370
812
ミネアさんとの会話と施療を終えた俺たちは、セリアーナの部屋へと戻ってきた。
執務室には、明日持って行くための荷物が既に用意されている。
王都で使う分の荷は既に運んでいるが、移動中に使う分の荷物は、明日俺達が乗る馬車に積んで持って行くんだ。
まぁ……本当に使う分は、俺の分もセリアーナの分も【隠れ家】に突っ込んでいるから、これらは使わずにただ持って行くだけになるわけだが……しゃーないしゃーない。
その荷物を横目に寝室まで真っ直ぐ行くと、セリアーナはソファーにドサっと座り込んだ。
「ふう……」
そして、大きく息を一つ吐いている。
別にミネアさんと仲が悪いわけじゃ無いんだろうけれど、彼女が相手の場合はセリアーナが振り回される側になるから疲れちゃうのかもな。
「お疲れだねー。【ミラの祝福】いる?」
「そこまでじゃ無いわ……。それより、お前は明日からの準備は出来ているでしょうね?」
「うん。大丈夫だよ」
セリアーナの言葉に、胸を張って答えた。
この世界は、前世の様に何か足りなくてもコンビニで買えば済むってわけじゃないから、遠出の際には事前の準備が大事になる。
物を売っている場所だって限られているし、その準備を損なえばそのまま命を落としたりする場合だってあるしな。
だが、【隠れ家】にアレコレ詰め込み、尚且つ何か足りない物や忘れ物があっても、いざとなれば取りに戻れる俺にとって、遠出の準備ってのは気楽なもんだ。
「よいせっ……っと」
【浮き玉】から飛び降りると、ベッドに転がった。
明日からはしばらくの間船に乗り続ける事になる。
もちろん、運送用の貨物船じゃなくて、貴族を乗せる様な豪華な船だ。
それなりに調度品も整っているだろうが、それでもこのベッドほどいい物じゃ無いし、よくよく考えると、繊細な俺には中々ハードな日々になるかもな。
俺は戦ったことは無いが、水中の魔物との戦闘も起きたりするかもしれないし……今回はアレクたちはいないし、いざとなれば俺が戦う可能性もゼロじゃない。
コンディションはベストを保っておかないといけないな。
まぁ、俺には【祈り】もあるし、そんなに気にする事じゃないか。
もしかしたら、新たに聖貨をゲットする機会が……。
「あっ! ねぇ」
聖貨といえばだ……。
「なに?」
「聖貨使っていい?」
今の俺の所持数は10枚を超えている。
いつも何かしらイベントがある時は景気付けにガチャをやっていたんだ。
今回は、遠出だし戦闘の可能性があるかもしれないとはいえ、護衛付きで船に揺られるだけだから、景気付けや厄払の必要は無いのかもしれないが……ガチャが頭に浮かんでしまうとやりたくなってくる。
前回やったのっていつだったっけ?
雨季前だったかな?
「好きにしなさい」
そう言うと、セリアーナは聖像を置いている棚を指した。
勝手にやれって事か。
それじゃー、やらせてもらおう!
◇
聖像を棚から出して、聖貨を【隠れ家】から取ってきたのだが、セリアーナはまだソファーに深く腰掛けたままだった。
その姿勢のままこちらを見ているが、消耗しているなぁ……。
さっさと済ませちゃうか!
大きく深呼吸をすると、手にした聖貨10枚を、テーブルに置いた聖像に向かって掲げた。
頭の中に鳴り響くドラムロール……。
それを聞きながら、再び深呼吸をする。
冷静なつもりではあるが、やはりガチャをする度に気分が高揚してしまうからな……。
無心に、冷静に、クールに、クレバーに……。
「使ったはいいけれど、お前は何か欲しい物でもあるの?」
集中しようとしている俺に向かって、セリアーナはからかう様な声を投げかけてきた。
相変わらずソファーにもたれたままではあるが、笑みを浮かべているし、回復してきたっぽいな。
「ぅっ……今集中してんの! 全く……。別に欲しい物は無いけど、貯まったら使いたくなるじゃない……」
【影の剣】すら強化された今の俺には、はっきり言って必要な物ってもう無いんだよ。
そりゃー、あったら便利な物はたくさんあるだろうけれど、それでも聖貨10枚使ったギャンブルをするほどの理由は無い。
まぁ、でもね?
もう随分前からだが、聖貨を使った強化では無くて、ガチャそのものが俺の目当てになっているからな。
ってことで……。
「ほっ!」
ストップと強く念じた。
ドラムロールが鳴りやみ、頭に浮かんだ言葉は……【魔鋼】。
「うっ……」
「外れね?」
まだ何も表れていないが、俺の声を、恐らく顔で結果が分かったらしい。
苦笑の色を含んだ声で、そう言ってきた。
「うん。魔鋼だったね……」
と、答えている間に眼前に浮かび上がってきた。
一歩下がって、光っている間に受けとめると、重さを持ち始める前に両手で掴んで、床に置いた。
昔は受けとめる事が出来ずに、落下する前に逃げていたが……何度も回数を重ねることで、俺も成長したな。
「それは【隠れ家】にでも入れておきなさい。丁度いい厄払いになったんじゃない? そろそろ休みましょう」
「はーい……」
今回はちょっと情熱が足りなかったかもしれないな……。
まぁ、こういう風にたまに散財する事で、俺の狩りへの意欲も高まるんだ。
これはこれでよし!
それじゃあ、さっさと片付けて寝る準備をするかな……。
813
ペチペチと何かを叩く音と、頬への軽い衝撃。
それに気付いて、起きようとしたのだが……。
俺が何かを言う前に、頭を両手で掴まれたかと思うと……グワングワンと一気に揺すられた。
「ぬおぉぉおぉぉおっ!?」
揺すられていたのは数秒ではあったが、その短い時間で一気に目が覚めた。
元々寝起きはいい方だが、これなら一発だな……。
「はぁー……びっくりした。おはよー」
目を開けて体を起こすと、既にセリアーナはベッドから離れて髪を整えている。
「おはよう。さっさと起きて支度しなさい」
「うん……。エレナとテレサは?」
俺はベッドから降りて、昨晩用意していた服へ着替え始めた。
そのついでに部屋の中を見るが、俺とセリアーナだけだ。
彼女は日頃から身支度は一人で行う事が多いが、誰かと会ったりする日は、エレナなりテレサなりに任せる事がほとんどだ。
髪が長いからな……。
誰かに任せた方が、早いし上手く出来るんだよな。
だから、普段の屋敷の中でならともかく、外に出る時は違うんだろう。
今日は馬車で行くし、誰かと会うわけじゃ無いんだが、それでいいんだろうか?
「2人は下で私たちの出発の用意をしているわ」
そう答えたが、俺がセリアーナの様子を見ているのに気付いたのか、さらに続けた。
「この屋敷からは誰も連れて行かないでしょう? 王都に着くまでの間も使用人はいるけれど、その間は自分で身支度はするつもりだし、それなら今日からしておいた方がいいでしょう」
「あぁ……。なるほど」
基本的に近くに人を置きたがらないねーちゃんだからな……。
屋敷を出ている間は、自分で全部やってしまうんだろう。
当然移動中もだ。
護衛も使用人もずっと同じ人間が付くわけじゃ無いが、それでも重なる時間とかはあるだろうし、今日だけエレナに任せて、同行する者たちに初日だけ気合いが入っていたとかは思われたくないのかな?
気合いという点では、むしろ自分でやることになる移動中の方が上なんだろうが、傍から見たら、そういう風に思われても仕方が無いし、セリアーナがそれを懸念していることも理解出来た。
「よっし、着替え終わり!」
お喋りをしつつもしっかり着替えを完了させた。
今日の俺の恰好は、薄いブルーのワンピースに、例によって裸足だ。
王都に着くと流石にこうはいかないだろうが、今はまだこれでいいだろう。
そして、枕もとの箱を開けると、中から各種恩恵品を取り出して、順々に身に着けていく。
全て身に着けて、忘れ物が無いかも確認して準備完了だ。
俺は、ベッドから飛び降りると足元に転がしていた【浮き玉】に乗った。
「準備出来たよ。セリア様は?」
「私はもう少しかかるから、お前は先に食堂へ行ってなさい」
見ると、セリアーナはまだ長い髪を編んでいるが、髪形は網目の細かい三つ編みで、既に1本は出来ていて今は反対側に取りかかっている。
後でお団子にでもするのかな?
手伝えるといいんだが……俺じゃー網目のサイズとかがバラバラになるしな……このまま頑張ってもらうか。
「それじゃー、後でね」
まだ髪を編んでいるセリアーナに手を振って、俺は寝室を後にした。
「おー……いつの間にやらスッキリと……」
寝室の繋がっているセリアーナの執務室は、昨晩はまだ荷物が色々と置かれていたんだが、それはもう運ばれて、部屋の中がスッキリと片付いていた。
全く気付かなかったな。
あれは馬車に積むものだけれど、今はまだ下にあるのか、それとも……。
「……お? もう着いてるのか」
窓辺に向かって外を見てみると、屋敷の正面玄関の前に3台の馬車が停まっていた。
あの馬車に乗って行くのは俺とセリアーナの2人だし、2台は荷物を運ぶために用意しているのか。
俺たち2人分の2週間弱程度の荷物でもあの量か……。
王都で必要になる分は既にもう送っているし、その事を考えたら相当な量になっていたな。
セリアーナはもちろん、俺だって一応貴族基準で荷物を揃えているから、またちょっと違うかもしれないが、これじゃあ気軽に遠出は出来ないよな。
昔セリアーナが、王都に来れる機会なんてそうそうないって感じの事を言っていたが、それも納得の理由だ。
「……まっいいか。ごはんごはんー」
とはいえ、それも昔の事。
今の俺にとっては、本気を出せば数日で行ける場所の事だし、変に構えるような事でも無いよな。
それよりも、さっさと朝食をとって、出られるようにしないとな。
◇
「エレナ、テレサ、後の事は任せるわ」
「お任せください」
屋敷の玄関ホールで、ズラリと並んだ屋敷の皆を前に、セリアーナが挨拶をしている。
その様を俺は後ろに浮きながら眺めているが……女ばっかだな。
カロスも一列後ろに控えているし、リーゼルがいないと、屋敷内で男の存在感が減っちゃうんだな。
外に関しては、アレクたちにリックもいるし心配はいらないが、中の事はどうなるか……。
そんな事を考えていると、そのカロスと目が合った。
そして、小さく頷いている。
「……ぬ」
彼もその事を理解している様だし、エレナたちも変に存在感を出そうとかは考えないタイプだし、上手い事やってくれるか。
いらない心配かな?
「それでは、行ってまいります。……セラ、行くわよ」
セリアーナはいつの間にやらミネアさんとの挨拶も終えていた。
随分あっさりしているが、彼女も特に気合いが入っているわけじゃ無い様だ。
それなら俺も気楽にいこうかね。
まぁ……元々気は抜けているかもしれないが、それは言いっこなしだ。
「りょーかい。それじゃ、行きましょー」
玄関扉の両脇に控えていた使用人が、俺の言葉を合図に扉を開いた。
雨季も終えたし当たり前ではあるが、実にいい天気。
出発日和だな!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます