367

806


 領地の西側の見回りを終えた俺は、アレクたちと合流して、活動の場をこの東の拠点周辺の森に移しているが、いやはや……


 東の拠点周囲の森は、薬草が生えている頻度こそ高いが、基本的な植生は一の森と大差ない。

 まぁ、一の山まで行けばまた変わったりするのかもしれないが、精々川が流れているってことくらいしか、地形にも変化が無いし、そんなもんかもしれないな。


 ただし、現れる魔物の種類や強さは徐々に変わってくる。


 一の森を始め、浅い場所では小型の魔物しか出ないため、たとえ魔境の魔物といえども、手こずるような事は無い。

 一撃では倒せないが、ヘビくんたちと連携したら、比較的簡単に倒す事が出来る。


 だが、浅瀬を越えると大型の魔物も出始める。

 ゴブリンの群れに交ざったオークだったり、浅瀬よりも大きい体を持つ魔獣たち……。


 そして、今日はいよいよ妖魔種の大物、オーガくんとの戦闘になった。


 ◇


「ふっ! あぁ……耐えるか!」


【緋蜂の針】を発動した右足で、目の前のオーガの後頭部を蹴りつけるが、蹴った頭部が爆散するような事も無ければ、死んだりする事も無く、大きく上体が揺らぎはしたものの堪えられてしまった。

 追撃でアカメたちが仕掛けるが、それでもまだ息がある。


 オーガはダンジョンでなら、今まで何度も倒してきたが、魔境のオーガとはほとんど戦闘した経験が無いので、あまり比較出来ないのだが……コレは強い。

 よくよく考えると、ダンジョンのオーガも普通に手強かったし、当たり前か。


 さて、どうしたもんか……。


「どうする? 俺がやるか?」


 よろめきながらも、俺から目を離さないオーガを前にして次の手を迷っていると、周りの魔物を片付けたジグハルトが、後ろから声をかけてきた。

 振り向かなくてもわかるが、彼だけじゃなくて他の連中も、既に倒している。

 俺待ちか……。


「いや、これで決めるよ」


 別に手を抜いていたわけでも無いし、ウチの兵相手に隠すような事でも無いが、今日まで【影の剣】は使わずにいた。

 蹴りと尻尾、それとヘビくんたちで十分対処できていたしな。


 それに、【影の剣】はちょっと強すぎるからなぁ……。

 大抵の生物相手なら、突き刺すか切りつけるかで決められるんだ。



 だが、強敵相手には、【影の剣】が一番だ。


「よいしょっ!」


 気合いを入れると、爪から刃を生やした。

 強化したが、使い勝手は慣れたこちらの方が上だし……このままでいいだろう。


【浮き玉】を加速して、正面からオーガに接近したが、ダメージの蓄積もあってか反応が鈍く、背後に回り込む俺について行くことが出来なかった。

 そして……。


「せー……のっ!」


 右腕を振り抜くと、スパンと首を刎ね飛ばした。


 ◇


 狩りを終えて、魔物の回収準備が整うと、俺たちは拠点に引き返すことにした。


 まだ日は高いし、領都周辺での狩りだったら、もっと続けているんだが、如何せんここはまだまだ人の手が入っていない場所が多すぎる。

 魔物の死体を拠点まで運ぶのにも一苦労だ。


 そして、俺たちが狩りをしていた場所は馬車が通らないので、木を切って作った簡易ソリに魔物の死体を積んで、そのソリを馬で引きながら拠点まで運んでいる。


 速度は出せないし、周囲をしっかり固めたりと、中々気が抜けない。

 ちなみに、俺のポジションはソリの真上だ!


「オーガも出てきたねー。どっかに住処とかあるのかな?」


 俺の真下のソリで存在感を放つオーガの死体たち。


 それを見た感想に、馬に乗ってソリの側に控えたアレクが答えた。


「山から下りてきたのがこの辺に居ついただけって事もあるし、まだ何とも言えないな」


「下手に森を刺激して、領都を襲われちゃ困るからな。まだまだ完全に調査が済んだわけじゃ無いが……急ぐ必要はないだろう」


 アレクとは反対側に付いていたジグハルトもだ。


「そっかー……」


 ここんところの狩りで俺もよく理解したが、魔物との遭遇する度合いは、浅瀬に比べるとむしろ低くなっていたと思う。

 だが、それはこの辺りに生息する魔物の総数が減っているという訳では無いんだよ。


 んじゃ、どういうことかというと、群れが大きくなっているんだ。

 そして、単一種族ではなくて、複数種族での群れになっている。

 強さや頭脳が抜きんでた個体が、ボスとなって群れを纏めているんだろう。


 そんなのがいる場所で、うかつに拠点までの道を通しでもしたら、真っ直ぐ襲い掛かってくるはずだ。

 そして、拠点が落とされたら、お次は、これまた道が繋がっている領都を目指してしまうかもしれない。


 夜は俺たちは領都にいるわけだし、拠点にいつもそれだけの群れを撃退できるだけの戦力が揃っているとは限らないからな。

 領都でも異常にはすぐに対処出来る体制が整いつつあるが、間に合うかどうかはわからないし、そもそもそんな事態を起こさない方がいいんだ。


 それは魔物の生息調査だけじゃなくて、周囲の開拓度合いも同様で、一歩一歩地道に安全を確保して行っている。

 多少時間はかかってしまうが……堅実が一番だ。


807


 拠点周辺の森で狩った魔物は、一旦拠点まで運ばれることになる。

 そして、そこで解体されるか、そのまま領都まで運ぶかが分けられるが、今回はここで解体するそうだ。


 これが、ゴブリンやオオカミ等の数が多い小型の場合だと、解体の手が足りなくなるので、領都まで運んでいたが、今回は大物が中心で比較的数は少なめだ。

 ここだけで十分対応できるんだろう。


「オレは領都に帰るけど……2人はどうするの?」


 拠点に到着して、冒険者ギルドの前まで行くと、魔物の死体が解体所に運ばれていくのを見送りながら、今日はこれからどうするのかを、2人に訊ねることにした。

 俺は帰るが、彼等は帰ったり残ったり色々だからな。


「今日は俺は残る予定だが……アレク、お前はどうする?」


 ジグハルトは残るそうだが、アレクはどうするのかな?

 アレクの方を見ると、拠点内の様子を気にしているのか、キョロキョロ見渡している。

 だが、それも終わり、ジグハルトに返事をした。


「俺も残りましょう。これだけ中に大型の死体があったら、壁の外にも臭いが漏れるでしょうし……」


 領地の西側の草原では、そこの魔物は死臭を警戒して、そこに近づいてきたりはしないんだが、魔境の場合だと別で、むしろ確実に餌がある上に、強力な魔物もいるかもしれないと、襲ってくることもあるらしい。

 強力な魔物を食らえば、その分自分たちの力が増したりするそうだしな……。


 今回はオーガを複数倒したし、その死体を拠点内に持ち運んでいる。

 ここで解体までやって、その後の作業は領都に運んで行っているが、量が多いと解体が終わるまで何日もかかることがあるし、その間は、こちらに保管することになる。

 もちろん、明日以降はその分も他の荷と一緒に領都へ運ぶが、少なくとも今夜はここに置くことになるだろう。


 んで、それを狙って魔物が襲ってくることを、2人は警戒している様だ。


 どんだけおっかない土地なんだろうな……ここって。


「違いない……。なら、お前にも任せるか」


「ええ。セラ、そういう事だ。兵たちは今日の分の処理が完了したら街へ戻すが、俺も今日はここに残るから、街にはそう伝えておいてくれ」


「りょーかい。それじゃあ、こっちはよろしくね!」


 この2人が残るなら、余程のことがあっても大丈夫だろう。

 お陰で、気兼ねなく帰る事が出来る。


 俺は2人に手を振って挨拶をすますと、【浮き玉】を領都に向けて出発させた。


 ◇


 拠点から帰還した俺は、アレクたちの事を伝えようと、一先ず騎士団本部に向かうことにした。


「…………ん?」


 東門から中央通りを通って貴族街に入ったのだが、そのルートはいつもと変わりないが、上から見ていて、そこはかとなく街に違和感を覚えた。

 別に人通りが増えていたりするわけでは無いが……なんだろう?

 特に何かあるとかは聞いていないし、大したことじゃないんだろうが、ちょっと気になるな。


「ふーむ……? わからん」


 まぁ……ここで浮いていても仕方が無いし、本部で報告のついでに聞いてみるか。

 騎士団本部では妙な動きはしていないし、少なくとも事件って事は無いんだろう。


 ◇


「ミネア様が来てる?」


「ああ。昼を少し過ぎた頃にお越しになったぞ。護衛はゼルキスの騎士とルバン卿の村の兵が務めていたな」


 さて、本部に到着して、騎士団本部の職員に報告を終えた俺は、街に何か起きたかを訊ねたのだが……どうやらセリアーナの母親であるミネアさんが街に来ているらしい。


 俺はもちろん聞いていなかったし、彼等もそうだったみたいだ。

 何の備えもしていなかったんだろう。

 本部の奥にある隊長たちのスペースで、バタバタしている気配を感じる。

 街がいつもと違った雰囲気だったのは、その影響もあったのかもしれないな。


 しかし……ルバンの村の兵も一緒って事は、南回りの水路を利用してリアーナにやって来たんだろうけれど、一体どうしたんだろう?


 そのルートを使った場合は、向こうの屋敷を発ってから3日か4日もあれば、この街に到着出来る。

 だが、たとえその数日の事とはいえ、俺たちには何も聞かされていない。

 流石に、セリアーナにも伝えていないって事は無いと思うが、アレクたちも向こうに残っているし、きっと彼等だって聞いていなかっただろう。


「……何の用かとかは?」


 そう聞くと、職員の彼は困った様な表情で首を横に振った。


「いや……何も聞いていない。屋敷にはリック隊長が詰めているから、何か説明を受けているかもしれないが……。その様子じゃ、副長も何も聞いていなかったようだな。まあ、何かわかったら教えてくれよ」


「ふぬ……」


 ミネアさんがリアーナへか……。

 強いて理由を探すなら、俺の養子入りの件が思い当たるが、それなら王都に行く途中で向こうの屋敷に顔を出せば済むはずだ。

 ミネアさんが護衛付きとはいえ、単身でここまで来るには理由が弱すぎる。


 わからんね。

 さっさと屋敷に帰って聞いてみるか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る