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 早朝から出発した俺たちは、夕方前にルバンが治める村に到着した。


 彼はもう王都から戻って来ていたが、今までの分の仕事を片付けるために、村を空けていることが多いらしい。

 今日も見回りのために村の外へ出ていて、俺たちがやって来た時には、まだ村に戻って来ていなかった。


 一応礼儀を考えたのなら、代官の彼は村にいて、セリアーナの出迎えをした方がいいんだろうが、まぁ……俺たちが村に滞在しているのは、荷物を馬車から船に積み替える間だけだし、セリアーナも細かいことには拘らないからな。

 特に問題となるような事は無かった。


 そのルバンの代わりに接待役を引き受けたのは、彼の妻の一人であるキーラで、彼女は元々貴族の生まれだし、セリアーナの相手も十分にこなせていた。

 子供も元気なようで、さらには彼のもう2人の奥さんたちも、ちょうどおめでたらしい。

 性別はまだわからないが、これで奥さん3人にそれぞれ子供が出来たことになるし、ルバンのお家は安泰だ。


 そんな事を話しながらお茶をする事、小一時間。

 荷物の積み替えも完了して、俺たちは船に乗ることにした。


 ◇


 俺たちが乗った船は、荷物を運ぶためのものでは無くて、貴族や裕福な商人の移動用に使われる、貴賓室が備えられた豪華な造りの船だった。

 マーセナルの領都にある港に立ち寄った際に、一旦補給を行うが、その後にそのまま王都圏へ向かうことになる。

 約2週間、俺たちの家になるわけだな。


 ちなみに、この船の所有者はルバンだ。


 リアーナには運搬船はあっても、こういった船は無かったが、領地の発展につれて、出入りする者の層も変わってきたことから、どうやってか購入を決めたらしい。

 いくらかかったのかはわからないが、彼はしっかり稼いでいる上にパトロンも多いそうだしな。

 今後はリアーナを訪れる貴人は、彼の船を利用する事が増えるだろうし、まぁ……さらに稼いでいく事だろう。


 さて、それはさておき……。


 出港してから数時間が経ち、もうすっかり夜となっている。

 風呂も入って食事も終わり、


「外は魔物とかいる?」


「いないわね。揺れもほとんど無いし……この季節はこんなものなのかしら?」


「前の時は、海に出る前でもちょっと荒れてたもんね」


 窓辺のソファーに座ったセリアーナと話しながら、船窓から外を見る。

 薄っすら月に照らされて、静かな川面が見えていた。


 いつぞやと違って、時期がいいからか川は全く荒れておらず、魔物の気配も全くない。

 それに、周囲にいる人が普段よりも少ないからか、セリアーナはどこかリラックスしているように見える。


 彼女の加護は、範囲を自分である程度コントロール出来るそうだが、それでも常に数百人の気配を追っている。

 領主の屋敷とその周辺に人が全くいないのは、それはそれで問題だろうし仕方が無い事ではある。

 小さいころからその加護を得ていて、もうその生活に慣れてはいるらしいが、やっぱりストレスはあるんだろう。


 今この船にいるのは、使用人も含めて20人ちょっとだし、周囲には魔物もいないらしい。

 加護を使用したままで、気を緩める事が出来るし、いい環境なのかもしれないな。


「さてと……どうしよっか? 今日は【隠れ家】使う?」


 この部屋は、日常生活に使う魔道具が設置されているし、広さも十分ある。

 リビングと寝室が一緒になっているが、手狭さは感じない。

 前世の様に、世界一周とかをするのならちょっと心許ないが、王都圏までの約2週間を快適に過ごすには、十分過ぎる設備だと思う。


 ただ、それはあくまで船旅の場合にはってだけで、ずっと生活するには何かと物足りなかったりする。

 例えば、照明だ。


 部屋には照明がいくつもあって、暗く感じるような事は無いんだが、決して明るいわけじゃ無い。

 今の様に夜になると照明の下以外では、どうしても少々薄暗くなってしまい、本を読んだりするのは難しくなる。


 もっとも、それは貴族向けの建物でも似たような感じで、リアーナのセリアーナの部屋が例外なのかな?

 あそこは天井と壁と机にしっかりと設置しているから、どんな時間でも変わらず明るさを保てていて、いつでも読書や書き物が出来るようになっている。

 あのレベルを、他の場所……ましてや船の部屋に求めるのはちょっと酷だろう。


 だが、【隠れ家】ならその問題も解決できる。

 照明だけじゃなくて居住性もずば抜けているし、あそこに籠ればどんな環境でも関係無いんだが……。


 窓の外を見ていたセリアーナは、少し考えこむような素振りを見せると、こちらを向いて口を開いた。


「少しは部屋に慣れておきたいし、今日はいいわ」


 そして、視線は再び窓の外へ。


 どうやらこの船が気に入ったようだ。

 海に入ったら揺れも変わったりするかもしれないが、今は穏やかだし、のんびりするには悪くない。

 丁度いい、慰安旅行だな。


「そか。りょーかい」


 そう返事をすると、【浮き玉】から降りて、俺もソファーに座ることにした。


815


 船に揺られること数日。

 ようやく川の終点であるマーセナル領に辿り着いた。


 以前俺がここを訪れた際は、【浮き玉】で南に飛んですぐだったが、船だとなかなかどうして……。

 もちろん、俺だけで移動するのなら【浮き玉】と【小玉】で運べる人数と、【隠れ家】に入れられる分だけだし、今回の様に数十人で移動することは不可能だから、どちらが上って事ではないか。


 ともあれ、俺達が乗った船は今マーセナル領の領都にある港に停泊していた。

 ここから王都圏まで1週間程かけていくわけだが、今はその間の食品等の消耗品を積み込んでいる。

 リアーナから船に乗る際に、十分な荷物を積んでいたと思うんだが、その消耗品はこちらで全部入れ替えるそうだ。

 あの船にも保管施設は備わっているが、念を入れての交換だ。


 さらには、貴賓室を除く船中の魔道具の魔晶も交換するんだとか。


 ちなみに、交換するのはそれだけじゃない。

 この船に乗っている使用人や船員の一部も交代するそうだ。

 人員は商業ギルド経由で手配されていて、数日前から準備していたらしい。


 なんでそんな事をするのかとか、詳しいことは分からないが……この徹底具合。

 流石はお貴族様が乗る船って感じかな?


 人も物もいろいろ入れ替わるため、皆忙しそうに動き回っていた。


「俺たちは降りなくていいの?」


「ええ。着く前にも言ったでしょう? 誰かに会うわけでも無いし、ここで作業が終わるのを待っていましょう」


 ここ数日の間、すっかり指定席になったソファーに座るセリアーナは、素っ気なくそう言い放った。

 テーブルの上には、お茶とお茶菓子が並んでいる。

 すっかりくつろぎモードだ。


「そっかー」


 折角マーセナルの領都にいるんだし、すぐ側の屋敷で暮らすエリーシャさんに挨拶くらいなら……と思うんだが、そう簡単なことじゃないらしい。

 セリアーナとエリーシャさん、どちらも身分が高いからな。

 それなりに体裁ってものが必要になってしまう。

 船だと到着までの正確な時間ってのがわからないし、街に滞在するならともかく、一時寄港するだけの場合だと難しいそうだ。


 せめてエレナかテレサが一緒にいるのなら、俺だけちょっと顔を出すってことも出来るが、今回はセリアーナの護衛は俺だけだし、それも出来ない。


 ってことで、俺たちは部屋で優雅に過ごしている。


「まぁ、セリア様もその方が気楽かな?」


 俺の言葉に返事はせずに、代わりに「フッ」といつもの様に笑っている。


 ソファーに座るセリアーナは、足を組んだり肘をついたりこそしていないが、腰掛ける深さとかで、リラックスしているのがよくわかる。

 ここまでの移動の間は、この船以外には人がいない環境だったしな。


 このマーセナルの領都は、港が併設しているだけあって様々な土地から船が来るし、様々な者がいるだけに、セリアーナをよく思わない者も中にはいるかもしれない。

 護衛はサリオン家がしっかり引き受けてくれるだろうし、安全面に関しては心配いらないが、セリアーナの加護はまた別だ。

 折角ここまでリラックス出来ていたんだし、到着するまではそのままでいてもらいたい。


 挨拶出来るのならその方がいいだろうが、帰りにも同じルートを使うしその時はリーゼルやオーギュストも一緒だ。

 今、わざわざ無理をしなくても、その時彼等に任せてもいいはずだろう。


 ふむふむ……と頷くと、俺もカップに手を伸ばした。


 ◇


 人員の交代や荷物の積み替え作業は、30分ちょっとで完了した。

 ルバンの村でこの船に乗った時と工程はさほど変わらないのに、半分くらいの時間で完了したのは、工夫の熟練度の違いかな?

 今は最後のチェックだとかで、船長同士で打ち合わせをしているそうだが、それが終わり次第出港だ。


「今日から他の船も一緒に移動するんだよね?」


 他大陸へ向かうわけじゃ無いから、サリオン家ご自慢の武装船団はつかないが、この街から出港する船は毎日いるし、その連中はある程度纏まって移動することになる。

 まぁ……海賊とかはいないだろうし、陸地沿いに西に向かうっていう、魔物との戦闘も起こりにくいルートで、纏まる目的だって事故に備えてだ。


 俺たちは別に単独でも問題無い性能らしいが、そこら辺は互いに協力し合う暗黙の了解みたいのがあるそうで、付き合って同行することになっている。

 それに、纏まるといっても、馬車で移動する時の様に密集するわけじゃ無く、もっと離れるだろう。

 セリアーナの加護の範囲外になるし、気にはならないかな?


「ええ。私たち専用の護衛船という訳じゃないから、以前の様に前後をしっかり守られるような事は無いけれど……別にそれで問題は無いわね。一応、何か起きた時に備えて、お前の事は伝えているけれど、いつも通りね。何かをする必要は無いわ」


 何かあれば、俺が空から偵察に飛ぶこともあるだろうし、その時に攻撃されたら大変だもんな。


「さて……外の話も終わったようよ。セラ」


 そう言って、セリアーナは部屋のドアを指した。

 船長たちの話も終わって、その事を伝えに来るのかな?


「ほいほい」


 セリアーナの言葉に返事をすると、【浮き玉】に乗ってドアに向かった。

 これで出発か。

 一週間程の船旅の再開だ!

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