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 ジグハルトがお茶を淹れるまで、ひとまず彼抜きでも構わない話題をってことで、ルバンについて聞かせてもらうことにした。


 他の兵ならともかく彼はウチの領地の代官だし、何より立派なお貴族様だ。

 彼が今この街にいるのなら、ここにいるはずなんだが……やっぱり王都にいるのかな?

 そう思ったんだ。


「あいつは王都に残っていたよ。嫁さんの一人の実家の人間と会っているはずだ。子供も生まれたし、そのあたりの事だろうな。後は、あいつの支援者も王都にいるし、そこへの挨拶回りもしているはずだ」


 彼は冒険者時代は、貴族はもちろん商人たちからも支援を受けていたと聞いている。

 ルバンたちも優秀だが、それでも、専属契約を結ばない冒険者が成功するには支援無しじゃ難しい。

 その見返りとして、代官をやっている今は何かと便宜を図っているらしいが、折角王都にいるんなら挨拶もしておかないとな……。


「今頃は船に乗っているだろうが、個人での移動だしな。到着は1週間か十日はかかるだろうな。まあ、春の領内の見回りの時期には戻ってくるさ」


「ほうほう。まぁ、元気みたいだしなによりだね」


 まぁ、あんまり一緒に行動する事は無いし、あっているかはわからないけれど、俺の中で彼のイメージは慎重で堅実ってタイプだからな。

 勝ちが決まっている戦争で、無理をして傷を負ったりはしないだろう。


 帰還はアレクたちと一緒で船を使った海路になるが、領主格が部隊を引き連れての大移動と違って個人での移動になるし、そこまで優遇はされないのか。

 それでも、来月には戻って来るみたいだし、彼が見回りを担当している領地の南側は心配いらなそうかな?


 ◇


 その後もしばし話を続けていたのだが……。


「入ったぞ」


 と、お盆を手にしながらジグハルトがやって来たことで中断した。


 ジグハルトはソファーに座ると、お盆に乗せたお茶の入ったカップを俺たちの前に置いていく。

 お茶菓子が無いのは、お茶の時間というよりも、お茶を淹れる事が好きなジグハルトらしい。


「ああ、すいません」


「気にするな。セラ……どうした? 変な顔をして」


 ジグハルトは俺を見て何かに気付いたような顔をしたが……大したことじゃない。


「うん……いやさ、ジグさんがお盆を持ってるのがちょっと面白くってね。ありがと」


 俺は礼を言いつつ、説明をした。


 ジグハルトはリアーナの屋敷でも時折お茶を淹れていたが、その場合彼はテーブルに道具を用意して淹れている事がほとんどだった。

 今の様にキッチンで淹れて、さらにお盆で持ってくるっていうのは初めて見たな。

 その珍しい……というか、似合わない姿への感想が顔に出てしまってたか……。


 ◇


 さて、ジグハルトが淹れたお茶はどこ産の葉を使っているか等の蘊蓄を聞きながら、お茶を一口二口飲んで、再び話を始めることになった。


「んでさ、ウチの兵は死者は出なかったし、圧勝だったって聞いてるけど、相手はそんなに弱かったの? それともウチは何もする事が無かったとか?」


 この世界の戦争がどんなものかは知らないが、平原で全軍が横に一列に並んで一斉突撃……とかそんな事はしないはずだ。

 リアーナに限らずウチの国の東部は、予備に近い役割だとは以前聞いたが、それでも何も無しだったって事は、出番が無かったのかな?


「両方……と言えるかもしれないな」


 そう言って肩を竦めるジグハルト。


「両方?」


「俺たちも仕事は立派にやったんだがな……。戦闘には加わらなかったな」


 首を傾げる俺に向かって、アレクが話し始めた。


「西部の戦争は、国の兵の他に傭兵も多く参加するんだ。むしろ傭兵の方が多いくらいだな」


「うん」


 傭兵については以前聞いた気がするな。

 魔物の脅威が少ない西部は、冒険者よりも傭兵の方が中心になっているとかなんとか……。


「傭兵同士の戦闘ってのは、勝ち負けはあっても、積極的に殺しあうようなモノじゃないんだ。相手にある程度損害を与えたら降伏を促したりもする。戦力差が顕著だと特にな」


「うんうん」


 そりゃー契約はあるから、戦う前に降伏したりはしないだろうけれど、魔物じゃなくて言葉の通じる人間同士だし、勝敗が決まってるような戦いなら、そんな感じにもなるだろう。


「ただ、それは西部どうしの場合だ。これが東部……同盟相手となると、少し事情が変わってくる。傭兵たちにとっては東部の兵や冒険者と戦っても大した実績にはならないんだ。恩恵品や加護の所有者の数が違うからな」


「……あぁ」


 実績になるかならないかはわからないけれど、恩恵品や加護の持ち主が多ければ多いほど戦い方は変わってくるだろう。

 で、基本的にそれらの所有者が少ない西部では、あまりその経験が役に立たないってことかな?

 だから、西部の人間同士の戦いの際には、東部との戦いの経験は考慮しない……と。


 なるほど?


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 西部の傭兵が東部との戦争をどんな風に受け止めているのかというと、タフな仕事の割にうま味の少ない厄介な仕事……そんな感じなんだろう。

 だから、西部の傭兵はいまいちやる気がない。

 アレクの話を聞いて、それが分かったのだが……話はそれだけじゃ無いらしく、さらに続けた。


「連中からしたら、東部との戦争ってのはいかに、無理をせずにやり過ごすか……だ。怪我をしても馬鹿らしいしな」


 アレクは言葉を選んだが、要は手抜きだ。

 まぁ、プラスにならないのに命を懸けたくはないよな。


「うん」


 よくわかる……と、頷いていると、今度はアレクじゃなくてジグハルトが話を継いだ。


「そういう時は、両側から互いの事情に詳しい者が仲介して上手く戦場を離脱するんだ。西側なら東部へ行く商人の護衛経験がある傭兵が、東側は西部出身の冒険者なんかだな。もっとも、依頼主への義理もあるし、一度離脱したら戦場には復帰しないっていう暗黙の了解があるから、戦況をしっかり把握しておく必要がある。それに、場合によっては戦場の放棄と受けとめられて、終戦後に揉めたりする原因になったりもする。まあ、状況次第だな」


「ほうほう……」


「東部の方が優勢になる事がほとんどだから、大抵東部側から話を持って行くそうだ。まあ、西側の傭兵連中にしても、劣勢な状況で相手戦力を減らす事が出来るからって口実にもなるしな」


「なるほどなるほど」


 2人の言葉にコクコクと頷いた。


 やらせというか出来レースというか……。

 それでも、互いに損傷無く戦場から戦力を取り除くことが出来るんなら、あり……なのか?


「あっ! じゃあ、今回ウチの被害がゼロだったのはそういうことなんかな?」


 ジグハルトの言っていた仲介云々とか、正にうちが適任な気がする。

 もともと西部で傭兵をやっていて名前が売れているジグハルトを筆頭に、アレクもルバンも西部でそこそこ知られているそうだしな。

 まぁ……彼等は正規兵で傭兵ってわけじゃ無いから、離脱の件とかはどうなのかはわからないが……傭兵同士の暗黙の了解よりは、融通が利きそうな気がする。

 それに、ウチの連中はあんまり戦争で活躍しようって雰囲気も無いしな。


 俺のその言葉に、2人は何とも言えないような顔をしている。

 どんな表情なんだ……その顔。


「今回はそれに近い。西部の戦争は、傭兵の働きを監視する隊がいる。後ろから監視するわけだし、傭兵連中からは煙たがられたりと、いい役目じゃないがな」


 督戦隊っだっけ?

 味方の兵の働きを監視する部隊。

 ジグハルトが言っているのは、恐らくそういった存在だと思う。

 その連中に嫌な思い出もあるのか、ちょっとジグハルトの声には苦い物が含まれているが、そのまま彼は話を続けた。


「西側同士の戦争なら、その役目は当事者同士が用意するんだが、こと東部との戦争になると、西のデカい勢力が用意するんだ。大体そいつらが後ろ盾になっているからな。傭兵を雇う金もそいつらが用意しているし……、まあ、妥当ではあるんだ」


「うん……」


 デカい勢力といえば、帝国と連合国と……あと神国もだな。

 東部との戦争にはそこが支援している……と。


「ん? でも今回はそこは関わってなかったんだよね?」


「ああ。今回はその監視も含めて一切姿を見せなかった。だからだろうな……。戦場に互いの戦力が集まり翌日に開戦って晩に、向こう側の複数の傭兵団から接触があった。内容は、自分たちは後方に控えて、時期を見てそのまま離脱する。そちらは離脱しなくていいから、自分たちは狙わないでくれってな……」


「……それって戦争の放棄なんじゃ? いいの? それ」


 優勢劣勢以前に、戦いが始まる前から離脱の打診。

 それも、こちら側はしなくていいって……ただの逃亡だよな?


「よくはないな」


「いいわけないだろう」


「だよね」


 やっぱりそうらしい。

 2人揃って同じ様な事を口にした。


 そして、ジグハルトは手にしたカップを口に着けて一気に傾けたかと思うと、深い溜息を吐いている。

 なんか思う事でもあるんかな?


 そのジグハルトをおいて、アレクは話を再開した。


「俺たちも話をそのまま信じたりはせずに、しばらくは備えていたんだが……結局初日から向こうが用意した傭兵の大半が後ろに下がって、戦闘には参加しなかったからな。西側の傭兵で残っていたのは、個人で参戦しているような戦闘狂と、聞いた事も無いような弱小団だけだったよ。前者はともかく、後者は恐らく参戦国側の貴族の子飼い連中だろうしな……。まともな戦力は初日で実質離脱したようなもんだ」


「それは……なんともボロボロなんじゃない?」


 監視役がいないし、うま味も無い仕事はさっさと放り捨てる。

 それは分かっちゃいるけれど、始まる前からそれじゃーなー……。


「ボロボロだな。お前が思っている以上にだ」


「お?」


 ジグハルトの言葉に、俺は首を傾げつつ一言発した。

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