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「ただいまー」
例によって窓から執務室にエントリーだ。
部屋の中ではこれまた例によって、文官たちが忙しそうに働いているが、そこにエレナの姿は無い。
アレクの休暇中は、彼女も一緒にお休みになっている。
ちなみに、フィオーラもそうだ。
彼女の場合は、元々地下研究所にいる事が多いから、ここにいなくてもそこまで違和感は無いな。
「お帰りなさいませ。東の様子はどうでしたか?」
ふむふむと頷いていると、窓を閉めていたテレサが声をかけてきた。
さらに、セリアーナも手を止めて、こちらを見ている。
俺が今日、東の拠点と街道の視察に行くことは伝えていたし、向こうの様子は彼女も気になるのかな?
「今朝伝令を送ったんでしょう? その事で、ちょっと拠点内がザワついていたみたいだよ。オレが中をブラついていた時は、声こそかけられなかったけど、チラチラ見てたしね」
「そう。まあ、あそこで活動をしようだなんて考える者なら、目ざとい者もいるでしょうし……そもそもあそこの土地が余っていることにも気づくでしょうからね。……冒険者たちはどうだったかしら?」
前者は普通に向こうにいる連中だが、後者は冒険者ギルドにいた連中を指しているんだろう。
ああいう連中が揃っているってのは、こっちでも把握しているんだな。
アレクに向こうを任せるのは、そこんところも考慮してるのかな?
「冒険者ギルドの出張所でいいのかな? そこにいた冒険者たちはー……なんかあそこが堅苦しくなるのかを心配してたよ」
「そう……概ね予想通りの反応ではあるけれど。テレサ?」
セリアーナは一つ頷くと、テレサに顔を向けた。
「向こうで活動する冒険者の事は把握できていますし、問題無いと思います。我々が干渉しても反発するだけでしょうから、好きにさせておきましたが、領都から活動拠点を移しはしても、一昨年の襲撃時の様に、有事には全力で事に当たっていますし……」
そう言うと、2人で頷きあっている。
どうやら、あの連中の事は彼女たちもしっかりと把握出来ていて、その上で自分たちでは無理に従えられそうに無いから、街から離れた場所で好きにしてもらおうって考えていたようだ。
ついでに、部屋で働く文官たちも、今の話を聞いていたのか、似たような表情を浮かべていた。
……共通認識だったのかな?
しかし、あの冒険者たちは、一昨年のドカドカ魔王種が突撃してきたあの時に、拠点で戦っていたりしたのか。
あの時は向こうの方は魔物の群れに囲まれたりで、こっちとはまた違った方向で大変だったって聞いている。
あれを潜り抜けるくらいなら、俺が思った以上に腕が立つのかもしれないな……。
んで、そんな目に遭ったのに、まだあそこを活動拠点にしたままってことは……、彼等も何だかんだでリアーナを気に入っているのかもしれない。
「それで、お前は彼等と何か話したの?」
「あ、そうそう……。それでさ、あそこで何かするのかって聞かれたんだけど、とりあえず、アレクとかジグさんが近いうちに顔を出すかもって感じの事を伝えたんだよね。大丈夫かな?」
ちなみに、彼等にそんな予定があるのかどうかは、知らない。
「問題無いでしょう。もともと休暇明けに、一度は向かってもらう予定でしたから。騎士団の駐留所だけではなくて、冒険者ギルドにも顔を出してもらいましょう」
「そうね。夜にでも一旦こちらに来てもらいましょうか……。セラ、ご苦労だったわね。お前は下がっていいわ。夜にお前からも話を聞かせてもらうから、備えておきなさい」
「ぬ? はーい」
遊びに行ったわけじゃ無いが、別に仕事で行ったわけでも無いのに、こう言われると、少々気まずさがあるが……まぁ、あれはあれで立派な視察だ。
それに、夜に集まるみたいだし、セリアーナが言うようにあそこの情報を少し整理しておこうかな。
あそこの現状とか、皆がどれくらい把握しているのかも分からないし、色々話す必要が出るかもしれない。
昼食食べて一休みしたら、その作業に移るか。
◇
さて、夜だ。
休暇中だったアレクたち4人を呼んで、談話室に集まっている。
そこで今は、俺が今日見てきたことの簡単な説明をしていた。
まぁ……本当に簡単にではあるがな。
まずは、拠点までの街道とその周辺の様子だ。
今朝、街道の調査をしていた職人がいるし、彼等の報告を待ってもいいとは思うが、彼等が戻って来るのは明日だし、俺は彼等とはまた別の物が見えている。
情報の種類は多い方がいいだろうしな。
んで、拠点までの中間あたりのデッドスペースの事は、アレクたちも把握していたようだ。
同時に、その理由も。
あの辺は、浅瀬と奥の魔物が入り交ざっていて、どうにも効率よく狩りをするのには向いていない場所らしい。
ダンジョンでいうなら、上層の入口周辺とかの中途半端な位置なんだろう。
ダンジョンなら核を潰せば死体は消えるし、狩場が無ければ妥協してそこで狩るのもありだろうが……外はダンジョンと違って、死体が消えないから自分で処理しないといけないもんな。
それなら最初からスルーするって感じになってしまうんだろう。
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道中の事から始まって、拠点の内部に関しても一通り話をしたのだが、一旦内容を纏めようとなった。
俺の見てきた情報に加えて、セリアーナたちが持っている情報もある。
向こうと取引をしている商人からの話だったり、見回っている兵、さらに冒険者ギルドと、色々な視点で、中々濃い情報だった。
今までだと、それらの情報はバラバラになっていたのだが、最近各部署で情報を互いにやり取りするようになったからか、大分分かりやすく纏まっていて、向こうの状況が大分理解出来るようになっている。
東の拠点をメインに活動する冒険者や商人は、昔からこの辺で活動している者が多く、秋に起きた教会地区の一件では、直接関わっている者はいなかったそうだが、それでも付き合いがあったりした者もいたり、処分を受けた商人の中には、拠点との取引を行っていた者もいたとかで、俺が解決直後に寝込んでいた時期に、彼等を呼び寄せたりもしていたらしい。
外は大雨だったにも関わらずだ。
事情を考えたら仕方が無いし、もちろん彼等も理解を示したそうだが、それも拠点での彼等の態度に影響していたのかもしれないな。
そういった事を、テレサがアレクたちに簡潔に説明していた。
そして、それを聞きながら頷く俺。
知らないことがいっぱいだよ。
もちろん、俺だけじゃなくて、アレクたちも一緒に頷きながら真剣に話を聞いている。
合間合間にアレクたちも質問したり答えたりしている。
どうやら、向こうの事は今までもそれとなく気にかけていた様だけれど、ちょっと去年の夏から領地を離れていたからな……。
期間だけなら半年足らずだけれど、ある意味領都で一番大きな動きがあった時期だ。
そこをしっかりと補足しておかないとな。
「領内の見回りに関しては、帰還の際に大きな街道の掃除は済ませたし、領都の西側は他に任せて、東側は俺が行くことにしますよ。その際に立ち寄って、少し話をしてきます。ジグさんはどうしますか?」
「そうだな……。俺も一緒に行こう。しばらくこっちを離れていたし、いい機会だ。ついでに、あの辺りの狩りを久しぶりに楽しむさ」
さて、なにはともあれ話をした結果、拠点にアレクたちが向かうのが、手っ取り早いという事になった。
そもそも、こちらは彼等に今のところ何かを要求するって事は無いし、彼等の不満というか不安というか……それを解消できればいいんだ。
幸い領内の見回りも、アレクが言ったように領都西の主要街道は完了しているし、それ以外の細かいところは、今もリックたちが進めている。
そろそろルバンが帰還する頃だろうし、南側は彼が片づける事になる。
アレクたちは領内で人気があるから、そこは残念がられるかもしれないが、見回りに参加しなくても問題は無いかな?
必要度で言ったらこっちの方が上だろうしな。
しかし……。
アレクはともかく、ジグハルトも行くのか。
なんか狩りをするみたいだし、俺も一緒に行こうかな。
そのことを口にしようとしたのだが……。
「セラ」
「うん?」
「お前は、しばらく西の街道を見て回って貰えないかしら?」
「西の?」
セリアーナの唐突な命令……というよりは、お願いに近いものだが、その言葉に首を傾げた。
西の街道ってのは、領都の西門から延びていて、ゼルキスの主要街道とも繋がっている、アレクがついさっき言った大きな街道の事だ。
リアーナの主要な都市とも繋がっていて、大動脈と言っていいもので、日頃から兵士が巡回しているし、そこの見回りはもう済んでいるんだ。
ハッキリ言って、俺が見回りをする必要はないと思うんだが……。
「街道とその周囲を、ゼルキスとの領境までを見て欲しいの。魔物が街道に姿を見せているようなら倒してちょうだい。死体の処理は、近くの街の兵に命じて構わないわ」
「ぬぬ……?」
俺は普段外で狩りをする時は、周囲の兵士の巡回のルートや時間帯だったり、同じく狩りをしている冒険者たちの力量だったり、狩りの状況とかを調べている。
そして、死体の処理はその彼等のタイミングに合わせて、お願いをしている。
ちなみに、処理を任せた死体は、そのまま彼等のお小遣いにしてもらっている。
お願いというよりは依頼かな?
ともあれ、今まで処理のためだけに人に出てもらうって事は無かったんだ。
命令を出すのは立場的に出来なくはないだろうが、まぁ、俺向きじゃないって理由だな。
その事はセリアーナたちも知っていると思うんだが……。
「別に構わないけど、何かあるの?」
街道の見回りはもう完了しているんだ。
そこから分かれる、他の街や村への道を担当するっていうのならわかるが……。
「直にわかるわ。無理に急いで片づける必要は無いけれど、今月中に終わらせて欲しいの」
「ふぬ……。まぁ、わかったよ」
今月中にか……。
貴族学院に出発するのは、今月だし、それに合わせて……っていうには、ちょっと時期がずれている。
いまいち理由は分からないが、久しぶりに気楽な狩りを楽しめそうだし、いいかな?
そう考えて、首を傾げつつもそれ以上訊ねる事はせずに、再び始まった会話を聞いていた。
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