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 俺は、ベッドの上をコロコロ転がりながら、頭の中でセリアーナの話を繰り返していた。


 西部からの独立当初はともかく、現在の東西の対立ってのは、結局魔物由来の資源の有無が原因で、東部……とりわけ同盟側は、西部に対して思うところはあっても、特にどうにかしたいとか考えているわけじゃ無い。

 むしろ、放っておくとそのうち滅ぶだろう……と、放置したいほどなんだとか。


 今現在、西部との国家間交流は商人による物流がメインで、もちろん間に国が入って何かと折衝を行ってはいるが、交流は民間レベルだ。


 で、実はそれを断ってもそこまで困らないそうなんだよな……。

 リアーナでも戦争の事を公表する前は、職人を中心に少々混乱が起こってしまったが、今も物流は回復していないのに、なんだかんだで混乱は収まっている。

 意外と東部の品で代用出来ているんだよな。


 戦争は終わったし夏くらいには物流は回復するだろうが、もしかしたらそう遠くないうちに、民間から西部との交流は途切れてしまうかもしれない。

 やっぱり、西から東への移動コストを考えると、身近な場所で賄えるのならその方がずっと安く済むだろう。


 それに、大森林同盟だけじゃなくて、東部ってのは基本的に同じ価値観や文化で成り立っているから、今回の様に唐突に戦争が起きて、物流が絶たれたりすることはないはずだ。


 そうなると、大勢力とその取り巻き国だけじゃなくて、西部全体とも関わりが無くなったりするのかもな……。


 だが、その時はウチはどうなるんだろう。


 大陸南回りの海路を利用して、他の大陸にこそ行かないが、この大陸の南側の土地と交易が出来るってのが売りなんだけど……西部との関わりが絶たれると、そこが潰れてしまう。


 まぁ……物のやり取りだけでなくて、人の移動だって大きな売りだけど……。


 いや……よくよく考えると、同じくウチの売りである魔境産の魔物素材を欲する者たちは、いくらでもいるか。

 むしろ、ウチは西部相手には、買うよりも売る方が多い気がするしな……。

 それに、魔境産の素材は西部だけじゃなくて、魔境と接していない土地ならどこでも欲しがるし、大丈夫か?


 しかし、そうなるとリアーナ領内の配置とかも色々考える必要があるんじゃないか?

 ふぬぬぬぬ……。


「……あ!」


 ベッドの上を転がりながら、リアーナの交易事情や特産品について考え込んでいたのだが、ふと思い出したことがあった。


「なに?」


 ベッドに腰掛けたまま読書を再開していたセリアーナは、本を置くとこちらを見た。


「東の拠点を街にしていくんだよね? 魔境の開拓に備えてさ」


 そういえば、俺はそのことも聞きたかったんだよな。


 今の拠点も小さな村くらいの機能はあるが、それでも場所が場所だし定住する者はおらず、魔境で狩りをする冒険者や狩人が休憩地点にする場所として、主に使われている。


 その拠点でも魔物の解体とかは行っているが、商業ギルドや冒険者ギルドの出張所は設置されていないため、結局領都まで運ばないと依頼の達成にはならないため、位置的に便利ではあるが、まだまだこれからの場所だ。


「そうよ。元々あそこはそのうち発展させる予定だったし、いい機会でしょう。森を切り拓いたり、拠点を広げる際に出来る隙を埋める兵を、ここから出す必要はあるけれど……。幸い、領都で警戒するような事態は無くなったし、そちらに兵を割いても問題無いはずよ。それに、もし万が一の事態が起こっても、数キロしか離れていないし、すぐに戻って来れるわ」


「うん。それはいいんだけどさ、教会地区の孤児院跡ってどうなるの? どこが使うことになったのかは知らないけれど、色々影響あるんじゃない?」


 結局どこがあの跡地の利用権を勝ち取ったのかは知らないが、冒険者ギルドがあそこに立候補していたのは、外から運ばれる魔物の処理を専門に引き受ける場所が欲しかったからだ。

 そして、今の冒険者ギルドはダンジョン専門にする……と。


 ただ、東の拠点が発展したら、冒険者ギルドや商業ギルドだって進出するはずだ。

 あの場所にあると便利に決まってるもんな。

 そのことを考えると、あの跡地の利用法ってどうなんだろう?


 数年かそこらで、どうにかなるとは思わないけれど、完成してから数年でお役御免とかになっちゃー、ちょっと他のギルドとの関係に軋轢を生んじゃいそうだよな。


「それに関しては、また協議をする必要はあるけれど……元々そのことは想定していたもの。数年時期が早まっただけと思えば、大したこと無いわ」


「あ、そーなの?」


 なるほど。

 西部の想定外の方針変更を期に、領内の開拓を一気に進めようとなったけれど、元々その予定だったのなら、それくらいは織り込み済みなんだろう。


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 しかしまー……豪快な話だよな。

 街の拡大が難しいからって、近くに街を作ろうって考えるのは、土地が余りまくっているからこそだけれど、他所の領地だと中々出来ないだろう。


 俺が知っているのは、リアーナから王都までの街道沿いの景色だけだけれど、一見土地が余っているようでも、平地は農場に使われていたりしていて、ろくに空いていなかった。

 小ぢんまりとした村でもいいのならそれでもいいんだろうが、発展が望めない場所にわざわざ移住しようって者は、そうそういないだろう。


 俺が移動していたのは王都より東の、まだ開拓が完了していない領地であるにもかかわらず、そうだからな。

 王都以西は、余っている土地なんてないんじゃないかな?

 もちろん、それだけ領地の開拓が進んで、発展しているって証なんだろうけどな。


 先日訪れたゼルキスの領都がそうだが、領地のハード面で発展させるには、街の内部に手を加えていくだけだ。

 そして、ソフト面では人材育成かな?


 ウチもそのうちそうなるのかもしれないが、それはまだまだ先だな。

 今は、領都の東側……魔境を切り拓いていく事に集中だな。


「……あ」


「今度は何?」


 ふと頭に疑問が湧いて、再び声を上げた。

 そして、またもセリアーナが俺を見る。


「うん。領都の東と南と北に街を作ることになるんでしょう?」


「ええ。もっとも南は今ルバンが治める村をそのまま発展させるだけになるけれど……。それがどうかしたの?」


「街を作るのはいいとして、そこって誰が代官をやるの? 南はルバンがそのままやるんだろうけれど、他は? 新しく連れてくるのかな?」


 リアーナの民は排他的……とまではいかないが、それでも全く縁のない人間がいきなり代官になっても、大人しく従うかどうかだよな。


 ルバンの場合は、南の拠点を作る際にパトロンまで連れてきたし、その拠点を守るのにも彼自身が大活躍していたそうだ。

 そこまでやってくれたのなら、地元の者たちも彼に従おうって思うだろうけれど、ルバンは元々、貴族になって自分の治める地を持とうと準備をしてきたわけだし、中々彼ほどの人材は見つからないだろう。


 かといって、領内から拠点の発展の指揮を執りつつ、代官を務められるような者がいるかどうか……。

 いたかな?


 ぱっと思いつくのはオーギュストやアレクだが、オーギュストは騎士団の団長で、いざって時のリーゼルの護衛でもあるわけだし、この街を離れる事は出来ない。

 ってことで、彼は無い。


 アレクにしたって、2番隊の隊長で街の防衛も任されている身だ。

 そして、街にいる冒険者たちに睨みを利かせるためにも、彼はここを離れる事は出来ないはずだ。


 それに、二人ともこの街に屋敷を構えているが、その屋敷は街の防衛施設の役割も持っている。

 うん……無いな。


 となると……だ。


 ジグハルトは、出来るか出来ないかでいえば出来るだろうけれど、彼が代官を務めるとなれば、きっと住民も頼もしく思うだろうけれど、彼の性格を考えると引き受けるとは思えない。


 リックは……1番隊隊長の役目があるってのを差し引いても、ちょいと微妙かな?

 能力的には問題無いと思うが、住民からの人望はどうだろうな。


 うむ。

 無いな。


 それじゃあ、お次は……駄目だ。

 思い当たらない。


「お前が言うように、南はそのままルバンに任せる予定よ。西部との交流に変化が起きるし、南の村の役割がどう変わっていくかはわからないけれど、リアーナの水路の窓口であることに変わりは無いし、任せる事が出来るのは彼くらいでしょう。将来的に、彼が独立を考えているかはわからないけれど、あそこを任せるのは彼しかいないわね」


「うん」


 ベッドで転がっていた体を起こしてセリアーナの方を見ると、こちらを見下ろす彼女と目が合った。

 中々真面目な表情だし、結構重要な話なのかもしれないな。

 ちょいと真面目に聞こうかな?


 そう考えて、体を起こすことにした。


「東の拠点は、アレクに任せるわ」


「……アレクに? 領都はどうするの?」


 アレクは無いって考えた身としては、セリアーナがアレクに任せるつもりだって事に少々驚いてしまった。

 流石に、アレクへの負担が大きすぎないかな?


「問題無いでしょう。お前は東の拠点に行ったことがあるでしょう? 馬で数十分もあれば行き来出来る距離よ。もちろん時折向こうに滞在する事はあっても、作業は日が落ちるまでに終わらせるでしょうし、それからでも差して時間がかからずに街に戻って来れるわ。それに、その時間は今の道の状態でだけれど、そのうち街道の拡大や整備も行うから、きっと時間をさらに短縮出来るようになるはずよ」


「……なるほど」

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