368

808


 騎士団本部を出て屋敷へ向かうと、今日は2階の執務室の窓が開いている。

 俺が屋敷の前に現れた時には既に開いていたから、執務室にセリアーナがいるってことだ。


 ……ミネアさんのお相手はいいのかな?

 屋敷にいるはずだよな?


「ただいまー」


 なにはともあれ、色々気になる事はあるが、外で浮いていても仕方が無いし執務室の中へと入ることにした。

 そろそろ日が暮れ始めるこの時間帯は、いつもはセリアーナはここで仕事をしているが、今日は違う。

 彼女がいるのは、奥の応接スペースだった。


 そして、彼女の正面に座るのは、セリアーナとよく似た金髪美人。

 ミネアさんだ。


「あら、本当に窓から出入りしているのね」


 ミネアさんは、窓から入ってきた俺を見ておかしそうに笑っている。

 セリアーナがよく浮かべている冷笑では無くて、自然な笑い方だ。

 セリアーナと顔は似ていても、この辺は似ていないな……。


「ゼルキスの屋敷でもそうだったでしょう?」


「実際にこうやって目にしたのは初めてですもの……。セラさん、久しぶりね」


 セリアーナの突っ込みに笑って返すと、改めて俺を見た。


「お久しぶり……? です。えーと……、ミネア様はどうしてウチに?」


 先月ゼルキスのお屋敷に行った際にも会ったばかりだが、まぁ……ひと月会っていないし、久しぶりといえば久しぶりか?

 とりあえず、俺も合わせてみたが、それよりなによりもだ。

 下で聞いた時にも思ったが、なんでこの人がここにいるのかだよな。


 服装は青いドレスで普段通りだし、彼女の座るソファーの後ろには侍女のロゼも待機している。

 一緒に来たんだろうが……どう見ても平常通りで、突如リアーナにやって来る用件があるとは思えない。


 その事を聞きたかったのだが……。


「セラ、先にお前は汚れを落として来なさい。話はその後よ」


「ぬ」


 俺は今、森で狩りをしてきた恰好のままだ。

 普段だって、狩りから帰ってきたら風呂に一直線だし、ましてやお客さんが来ているんだ。

 確かにこの恰好のままってのは無いな……。


「後でお話ししましょうね」


「あ、はい……」


 セリアーナに続いて、ミネアさんもそう口にして、手を振っている。


「姫、参りましょう」


「ぬ。うん」


 どうやらテレサも同行してくれるようで、共に部屋を出ることにした。

 恐らく彼女はミネアさんの用とか知っているんだろうが……セリアーナとミネアさんが何も言っていないし、聞いても答えないだろうな。

 それに、後でお話って言うくらいだし、彼女は今日は屋敷に滞在するんだろう。

 それじゃあ、急ぐ事も無さそうだし、話はあとでゆっくり聞くことにして、俺はゆっくり風呂に入るかね……。


 ◇


 入浴後しばらくすると、仕事を終えたセリアーナが部屋に戻ってきた。


 丁度その時俺は、テレサに淹れてもらったお茶を飲んで、まったりとしていたのだが、その際にミネアさんの来訪目的を訊ねたが、後で話すと、教えてもらえなかった。

 どうやら、今日は夕食の時間を早めるようだが、その時にでも教えてもらえるんだろうか?


 今はエレナ立ち会いの元、子供たちの顔を見ているんだとか。


 そういえば、それがあったな……。

 一応、ゼルキスから送られた者が、記念祭などで子供たちの事を見ているし、ちゃんと報告を受けてはいたんだろうが、ミュラー家の人間で直接顔を見たりした者はいなかったもんな。


 でもなー……やっぱりそれだけの為に、わざわざリアーナに来るかって話だよな。

 とりあえず、その場は東の拠点の様子を始めとした、今日の俺の仕事に関しての報告を行った。


 そして、報告を終えた頃にはちょうどいい時間となっていて、皆で食堂へと移動した。

 簡単なものではあるが、ミネアさんの歓迎会も兼ねたもので、領都の貴族たちも集まっていて、話をするどころでは無かったし、俺は早々に退散したから、結局何のために来たのか聞くのは、またも持ち越しとなった……。


 ◇


 んで!


 その歓迎会は、今屋敷にいるのが女性ばかりだからという事もあってか、歓迎会という割には比較的早く終わり、いつものセリアーナ組に加えて、ミネアさんとロゼもセリアーナの部屋にやって来た。


 彼女たちは、屋敷にきてすぐ執務室に行っていたようで、この部屋に入るのはこれが初めてらしい。

 アレコレ眺めていたが、この部屋で特に異質……と言っていいかわからないが、目立つのは、魔物の彫刻を飾っている棚だ。

 それを興味深そうな顔で眺めている。


「セリアーナさんらしいお部屋ね……」


「それはセラが用意した物です。私の物じゃ無いわ」


「あら、そうなの? 随分好きにさせているのね……。向こうが寝室ね。その扉は?」


「そこはセラの部屋です。それよりも、お茶も入りましたし、そろそろ話を始めましょう」


 何となくセリアーナが押される姿が珍しくて、ついつい眺めていたが、どうやら話に移るようだ。

 これでようやく、彼女がリアーナにやって来た理由がわかるのかな?


809


 ミネアさんが部屋の中を一通り見終えたことで、こちらの話を進めようとなった。

 皆でソファーに座り、俺は例によってミネアさんの膝の上だ。


 さて、指定ポジションに付いたところで、いい加減俺も聞きたいことを聞こう。


 頭を上に向ければ、すぐにミネアさんの顔があるが……流石に何で来たの? と、本人に言うのは俺でもちょっとね。

 だから、正面に座るセリアーナにそれを聞くことにした。


「そんでさ、ミネア様はなんでまたウチに来たの? それも少人数でさ」


「もうすぐ王都に行くでしょう? その間子供たちの事をお願いしたかったからよ」


 当たり前の様に言い放ったが、この言い方だとセリアーナがミネアさんを呼んだようだ。

 だが、王都に行くから子供をお願いって……。


「……セリア様も行くの?」


 俺が行くだけならそんなもん必要ない。

 ってことはセリアーナも屋敷を離れるってことだし、このタイミングでなら、彼女も王都に行くってこと……だよな?


「そうよ」


 俺の質問にセリアーナは、これまた当たり前の様に一言で答えた。


 そのやり取りがおかしいのか、ミネアさんは声こそ出していないが笑っている様だ。

 背中越しにそれが伝わってくるぞ。


「セリアーナさん、貴女の事だからセラさんに碌に説明していないんでしょう? それだけじゃ、伝わらないわよ」


「碌に……っていうよりも、何も聞いてないです」


 俺の言葉を聞いて、小さいが今度は声を上げて笑っている。

 楽しそうで何より……。

 俺は初耳でびっくりしているよ。


「王都には、ウチはリーゼルが。ミュラー家はおじい様とおばあ様がいるけれど、3人はあまり面識が無いのよ。お父様も領地に戻っているでしょう? お前じゃ何かあっても間を取り持つ事は出来ないでしょうし、私も向かうことにしたの」


「……なるほど?」


 何やるのかはわからないが、リーゼルなら大抵のことは無難にこなせそうな気もするし、大丈夫だとは思う。

 ただ、セリアーナが言うように、両者の間を俺が上手く取り持つことが出来るかって言うと、自信無いしな……。

 そう考えると、セリアーナも一緒に行くっていうのは理解出来る。


 だが、そうなると領地に領主夫妻がいなくなってしまうし、屋敷には子供だけが残る事になってしまう。

 いくらエレナたちがいるとはいえ、それはどうなんだろう。


 ウチで謀反が起きるとは思えないが、あまり隙を見せすぎるのもいい事ではない。

 だからミネアさんを呼んだ……のか?


「去年の春頃に、セリアーナさんから連絡を受けていたの。もしかしたら来年の春に自分も王都に行くかもしれないから、夫が領地に戻って来ているようなら、こちらに来れないかって」


「ほーう……」


「私がリアーナを離れるには、領都の問題を片づけておく必要があったけれど、そちらも無事済んだし、王都に出向く事に問題はないわ」


 去年の春って事は、俺は聞かされていなかったけれど、戦争について動き始めていたころだよな?

 その頃から計画していたのか。

 セリアーナが言うように、領地を左右しそうな問題は、昨年秋にしっかり片付いたもんな。


 相変わらず、こういう微妙に長期間の策を考えたがるねーちゃんだな……。


 そう、呆れ半分に感心していると、セリアーナの後ろに立つテレサが「姫」と口にした。


「少し前に、姫が街道の見回りをしていたのもその一環なんですよ」


「……ほぅ? あぁ……確かに、結構な数を倒したもんね。少人数での移動だったら、どこかで襲ってきてたかも。あぁ……いや、船で来たんだっけ?」


 俺が見回っていた領都以西の、街道沿いの草原等に生息する魔物は、ちょっと勘が鈍っていて、あまり相手の力とかを考えずに襲いかかったりもする。

 しかも、数が多かった。


 ミネアさんは、ゼルキスから少数でやって来たみたいだが、もちろんそんな少数での移動を許されるんだから、護衛の兵は一流なんだとは思う。

 それでも数が多ければ脅威になるし、それを考えたら、俺に街道沿いの魔物の掃除を任せたっていうのは理解出来る。


 ただ、船を利用した南経由でやって来たんだよな……。

 もちろん、予定を急遽変更したってのは考えられる。

 1週間以上かかるところを、半分以下の日数で済むわけだしな。


 だが、違ったようで、セリアーナは俺を見ていつもの笑みを浮かべている。


「お前に任せたのは、街道に目を集めるためよ。領都にはもう怪しい者はいないけれど、まだ領内がどうかは分からないもの。流石に、お前に手を出すような者はいなくても、他所の貴族が移動していたら、それを狙う者が絶対にいないとは言えないでしょう?」


「……なるほど」


 普段は何もしない時期に、俺が街道の見回りをしていたら、重要人物が来ると考えるかもしれない。

 そして、まだ領内に残っているかもしれない反乱分子をそっちに集める……。


 俺が見回りを始めてから一ヶ月近く経っていたもんな。

 それだけ時間があれば、情報が領内に知れ渡るのには十分だ。


 で、そっちに注意が集まっているうちに、より安全が強化された南回りのルートで、ミネアさんたちは悠々とやって来る……と。


 ……なるほど。


 もう一度俺は頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る