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 俺が船の外の見回りをしてからさらに数日が経った。


 まだ船旅は続くが、それでも今回の道程の3分の2は消化したことになるな。

 天候も問題無いし、大きなハプニングが無いのなら、予定通りに到着出来そうだと船長は言っていた。


 だが、そのハプニングが今起きている……のかな?


 先日訪れた船長室で目にした海図。


 あそこに記されていたポイントに、俺たちの船団は今日差し掛かったんだが、やはり、想定していた通り魔物の群れがいたらしい。

 見事戦闘になってしまった。

 とはいえ、想定していただけあってしっかりと迎え撃てていた。


 前回の時は、俺たちが部屋の中にいる間に始まって終わっていたんだ。


 一応、船に乗る際に戦闘が起きる場合もあるとは聞いていたが、そんなもんかと詳しくは聞いていなかった。

 俺が戦うわけじゃ無いし、船団の戦力で問題無く対処出来ると言っていたし、実際に出来ていた。


 だから、それでも別に問題は無かったんだが……今回は戦闘が起きるかもしれない……と聞いていたため、その時は事前に伝えに来るように言っていた。

 んで、今日は戦闘が起きるかも……と伝えられて、その通り魔物の群れと遭遇して、今まさに戦闘中なんだ。


 俺とセリアーナは部屋で待機していて、外の様子はセリアーナの加護でも把握しにくいのか、いまいちわからないんだよな。

 それでもこちらが優勢だって事は把握出来ていた。


 だが、少し前に突如俺達が乗る船のすぐ側で、何かが爆発するような音と、船を大きな揺れが襲ってきたんだ。

 揺れは、その一度だけだったが、戦闘音はその後も断続に起きて、何だかんだで1時間くらいは続いていた。


 俺はいつも通り【浮き玉】に乗っているが、戦闘が開始してから、念のためセリアーナにも【小玉】に乗って貰っている。

 そのセリアーナの方を見ると、目を瞑って彼女の加護の【範囲識別】の使用に集中しているようだ。


「……外の船は変わりないんだよね?」


 邪魔しちゃいかんと思いつつも、何かわかったかと尋ねることにした。


「ええ。海中の様子までは分からないけれど、海上なら問題無く見えるわ。加護の範囲を広げてみたけれど、私たちの船の外周を固める輪に変化は無いわね。それに、この船を含む内側にも、大きな動きは無いわ。ただ、魔物が接近してきてはいるのよね……」


「ふぬ……」


 俺たちの他に2隻の船が中央に入って、その周囲を他の船が囲むってのがこの船団の陣形だ。

 あまり戦闘向きの船では無いそうだが、護衛は乗っているし、戦力的には問題無いそうで、外周の船だけで魔物は退けられる算段だった。

 だが、それは突破されてしまったらしい。

 戦闘の余波から、今も戦闘が続いているのは分かるが……その割に船員が何も言ってこない。

 俺たち側に被害は出ていないようだが、実質何もわからないのと一緒かな?


 しかし、被害が出ていないからって、そのまま放置するっていうのも落ち着かない。

 この部屋の窓はそんなに大きいものでは無く、外の様子はあまり見えない。

 かといって、外で戦闘が行われているのに、窓を開けるわけにもいかないだろう。


「セラ。お前外の様子を調べて来なさい」


「ぬ」


 窓に張り付いて、なんとか外の様子を見ようとしていた俺に、セリアーナが声をかけてきた。


「船長は甲板に出ているから、彼の指示を聞きなさい。私はコレがあるから問題無いわ」


 そう言って、自分が座って浮いている【小玉】を軽く叩いた。


「……わかった。セリア様ならその窓は通れるだろうし、何かあったら外に来てね。上で合流しよう」


 戦闘中にセリアーナを一人部屋に残していくっていうのは、ちょっと不安でもあるけれど、まだこの船に被害が出たりはしていないが、それでも揺れの間隔は短くなっているし、とりあえず今の状況がどうなっているのかを知りたいのは確かだ。


 その事を伝えると、セリアーナが範囲に入るように【祈り】を発動して、甲板に向かうことにした。


 ◇


「……ぉぉぅ!?」


 甲板に出ると、思ったよりも海は落ち着いていたのだが……船員や同乗している兵の一部が、甲板の壁に手をかけて海を覗き込んでいた。

 何かを探しているように見えるけれど、かといって誰かが落ちたって感じでもない。


 とりあえず、船長を探してみるか……。


「お?」


 俺も甲板に出て、集まった者たちの中から船長を探していたのだが、なかなか見つからず、さてどうしたものか……と考えていると、後方から彼らに指示を出す声に気付いた。


 振り返ってみると、船室の屋根に乗って、大きな身振りで指揮を執る船長の姿がある。

 随分大きな声を出しているが、外の風と波の音に紛れて今まで気付かなかった。

 耳が慣れてきたのかな?


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 俺たちが乗る船は、甲板の上に客室にあたる部分がせり出ている、前世のフェリーの様な形状になっている。

 その客室部分の屋根に乗って船長が指揮を執っていた。


「船長」


 俺も屋根の上に上ると、彼に向かって呼びかけた。

 我ながら目立つ姿をしていると思うんだが、何に必死だったのか、船長は俺に気付いておらず、いきなり姿を現したように見えたらしい。

 一瞬ギョっとしたような表情を見せたが、すぐに引き締めた。


「セラ殿か。部屋から出て来て良いのか? それに奥様はどうした?」


 船長の声はデカいが、あまり切羽詰まっているような気配はない。

 相変わらず、甲板では海上の何かの捜索をしているのか、アレコレと騒いでいるが……そこまで大事じゃないのかな?


「うん。何かあればすぐに合流するって言ってるよ。恩恵品も渡しているし、大丈夫だよ。それよりも、魔物が内側に入り込んでいるってのはオレも聞いたけど、向こうは何をしているの?」


 切羽詰まってはいないようだが、海上で何かが起きているのは間違いないんだ。

 とりあえず、それを聞かないとな。


「内側に魔物が一匹入ってきた……。それだけだ」


「それだけなの?」


 大暴れして船底に穴をあけようとしたりとか、ひっくり返そうとしたりとか……人を甲板に集めて対処させている割には、どこか必死さが足りない気がしてはいたんだ。

 それでも、もうちょっと派手な事を考えたんだが……随分大人しい気がするな。


「これが地上なら大したことじゃないんだがな……」


 そう力無く呟くと、再び甲板の船員たちに指示を出し始めた。

 詳しく聞くのは、落ち着いてからにするかな?


 ◇


 さて、指示を出し終えたところで、改めて船長に話を聞いたのだが、ようやく現状が把握出来た。


 この船団は、護衛対象となる真ん中の貴族が乗る3隻と、その外周を固める複数の民間船で構成されていて、その外周の船が戦闘を引き受けている。


 前回戦った群れもそうだが、この辺の魔物は海面近くの浅い場所に生息して、深い場所に潜ったりしないそうだ。

 戦闘時もそうで、だから甲板からでも攻撃が通用するそうなんだが、今回は外周を突破されてしまった。

 特別強いわけでもこちら側が油断したわけでも無いが……まぁ、運が悪かったんだろう。


 んで、その内側に入り込んだ魔物を倒す必要があったんだが、こちらに近づきすぎないように距離を取っていて、この船の戦力では、距離を取った水中の魔物を倒す攻撃が出来ず、どうしても倒す事が出来なかったそうだ。

 近付けば倒す事は可能だったそうだが、この船自体がそもそも護衛対象だし、積極的に動くわけにはいかないもんな。


 このままこちらで倒せなかった場合は、外周での戦いが済んだ後に、そこから小舟を出して討伐するっていう、ちょっと危険かつ手間のかかる方法を執るしかなかったようだ。

 数も少ないし強さもそれほどじゃない上に、積極的に船を襲ってくる様な魔物でもないが、かといって放置も出来ないからだ。


 ってことで!


「セラ殿! 大丈夫なのか?」


「だいじょーぶだいじょーぶ」


 不安そうな船長の言葉に、気軽に答えた。


 結局のところ、あまり強くないにもかかわらず後手に回っていたのは、こちらの攻撃が海面で減衰してしまうからだ。

 魔法を使える者も乗っているが、魔法を専門にしているわけじゃ無いし、そこまでの威力を出せなかったんだろう。


 そこで、俺の番だ。


【祈り】を発動してから、さらに【ダンレムの糸】と尻尾諸々を発動して、弓を構えた。

 屋根の上から海面めがけて狙う訳だし、普段は水平に撃つが今日は少し射線を下に向けている。


「よーいっしょ……っと。うん、壁には当たらないね。船長、このまま横に来るように誘導してよ」


 魔物は船から離れた場所を泳いでいるし、角度に余裕はある。

 大丈夫だな。


 俺は、船体に矢が当たらないことを確認して、船長にそう言った。


「あっ……ああ。了解した。だが、無理をする必要は無いからな」


 それだけ言うと、船長は下に向かって大声で指示を出し始めた。

 少々声色が不安そうではあるが、俺が自信満々で出来るって言っちゃったからな。

 まぁ……しっかり仕留めて見せるさ!


 俺が気合いを入れている間に、甲板に出ていた兵たちが、船長の指示に従って弓を射かけたり魔法を放って、魔物を俺の射線に誘導している。

 距離は船から30メートルほど離れた場所を泳いでいるが……なんかワニみたいな影が見えている。

 波も立っているし、はっきり姿はわからないが、少なくともただの大きい魚には見えないし、頑丈そうだ。

 離れた場所からの魔法や弓じゃ、仕留めるのは難しいかもしれないな。


 だが、この矢なら十分威力を保ったまま海中の魔物にも届くはずだ。

 発射の姿勢を保ったまま、誘導される魔物を睨み……。


「……今だっ!」


 射線に入ったところで、俺は矢を放った。

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