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草原での死体回収はハプニングが起きたりもせずに、予定よりもずっと早く、無事に終了した。
俺は作業を上から見ていたのだが、草のなびき具合で風が吹いているのが分かったが、森の方へも吹いていたにもかかわらず、結局魔物が姿を見せるような事は無かったし、作業前に冒険者が言っていたように、あそこを避けていたのかもしれない。
これは俺的には嬉しい情報だな。
魔物の習性なんて、そうそう大差は無いだろうし、この分なら他の場所でも似たような感じになるはずだ。
もちろん油断はしちゃいけないだろうが、それでも作業中は結構不安だったんだよな。
戦闘を終えた後に、街まで回収の依頼をしに行って、死体を放置している間に、その場所に新たな魔物の群れが集まってしまっていたらと思うと……。
俺だけじゃなくて騎士団の兵も冒険者もいるし、倒すだけなら問題無いんだが、商人も一緒だからな……。
リアーナで活動する商人なら、多少は魔物の相手は出来るだろうが、それでも大量の魔物を相手にしたらどうなるかわからない。
犠牲が出ないならそれが一番なんだが、それでも兵や冒険者なら、それも仕事のうちと割り切れるが、商人の場合は非戦闘員だ。
彼等の中から犠牲者が出ると、何かと面倒なことになるし、護衛を減らすわけにはいかなかった。
それなら、死体の回収に商人は連れて行かずにって出来たらよかったんだが、それもなかなか難しいよな。
今は騎士団も忙しいし、何より俺のこの任務は一時的なものだ。
そのためだけに、彼等に担当地の編成を変えさせるよりは、民間に依頼する方が効率はいいんだ。
ただ、回収作業と護衛の両方を任せられるだけの腕を持つ冒険者が必要だが、そんな都合の良い存在が昼の狩り時にいるかって話だ。
今日はたまたま大量に倒して、街で待機していた冒険者にも利益が出る程度の儲けにはなったけれど、毎回上手くいくかはわからない。
セリアーナが各街に送った伝令は、あらかじめそのあたりの事を伝えているし、冒険者たちも覚悟しているだろうが、それでも10日程度とはいえ、出番があるかどうかも分からないのに稼ぎ時に拘束するんだ。
不満が募ってもおかしくない。
今回の施策にはアレクたちも関わっているだろうし、彼等が反対しなかったのなら許容できる範囲なんだろうけれど……回避出来るのならそれにこしたことはない。
近場のアリオスの街ならともかく、明日以降はどうしようかと思っていたんだが……魔物が死体に集る恐れが無いのなら、商人の安全に加えて、冒険者の問題も解決できそうだな。
◇
外での仕事を終えて領都に帰還した俺は、そのまま屋敷に向かったのだが……。
「おや? 開いてないね。……この時間ならまだ執務室で仕事をしているはずなんだけど……」
普段は俺が屋敷の敷地に入ると、その事に気付いたセリアーナが部屋の窓を開けさせる事が多いんだ。
今の時間帯なら執務室にいるはずだし、たとえ客がいようと何時もそこから中に入っているし……中にいないのかな?
「そんじゃー、裏から入るかね」
窓に張り付いたら、中にいる誰かが気付いて開けてくれるだろうが、ときたま忘れがちではあるが、本来窓ってのは人が出入りするための物じゃ無い。
特に2階の窓は。
いかんいかん……と、頬を掻きながら、裏口に向かうべく屋根を越えて裏に回ることにした。
◇
「お客さん?」
「ええ。奥様に御用だとかで、商業ギルドの支部長様と一緒に、つい先ほど……」
裏口から屋敷に入った俺は、本館の使用人と廊下で会うと、彼女に誰か来ているのかを訊ねることにした。
彼女曰く、今セリアーナに会いに来ているのは商業ギルドのクラウス支部長と、領都の商会の中でも特に規模が大きく伝統のある商会の会頭だそうだ。
セリアーナは、特に自分の御用達の職人や店は決めていないが、他領や他国の物を買ったりする際には、そこを利用することがある。
他の店が駄目って事は無いが、リアーナっていう人類勢力圏の端っこの土地だと、確実に仕入れる場合には、やはり昔から実績のある古い商会が一番だ。
特に今年は教会エリアの件で、大きくはないものの、昔からこの街で営んでいるいくつかの商会を処分したからな……。
そこは商業ギルドにも加盟していて、確か商会や個人店舗のみならず、工房や職人といった、同じギルドでも他部門の連中とも付き合いが深く、さらには、冒険者ギルドや狩猟ギルドといった、他のギルドとも上手く付き合っている、この街でも屈指の大物だ。
セリアーナに何の用なのかはわからないが、ウチに顔を出すなら、彼がベストだろう。
ベストだろうけれど……逆にそんな大物が会いに来るような事ってあったっけ?
屋敷内で大がかりな事をするならリーゼルの帰還を待ってからにするだろうし……。
東の拠点の件は無いだろう。
まだ向こうの状況が何も落ち着いていないしな。
となると……。
建設予定のゼルキスのお屋敷についてとかかな?
わからんね。
後で聞いてみるか!
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使用人との話が終わると、俺はそのまま2階の執務室に向かうことにした。
南館のセリアーナの部屋で休憩する事も考えたが……一応仕事で出かけていた訳だし、報告くらいはしておかないとな。
セリアーナが談話室にいるって事は、エレナかテレサも一緒だろうけれど、どちらかは執務室に残っているだろう。
「お疲れさまー」
「お疲れ様です、副長。奥様は今は客人と面会中で、こちらにはおりませんが……」
執務室前の警備の兵に一声かけたのだが、どうやら彼の中で俺はセリアーナとセットになっているらしいな。
セリアーナがどうしているのかを伝えてきた。
あながち間違っちゃいないが……今日は違うぞ!
「うん。知ってる。報告に来ただけだよ。テレサかエレナはいるかな?」
「ええ。テレサ様が中にいます。どうぞ」
そう言うと、彼はドアを開けた。
「ほいほい。ありがとうね」
部屋に残っていたのはテレサだったか。
それじゃあ、今日の仕事内容だけじゃなくて、騎士団とか冒険者についての報告も全部済ませられるかな?
◇
中へ入ると、例によって中では皆が仕事をしている。
この時期は春に向けて人の移動も増えるし、領都だけじゃなくて領内全域で活動が活発になるからな。
各地から陳情やらなにやらに対応しなくてはいけないからか、ここに出入りする者たちも普段より多く、一目では誰がどこにいるのかわからないほどだ。
ウチは領地の端っこにあるから、どうしても各地の情報が一纏めに届くようになっていて、混乱しないように収めるだけでも大変なんだろう。
人を増やす事で、無理やり対処している様だ。
もう少し領地の中央に近い場所にあるとまた違うんだろうが……まぁ、仕方が無いか。
さて、テレサはどこだろうか?
何時もの席は空いたままになっているし……。
「お疲れ様です。姫」
入口でキョロキョロしていると、奥の書類棚のもとから姿を現したテレサが、こちらに向かって声をかけてきた。
「うん。お疲れー。アリオスの街の先の草原で、魔物を結構な数倒してきたよ。処理も完了したね。ハイ、これ」
俺は返事をしながらポーチから報告書を取り出した。
今日魔物と遭遇した位置や、覚えているだけの種類と数。
後は、簡単にだが戦った感想を書いたものだ。
後日、アリオスの街からより詳しい報告書が届くだろうが、明日以降の他所の街での作業時に、セリアーナが既に出した命令を更新するためにも、これを利用してもらわないとな。
「確かに……。奥様とエレナは今来客の対応をしていますが、姫はどうされますか?」
「そうだね……。部屋に戻って休んどくよ。セリア様たちには夜にまた話すね」
「わかりました。そう伝えておきます」
テレサはそう言って一礼すると、廊下まで俺を見送り再び部屋に仕事へ戻っていった。
これで俺の今日の仕事は完了だな。
朝から外を移動して、魔物の大群を倒して、さらにはその回収任務にも付き合って……何だかんだで今日の仕事はハードだったし、ちょっと疲れたかな?
さっさとシャワーを浴びて、一休みするか。
俺は大きく伸びをすると、セリアーナの部屋へと向かうことにした。
◇
……夜である。
どうやら、帰って来てからシャワーを浴びた後に、ちょっと一休み……とベッドに寝転がっていたのだが、熟睡していたらしい。
気付けば夜だった。
セリアーナたちは、その俺を起こすことなく放置していたが、疲れを気遣っての事だと思いたい。
俺が目を覚ました時は、彼女たちはもう食事を済ませていて、俺の分はこちらに運ばせて、食べることにした。
そして、その席で今日の報告をする事となった。
まぁ、正式な物じゃ無いし、食事がてらに行うのはいつもの事だな。
面子は、アレクたちは今日は東の拠点に宿泊する様で、女性陣だけだが、彼等がいると下の談話室に移動しないといけなかったしな。
手間が省けたってことにしておこう。
一通り口頭での報告を終えたのだが、俺が少し変更したい点は問題無くして構わないと言われた。
昼間帰って来た際に提出した報告書を読んではいただろうが、それでも随分あっさり許可を出したような気もするが……元々、突発的な俺専用な上に、今回限りの任務だからな。
ある程度は俺の判断で自由にやっていいんだろう。
さて、これで俺の方の用は終わり、後はダラダラと取り留めのないお喋りに移行する……ってのが毎度の事だ。
だが、今日はセリアーナに聞きたいことがある。
大したことじゃ無いような気もするが、昼間帰って来た時に商業ギルドの連中と面会していたのは、何の用だったんだろう?
俺の読みでは、今度領都の貴族街に建設予定のミュラー家のお屋敷の内装に関するものだと思っているが……。
果たして……?
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