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ミネアさんの来訪理由は、王都へ行くため領地を空けるセリアーナの代理だった。
もちろんそれだけじゃ無くて、孫の顔を見たり、リアーナの面々とも顔を繋いでおくためだったりと、色々あるわけだが……。
仕事に関してはエレナとテレサが残るし、領地の治安に関しても、アレクたちがいるから、まぁ……そうそう手に負えない事態なんて起きないだろうしな。
それでも、やはり子供を任せられる相手がいるってのは大きいと思う。
他所がどんな風にやっているのかはわからないが、リセリア家はセリアーナたちが初代だ。
一族っていう意味では、どちらも領内に何人かいるそうだが、近しい親族はまだいないんだよな。
すぐ西と南のお隣さんが親戚だとはいえ、そこらへんは新興の辛いところか?
ともあれ、これでセリアーナは気兼ねなく王都に出向くことが出来るようになったわけだ。
◇
話を終えた後は、皆それぞれの部屋に戻った。
夕食の時間も早かったし、まだ遅い時刻という訳では無いが、ミネアさんは今日屋敷に到着したんだ。
船で一晩過ごして、今朝ルバンの村に着いてから、すぐに馬車でここまで来たんだし、ゆっくり休まないと疲れは取れないだろう。
俺の【祈り】や【ミラの祝福】でも癒す事は出来るが、それをするのは、まずは自力である程度回復させてからだな。
施療を行うのは明日以降でいいだろう。
「ねー」
俺は、ベッドの上に座りストレッチをしながら、セリアーナに向かって声をかけた。
彼女はソファーに座って本を読んでいる。
王都に発つ予定日まであと数日なんだが、いつも通りで何も変化は無い。
……まぁ、旅の準備をするのは彼女じゃないから、そんなものかもしれない。
それよりも……。
「なに?」
「オレは【浮き玉】で飛んで行くつもりだったんだけどさ、セリア様も一緒に行くんだよね? どうするの? 別々に行く?」
王都までは、俺一人だったりテレサと一緒に行った場合は、そこまで急がなくても1週間を切っていた。
だが、あれはほとんど一日中飛んだ結果だったし、セリアーナがそれをやるとは思えない。
どうするつもりなんだろう?
「もちろん船を使うわ。お前も一緒よ」
「なるほど……。俺も船で行くんだね……」
昔の話ではあるが、セリアーナは船酔いをしていた。
今の季節は、海が荒れるのかどうかはわからないが、【小玉】があった方がいいだろう。
【浮き玉】は俺の物だ。
アレが無いと、俺は転がっちゃうからな……譲れない。
「お前の奥があるし、移動するだけなら飛んで行くのも悪くは無いのだけれど、流石に私がそれをやるわけにはいかないでしょう? 移動は馬車と船を使うわ。出発は4日後。そのつもりでいなさい」
「はーい……」
荷物は事前に言われたし、もう【隠れ家】に用意している。
いつでも出発できる状態ではあったんだが、【浮き玉】を使って、一人で行くつもりだったからな……。
だが、馬車で行くとなると、それも出しておいた方がいいかな?
しかし正規ルートに正規の移動手段での旅か……久しぶり過ぎるな。
割と自由に動ける身分の俺と違って、セリアーナがいきなり王都に姿を現したら……それも俺と2人きりで。
大事になるよな。
それを考えたら、仕方が無いか。
「他に聞くことは? ついでだし答えてあげるわよ?」
「ぬ……?」
セリアーナが聞きたいことはあるか……って。
セリアーナは、秘密主義ってわけではないが、あまり考えを喋りたがらないところがある。
今回彼女が王都に行くってのも、今日まで俺は知らなかったくらいだしな。
もちろん、彼女なりに考えての事で、必要な事はちゃんと言ってくれるし、不満は別にないんだが……それでも、思わず「珍しい」って言いそうになってしまった。
久しぶりにミネアさんに会って、気でも緩んだのかな?
しかし、折角の機会ではあるが……意外と思いつかないな。
「そうだね……。他に何か隠してる事とかある?」
しばし迷ったが、結局あまり大したことを思いつかず、こんな変な事を聞いてしまった。
セリアーナは俺の顔を見ると、小さく「フン」と鼻を鳴らして口を開いた。
「無いわよ。まあ、わざわざ王都に行くのは、お前の件だけじゃなくてリアーナで秋に起きた件を、中央に直接伝えておきたかったってことはあるわね。テレサを送ってもよかったけれど……、アレクたちがいつ戻ってくるか、昨年の時点でははっきりは予測出来ていなかったし、あまりテレサを動かしたくなかったのよね。だから、丁度時期も良かったし、私が動くことを前提にしていたのよ」
「なるほど……」
確かに教会で起きた件は大事だった。
セリアーナも現場にいたし、直接伝えるのは可能だ。
テレサを領地に置くのは、やっぱりオーギュストがいないからか。
アレクもリックも自分の隊ならともかく、騎士団全部を動かすのは難しいもんな。
「他に聞く事が無いのなら、早く寝なさい。お前は明日からお母様に付き合ってもらうわよ」
「ぬ、りょーかい」
セリアーナ自身が王都に行く理由は納得できたし、他に何か隠しているような気配はない……はずだ。
明日からはミネアさんと一緒にいる時間が増えるだろうし、いつもほどダラダラするのは難しいかもしれない。
さっさと寝て、体調を整えておくかな!
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ミネアさんの来訪以来、それまで参加していた東の拠点周辺での狩りはストップした。
俺だけじゃなくて、アレクたちも領都に引き返してきて、一時的に守りを固めるような感じになっている。
もっとも、ミネアさんは滞在している間は、ずっと屋敷の中にいて街に出る事は無い。
ゼルキスのお屋敷でも、彼女が外に出る事はあまり無かったし、そう考えたら、セリアーナは意外と外に出ているよな。
普通の貴族のご婦人は、護衛をつけたり安全に配慮はするものの、他所のお宅に出かけることはあるそうだ。
ただ、領主夫人ともなると、客を迎える事はあっても自分が出向く事はほとんどない。
というか、全く無かったりもする。
例外は、子供の貴族学院の卒業時に王都に行くくらいだろうか?
だから、その事に不便を感じている様子は無かった。
リアーナ領は元々ゼルキス領だったし、ミネアさんと手紙のやり取りをしていた者たちもいた様で、その中の領都だったり近くの街に住んでいる者たちが面会に来ている。
それだけじゃない。
今は街道の掃除も済んでいて安全に領内を移動出来るし、ミネアさんが領都に来ていることを知った、領都から離れた場所に住んでいる者たちが、面会に訪れたりもするだろう。
俺も護衛としてその場に同席していたが、楽しそうにしていたしな。
ミネアさんも、退屈するような暇はないはずだ。
さて、この数日の振り返りはいいとして……。
今俺たちは、南館2階の客室にいる。
いつも夜は、セリアーナ組が集まって適当にお喋りをした後は解散……そういった流れになっているのだが、ミネアさんが来てからは、そのお喋りの時間を夕食前にずらして、いつもの時間は、ミネアさんが滞在している部屋で過ごしていた。
今日もそうだ。
俺はミネアさんの施療を行い、セリアーナはミネアさんのお話相手だな。
侍女のロゼもいるが、施療中はベッド脇に控えているだけで、ミネアさんに話しかけられでもしない限りは口を開かない。
「貴女たちは、明日発つのよね? 予定では来月の半ばに帰還するそうだけれど、変更は無いのかしら?」
ミネアさんはベッドに横になり、腰の上に俺を座らせた状態で、セリアーナに明日以降の俺たちの予定を訊ねてきた。
「ええ。ウチがやるべきことの大半は、既にリーゼルが片づけているでしょう。その娘の手続きだってそんなに時間がかかるものではありません。数日くらいずれる事はあっても、大幅に遅れが出るような事は無いはずです」
セリアーナは、俺を指さしながらそう言った。
「それもそうね……。ロゼ」
ミネアさんはロゼを呼ぶと、彼女を交えてスケジュールの確認を始めた。
ロゼは面会予定の相手を読み上げているが、随分数が多い。
どうやら、領都に住む貴族と、近くの街に住む貴族たちが中心のようだが、俺も知らない相手までいる。
セリアーナが誰かと会う時は、俺も同席する事が多いし、何となくだが覚えているんだが……。
「随分大勢の方と会うのですね……」
ミネアさんとロゼの話を聞きながら唖然としていると、どうやらセリアーナも驚いている様だ。
そりゃそうだよな。
彼女たちがリアーナに到着してから連絡しているんだから、精々往復3日か4日の距離の場所に住む相手にしか、連絡出来ていないはずなんだよ。
それでこれだ。
今までセリアーナが会ってきた数より多かったりは……しないよな?
「折角ココに来たんですもの。ココでしか出来ないことをやっておくべきでしょう? ココがゼルキス領の頃から、手紙のやり取りだったり、記念祭などで挨拶をする事はあったけれど、あまり落ち着いて話をする機会はなかったもの。貴女の事だし、面会は自分から会いに来る者とだけで、呼びつけたりはしていなかったんでしょう?」
「……ええ。まあ、そうね」
ミネアさんの言葉に、少々気まずそうに答えるセリアーナ。
それを見たミネアさんは、さらに言葉を重ねていく。
「ゼルキスよりも魔境に近いから魔物の活動も活発だし、移動出来る時期も限られているから、仕方が無いとは思うけれど……。もう少し交流をしなければいけないわよ?」
面白いなぁ……。
セリアーナって、基本的にいつも彼女が一番上って状況ばかりだし、それに、特に何かをミスするような事も無いから、こういう風に誰かに言い込められている姿は珍しい。
何か言い返したいけれど、相手が正しいってのが分かっているから何も言えずに、「ぐぬぅ……」って感じの表情を浮かべている。
多分、セリアーナにやりこめられているときの俺ってあんな感じの顔をしているんだろうな。
「……プっ」
「……セラ」
おかしくなってついつい吹き出してしまったが、それが耳に入ったのかセリアーナがこちらを睨んできた。
慌てて目をそらしたが、その動きが伝わったのか、ミネアさんはクスクスと笑っていた。
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