をしている間も手を動かしていて、しっかりと進んではいたんだが……相変わらず髪に手こずっているのか、そんな言葉が聞こえてきた。
「だからさ、適当でいいんだよ?」
片方はもうほぼ出来ているし、ここで終わらせてもいい気がするが……。
「嫌よ」
セリアーナは、妥協する気は無い様で一言で断られてしまった。
もうこれでも十分だと思うんだけどな……。
結局結い終わったのは、アルザの街に船が到着する少し前だった。
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