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領都の一つ西にある、アリオスの街。
そこから街道を西に10キロほど下ったところの、さらに道から外れた場所に、俺はいた。
リアーナは、街や村の外は、農場に使われている場所以外は大抵森になっていて、街道のすぐ側もそうだ。
そして、その森には普段から魔物が潜んでいる。
冬の2月、3月は、貴族学院の入学に合わせて王都に向かう者たちが、一気に移動をするため、その彼等を危険に遭わせないために、騎士団が見回りをして、魔物の討伐を行っている。
もちろん、この一帯の魔物も討伐を行っていたのだが、魔物がいない空白地帯が出来ると、それはそれで、他所の魔物が流れ込んでくることがある。
魔物は基本的に夜行性で、日が出ているうちに森から出てくることは滅多に無いが、絶対という訳じゃない。
新しい場所にやって来た群れは、まだ縄張りを上手く固めておらず、昼間にも関わらず、フラフラと森から姿を現したりもする。
まぁ……所詮は急造の群れが、同じく急造の縄張りではしゃいでしまっているだけだから、ちょっと突けばすぐに森に引っ込むそうなんだが、俺はセリアーナに退治を命じられたし、その際の権限も得ている。
それなら、しっかり仕事をこなさないとな。
普段から怠けている自覚はあるが、それでも仕事に関しては、俺は今まで手を抜いたことはほとんど無い。
ってことで、真面目にお仕事お仕事。
◇
数日前にセリアーナから命じられた、街道周辺の見回りに出ていたのだが、そこで街道を移動しているオオカミの群れを発見した。
幸い、近くに人はいないし人里からも離れた位置で、相手をしなくてもいいんだが、わざわざ倒すべきかどうかで迷っていると、こちらに向かって吠えかけてきた。
少し無視して移動してから下を見たのだが、未だに追って来るし……。
以前夜間に移動した際にずっと追ってきたことがあったが、これはこいつらの習性なのかもしれんね。
「よっし……。ふっ!」
このまま移動を続けてたらそのうち諦めるかもしれないが、今の俺の任務は移動じゃなくて、討伐だ。
一息で恩恵品と加護を発動すると、群れの真ん中めがけて急降下を開始した。
昼間だし、目潰しは無しだ。
やるぞー!
「ほっ! てぃっ!」
【緋蜂の針】を発動した右足で、真ん中の1体を踏み潰すと、すぐさま真横のもう1体めがけて振り抜いた。
その一撃を食らったオオカミは、悲鳴を上げること無く何メートルも吹っ飛んでいき、起き上がる事は無かった。
一撃だな!
ただ、オオカミはその2体だけじゃなく、群れの残りはまだまだいる。
だが……。
「やれっ!」
背後から飛びかかってきたオオカミたちを、俺の号令に従ってヘビたちが迎撃する。
【琥珀の盾】と【風の衣】があるから、オオカミ程度の攻撃じゃーどうともならないんだが、だからと言って攻撃を食らって気分がいいわけは無いし、しっかり迎撃してもらわないとな。
群れの残りをヘビたちに任せて、俺は周囲の索敵を行うが……森の端には魔物の気配があるが、こちらまで出てくる様子は無い。
あいつらは放置してOKだな!
一方、その森と街道を挟んだ反対側の草原地帯では、俺たちを狙ってなのか、あるいはそのオオカミの死体を狙ってなのかはわからないが、魔物や獣がジワジワと包囲の輪を狭めてきている。
「お? 終わったかい?」
近づく魔物たちを睨んでいると、残りのオオカミたちを片付け終えたのか、アカメが俺の顔の前に頭を伸ばしてきた。
アカメだけじゃなくて、他の2体も消耗は無い様子だ。
リアーナの魔物ではあるが、魔境の魔物じゃ無いしな。
俺がさっき蹴り飛ばしたオオカミもそうだったが、同じ種族でも、魔境の魔物に比べてあまり強くはない。
というよりも、むしろ通常よりも弱いだろうか?
今俺たちに近づいて来ている魔物たちもそうで、どれも弱いし危険度って意味では無視していいんだ。
普段の俺だったら、そうしていると思う。
その程度だ。
本来魔物は、森や山といった魔素が濃い場所に生息していて、こういった開けた草原には生息しないらしい。
魔素が散らされてしまって、魔物が育ちにくい環境なんだろう。
じゃあ、今ここにいるのは何なのかって話だが、本来の住処を追われた魔物が移り住んだんだ。
草原は広いし水場もある。
そして、小動物もいるから餌には困らない。
もっとも、草原の魔素は薄いから、定住しても世代を重ねる毎に弱くなっていくそうだ。
ほとんど普通の獣と大差ないし、襲い掛かってでも来ない限りは、無視してもいいんだが……。
「やる気みたいだしな……!」
【影の剣】と【紫の羽】と【琥珀の剣】を除いて、一気に発動している威嚇モードも効果は無いようだ。
一の森の魔物とかだとこの状態の俺を避けたりするんだが……すぐ側に餌になりそうなものが転がっているとはいえ、こいつらちょっと鈍ってんのかな?
放置するわけにもいかないし、しゃーないな。
殲滅だ!
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草原での戦闘は、30分ほどかかってしまった。
強さという意味では、はっきり言って雑魚と言えるくらいだったのだが、戦闘の途中で近くの魔物も集まってきてしまった。
「ふーむ……」
戦闘中は高度を下ろしていたが、再び俺が普段移動する高さまで戻して、周囲の様子を窺ってみると、あちらこちらに頭部や腹部が弾けた死体が転がっている。
地形を変えるわけにはいかないから、【ダンレムの糸】こそ使わなかったが、中々の地獄絵図。
周囲に生き物の気配はなく、ただただ死体があるのみ。
強さはまるで違うが、昔の魔人との戦いを思い出すな。
ここら辺の魔物を、全部やっちゃったか……。
どの魔物も蹴り一発で死ぬし、尻尾のひと振りも立派な牽制になるし……アカメたちも一噛みで仕留めている。
時間はそれなりにかかってしまったが、さして消耗は無かった。
これって、普通の魔物よりもずっと弱いよな。
ってことは、こいつらはもうこの草原に定着していた魔物なのかもしれないな。
今まで俺は外で狩りをする時は、魔境以外でも魔素が濃い、れっきとした狩場でしか行っていなかったから、あまり意識していなかったが、魔境以外の魔物にも色々あるんだな。
「よし……。とりあえず街に行って、処理を頼むかな……」
小型の魔物とはいえ、全部で50体以上あるし、ここで処理するのは難しいだろう。
それなら街まで運ぶことになるだろうが、この量だと馬車で5台6台……あるいはもっとか?
街の騎士団の馬車だけじゃ足りないかもしれないし、商人や冒険者ギルドにも依頼することになるかもしれない。
ある程度引き付けながら倒すように気を付けてはいたが、それでも俺が倒した分は、蹴り飛ばしたりしたし、結構あちらこちらに散乱してしまっている。
尻尾を使えば、引きずって一ヵ所に纏めることも出来るが、時間がなー……。
まだまだ日は高いが、ここであまりぐずぐずしていると、その分彼等に負担がかかってしまう。
それに、長い事ここに死体の山を放置すると、魔物が寄ってくるかもしれない。
ここの場所は覚えたし、さっさと戻るか。
下に傾けていた体を起こすと、アリオスの街に向けて【浮き玉】を発進させた。
◇
リアーナ・ゼルキス間の街道沿いには、アリオスを含む4つの大きな街がある。
それぞれ大体等間隔であって、領境のガーブの街までは4日近くかかるため、まだ俺が街道周辺の見回りを行っているってことは伝わっていないかもしれないが、領都のすぐ隣にあるアリオスの街には、しっかり伝わっていて、俺が倒した魔物の処理の件を任せる事が出来た。
向かったメンバーは、騎士団の兵たちに加えて、商人とその護衛も兼ねた冒険者たち、馬車7台に総勢20名の中々の大部隊だった。
その半数ほどが武装していたし、俺の時と違って魔物が襲ってくるような事は無く、スムーズに現場に戻って来ることが出来た。
護衛対象を連れた状態だとありがたいが、やっぱ魔物も相手を選んでるのかな……。
ともあれ、現場に到着した。
作業道具を商人や冒険者が下ろしている間、その護衛を兵たちに任せて、少し高度を上げて周囲の様子を探ってみたが、あちらこちらに放置していた死体が、他の生物に全く手を付けられていない事に気付いた。
俺は【風の衣】があるから平気だったが、現場に近付くにつれて、同行していた連中は顔をしかめていたし、臭いは凄いはずなのにもかかわらずだ。
森の方にではないが風は吹いているし、他の魔物を呼び寄せてもおかしくはないと思うんだけどな。
結構な数を倒したし、この一角の魔物を全滅させたか?
少なくとも、ウサギ程度の小動物以上の生物は、この周辺に見当たらない。
「……魔物は全部倒しちゃったのかな?」
その俺の呟きが聞こえたのか、商人の護衛兼作業役の冒険者が声をかけてきた。
「流石に全滅はさせちゃいないだろう。だが……これだけひどい臭いが漂っているんだ。魔物だってなんかヤベェやつがいるって警戒して、近寄りゃしないだろうさ」
「ぬ……。なるほど」
数体程度ならともかく、そこら一帯に死体が転がっているんだ。
俺に襲い掛かってきた魔物たちは、俺の姿を見ていた。
アカメたちがついているとはいえ、俺本体は大したこと無いし、数で押せば行けると考えるのは、まぁ……おかしくない。
ところが、街に戻ってからここに来るまでの間、俺はこの場におらず、ただ死体の山があっただけだ。
いくら勘が鈍った魔物たちでも、近づこうとはしないのかもしれないな。
なるほどなーと頷いていると、今度はまた別の冒険者が声をかけてきた。
彼は道具の積み下ろしをしていたが、その作業は完了したらしい。
「これ、あんたが一人でやったのか?」
「うん? うん。ヘビも一緒にだけどね」
「そうか……」
俺の返事を聞いて、何やら驚いているようだ。
確かに数だけならちょっとしたものだと思うんだが……これだけ倒しても聖貨は0枚だったしな……。
あんまり、大した相手じゃ無かったと思う。
「まあ、それなら作業中の護衛は任せられるな」
「うん、アリオスの兵もいるし、それは大丈夫だよ」
「なら、ここは任せるぜ」
それだけ言うと、俺の返事を待たずに、彼は死体の回収に向かって行った。
他の者たちも回収作業に取り掛かっているし、兵たちは広くばらけて周囲の警戒に当たっている。
それじゃー、俺も周囲の警戒に当たりますか。
【浮き玉】を全体が見渡せる高度まで上げて、作業する皆を見守ることにした。
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