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 アレクたちとの久々のお茶会は、夕方過ぎまで続いた。

 普段だとそのまま屋敷で夕食に……って流れになるんだが、今日は久々に自宅に戻ってきたわけだしな。

 程々のところで解散することになった。


 アレク宅はともかく、ジグハルトのところは屋敷で食事をとった方が手間が省けたのかもしれないかな?

 それでも、夫婦ってわけじゃ無いが、たまには水入らずで過ごして貰わないとな。


 それに、彼等だけじゃなくて、屋敷に働きに来てもらっている者たちの中には、参戦した兵に近しい者もいるし、折角無事に帰還を果たしたんだし、彼等にもゆっくりできる時間を作る必要もある。

 福利厚生だ。


 ってことで、いつもより少々早いが、俺たちは寝室に下がっていた。

 まぁ……普段から夕食後は、寝室ではないがセリアーナの部屋に籠っているし、使用人たちが早く休んでもあまり影響はないかな?

 乳母たちはしっかりいて、子供たちの面倒も心配ないし、いつも通りだ。


 さて……。

 寝室にいるが寝る時間にはまだ早いし、今日の昼間の話で、疑問に思ったことをセリアーナに聞いてみようかな?

 今セリアーナは、ソファーで例によって積んでいた本を読み崩しているし、時間つぶしには付き合ってくれるだろう。


「ねー、セリア様」


「……なに?」


 セリアーナは、俺の声に本から顔を上げて、こちらを向いた。


「今日のアレクたちの話でちょっと分からなかったことがあるんだけどさ」


「わからないこと? ……西部の情勢についてとかかしら?」


「そうそう。いくつかあるんだけどさ」


 昼間のアレクたちの話の時に、ちょっと引っかかった部分があったんだ。

 で、その際にセリアーナとちょっと目が合ったが、なんか笑っていたからな……。


「どうせ大したことじゃないけれど、いいわよ。聞きたいことがあるのなら言いなさい」


「うん……。あのさ、ジグさんが戦争で活躍したとか話してたでしょ? んで、その時にさ、皆ジグさんが一人でやったかどうかとかさ、西部の力関係がどうのとか気にしてたでしょ? ジグさんが魔物相手だけじゃなくて、人間相手でも強いってのと、なんかゴタゴタしているなーってのは分かったけど、そんなに気にするような事なのかな? って思ってさ……」


 初日から頼りの傭兵が大量離脱して、尚且つ個人に残った戦力をごっそり削られてしまうってのは、確かに大問題だと思う。

 ただ、それってそこまで気にするような事なんだろうか?

 俺に分かるのは、単にジグハルトが強かったって事と、向こうの不手際が目立ったってくらいだ。


 でも、それだけじゃ無いんだと思う。

 セリアーナの方を見ると、昼間と同じ様な顔をしているしな。


「西部は東部を見下しているの。お前もそのことは知っているでしょう?」


「うん」


 そのことは事あるごとに耳にするし、よくわかっているつもりだ。

 そもそも今回の戦争だって、帝国だったり神国だったりがコソコソしているのは間違いないが、当事国たちが東部の事を見下していて、簡単に勝てるって考えたのが切っ掛けだったりする。


「お前は、自分が見下している相手に、無様な姿を見せたいと思う?」


「思わないけど……」


 俺の言葉にセリアーナは頷いている。


 今回の件は、確かにこの上なく無様な結末になりそうではある。

 事の始まりから終わりまで、グダグダだもんな。


 ただ、じゃあ……それが西部全体の問題になるんだろうか?


「西部の国は、大なり小なり帝国や連合国の影響を受けているのだけれど、それは主要貴族同士の繋がりで成り立っているの。だから、自分たちの取り巻きの失態はそのまま自分たちの評価に繋がるわ」


「……うん」


 まぁ、帝国だ連合だと大きくなれば、その上の方の立場でなら持っている権限は、そりゃー相当なもんだろう。

 んで、電話やインターネットがあるわけでも無いし、よその国を一々管理なんて出来ないから、ある程度の事は大貴族に任せているってのは、想像出来る。

 で、自分の庇護下の国の評価が、直接自分の評価に繋がるって事もだ。


「でもさ、今までも東部相手に戦争して、負けたりしてたんでしょ? それで、自分たちが停戦の交渉に出てきたりしてたって言ってたけど……」


「そうね。ただ……負けは負けでも、その負け方に違いがありすぎるのよ。負けるにしても、まだ余力を残した状態で介入して、停戦に持ち込ませるのが常套手段だったのだけれど、今回はただただ総崩れでしょう?」


 今回の戦争。

 決着は向こうの参加国の兵を率いる将軍の何人かが討ち取られて、本陣も制圧されたことで、決着となったらしい。

 離脱することなくそれまで残っていた兵たちも、流石に大人しく降伏したんだとか。


 続けていたら文字通り全滅させる事は出来たそうだが、そこまでやる意味はないから、受け入れたんだとか……。

 余裕も何も無いよな。


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 ふむふむと頷いていると、こちらを見るセリアーナと目が合った。

 満足気な顔をしているし、どうやら俺が話をちゃんと理解していることは伝わったらしい。


 まぁね?

 ここまでの話は確かに理解できたんだけど、あくまで状況を整理しただけだからな。

 まだまだ続きがあるんだろう。


「まぁ、ここまでは分かったよ。参加はしなかったけど、裏で少しは関わっているにもかかわらず、今回の様に間抜けな結末はおかしいってことだね?」


「そう。ここまで無様な負け方をすると、たとえ帝国が直接参加をしていなくても、私たち東部から侮られてしまうのは、彼等だってわかっているの」


「……うっかりとかは?」


 大人数が関与する上に時間もしっかりかけて、衝動的に決まった事じゃ無い。

 流石にそんな事はありえないだろうが、それでもちょっと国家間で連携がうまくいかなくて……とかはあったりするのかな?


「無いわね」


「ないかー……」


 断言したな……。

 まぁ、俺も無いだろうなーとは思っていたが、ならなんだろう?


「帝国はしばらくの間、完全に東部から手を引くんじゃないかしら? それに、連合国や神国もね。その二つが、まだ東部と関わりを持とうとするのならこの負け方を許すとは思えないもの」


「ふむふむ」


 西部の強国、大勢力同士、何かしら繋がりがあるのだろう。

 今回の帝国側の動きは、その二つの勢力も黙認していると、皆は考えたようだ。


「断言はできないけれど、少なくとも数年程度では無いでしょうね。十数年……あるいは、数十年か。完全に西部の各国が世代交代をするまでは、西部の勢力の再編に努めるんじゃないかしら?」


「なるほどー。でも、大分気の長いこと考えるんだね。……自分たちはどうするんだろう?」


 確かにそれだけ長い時間をかければ、大抵の国は次の……あるいはもう一代下の世代に代わっていてもおかしくはない。

 ただ、それだと自分たちだって代わってしまうだろう。

 それでもいいのかな?


「各国の現在の首脳陣は、どうしても東部を侮る事が身についているもの。わざわざ一人一人の認識を改めさせていくよりも、下の世代に教育を施す方が、よほど効率がいいでしょう? それに、その頃には私たちが今以上に発展しているでしょうしね。それなら、今の代は東部との交流を断ってでも、西部を再編しておきたいのでしょう。もっとも、ここからでは情報も限られているし、王都で仕入れる事が出来る情報もどこまであてになるかはわからないから推測に過ぎないけれど、それでも、そこまで外れていないはずよ」


「なるほど。色々考えてるんだねー……」


 そう言うと、俺は座っていたベッドにごろんと寝ころんだ。


 とりあえず、昼間皆が何を気にしていたのかっていうのは、今の話で大体は理解できたと思う。


 俺がセリアーナの下についてまだ6年そこらだが、それだけの間でも何かと西部の存在がチラついていた。

 だが、それが東部から本格的に手を退こうと考えている……。

 もちろん、一時的なものかもしれないが、それでも、結構なニュースなんだろう。


 しかし、なんつーかなー……。

 たとえば、前世なら世界地図や世界史の知識は、日頃から新聞やニュースで情報を仕入れる事が出来るから、遠い土地の事でもそれなりに身近に感じる事が出来たんだが……この世界だとなー……。


 東部の大森林同盟なら、この国でも流通している本から知る事が出来るし、他にも同盟と関わりのある国についてなら、多少は俺も把握出来ている。

 だが、西部は……。


 帝国を始めとした主要国についてなら多少はわかるが、それでも、皇帝や国王の名前や主要貴族の名前等、ろくに知らないんだ。

 ちらほら関わってくるそれらの国ですらそうなんだ。

 他の国の事なんて、どこにあるのかやそもそも名前すら知らないのがほとんどで、俺からしたら西部全部が謎すぎる場所だ。


 昔なんかの拍子に聞いた記憶があるが、西部はもう魔物絡みでの発展ってのはほぼ不可能らしい。

 聖貨や魔物の素材は、クリーンに手に入れるのは完全にダンジョン頼りなんだとか。


 一方、東部はまだまだまだまだ……そもそも魔境がどこまで広がっているのかすら分かっていない状況だ。

 時間が経てば経つほど、魔物絡みの発展の差は顕著になり、そして、そのうち西部が勝っている文化、教養面でも追いつくだろうし、そのうち東部は西部を完全に必要としなくなる……って。

 だから、西部の再編はそれに対抗するためのものなんだろう。


 わかる。


 余力があるうちに、手遅れにならないように再編を果たしたいんだろう。


 賢い。


 東部への介入を気にしなくて良さそうではあるが、それはそれで警戒する必要もあるからこそのセリアーナたちの反応だったんだろうが……。

 俺からしたら、未知の国々がなんか騒いでいる……としか思えなかったんだ。

 もちろん、教会が関係する神国は多少は意識していたが、それももう不要になるだろう。


「数年は大人しくなるだろうと考えていたけれど……想像以上だったわね。おかげで私たちは自領に専念出来ることになりそうね」


 寝転がる俺の隣に腰掛けながら、セリアーナはそう漏らした。

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