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「やあやあ! 今日は街道整備?」


 俺は彼等の下へ降下しながら、護衛の彼に向かって声をかけた。

 念のため周囲を探ってみるが、魔物は近くにいないし、少しはお喋りしても大丈夫だろう。


「ああ。いつもは雨季明けに行っているんだが、今回はアレクの旦那が戦争に出ていただろう? だから、皆が戻って来るまで先送りされていたんだ」


 この口の利き方……2番隊だな。

 ともあれ、俺は彼の言葉に頷いた。


「なるほどねー……」


 毎年の事だが、春と秋の雨季が明けた後は、何か被害が出ていないかの調査のために、領内を兵が見回りに行く。

 ただ、今年は彼が言ったように、領都の兵が多数外に出ていたため、その見回りの範囲が少し変更されていた。


 領都や街道はしっかり見回りを行っているが、普段人が近づかないような場所は、後回しにしていた。

 春前には領内の魔物退治等でそういった場所を見回るし、そもそも人が近づかないから、別に困りはしないからな。


 しかし、この街道もその範囲に含まれているとは思わなかった。


 領地の東側ではあるが、それこそ俺が今目指している拠点もあるし、もしこの辺で何か起きていたら、冬の間そことの連絡が途切れたりもしかねないが……冬場に行き来するのは冒険者がメインだし、何かあってもすぐに行ける距離だからってのもあるのかな?


「まぁ……いいか。それで、何か異常でもあった?」


「いや、特に影響は起きていないな。この辺りは水場からも離れているし、雨で問題は起きないってのはわかっちゃいたがな」


 俺の質問に、何でも無いように答える彼。

 確かに彼が言う通りではあるが……。


「ふんふん……。そりゃそーか。でも、それにしてはなんか変わった面子じゃない? 見回りだけなら通常任務でもいけそうだけれど……」


 目の前にいる一団は、徒歩の兵士が3人に、何かの作業を任されている男が2人の、5人編成だ。

 ウチの兵は3人一組での行動が多いし、それ自体は特に変わった事じゃないんだが、街道の見回りはいつも騎乗した兵が行っている。

 にもかかわらず、今日は徒歩の兵が3人。


 さらに、作業を任されている男たちは、一見兵士とは思えない姿だ。

 多分、何かの職人だと思うんだよな。

 少なくとも、ただの街道周りの雨の被害調査って雰囲気ではなさそうだ。


「俺たちも昨日聞かされたんだ。街道周辺の見回りもだが、こっちの職人連中の護衛も兼ねている。今日はこのまま向こうまで行って、そこに宿泊だな」


 彼はそう言うと職人たちを指して、次に街道の先を指した。


「そういや……往復で街道の両側の樹木を調べるようにって命じられたそうだが、結局調べて何をするのかってのは、俺もあいつらも聞いていないんだよな。副長は何か知らないのか? アレクの旦那は休暇だし、命令は奥様から出ているはずなんだが……」


「ぬ?」


 街道沿いに生えている木を調べているのは、恐らく街道を広げるための事前調査かなんかだろう。

 街道をどれくらい広げるのかはわからないが、何キロにも渡って森をガンガン切り拓くわけだし、なんも考えずにただ切り倒すだけじゃ、問題が起きてしまうだろう。

 精々街道は両側を数メートルずつくらいしか広げないだろうが、それでもその作業が、どんな風に森の魔物たちに影響を及ぼすかわからない。


 東の拠点を作るために道を通した時は、通りの先に何も無いからあまり気にする必要はなかったから、領都の東門から真っ直ぐ繋ぐって事にだけ気を付けてガンガン進めていたが、今は違うもんな。

 職人の彼等が木を調べているのは、魔物の縄張りの印が付いていないかとかを見ているんだろう。


 んで、騎乗した兵じゃなくて徒歩の兵が護衛なのは、その方が小回りが利くし、後は……歩調を合わせるためかな?

 とりあえず、彼等の任務内容や、ちょっと変わった編成だってのも理解できたが……。

 何のために今回の調査をしているのかを、彼等は聞いていないのか。


 街道を広げるのは、東の拠点を発展させるために、まずは交通の便を良くしようって考えだろう。

 その方が、人も物も一気に送り込めるからな。

 そして、開発を進めるわけだ。

 しかし、そのことを彼等は聞いていないのか。


 領都のすぐ側に新しい街が出来ることになるんだ。

 魔境の中だし、今もある程度は整っているものの、大分荒っぽい場所ではあるが、それでもそこの土地を押さえる事が出来たら、商売面を考えれば大きいだろう。

 やる気のある商人なら、それを狙うだろうし、それ自体は文句ないが……。

 そうなると、護衛に冒険者を大分持って行かれかねない。

 リアーナ領全体の戦力って意味で考えると、魔境の探索よりも開発予定の場所に偏ってしまうのは、あまり望ましくないんだよな。


 開発の件は、隠せるもんじゃ無いしそのうち知られるだろうけれど、スタートダッシュ狙いで、民間にガンガン首を突っ込まれる事態を避けるためにも、今はまだ隠しているんだろう。


 伸び盛りなリアーナのあるあるだな。


 ってことで……。


「なんだろうね? オレもセリア様からは聞いていないし……。聞いたら教えてくれるんじゃないかな?」


 とりあえず、いつも通り俺もはぐらかしておくか。


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 作業をしている彼等と別れて、再び東に向かうことにした。


 森に生える木より僅かに高度を上げて、少し進んだところでふと振り返ってみたが、大分距離はあるにもかかわらず、領都の街壁が目に入った。

 街道の延長線上に、うっすらとだが東門が見えている。

 ばっちり直線で引けているな。

 ルバンが治める南の村も、南門から真っ直ぐ街道を引いているし、この分なら北の拠点も、門の直線上に作ることになるだろう。


 ……北は魔境じゃなくて、普通のメサリア東部の森だが、それでも魔物や獣の生息数は多いし、仮に俺が考える通り、北の森を切り拓いて作るとしたら、結構ハードな事になりそうだ。


 それなら、南はともかく、東と北の両方を同時に取り掛かるのは、人手がいくらあっても足りなさそうだし、まずは東から取り掛かるのは正解だな。


 ◇


 東の拠点目指して、フラフラ飛ぶことしばし。

 相変わらず街道を通る者はほとんどいなかったが、徐々に周囲の森では戦闘をする冒険者の気配が感じられるようになってきた。

 人も魔物もどちらもそこそこ強い。

 このレベルの冒険者が、ダンジョンじゃなくて外で狩りをしているってのは、やっぱりこの辺の魔物は稼ぎになるってことだろう。


「……おっ!? 見えてきたな」


 なるほどなー……と、森の方ばかり見ていたのだが、前を見ると、周囲を堀に囲まれて、地面に丸太をドスドス突き刺して築いた壁が見えてきた。

 高さは……3メートルくらいかな?

 さらに、周りの堀には水が張られている。


 拠点の門には、両側に頑丈な柱が立てられていて、そこから鎖か何かで橋がかけられている。

 夜にはその橋は上げて、封鎖されるのかな?

 木製ではあるが、門扉もあるのに……厳重だな。


 村っていうよりはほとんど砦だよな。


 以前は、俺も時折こっちまで来ていて、中に入らずとも拠点を眺める事はあった。

 その時は、そこはかとなく砦っぽい雰囲気を感じていたが、なんかそれが加速している気がするな。


 壁の丸太をよく見てみると、小さい傷がある物や真新しい物がばらばらに使われていた。

 壁の中で過ごす人が増えたし、その事を察した魔物が襲ってきたりするのかもしれないな。


 ハードな場所だ……。


 ◇


 さて、いつまでも近くで浮いていても仕方が無いってことで、一先ず拠点の中へ向かうことにした。

 ここの連中は俺の事を知っているし、なにより門前に立っている2人の兵から俺の事は見えている。

 彼等も含めて、ここの警備を担当するのは2番隊の兵のはずだが、彼等はウチの荒っぽい連中のなかでも、特にこういった場所での任務を好む、無骨な連中だ。

 壁を越えて中に入っても問題はないんだろうが、領地のどの街や村よりもガチっぽい雰囲気が漂っているし、弓を射られたらたまらないし、大人しく門から入ろう。


「お疲れさまー」


「おう」


 俺の挨拶に対して、この対応よ。

 笑いかけられても困るが、むっとした表情を全く変えずにいられてもちょいとビビるぜ……。


「中入ってもいい?」


「ああ。好きにしてくれ。ただ、今朝早くに領都から伝令がやって来て、中がバタついている。少し騒がしいかも知れないぞ?」


「あー……りょーかいりょーかい」


 恐らくその伝令は、ここに来る途中に会った彼等の事を伝えたんだろう。

 たった5人とはいえ、領都から人が送られて来るんだし、ちゃんと対応しないとまずいもんな。


 そして、拠点の内部が何やらバタついている様だが、領都からわざわざ何かしらの調査で人員が送られてきたってことで、果たしてそれが何の用なのか……ってところだろう。

 わざわざここを出入りする者なんて、兵士と冒険者と商人……それも同じような面子だろう。

 顔見知り同士だし、領都のように何か重要な情報のやり取りをしているわけでも無い。

 その辺のセキュリティーが緩ければ、情報はすぐに共有されるのかもしれない。


 門前の彼が騒がしいとか言っていたのは、その事を指していたのかな?

 ここの連中は、俺が領主の屋敷で暮らしていることを知っているはずだし、何か聞かれるかもしれないな。


 このまま上空に抜けて、上から一回りだけして帰るってのも有りかもしれないが……。

 折角来たし、中に入るって言っちゃったからな。

 ちょいと気合い入れるかね。


 ふんっ!


 と、一つ気合いを入れて覚悟を決めると、門を通ることにした。

 その際に、ちょっと門前の兵が俺を見ていた気もするが……まぁ、気にしないでおこう。


 ともあれ、中へと入ったのだが……。


「おぉぅ……。むさ苦しい……」


 抜き身の剣を肩に担いだ冒険者に、これまた鞘を外した槍を担いだ兵士たち。

 そして、通りを歩く商人らしきおっさんも、領都はもちろん他の街では中々お目にかかれないような、気合いが入った出で立ちだ。


 領都とはそんなに離れていないのに、明らかに違う世界だな……。

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