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 冬の2月も残すはあと数日。

 そんな今日この頃、俺は領地を西に向かって順調に飛んでいた。


【風の衣】は忘れずに発動しているが、【浮き玉】の速度も上げているから、少々寒さを感じてしまう。

 上からジャケットを着こんでいるんだが……やっぱ冬だしな。

 時折目に入る商人や冒険者たちは、皆しっかりと着込んでいた。


 今日は戦闘をする気はないし、一応各種恩恵品を身に着けてはいるものの、靴下や靴を履いているんだが……ここ最近屋敷に籠りっぱなしで少々寒さへの耐性が落ちているかもしれない。


 そんな事を考えつつも、街道から少し逸れたルートを高速でかっ飛んでいる。

 俺が飛ぶ姿は、領民ならもう大分見慣れているからそこまで気にする必要は無いんだろうが、まぁ……マナーだな!


 ともあれ、いくつかの街や村を通り過ぎていたのだが、あっという間に検問も越えてしまった。


「む? もう入ったか。……よっと」


 速度を徐々に落として、一旦空中で停止した。


「ぬーん……。向こうを移動する人は……いないかな? よし……! それじゃぁ、一気に行きますかね。よっと!」


【風の衣】を張り直し、さらに【祈り】と【琥珀の盾】を発動する。

 さらにヘビたちに周囲の警戒を任せると、【浮き玉】を発進させた。


 ◇


 昨日執務室にやってきた伝令が持って来た報告だが、その内容は俺の予想通りのものだった。

 戦場から帰還したアレクたちが、無事ゼルキス領都に到着したらしい。


 彼等が戻ってきたルートは、戦場から王都へ、そこから海路でゼルキスまで向かって、そこから陸路でリアーナを目指すルートだった。

 ウチだけに限れば、ゼルキス領都を経由せずに直接リアーナまで船を使えば数日で領都へ到着できるが、戦場から帰還したのはウチの兵だけじゃなくて、東部にある他の領地の兵も一緒だ。

 同じ国とはいえ、武装した多数の兵が他所の領地をバラバラに移動するのはあまりよろしくないんだろう。

 極力まとまって行動するためには、足並みをそろえる必要があってそうなったんだとか。


 それに、ある程度ルートが決まっていないと対応は難しかったりもする。


 例えばウチの領地にまとまって兵が滞在するとなれば、数日程度でも大騒ぎになるだろう。

 それが可能なのは、やはり伝統のある大きい領地位だ。

 ってことで、東部の盟主格であるゼルキスの領都に滞在して、足並みを調整しているそうだ。


 ちなみに、彼らがゼルキス領都に到着したのは昨日の昼頃らしい。

 伝令が到着したのと同じくらいの時間じゃないかな?


 うちに来た伝令は船でそのまま川を上って来たから、大分彼等より先行していたんだろう。


 ……正直ウチの兵はそのまま船で帰ってきたらと思うんだが、まぁ、団結は大事だよな。

 だからといって、他所の領地全ての準備が整うのを待ついわれはなく、ウチの兵は出発していいよと伝えるために、俺が久々に伝令役を任された。


 朝から出発して、途中休憩を挟みつつ快調に飛ばしていくこと数時間。

 時折魔物の気配は察知しても、明るいうちだからか街道に姿を見せたりもせず、実に平和な道中だった。


 リアーナの空だと、どこからともなく魔物が攻撃を仕掛けてきたりするしな……。

 ヘビ君たちが気づいてくれるし、何より1発2発攻撃を食らったからって、驚きこそしても俺がどうこうなったりはしない。

 だが、それでもこうやって気楽に飛べる場所っていうのは悪くない。


 今まで魔境だったりダンジョンだったりと、効率よく聖貨をゲットするために、魔物の出現頻度が高い場所での狩りを好んでいたが……。

 春になったらリアーナの西側の魔物討伐に力を入れるのも有りかもしれないな。

 流石に東側を呑気に飛ぶのは危険すぎるが、西側ならいけそうな気がする。


 仕事を頑張るのは良い事だが、人間心にもっとゆとりを持たないとな……。


 春……といっても、俺は一時的に王都に行くから、そこから帰ってからの話になるが、それからのスケジュールを考えていたのだが、ふと頭を前に向けると視界の先に微かに見え始めた白い壁。

 ゼルキス領都の街壁だ。


「おっ!? 見えてきたね……。アカメたち、索敵はもういいよ。ご苦労様」


 リアーナと違って、ここじゃーヘビを出したまま街に入るってわけにもいかないよな。

 アカメたちに、ここまで索敵してくれた礼を言って服の下に潜らせると、【浮き玉】の高度と速度を落とし始めた。


 ◇


 街の検問を顔パスで通過して中に入ると、案内を断り領主の屋敷を目指して、ゆっくり移動を始めた。


 なんだかんだで去年は忙しくて、一度も足を運ぶことができなかったゼルキス領都は、相変わらず人通りが多く活気にあふれている。

 特に今は多くの兵が街に滞在しているからだろうか?

 ゴツイおっさん達の姿がやたら目に入る。

 だが、それでも揉め事は起きていないし、しっかり治安が保たれているのがわかる。

 良く発展しているじゃないか……。


 とはいえ、以前来た時から街に大きな変化は見られない。

 強いて挙げるなら、下町の舗装が始まっていることだろうか?

 馬車なんかめったに通らない場所なんだが……余裕があるな。


 だが、それは細かいことだ。

 この街は現時点でもう完成しているんだろう。

 ここから何か大きな変化が起きるには、根本的な技術革新でもないと無理かな?


 まぁ、いいや。

 とりあえず屋敷を目指そう。


773


 屋敷に到着すると、まずは親父さんの執務室に通された。


 こちらの執務室は、親父さんと文官の仕事スペースが用意されているが、リアーナの屋敷の方に慣れていると、大分手狭に感じる。

 実際に半分くらいの広さだもんな。

 文官の人数も少ないし、セリアーナと違ってミネアさんがここで仕事をするようなことは無いからかな?


 今はまだどの部署でもリーゼルが必要なリアーナと違って、ここは親父さんがいなくても回る部署が多いんだろう。

 領地の歴史の違いだろうか……。

 いや、でも前任はじーさんだし、単に親父さんの代の組織作りが上手くいっているのかな?


 ともあれ、ご挨拶だ。


 俺は一番奥の席に着く、親父さんの席に向かった。

 流石にこの部屋の面々の顔までは覚えていないが、【浮き玉】で移動する俺に何も反応を示さないあたり、前から働いている者は一緒かな?


「お久しぶりでーす」


「ああ。よく来たな」


 俺の言葉に、読んでいた書類を机に置いて短く答える親父さん。


 彼の机の上には大量の書類が積まれているが、何かを書いている様子は無い。

 親父さんも一緒に戦場に行っていたし、その間に溜まった報告書かな?


「それで、今日はどうした? アレクシオたちか?」


 いつもは事前に連絡をして訪れているが、今日はアポ無しでやって来た。

 まぁ、それでも俺がやって来る理由なんてそれくらいだし、予測は出来るか。


「そうですそうです。後、これをセリア様から預かってます」


 そう言うと、ポーチから出した手紙を机の上に置いた。


「ふむ……。内容は?」


「簡単にしか聞いてないけど、教会のアレヤコレヤとか……。リアーナで秋の間に起きた問題とかを記しているそうです」


 一応周辺の領地には、雨期が明けてすぐに伝えているが、俺が持って来た手紙にはもう少し詳しい情報を記しているんだとか。

 まぁ、あそこは元ゼルキス領だしな。

 こちらでも何か調べたりするのに役に立つかもしれないだろう。


「教会か……。私も昨晩報告を受けたが、随分と手の込んだ真似をしていた様だな。セリアーナから報告を受けて、早々にこの街の教会も調べさせたそうだが、幸い怪しい施設は見当たらなかったそうだ。北の教会地区には行ったか?」


「教会……? いえ、まっすぐここに来たから……」


 正確にはちょっと寄り道したりもしたが、基本的には真っ直ぐこの屋敷にやって来た。

 教会地区には近づいていないんだよな。


「そうか。あそこは日ごろから出入りする者も多いのだが、どうやらリアーナの一件以来その数が減っているらしい。この東部での神国の影響はいずれ下がっていくだろうな」


 親父さんはそう言って、一人何度か頷いている。

 そして、手紙を開くと読み始めた。


 手紙は何枚もにわたって書かれていて、そのうち数枚読んだところで、親父さんは口を開いた。


「そういえば、春の王都の件については聞いているか?」


「はい。……まぁ、ウチの旦那様とじーさんたちに任せるってだけですけど……」


 それを聞いた親父さんはフっと笑い、再び手紙を読み始めた。

 うむ……こういう反応の仕方はセリアーナとよく似ている。


 ◇


 親父さんとの用を果たした後は、ミネアさんの下に向かった。


 彼女にもセリアーナから手紙を預かっていたので、それを持って行き、ついでに軽めではあるが施療を行うためだ。

 別に今日やって来た目的はアレクたちに会う事だし、施療は必要ないのかもしれないが、セリアーナに頼まれてもいたし、俺も何かとお世話になっているしな。


 ミネアさんも40歳を超えているはずだが、相変わらず若々しい。

 俺が時折ああやって施療をしていたからってのもあるかもしれないが、やっぱ全然弛んでいないんだよな。

 どこで鍛えているんだろう?


「セラさん」


「ほぁっ!?」


 おケツで太ももやお腹の感触を探っていると、不意にミネアさんに名を呼ばれて、思わず変な声を上げてしまった。


「どうしたの? 変な声を出して……」


 と、優しげな声で訊ねてくる。

 あまり彼女が怒ったりする姿は想像できないが、これは言ったらどうなるかな……。

 チャレンジは止めておくか。


「いえ、ちょっと集中してたからびっくりして……。それで、どうかしました?」


「そう? それならいいのだけれど……。まあ、いいわ。セラさんは今日は泊っていくのかしら?」


「ぬ。いや、今日はアレクたちに会ったらそのまま帰るつもりです」


 アレクたちと会った後の時間を考えると、向こうに戻るのは夜になるだろうし、セリアーナも泊っていってもいいと言っていた。


 まぁ、冒険者たちはいるし外の森の様子も落ち着いているみたいだから、そんなに気を付ける必要はないのかもしれないが、やっぱりリアーナの戦力が減っている今、あまり街を空けるっていうのは避けたいんだよな。


「そう……。王都で着る服について話をしたかったのだけれど……。それは手紙に書いておきましょう。発つ前にもう一度ここに来てもらえるかしら?」


「うん。了解です」


 正装はセリアーナが用意しているそうだが、滞在中の普段着はミネアさんが用意するのかな?

 といっても、出発するのは来月だし、今から仕立てても間に合わないだろうし……もう用意してるのかな?

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