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 ミネアさんへの施療を終えた俺は、屋敷の中をふよふよと移動していた。

 向かう先は、敷地内にある賓客用の宿泊施設だ。

 一般兵は街の宿に滞在しているが、アレクたちの様な幹部陣はそちらに滞在しているんだとか。


 今いる本館から少し離れた場所に建っていて、歩いて行けば10分以上かかる距離だ。

 窓から飛んでいけばすぐなんだが、ここで暮らしていた昔ならともかく、お客として来ている今は流石にそれは厳しいだろう。

 これがミュラー家の者だけならともかく、今は他所の領地の者もいるもんな。


 ってことで、大人しく案内をつけられて、屋敷の中を移動していた。


 しかし……時折使用人とすれ違うんだが、以前来た時からさらに顔触れが変わっている気がする。

 これはもうマジで、俺が屋敷で働いていた頃にいた人たちはほとんどいなくなってるんじゃないか?


 今回は顔を合わせていないが、流石に料理長とかメイド長とかは残っているだろうが、よくもまぁ、そんなにポコポコ領主の屋敷で働ける人間が見つかるもんだ。

 リアーナは、まだまだ長期間働いてもらわないといけないからな……。


「ぬーん……」


「どうかされましたか?」


「ぅおっ!? 」


 考え事に頭がいってしまっていたのか、どうやら声が漏れていたらしい。

 前を歩く使用人が声をかけてきた。

 彼女も知らない人だな。

 ミネアさんの部屋付きだから、優秀な人なんだろうけれど……。


「あぁ、いや……ちょっと考え事を。そういえば、アイゼン様とかフローラ様はいないのかな?」


 誤魔化しついでに、彼等はどうしているのかを訊ねることにした。

 親父さんもミネアさんも、いつもなら何かしら話題に出すんだけど、全く触れなかったからな……。

 街を空けているのかもしれない。


「ええ。アイゼン様は旦那様の代理をされていましたが、旦那様も帰還されてその任を解かれました。今は新たに魔物の討伐隊の指揮官を任されて、今朝兵を連れて出発しました」


「ほぅほぅ……」


 うちではセリアーナがリーゼルの代理をしていたが、こっちならアイゼンがいるもんな。

 何年も前から次期領主として勉強をしていたし、上手くこなした事だろうが、魔物討伐にも出かけたのか……。


 春の貴族学院入学前に、領内の魔物や賊を討伐するための部隊が組まれるのは、どこの領地も毎年の事で、ウチだってアレクたちが帰還して戦力が復帰次第、準備に取り掛かるはずだ。


 しかし、親父さんが帰還したのは昨日で今朝出発。

 引継ぎとか随分急いで片づけたんだろうな。


 まぁ……領内各地を回るし、次期領主の存在をアピールできるいい機会だろう。


「フローラ様はルシアナ様とともに、雨期が明けてから領内各地の視察に向かわれています。帰還は春頃になるでしょう」


「へぇー……」


 そういえば以前もそんな感じの事をしていた気がする。

 次期領主はアイゼンに決まっているし、ルシアナはルシアナで成人を来年に控えて、色々忙しいのかもしれないな。

 貴族の子供の仕事ってなんなんだろう?

 人に会う事とか……?


 まぁ、3人とも元気みたいだし、何よりだ。


 その後も取り留めのない会話を続けながら、俺たちは移動を続けた。


「それでは、セラ様。私はこれで失礼します」


「うん。ありがとうね」


 ここまで案内してくれた彼女は、軽く頭を下げると屋敷へと引き返していった。


 ってことで……。


「いるー? あーけーてー」


 ドアをドンドンと叩きながら、中に向かって声を上げた。


 ◇


 中に招き入れられた俺は、アレクたちがいる2階へと向かった。

 そこで、久しぶりに会う彼等に、まずは挨拶をしようと思ったのだが……。


「中広いよねー……」


 思わず違う言葉が出てしまった。


「まあな。俺もジグさんも、街の宿でいいんだが……立場上な」


 俺の言葉に、アレクは肩を竦めて答えた。

 隣に座るジグハルトも苦笑を浮かべている。



 アレクたちが宿泊する建物は、リアーナの領主の屋敷の敷地にあるジグハルトたちが暮らす建物と似ているが、広さは倍近いかもしれない。


 まぁ、ここは賓客が使用人と一緒に滞在する場所だし、これくらいは必要なのかもしれない。

 しかし、この規模の建物が何棟も敷地内に建てられているとか、どんだけ広いんだよって感じだよな。


 リアーナの領主の屋敷は建っている場所が高台の一番上で、どうしても横の広さは限りがある。

 その分地下施設をどんどん造って縦に広げているから、屋敷の面積だけなら相当だ。

 だが、屋敷だけじゃなくて敷地全体で考えたら、倍以上は軽くあるだろう。

 やはり単純に横に広いっていうのは、その分色々施設を用意出来るもんな。


「まぁ……いいや。お久しぶり。皆元気そうで何よりだよ。奥様達も喜んでたよ」


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 手短に挨拶を済ませた俺たちは、さっさと報告にはいることになった。

 なんだかんだで付き合いはそろそろ長いし、一々前置きが必要になる事も無い。

 互いに気やすい関係だ。


 ってことで、2階にあるアレクが使っている部屋で話をすることにした。

 しかし、ここは初めて入るが……中々いい部屋だ。


 2階には部屋は2つだけしかなくて、間取りはどちらも同じらしい。

 広さは、リアーナの屋敷の方のセリアーナの執務室と同じくらいの広さかな?

 寝室が分かれたりはしていないが、キッチンなんかもついているし、ここだけでも暮らせそうだ。


 もっとも、ここに宿泊するのは使用人を一緒に連れているような身分の人だろうし、自分で何かをするって事は無いのかもしれないが……それでもこれだけのを何棟も用意しちゃってるんだもんな。


 まぁ、他所は他所だな!

 ってことで、ソファーに移動して、それぞれの話をすることになった。


「俺たちがいない間、領都で色々あったらしいな。王都でミュラー家の旦那から聞いたぜ。詳細は記されていなかったから、概要しかわからないが……」


「そうですね。事前に備えてはいたが……、セラ、どうだった?」


「うん。えーとね……」


 先を促してくる2人に頷いて、俺は話を始めた。


 そして、話しついでに2人の反応も見ていたのだが……、どうやらリアーナ領の件は2人にもある程度は伝わっていた様だ。


 もっとも、ジグハルトが言ったように、あくまでリアーナの外に出しても問題無い情報で、領都の教会地区で問題が起きたって程度だったらしい。

 ただ、2人は領都の教会地区にアンデッドがいる事は以前から聞かされていたらしく、あの時行われた対処の方法についての検討にも関わっていたそうで、何が起きたのか概ね予想は出来たんだとか。


 そのため、本命の地下の件に話が移った時は大分驚いていた。


 まぁ、地下にあんな本格的な通路を造っているなんて思わないもんな。

 それも数十年前に……。


 ともあれ、アンデッドの出現を含む教会地区の騒動や、領都の反抗勢力の捕縛等々も片付いて、リアーナ領の危機は収まったと伝えた。

 もっと詳しいことは、領都に戻って資料と一緒にテレサやフィオーラから説明を受けた方がいいだろうしな。


 ◇


「大体こんな感じかな?」


 話を終えた俺は改めて2人を見たのだが、何か思う事でもあるのか2人で話を始めた。

 表情も先程までの軽い感じでは無くて、神妙な感じだ。


「なるほどな……。どう思うアレク?」


「ええ……」


 と、意味深な言葉を発しながら頷いている。


「どうかしたの?」


「ああ……。実はな、戦場で神国の関係者を見かけなかったり、王都に戻ってからも何も口を挟んで来たりしなかったんだ。連中は今回の戦争に表立っては関わっていないことにしているが、それは今までの戦争もそうだったんだ。それに、同じく関わっていないことにしている帝国や連合国の兵は、参戦こそしなかったが戦場の近くに陣取っていたからな」


「一応俺たちはリアーナで事を起こす事が分かっていたから、それで大人しくしていたのかとも考えていたんだが……。今聞いた様子じゃ、最初から神国側は東部と距離を置く気だったのかもしれないな」


 と、苦笑を浮かべている。


「かもねぇ。さっき伯爵に聞いたけど、この街でもちょっと教会地区に出向く人が減ったり影響が出てるみたいだよ」


 西部の大勢力の帝国と連合国は、戦場の様子を探らせるために人を送っていた様だが、神国はそれをしなかった。

 そして、ウチだけじゃなくてゼルキスや王都でのことを聞くと……これはもう、リアーナの件が上手くいってもいかなくても、最初から当面の間東部に関わる気が無かったのかもしれない。


「まぁ……リアーナの事はもういいかな? 詳しいことは戻ってから聞いてよ。それよりもさ、戦争の方はどうだったの? ウチは死者は出なかったって聞いてるけど……」


 アレクたちにとってはそうでも無いかもしれないが、リアーナの件は俺にとってはもう終わった事。

 それよりも、戦争の方が気になる。

 もちろん、リアーナの件同様にここでは話せない事もあるかもしれないが、簡単になら聞いてもいいだろう。


 そう言って、身を乗り出してテーブルに手をついた。


「まあ、それもいいが茶くらい淹れさせろ」


 だが、ジグハルトはそんな俺を見て苦笑しながらそう言うと、席を立ちキッチンへと向かっていった。


「……ぬ」


 リアーナの彼の家には、彼のコレクションのお茶が色々置いてあるが、出先でも彼は自分で淹れるのかな……?


「お前が言うように、ここですべてを話す事は出来ないが、それでも一言で終わるような事じゃないからな……。お前は今日はどうするんだ?」


 そんな俺を見て、笑みを浮かべながらアレクが話しかけてきた。

 ジグハルトがお茶を淹れるのにもうすっかり慣れているところを見ると、リアーナを発ってからずっとジグハルトが淹れてたのかな?


「ん? あぁ、話が終わったらミネア様のところに行ってから帰るよ」


「そうか。それなら手短に済ませた方がいいな」


 話す内容を整理するのか、アレクはそう言うと目を閉じた。

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