366

804


 一通り俺の話は終わったし、昼間の件をセリアーナに訊ねることにした。


「昼間の件?」


「そうそう。今商業ギルドの人と会うのはなんでかな? って思ってさ。それに、そもそもセリア様に面会すること自体珍しいでしょう? 今度建てるお屋敷関係の事?」


 一応何の話をしていたか俺なりに予想はしている。

 いずれ建てるミュラー家のお屋敷は、魔道具に関してはある程度話は進んでいるが、内装だったり調度品はまだあまり話が進んでいない。

 わざわざ屋敷で、滅多に会うことの無い相手と会うとしたら、それかなって、思うんだ。


 建築費用は、ゼルキスのミュラー家から出るそうだが、セリアーナも何割か出すそうだしな。

 今のセリアーナはリセリア家の人間ではあるが、出資者兼身内として、彼女も口出しする権利はあるだろう。


 さぁ、如何に?


 と、そんな顔でセリアーナの顔を見ていたのだが、フっと小さく笑って首を横に振った。

 小馬鹿にするような感じじゃ無いけれど、違ったようだ。


「春に行く王都で着たり使ったりする物を手配させたの」


「王都で? ……あぁっ!」


 俺はこの春、用事があって王都に行くことになっている。

 これがただのお出かけなら、普段の恰好で問題無いんだが、いかんせん用件が用件だ。

 ミュラー家への養子入りの手続きとかで、王城に行かなければいけない。


 今までも王城に出向いたことは何度かあった。

 ただ、その時はまだ役職こそ今の2番隊副長だったりもしたが、公的な身分は平民だったんだよ。

 だから、ある程度好きな恰好でも許されていた。

 ……まぁ、好きな恰好といっても、俺が選んだ物じゃないんだけどな?


 ともあれ、その為の服をセリアーナたちが用意してくれていたんだ。

 一応、向こうで着る普段使いの分は既に仕上がっていて、昨年の俺の誕生日の際に受け取っていたが、肝心の正装がまだ仕上がっていなかったんだよな。

 それが届いた……にしては、俺が目を覚ました時に、部屋には何も置いていなかった気がする。

 俺の部屋の方に置いてあるのかな?


 そう思い、俺の部屋へのドアを見ていると、セリアーナはその事を察したらしい。

 再び口を開いた。


「お前用の正装は、直接王都に送ることにしたわ。向こうで仕上げてもらうようにしたの」


「ぬぬ? こっちじゃ無理なの? オレもいるのに?」


 仮縫いなら、マネキン代わりに俺が直接着てからやった方が、より良い物が仕上がると思うんだよな。

 もうこちらで仕上がっていて、それを送るってんならともかく、わざわざ向こうに持って行くってのはどういう事だろう?


「装飾に使う素材を他国に手配していたそうだけれど、色々あって遅れているそうなのよ。戦争だけじゃなくて、教会の動きも影響があったみたいね。国内にはあるけれど、確実にリアーナに届くのが何時になるか……それがわからないから、先に王都に送って、向こうで仕上げると言っていたわ。まだ日はあるけれど、それでももし間に合わなければ……そう考えても仕方が無いわね。私が許可したわ」


 戦争が終わってもう2ヶ月近く経つと思うが、国内の流通事情もまだ元通りって訳にはいかないんだろう。

 帰還してきた兵たちが、さらに自領に戻るために、国内のあちらこちらを移動をしているだろうし、治安自体はいいだろうが、普段使える道が使えなかったり、護衛が手配出来なかったり色々あるのかもしれない。


「なるほどなー……」


「後は、向こうまで送るのにも、相応の時間がかかるでしょう?」


「あぁ……。【隠れ家】の事も知らないしね。オレが運ぶとは言えないか……」


 その言葉にセリアーナは頷いた。


 俺が【隠れ家】に入れて王都まで持って行くのなら、数日で可能だし、仕立てにかける時間もずっと余裕が出来るだろう。

 それなら、出発するぎりぎりまで待てるが、それをやっちゃうわけにはいかない。

 彼等だってその事を知らないもんな。


「数日中に王都に向けて送り出すから、届くのは2週間ほど後かしら? それから一月近く猶予はあるし、仕上げるのは十分間に合うでしょうね。ああ、ついでにお前の荷物も送るから、そのつもりでいて頂戴」


「ぬ?」


 物の品揃えは王都の方が上だし、必要な物は向こうで買ったりする。

 何でもかんでも持って行くような事はしないが、向こうで着る用の服はこっちで仕立てたし、商業ギルドだってその事は把握しているだろう。

 確かに俺が手ぶらで飛んで行ったら変に思われるか……な?


「了解。間に合うように用意しておくよ」


 俺の部屋のタンスに仕舞っているし、明日帰って来てから、ちゃちゃっと出しておこう。


「あ、いつ出発するのかとかもう決まってるのかな? あんまりギリギリってわけにもいかないでしょう?」


 のんびり行っても1週間かからないで到着するし、急がなくてもいいだろうが、今回は周りの予定にも合わせる必要がありそうだぞ?


805


「そうね……。まだ準備が出来ていないけれど、来月の10日かその辺りになるはずよ。お前は今の街道の見回りを終えたら、その後は遠出する予定を入れないようにしなさい。もっとも何も無ければお前は屋敷から出たりはしないでしょうけど……」


 そう言って、セリアーナはフフっと小さく笑っている。


「ほむ……」


 今度は小馬鹿にされたような気がするが……王都には結構早く行くことになりそうだな。


 今もそうだが、大事な用が控えている以上、ダンジョンで狩りをする訳にはいかないだろう。

 俺がそうそう危険な目に遭う事は無いだろうが、それでも、万が一って事もあるかもしれない。

 ……というよりも、ダンジョン外ではあるが、その万が一ってのも何回か遭遇しているな。


 一応向こうにはリーゼルたちがいるし、ウチの王都屋敷もあるから、生活する分には問題無い。

 近くにミュラー家のお屋敷もあるから、顔を出したりして、暇を潰すことも出来はするだろう。


 しかし……それでも2週間くらいは時間が出来ちゃうな。

 セリアーナが言うように、屋敷でゴロゴロするだけになりそうだけれど……どうしたもんか。


 その考えが、俺の顔を見ていたエレナに伝わったようで、今まで聞き役だった彼女も会話に加わってきた。


「セラ。君の外での任務は後1週間ほどで終わるんだよね? アレクやジグハルト殿が、今は東の拠点を中心に行動をしているから、君もついていったらどうかな? セリア様、2人がいるなら問題無いでしょう?」


「ぬ?」


「ああ、そうね。屋敷でずっと転がっているよりかはマシかもしれないわね。セラ、いいわね?」


「うん」


 俺の返事に、セリアーナは満足そうに頷くと、次の話題に移っていった。


 春間近になって、人の移動が再開し始めたことから、各地の流行の情報も入っているらしく、王都を中心とした他領のファッションについて話をしている。

 服のシルエットがどうの、色がどうの……。

 あまり彼女たちは普段の服装を大きく変更する事は無いが、それでもやっぱりファッションは好きらしい。


 んが、俺はそっちに興味はない。


 それよりも、東の拠点周辺での狩り。

 そっちの方が大事だ。


 今まで俺はあの辺りまで足を延ばす事はあっても、狩場として利用する事は無かった。

 あくまで、ただの見回りだな。


 理由は色々だ。


 まず、単純にあの辺りの魔物は強いという事。


 1対1なら早々後れを取る事は無いし、仮に倒せなくても逃げるだけなら余裕だが、呑気に1体だけでうろついている魔物はほとんど見ないからな。

 どうしても、複数を相手取るとなると、危険度が増してしまう。


 次に、死体の処理が面倒な事。


 張り切って倒しまくっても、死体の処理をどうするか……だ。

 あの辺で、俺の回収依頼を受けてくれるような冒険者がどれだけいるかわからないし、巡回の兵を利用しようにも、昔ならともかく、今は見回る範囲も広がって彼等も忙しいだろう。


 かといって、回収しないとなったら、死体を灰になるまで燃やすくらいしか無いが、あそこでそれはな……これは、森全般で言える事だが、森のど真ん中でそんなでかい火を起こせないし、やっぱり死体は回収するしかない。


 他にも色々あるが、あのハードな狩場で狩りをするよりも、もっと手前でやっても俺の場合は結果が変わらないし、わざわざあそこまで行く必要が無かったんだ。


 そこへ、アレクたち保護者付きで行く。

 当然、その2人だけじゃなくて他の兵も一緒なわけだし……ちょっと楽しくなりそうだな!


 ◇


 街道の見回りを開始してから1週間ほどが経った。


 毎回戦闘になるわけではなかったが、それでも戦闘になる時はなる。

 戦う魔物の種類に大差は無く、大半がオオカミとゴブリンで、強さも通常の魔物よりは弱く感じる程度だった。

 余裕の勝利だな。


 俺の場合は一人でフラフラしているから、襲ってきていたが、武装した人間がまとまった数で移動していたら、そうそう襲われることはないだろう。


 ってことで、順調に見回る範囲を消化していき、今日のこの領境にあるガーブの街でラストだ。

 ここでは街から街道を少し西に行った場所で戦闘が起きたが、問題無く一掃する事が出来た。


 そして、街に駐留する兵と商人と、たまたま手が空いていた冒険者を連れて、死体の回収にやって来たわけだ。


 他の場所と一緒で、やはり戦闘跡には魔物も獣も近付いて来ようとしないようで、魔物の待ち伏せに遭うようなことは無く、護衛に腕利きを揃えるような手間は必要なくなっていた。


 もちろん、それで気を抜くような事は無く、俺はしっかり周囲の警戒をしていたのだが、そこへ、この隊を率いている隊長が、俺に向かって声をかけてきた。


「セラ副長、回収は終わったが、魔物の気配はもうないか? 後ろを突かれたくは無いが……」


「無いね。他の場所でもそうだったけど、死体の臭いで近付こうとしないらしいよ」


「確かにひどい臭いだしな……。よし、さっさと撤収するぞ!」


 その声に、あちらこちらから返事が返ってくる。


 結局何のためにこの街道の見回りと魔物退治をしていたのかはわからないが、大きな問題も無く完了したし、良かった良かった。

 王都に行くまでちょっとの間だが、これで東の拠点で遊べるな!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る