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マーセナル領都の港から出港して早数日。
俺たちの乗る船だけではなく、一緒に出港した船も全て一緒だ。
俺が把握している限り、一度だけ魔物の群れと戦闘があったんだ。
そこそこ大きい規模の群れだったそうだが、乗船していた護衛の兵が退けていた。
全滅させたかどうかまでは分からないが、少なくとも群れを半壊以上にまでは追い込んだらしい。
この航海中に、その生き残りがもう一度襲ってくることは無いだろう……ってのが、この船の船長の意見だ。
さらに、あの規模の群れがいたのなら、周辺には魔物は現れないだろうし、次に遭遇するのも数日は空くはずだとも言っていた。
魔物に対しての不安は、実質無くなったと言ってもいいだろう。
今は春の1月半ばを少し過ぎた頃で、以前の様な雨季真っただ中と違って海は荒れてはいない。
もちろん、陸地近くとはいえ海には違いないし、波は高いし船も揺れてはいたんだが……少なくともセリアーナが船酔いで死にかけるような事も無く、王都圏への航海は順調そのものだ。
「セラ様、どうかされましたか?」
さて、その順調な船旅の最中、俺は船内をふよふよと漂っていたのだが、廊下に俺の姿を見つけた使用人が、何事かと声をかけてきた。
俺もセリアーナも、出港以来部屋を出る事はほとんどなかったからな。
「うん。セリア様に、少し外の様子を見てくるように言われたんだ。甲板から出るよ」
さて、ずっと部屋にいた俺が外に出てきたのは、外の様子を少し調べるためだ。
戦闘は一度だけではあったし、特に魔物が接近しているわけでも無いのだが、セリアーナから、この船団の周囲を一回りしてこいと言われた。
セリアーナの加護は、リアーナの屋敷では地下にも作用していたが、基本的に地上だけにしか適用されないため、足元の事は気にしないでいた。
だが、船の場合は足元の下にも、生物が存在出来る空間が広がっているからな。
川ならともかく、海の場合だと生息する生物の数も違うからか、何かと彼女の加護の範囲に引っかかる事が多いらしい。
以前は船酔いでそれどころじゃ無かったし、比較的早い段階で【隠れ家】に籠ってもいた。
それに、彼女の周囲を固める戦力もまるで違ったからな……俺に一回りさせて、安心したいのかもしれない。
俺もずっと船室に籠りっぱなしだったから、ちょっと外の空気を吸いたいし、お安い御用だ。
【小玉】はセリアーナに渡しているし、俺が離れている間に何か起きても、まず大丈夫だろう。
ってことで、俺は部屋を出ているわけなんだが……。
「セラ様お一人で……ですか?」
目の前の彼女だけじゃなくて、この船に乗っている使用人は、リアーナの人間らしいが、領都で働いている者たちじゃ無いからな。
俺やセリアーナが普段どんな感じなのか知らないのかもしれない。
「そうそう。部屋にはセリア様だけになってるけど、心配いらないからね」
「……はい。お気をつけて」
「ほいほい」
頭を下げて見送る彼女に、肩越しに手を振りながら返事をすると、俺はその場を後にした。
◇
甲板に出た俺は【浮き玉】で、船団が視界に全て収まる高さにまで上昇した。
全部で10隻の船が、それぞれ100メートルほど距離を取りながら輪を作って、速度を合わせて進んでいる。
俺たちが乗る船はその船団の真ん中にいて、何か起きたらすぐに救助が入れる場所だ。
他にもその輪の中に船が2隻いて、どことなく型が古く感じるが、俺たちが乗る船と似た雰囲気をしている。
周囲の船は帆を張っているが、俺たちが乗っている船はそうじゃない。
帆を張ることも出来るが、魔素で動く動力源が備えられた、スクリュー船だ。
後者の方が高価だし、身分の高い者が乗るからこその、陣形だな。
まぁ、【妖精の瞳】とヘビたちの目で周囲を見ても、危険な存在は感じられないし、当分この陣形が効果を発揮する機会は無いかな?
「……おぉぉ」
さしあたって海面は問題無しとして、陸側を見ると断崖絶壁が延々と続いている。
フィヨルドとはまたちょっと違うが、波で抉れているし、海からはもちろん陸側からも近寄りたくないような地形だ。
こりゃー……どうやっても港は造れないだろう。
港を造れるような土地を持つ領地が貴重なわけだな……。
さて、観光はこれくらいにして、仕事に取り掛かるかな。
「とりあえず、一回りしてみるか」
再び船団に視線を戻すと、いくつかの船の甲板では、俺の方を見ている船員たちがいる事に気付いた。
飛び立つ瞬間を見ていたんだろう。
今はヘビも尻尾も羽も腕も生やしていないし、変な玉に乗っている人間にしか見えないだろうから、攻撃を仕掛けてくるような素振りは感じられない。
事前に話をしていたのも大きいかな?
周囲の船には護衛の兵も乗っているし油断はできないが、船団の周辺を飛んでも大丈夫そうだ。
それじゃー、見回りを開始しようかね。
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船外に出て、船団上空を一回り……と、そのつもりだったんだが、何だかんだで結局3周くらいしてしまった。
春の昼間ってだけあって、気候も穏やかで海上を飛んでいるのは気持ちいいんだ。
最後の方になると、甲板で周囲の警戒をしていた護衛たちと、手を振りあうくらいには打ち解けたし、いい気分転換になったな。
ついでに、グルグル飛び回っている間に、どうやら海面と海中の調べ方のコツも掴めたらしい。
実は、見回りを始めた当初は、【妖精の瞳】とヘビの目を発動しても、日の光の反射で、海面がチカチカ光っていてよく見えなかったんだ。
だが、それも慣れてきたからか、水中の生物をしっかりと捉えられるようになっていた。
コツは【祈り】による、視力の底上げだ。
……コツっていうよりも、ただのゴリ押しかな?
ともあれ、船の周囲にはそこそこ大きな生物はいるが、魔物ではなく、ただの大きな魚かなんかなんだろう。
船の陰に隠れて、魔物をやり過ごそうとでもしているのかな?
セリアーナの加護の範囲に入ってきていたのは、こいつらだろう。
一々始末するわけにもいかないし放置するが、とりあえず、船の周囲にいたのが何かって事を伝えたら、多少は気が紛れるはずだ。
もっとも、倒してって言われても、水中の生き物を倒す手段は俺には無いしな……。
槍とか魔法をドカドカ撃ち込んで倒すのが、水中の魔物のポピュラーな倒し方らしいが、俺には無理だ。
「そろそろ戻るかな?」
見回りはもう十分だろう。
それに、一回りってことで出てきたのに、俺が中々戻らないと、セリアーナはともかく使用人たちが不安に思うかもしれない。
頃合いだな。
「えーと……俺たちの船は……あれか」
上から見ると少々見分けづらいが、真ん中だしな。
俺たちが乗ってきた船は、すぐに見つけることが出来た。
他の船を見た上で、改めて俺たちの船を見てみると……甲板に兵が出ていない。
護衛の兵も一緒に乗ってはいたんだが、彼等の警備対象は、船じゃなくてセリアーナなんだろう。
まぁ、他の船との打ち合わせをした船長がそれを良しとしているんだし、色々役割があるのかもしれないな。
さて、納得したとこで、もう一度船団とその周囲を見渡して、異常が無い事を確認した。
ってことで、【浮き玉】の高度を下げて、その船の甲板を目指すことにした。
◇
船に戻った俺は、セリアーナがいる貴賓室に戻る前に、見回りの報告をしに船長の下へ向かうことにした。
俺たちの部屋は最後尾にあるが、船長室は逆で先頭にある。
いつでも甲板に出られる場所だな。
こちら側には、船長室だけじゃなくて船員の部屋もあるんだが……、この船に乗って初めて来るが、随分と片付いている。
何となく海の男ってことで、荒っぽい連中のイメージがあったんだが、ちょっと意外だな。
ともあれ、そちらを進んでいき、船長室の中へ入った。
船長室の中は、地図や海図が広げられたデカい机が部屋の真ん中に置かれていて、船長の他に幹部らしき偉そうなおっさんたちとで、その机を囲んでいる。
他にも、デッカいコンパスみたいな物や色んな資料も一緒に置かれているし、航海の打ち合わせでもしていたんだろう。
それを中断して、皆は入ってきた俺の方を向いた。
うむ……実にいかつい。
そして、そのいかついおっさんたちの一人でもある船長が、口を開いた。
「セラ殿か。見回りをされていたそうだが、何か異変はあったか?」
「いや、何も無かったよ。船の周りに魚か何かはいたけど、魔物の姿も無かったしね」
「そうか……。なら、戦闘は、到着までにあと一度あるかどうか……だな」
俺の報告を聞いて、再び話し始めるおっさんたち。
どうやら、聞いていた通り一度群れを退けた甲斐があってか、再び魔物の群れにぶつかるのはもう少し先になりそうだ。
チラっと海図をのぞき込むと、いくつかのポイントに印が付けられているが……そこが遭遇する可能性のあるポイントか。
魔物が集まりやすい場所なのかもしれないな。
ちゃんとそういうデータがあるんだな…。
船乗り同士で共有しているのかな?
まぁ……彼等にとっては大事な情報だし、今彼等が話し合っていることは重要な事なんだろうが、極端な話、空を飛べる俺とセリアーナにとっては、そこまで大事な話ではない。
彼等の話を邪魔する気は無いが、終わるまで付き合う気も無いし……ここは退散させてもらおうかな。
「他に無いなら、俺はもう行くよ」
「あ? あっああ……。情報助かった。セラ殿は奥様を引き続きよろしく頼む」
「ほいほい。それじゃー、お疲れさまー」
さて……、それじゃあ、部屋に戻るかね。
船の周りの状況をセリアーナにも報告しないとな。
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