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あまりのんびり回り道をするほど余裕は無いが、それでも折角普段来ない地域に来ているから、小道から逸れた場所をアレコレと見て回っていたのだが……。
そろそろ日が傾いて周囲が薄暗くなってきた頃、何やら複数の男による声が聞こえてきた……気がする。
速度を落としてゆっくり飛んでいたから気付けたが、もう少し速度を出していたら、風で掻き消えていたかもしれない程度だが、恐らく魔物か獣相手に戦闘を繰り広げているんだろう。
「……むむむ? アカメ」
【浮き玉】で高いところにいるが、辺りの薄暗さもあって視界は大分悪い。
【妖精の瞳】とヘビたちの目を発動しているが、結局は見るのは俺だからな。
どうにも感覚が……。
ここはヘビ君たちに任せよう。
目を閉じてヘビたちの視界を共有すると、視界には今までは気付けなかった弱い小動物までも映っている。
やっぱ俺よりもずっと感覚は鋭いな……。
そして、しばらくその場でキョロキョロしていると、その鋭い感覚はしっかりと音を立てた元も捉えてくれた。
場所は俺が今いる所から100メートルほど後方の、道から外れたところだ。
2人の冒険者らしき男たちが、ゴブリンかコボルトかはわからないが、10体近い小型の魔物と戦闘を繰り広げている。
数から考えるとコボルトかな?
そして、戦闘が行われている場所から、少し離れたところに、3人の男がいる。
実力は駆け出し冒険者以下って感じだし恐らく彼等は商人で、戦っている冒険者は彼等が雇った護衛だろうな。
冒険者たちは実力的には問題無いんだろうが、足場と視界の悪さに加えて……目の前の魔物以外にも注意を割く必要があるからか、徐々に劣勢に追い込まれている。
今はまだ彼等がなんとか魔物を引き付けているが、この分じゃそう時間をおかずに崩されて、後ろの商人たちにも襲い掛かるだろう。
さらに、それだけじゃなくて彼等を遠巻きにゴブリンやオオカミの群れが集まり始めている。
おこぼれ狙いか、あるいは第2ラウンドに突入するのか……。
ともあれ、このままじゃ全滅は間違いないだろう。
「ふっ!」
短く息を吐いて、【祈り】と【風の衣】、そして【琥珀の盾】を発動した。
ここはまだゼルキス領だし俺が介入するのもどうかと思うが……通りがかったのも何かの縁だ。
やらせてもらうか!
◇
「おいっ!? あいつら、まだあの場所にいるぞ!」
「腰抜かしてんだろ! このままじゃ、あいつらやられちまうぞ! そしたら、今俺たちが踏ん張ってるのがむだになっちまう」
スー……っと、高所から戦闘場所に近づいていくと、戦闘音に紛れて男たちの声も聞こえてきた。
なんで道から外れた場所で戦っているのかと思ったが、襲撃を受けた際にわざと突っ込んで、囮になったんだろうな。
どうやら、彼等がここで魔物を抑えている間に、商人たちに逃げるように指示を出していたらしい。
ところが、商人たちは実際に腰を抜かしたかはともかく、恐怖で硬直している様だ。
俺も上から見ていて、なんで何もしないのに、逃げずにあんな場所にいるんだろうとは思っていたんだ。
逃げた先で、また別の魔物に出くわす可能性もあるが、あそこから動かなければ、そのうち囲まれちゃうのに……。
下では冒険者たちが、商人を見捨てて魔物の囲いを突破しようかどうかと話している。
このままじゃジリ貧だし、死ぬよりはマシって考えてもおかしくない。
まぁ……任務失敗になるしペナルティーはあるが、このケースはなぁ。
俺も気持ちはわかる。
ってことで、彼等が逃げ出す前に介入だ!
「後ろはオレがやる! あんたらは、そのままで!」
俺は彼等に聞こえるような大きな声で叫びながら、【影の剣】と【蛇の尾】を発動した。
そして、最後尾に降り立つと、右腕をブンブン振り回していく。
冒険者たちは、突如上空から現れた俺に一瞬驚いた様子を見せたが、彼等もそれなりに場数を踏んでいるのか、すぐに立て直しを図り始めた。
あっちは、とりあえずこのまま任せるか。
そして、こっち。
魔物との戦闘はもう随分久しぶりだ。
【影の剣】も切れ味は相変わらずで絶好調!
右腕を振り抜く度に、魔物が一撃で両断されていく。
周囲は薄暗くて接近戦をやるのは危なっかしいが、強化された【影の剣】は間合いもあるし、【蛇の尾】で牽制を入れながらだと安全に戦う事が出来る。
混戦だし、魔法から【緋蜂の針】で突っ込むのがいつものスタイルだが、出来れば一撃で決めたいし、【緋蜂の針】は出番なしだ。
このまま行こう。
それよりも……。
「そっち! どう!?」
「問題無い! そのまま頼む!」
向こうの様子を確認したところ、短いが返事が返ってきた。
「りょーかい!」
残り数体。
まだ周りに残っているが、ひと先ずこいつらを片付けよう!
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コボルトの群れを片付けた後は、遠巻きにこちらの様子を窺っていた3体のゴブリン一組が襲ってきた。
コボルトを倒したときには、既に冒険者の2人は大分消耗していたから、隙が出来たとでも思ったんだろう。
だが、所詮はゴブリン。
それもたったの3体だからな。
一息だった。
他にも離れた場所にオオカミ等がまだまだいたのだが、そいつらは先程の戦闘を見ていたのか、近づいて来ること無く去って行った。
賢明だな……。
さて。
去って行った魔物の事はもういいか。
それよりも、こっちの人間の方だな。
冒険者も商人たちも、無事命を落とす事なく乗り切る事が出来たのだが、商人たちが不甲斐ないせいで、護衛の冒険者たちはしなくていい覚悟を決める羽目になった。
商人たちの元に戻った冒険者たちは、そのことについて大分キツめに叱責している。
どんな風な取り決めだったのかはわからないが、依頼主であるはずの商人たちはしおらしくしているし……冒険者たちの方が分が良さそうだ。
そこら辺の事は、彼等の間で話し合ってもらうとして、この日暮れ前という微妙な時間に、こんなルートを使っていた理由を聞かせてもらおうかな。
「話は終わった?」
ピーク時は剣を突き付けそうなくらいの勢いだった冒険者たちも、声を上げたことで一通り落ち着くことが出来た様で、話を聞けるくらいになっていた。
話を聞くために声をかけながら近づくと、一人が顔を上げた。
「あんた、リアーナのセラさんだろう? なんでこんなところにいるのかは知らねぇが……助かったぜ」
ゼルキスでの護衛依頼を受けているし、地元の冒険者みたいだが、俺の事を知っているか。
もしかしたら、リアーナに来たことあるのかもしれないな。
「オレはミュラー家に挨拶に顔を出していたんだけど、その帰りだよ。ついでにちょっと寄り道をしてたんだ。……それよりも、アンタたちこそなんでこんな時間に、こんな場所を移動してたの?」
「ああ……それは、こいつらがな……」
俺の言葉に、後ろに控えていた商人たちを指した。
ふぬ……?
と、そちらに視線をやると、やや気まずそうな顔で揉み手をしている商人たちと目が合った。
◇
商人の彼等は、このゼルキス領の領都周辺を主な販路にしていて、いつもこのメンバーで行動をしているらしい。
そして、護衛の冒険者たちは、領都周辺を主な活動の場としていて、一応ダンジョンでの狩りも出来るようだが、それはあくまで箔付けのためであって、こういった護衛活動の方をメインにしているんだとか。
まぁ、腕自体は確かに悪くなかったがずば抜けているわけでも無いし、ダンジョンの登録料は痛いだろうけれど、その信用でしっかりペイ出来るんだろうな。
互いに顔見知りで、さらに冒険者の彼等が無理にダンジョンにチャレンジしたりしないように、慎重なところも性に合っていて、領都周辺を移動する際には時折一緒に仕事をしたりする関係らしい。
特に今回の様な主要街道では無くて、脇道を利用する時なんかは。
どちらも慎重で、大変結構な事だ。
たとえ命を落とさなくても、障害が残るような怪我をしたら、一生困るもんな。
良いこと良いこと。
だが、なんだってこの慎重な彼等がこんな無理をしたのかというと、兵たちが戦争から帰還したからだ。
昨日領都に到着した各地の兵たちは、リアーナの兵を除けばしばらく領都に滞在する。
その情報だけでも、いい儲けになるんだろう。
急げば彼等が滞在している間に領都に物を持ち込めるし、あるいは、彼等が自分の領地に帰還する際に途中滞在する街で、物を売ったり宿を用意したり……色々出来るもんな。
領都に兵たちが到着したのは昨日だが、早朝ってわけじゃ無いし、情報を色々仕入れるのに時間がかかっちゃったんだろう。
で、仕入れた情報の整理が終わって、顔なじみの冒険者を護衛に雇って、領都を発ったのが今朝の事。
道中の街等に立ち寄ってはその情報をお金に換えてきたが、特にここまで戦闘が無かったとかで、少々予定よりも早く行程を消化してしまい、ここから一つ前の村に到着したときは、まだ日が高かったそうだ。
んで、そこで今日は終わりにするかどうかで迷ったそうだが、商人たちは次を目指すと言って、まぁ……今に至るわけだ。
「ちょっと欲張っちゃったね」
「はい……。いや、申し訳ないです」
そう言った商人の代表らしき男が、護衛に向かって頭を下げた。
「……いいさ。だが、これからは俺たちの指示をしっかり実行してもらわないと困るぞ」
「ああ、もちろんだ」
護衛の言葉に再び頭を下げている。
今日は魔物に出くわしたりしなかったから、気が緩んでいたのかもしれないな。
ここから次の村まで数キロ程度らしいし、それくらいならもう大丈夫だろう。
「まぁ、その辺の事はオレが口出しする事じゃ無いし、君等で決めてもらっていいけれど……、ここの魔物の報告は任せていいのかな?」
10体少々だが、魔物の死体はあまり放置していい物じゃ無いしな。
今からは難しいが、朝にでも冒険者なり兵士なりにしっかり回収してもらわないと……。
「ああ、それは任せてくれ。あんたの事はどうする? 伝えておくか?」
「そうだね……。うん、そうしておいて」
他領で戦ったわけだしな。
隠すような事でも無いし、名前を出して貰っても構わないだろう。
「そんじゃー、オレはもう行くから、よろしくねー」
その言葉に、商人たちはどこか不安そうな顔をしているが、そこまで付き合ってやる義理も無いしな。
想定外の事で少々時間を使ってしまったが、再び出発だ。
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