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特に目的が無いまま拠点内をフラフラしているのだが……。
とにかく視線が痛い。
軒先や通りの隅で固まって何事かを話している者たちが、ジロジロとこちらを見ているんだよな。
あまり領都で見かけないような連中ではあるが、俺の事は知っているはずだし……この視線はなんだ?
「ぬーん……」
俺がここへ来た目的は、街へ発展させる前に軽くではあるが、視察をするためだ。
何かをするってわけじゃ無いが、今後何かの折に訪れる可能性もあるし、一応、中の様子を把握しておきたかったんだよな。
その程度の軽い気持ちでやって来たわけだが……。
決して荒れたり荒んでいるわけじゃ無いんだが、なんとも拠点全体が殺伐というか、物騒な雰囲気に包まれている。
ただ、周りの人間を見ると、どうやらこれが平常運転らしい。
なんかなー……。
内部のそこら中に、近くの森から伐採した木が積んであったりするし、かと思えば、外で討伐してきた魔物を解体したり、剥がした皮を干していたりと……。
【風の衣】を発動しているから俺は臭いを感じないが、色々漂っていそうだ。
拠点内にはまだまだ土地に余裕があるように見えるが、内部の区画分けとかがまだ出来ていないからなんだろうな。
それに、一か所に纏まっていた方が、何かと便利なのかもしれない。
今の領都がまだルトルと呼ばれていた頃の、冒険者ギルドがあったエリアと似ている。
流石にずっとこのままって事はないだろうけれど、恐らくこの場所が冒険者地区とかになるんだろう。
どれだけの大きさの街にするのかはわからないが、結構な割合を占めるんじゃないかな?
まぁ……言ってみたら、魔境の素材が特産品の冒険者が主役の街みたいなもんだし、そこに力を注ぐのは当然か。
「セラ副長」
「ぬおっ!?」
周囲の視線を無視しながら、フラフラ拠点内を見て回っていたのだが、そろそろ一周しそうだというところで、ある建物の中から声をかけられた。
彼は見覚えのある男だな。
地元の冒険者で、リアーナ出身者で作られた戦士団に所属していたはずだ。
そういえば最近見かけなかったけれど、こっちに出向いていたのか。
領都をうろついていると、何かしら声をかけられるのに、ここじゃー全く声をかけられなかったからな。
思わず変な声を出しちゃったぜ……。
首を傾げつつも、その建物の中に入ることにした。
◇
扉はついていないが、ドデカい入口が一つだけある、大きな倉庫のような建物だ。
そして、中には適当なサイズに切った丸太がそこかしこに置かれていて、椅子代わりに使われている。
ちなみにテーブルは無い。
ここにいる連中の強面さや、殺風景さも相まって、荒んだ印象に拍車をかけている。
そして、壁側にはカウンターがあって、何人かのおっさんが待機しているが……今は暇らしい。
カウンターに肘をついて、こちらを見ている。
さらに、奥にも部屋がある様で、今は休憩中らしい何人かの気配も見えた。
この建物が何かというと、冒険者ギルドだ。
俺が日頃利用している冒険者ギルドは、リアーナの領都にゼルキス領都、そして王都の冒険者ギルドで、その領地の本部ともいえる場所だし、内部も含めてどこも立派な建物だ。
それに比べてここは……。
ある意味らしいといえばらしいが、質素というか簡素な建物だ。
ルトルの頃の冒険者ギルドもボロかったし、決してお上品なものじゃなかったが、ここよりはずっとマシだった。
花とか絵でも飾ったら……どうにもならんか。
とはいえ、ここは出張所みたいなものだし、今はこれでいいのかな?
そのうちここも建て直すんだろう。
それはともかく……だ。
とりあえず、何の用かを聞きますかね。
ただの世間話って事はないだろうし、彼等も今朝来たっていう伝令についての事でも聞きたいのかな?
「やあやあ、調子はどーよ?」
「まあまあだな。それよりも聞きたいことがある。今朝早くに騎士団の連中が領都から来ていたが、何かあるのか? あまり固い連中にウロウロされるとやり辛くてな……」
聞きたいことは俺が予想した通り、伝令についての事だったが……理由がちょっと違ったな。
そして、男の言葉に、カウンターのギルドの職員まで含めて俺に視線が集まっている。
どうやら皆同じ考えらしい。
ここを街にするのなら、今の段階でも土地も余っているし、確保しようと考えるものが出るだろう。
だから、ある程度情報を制限しているんだが……彼等の場合は領都の様に、ここに1番隊が駐留するかどうかを気にしている様だ。
確かに、この場の連中の様なアウトローには、1番隊みたいなのは少々煙たく感じるかもしれないな
「ぬーん……」
さてさて、どう答えたものか。
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彼等が気になっているのは、ここの発展とその際に得られる利益……とかではなくて、この拠点に何か変化が起きて窮屈な生活になる事を気にしているようだ。
俺からしたら、ここの荒みっぷりよりも多少固かろうと、秩序のある暮らしの方が安心できるんだけれど……。
彼等は違うんだろう。
どんだけアウトローなんだって気がしなくもないが、そもそもこんな周囲を強力な魔物が闊歩する場所に、率先して寝泊まりして活動するような人間だし、街の生活は窮屈なのかもしれないな。
んで、拠点内の他の連中同様に、何かここに手を入れられそうな気配は察していて、それを聞くために俺を呼びこんだ……と。
これが投資情報を求めてのことだったら断るんだよ。
インサイダーは駄目だもんな。
ただ、彼等の場合はなぁ……。
この拠点でも、お上品に振舞う事を求められるようになると、他所の街に行っちゃいかねないんだよな。
こっちに居ついてるのって、多分それが理由だろうし。
特別扱いするつもりはないが、腕の立つ冒険者はウチには必要不可欠だし、多少は柔軟に対応する必要もある。
彼等の同類が、ここに出入りする冒険者のうちどれくらいなのかはわからないが、少なくとも、今ここにいる連中はそうだろう。
もっとも、お上品といってもそんなに厳しいことを要求するつもりはないんだよ。
せめて、通りを出歩くときは抜き身の刃物は止めよう……とか、血の付いた服は止めよう……とか、その程度なんだけどな……。
悪い連中じゃないんだけれど、ちょっと文明から遠ざかりすぎているんだよ……こいつら。
本人たちもその事を自覚しているんだろうけれど、今までの習慣みたいなもんだろうし、いきなり変えるのは難しいか。
……よし。
「多分近いうちに、領都から何かと人が来たりするかもしれないけれど、アレクとかジグさんも一緒だと思うよ。2人が顔を見せる機会も増えてくるんじゃないかな?」
ここの開発事業にあまり興味の無い彼等にも、詳しいことを話すのはまずいだろうが、とりあえず責任者はこの2人だってことを言っておけば良いんじゃないかな?
2人は騎士団の人間ではあるが、未だに立ち位置は冒険者に近いし、彼等に対しての理解もあるしな。
「アレクの旦那たちがか……?」
今までシーンとしていた部屋の中がちょっとザワついたが、険悪な雰囲気ではなくてどこか緩んだ感じだ。
やっぱりあの2人は冒険者連中からの信頼が厚いようだな。
「聞きたいことがあるなら、2人に聞くといいよ」
今言ったように、彼等がここに来る予定があるのかは知らないが、休暇明けにちょっと足を運んでもらうよう言っておかないとな。
後の事は、2人に丸投げだ!
◇
冒険者たちとの話を終えた俺は、そのまま東の拠点を発つことにした。
帰路はもう見るものも無いし、速度を上げて一っ飛びだ。
時間が経っているからか、行きよりも森で狩りをする冒険者の数が増えていたが、それでも、やはり中間付近で狩りをする者の姿が無かったあたり、あそこはデッドスペースになっているんだろうな。
今日だけじゃなくて、いつもあの狩場が空いているなら、俺が乱獲を……っていきたいんだけれど、やっぱり死体の処理がなぁ……。
見回りの兵が通るし、それとタイミングを合わせたり、俺は別にお金目当てじゃないから、死体をすべて譲るって条件で、通った商人に依頼をするっていうのも有りかもしれないが、あまり効率がいいとは言えないよな。
あそこで狩りをするとしたら、東の拠点の開発が始まって、あの辺を移動する人間が増えるのを待ってからかな……。
新たな狩場の開拓を考えつつも、快調に飛ばすことしばし。
領都の東門が見えてきた。
「ぬ……。結構人が多いな……」
行きに発った際は、東門の周辺にほとんど人はいなかったのだが、あれから時間が少しは経っていることもあってか、門の前には入場待ちの冒険者や商人が並んでいた。
今日の狩りの獲物である魔物の死体や、東の拠点で解体した素材を積んでいるし、また、それを目当てに街から商人が出てきたりと、随分賑わっている。
門前には警備の兵がいるし、すぐ近くには騎士団の訓練場もあるから、喧嘩をするようなことは無いだろうが……最近こっち側に来る事が無かったから気付かなかったが、もうじき春だし外に出る者も増えているんだ。
もしかしたら、いつもこんな感じなのかもしれないな。
あの一団は冒険者ギルドへ向かうことになるだろうが、あの辺は狩りを終えたばかりの冒険者だったり、これから狩りに向かおうって冒険者もいる。
そこへあの一団がぶつかったりしたら、揉めたりするかもしれない。
街中だし、冒険者地区は巡回の兵が多数いるから、杞憂かもしれないが、何も手を打たないってのは駄目だよな。
そこまで考えたところで、そういえば……と、頭に浮かんだことがあった。
「……あぁ。だから、孤児院跡に建てるのか」
冒険者地区よりも近いし、外とダンジョンで上手く分ける事が出来る。
東の拠点の開発が軌道に乗れば、解消出来るかもしれないが、だからといって、今問題が起こりそうなのを放置していていいわけないだろう。
東門のすぐ側の広い土地。
そりゃー、欲しがるか。
なるほどなー。
ふむふむ……と、頷きながら下の喧騒をよそに、俺は壁を越えて街に入っていった。
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