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 屋敷の話を聞いてから数日経った、午後の執務室。


 部屋の中では皆が相変わらず忙しく仕事をしている。

 そろそろ冬の2月も終わりが近いし、春に向けての準備も始まる時期だ。

 やることはたくさんあるよな。


 さらに、今日はいつもの面々に加えて、騎士団の1番隊の隊員の出入りも多い。

 街の外を移動する領民も増え始めるし、騎士団だって忙しくなるだろう。

 2番隊からも人員を融通するし、テレサが彼等と何かしら協議を行っていた。


 だが、そんな彼等を他所に俺はフィオーラと、部屋の隅の談話スペースで、テーブルを挟んで座りながら全く違う話をしていた。


「こういうのもあるわよ?」


「ふぬ……。じゃぁ、それにしようかな?」


 テーブルの上には、フィオーラが用意した室内用魔道具の資料が広げられていて、それを見ながら彼女から説明してもらっている。

 ちなみに今見ているページは、部屋の壁に提げるための照明だ。

 基本的な性能に変わりは無いんだが、デザインが違うことで、部屋全体を照らすようになるのか、照明の周囲のみを照らすようになるのかが変わったりと、色々面白い。


 そして今、フィオーラが勧めてきたのは、さらにそれらとは違って、照明のすぐ下のみを照らすタイプの物だ。

 部屋には他にもいくつか照明を設置する予定だが、それらはどれも周囲を照らすタイプの、いわば間接照明だ。

 客室だし、部屋全体を照らす必要は無い。

 天井から提げるタイプのも、もちろんあるが……メンテナンスの手間を考えるとこちらの方が上かな?


 俺はその提案に頷いた。


「客室は全部これでいいわね? なら後は……」


 フィオーラは、チェックを入れると次に進めていった。


 ◇


 この街の貴族街に建てる事が決まっているミュラー家のお屋敷。

 そこの主に俺がなる事が決まったのだが、屋敷そのものの設計や建築は、街の工房が引き受けるから特に俺が何かをすることはない。

 とはいえ、実際に建築を開始するのはまだまだ先になるが、事前に準備出来る事はやっておこうと、計画を進めることになった。

 調度品や魔道具なんかは、揃えるのに時間がかかったりもするしな。


 ってことで、今日は屋敷に設置する事になるであろう魔道具について、フィオーラと打ち合わせをする事になった。


 魔道具は日常使いするようなある程度の小物なら、街の道具店や工房に直接行けば購入する事も出来る。

 経済的に多少のゆとりがある平民の家庭などだと、一つか二つは家に置くこともあり、その彼等が対象らしい。


 ところが、今計画中のお屋敷の様に、一度に大量に必要になったりする場合は、一つの工房に纏めて注文を出したりもする。

 まぁ……流石に何百って数にはならないから、数ヶ月間工房をあげて制作に専念すれば、揃える事は出来るんだとか。

 そして、その工房は今後もその屋敷に納めた魔道具のメンテナンス等で付き合いが続いて行く……と。


 一つの工房で、いくつかの貴族の屋敷の注文を受ける事が出来たら、もうそことの付き合いだけで工房がやっていけるらしい。

 つい先日執務室で屋敷の話が出た時に、部屋にいた者たちの雰囲気が変わったのは、それが理由だろう。


 付き合いのある工房にそれだけの大口先を斡旋する事が出来たら、そりゃー……もう……利権ってやつだな。

 うまみがあるんだろうね。


 談合だとか不正入札とか、前世だと色々問題になるような事でも、この世界じゃそうじゃないもんな。

 それに、実際工房の状況を俺たちはいちいち把握出来ていないし、よほど工房や職人に金を要求したり無理を言ったりでもしない限りは、個人の裁量に任せるのが当たり前になっている。


 今まで関わる事が無かったから知らなかったが、この街でなにかしら建築物を建てる場合は、一度領主への報告が必要らしい。

 それは平民だけじゃなくて、貴族……他所の貴族でも例外は無い。

 そして、許可が下りたら建てるんだが、その際には執務室で働いている文官たちに情報が渡るし、いくらでも食い込めるんだろう。


 どこかで彼等に回るお金が余計にかかっているんだろうが、その分各種手配は任せる事が出来る。

 インターネットがあればもっと連絡は簡単だろうが、そういうわけにはいかないから自分で足を運ぶ必要があるもんな。

 手間賃って考えたら妥当なところかな?


 んで、それは今度建てる事になるミュラー家の屋敷もそうだ。


 ただ、この執務室に自由に出入りできる俺たちの場合だと、自分たちでアレコレ手を加えた上で、それを注文するって事が可能だ。

 特に魔道具関連は、フィオーラがいるからな。

 彼女が直接製作したりはしないが、色々相談に乗って貰っている。


 立場上、直接指揮を執るのは難しいかもしれないが、屋敷の設計とかにも噛んでもらう予定だし、中々使い勝手のいい屋敷になりそうな気がするな。


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 いつもの夜のお喋りも終わり、後はもう寝るだけとなって寝室に移った。


 普段はそのまますぐにベッドに入るのだが、昼間の話もあって、部屋の照明を調べて見ようかと思っている。

 ちなみにセリアーナの寝室の照明は、壁掛けタイプだ。


【隠れ家】では魔道具の照明は必要ないし、屋敷では俺が点けなくても他の誰かが点けてくれるから、実はあまり見たこと無いんだよな。

 廊下だったりホールの天井に設置されるタイプの照明なら、メンテナンスの手伝いをする機会もあるし、よく目にするんだが……。


「……ふむ」


 壁に設置された照明の周囲を漂いながら、魔道具本体に付いたスイッチのONとOFFを繰り返したり、照らす範囲を確認したりと、色々試しているが……魔道具は魔晶が動力源になっていて、起動するのは使用者の魔力が必要になるんだ。

 動力源を個別の魔晶から、屋敷全体で管理する物に切り替えたりも出来るそうだが、起動時のロスばかりは仕方が無いらしい。


 といっても、必要な魔力は少量で、魔法を使えない者でもちゃんと起動できる程度ではあるが……それでもこれだけ頻繁に繰り返すと、結構消耗してしまう。

 俺が普段使う照明の魔法4〜5発分くらい使ってしまったかな?

 俺は魔力量はそこまで多くないが【祈り】の効果で使った端から回復しているから、問題無く使えているが、魔力がそこまで多く無い者だと結構きついかもしれない。


 ……まぁ、想定される宿泊客は大半が貴族で、皆魔法が使えるだろうし大丈夫かな?

 ただ、そこで働く使用人たちがどうなるか……。

 この街で貴族の屋敷で働けるような平民は、ウチを含めて貴族がほとんど雇ってしまっているし、大丈夫かな?


「……お前は天井に張り付いて何をしているの?」


 照明を睨みながら考え込んでいると、セリアーナの声が聞こえてきた。

 そちらを見ると寝る用意が済んだセリアーナが、腕を組んで呆れた顔をしている。


「ちょっと照明をね……。これってさ、掃除する時とか使用人疲れちゃったりしない?」


「疲れる……? ああ、魔力の消耗ね。そういえば考えたことも無かったわね」


 と、首を傾げて、考え込んでしまった。


 当たり前だが、領主の屋敷で働く事が出来るような使用人は、仕事内容こそ地味ではあるが平民の中の最エリートだし、魔力だって平均よりはある者がほとんどだ。

 だから、彼女たちが平気だからって他の者がそうだとは限らないし、あまり参考にならないよな。


「……フィオーラに相談してみるといいかも知れないわね」


 俺が天井から降りてベッドに座っても、まだ考えこんでいたセリアーナが出した答えはそれだった。


「よくわからんって事だね……」


 セリアーナは今もゼルキスの頃も住んでいるのは領主の屋敷だ。

 ずっと一番いい環境にいたんだし、セリアーナじゃわからないか。


 まぁ、まだ日はあるわけだし、フィオーラに相談するとか色々考えるかな。


 ◇


 さて翌日。


 執務室では休憩も終わって、午後の仕事が始まっていた。

 それぞれ忙しそうに働いている。

 今日もリアーナは盛況だな。


 そして俺は、魔道具について昨晩思いついた疑問をフィオーラに訊ねていた。

 一応解決法としては、屋敷全体に廻らせているシステムに繋ぐことで、一括で起動出来るようにするって方法があるらしい。

 それなら起動は屋敷に備え付けられた動力源の魔力を利用するから、使用人が消耗するようなことはない。

 残念ながらそこからどの部屋の魔道具を起動するか、とかは出来ないようだが、そうする事で、雇う人間の条件を広げる事が出来る様になる。


 もっとも、その方法はあまり普及していないんだとか。

 どうしても、屋敷中に別の回路を用意しなければいけないため、設置や維持の費用がかさんでしまうらしい。

 そこら辺は、費用を払うミュラー家がどう考えるかだな。


 ってことで、照明に関してはここで終わりにして、次の話へと進めていたのだが……。


「失礼します!」


 その時、執務室に伝令が入ってきた。


 それ自体はしょっちゅうだし、珍しいことでは無いんだが、その彼はしっかりと武装をしている。

 街中や屋敷の警備を担当している兵ではなくて、街の外からやってきたのがその恰好からわかるが、普通だと騎士団本部で他の兵と代わったりして、直接ここに来ることはないんだが……この彼の様に直接ここまでやって来る場合となると……何か重要な報告かな?


「なんだろうね?」


 彼はテレサに書簡を渡しているが、そこに緊迫した雰囲気は感じないから、事件って事は無いんだろうけれど……何事かな?


「外からの伝令で直接ここに来る……。まあ、予測はつくわ」


 フィオーラはその呟きを拾うと、そう答えた。

 俺はつかないけど、彼女は予測がついている様だ。


 ぬーん……あっ!?

 そろそろ出兵した皆が帰ってきたとかかな?


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