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「…………俺の屋敷……とな?」
屋敷って人から貰うもんだっけ?
「そうよ……なにを呆けた顔をしているの?」
セリアーナの言葉に思わずポカンとしてしまったが、何故かセリアーナは俺の反応に驚いた様子だ。
確かに春から俺も、一応ミュラー家の人間にはなるが……以前から俺はこの屋敷に居つくって宣言していたんだ。
それを、いきなり自分の屋敷とか言われても……どう反応したらいいのやら。
「いや、呆けたって……初めて聞いたよ? てっきりじーさんたちが住むんだと思ってたけど……」
「あら? よく知っているのね。もちろん、おじい様たちにも住んでもらうわよ?」
「前王都で会った時にそんな事を言ってたんだ。……じーさんたちも来るの?」
「その予定よ。もちろん、王都での役目を終えてからになるから、まだ数年は先の事になるけれど、話はもうついているわ。……その顔は理解できていないようね」
じーさんたちが来るのなら俺の物にしなくてもいい気がするんだけれど……。
そう考えたのが顔に出てしまった様で、セリアーナから突っ込みが入った。
そして、一つ大きく溜息を吐くと、
「まあ……いいわ。お前も、王都に各領地が屋敷を構えている理由は知っているでしょう?」
「ぬ……うん。その領地の活動を、王都から支援するためでしょう?」
王都に各領地が構えている屋敷は、大使館の様な役割を担っている。
王都内で活動する領民のサポートだったり、他領の人間との交渉事だったり……色々だな。
簡単に王都まで移動出来るわけじゃないし、ある程度権限を与えた相手を王都に置いておく方が、効率がいいんだろうね。
王都で屋敷を構えるっていうのは、コストはもちろんかかるが、国内の貴族はもちろん外国の貴族との繋がりだって作れるし、十分ペイ出来るんだろう。
それは、このリアーナもそうだ。
魔境に接する土地でありながら海に繋がるルートも持っているし、まだまだ発展する余地がある。
だから、今のうちにこの街に屋敷を建てているんだ。
「そうね。ゼルキスも隣接しているとはいえ、リアーナの将来性を買って領都に屋敷を構える決定をしているわ。ただ、そこを誰に任せるかというのが問題だったの。元々はここはゼルキス領だったし、しがらみもある……。そして、ゼルキス自体も領地の方針が変更するし、適当な人員がいなかったの。自領の事に手を取られて、外交に力を割けなかった影響が出てしまったわね」
「……ふぬ」
ゼルキスが担っていた魔境の蓋役はリアーナが引き受けるから、今後は武闘派よりは頭脳派が活躍する場が増えるとかって事は言っていたが、それまでは違ったらしいしな。
だからこそ、親父さんが頑張っていた訳で……。
外交をこなせる人材ってのが不足しているんだろう。
それに、リアーナは元はゼルキスだったし、その時のしがらみとかもあるかもしれない。
それを考えたら、こっちに寄こす人がいないのは理解できるな。
「おじい様も昔はあまり外交は得意ではなかったそうだけれど、王都での実績もあるし十分任せられるわ。丁度王都の屋敷の人員も入れ代わるし、おじい様を補佐していた者たちも一緒に王都を離れてこちらにやって来るの。ゼルキスからの人員も派遣されるし、彼等と一緒に仕事をしていたら、使えるようになるはずよ」
「ほうほう……。でも、それならますますじーさんたちでいいんじゃ?」
自身は仕事が出来て、補佐する人員もいる。
ついでに、経験の少ない者を鍛えることも出来てと、わざわざ俺が入らなくてもいい気がするぞ?
だが、セリアーナは小さく首を振ると、話を続けた。
「おじい様はもう高齢でしょう? あまり体を壊す姿は想像できないけれど、それでも年齢を考えたらいつ引退されてもおかしくないわ」
「まぁ……そうだね」
そろそろ70歳近いはずだ。
健康なじーさんだが、それでも高齢なのは間違いない。
「仮におじい様が引退されたとして、次に誰に任せるかって話になるのよ。責任者が頻繁に入れ替わるのは外から見てもいい印象を持たれない……。それなら、この街から離れる気が無いお前を責任者にしておけば、解決出来るでしょう? ルシアナが貴族学院を卒業した後に派遣させる話も上がったそうだけれど、まぁ、お前の方が適任よね」
「ふむ……」
ルシアナは俺より1歳下で、貴族学院を卒業するのは2年後だ。
じーさんが王都を離れる時期を考えたら悪くは無いだろうけれど……流石に実家から離れてすぐにここに来るってのも、ちょっと負担が大きいよな。
新しい土地で1から関係を作っていくのも大変だし、俺の方に任せようってなるのも理解できる。
「まあ、それでもお前の生活が何か変わるって事は無いし、責任者とはいえ、何かの責任を取らせるような事も無いから安心なさい。精々週に1日ほど屋敷で過ごしておけば、後は周りがいい様に動いてくれるわ」
屋敷の所有権も含めて名ばかり責任者って事か……。
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あの土地に建てられるミュラー家の屋敷が俺の物になる。
それは理解したし、理由も納得出来た。
この街の領主の屋敷を拠点にしていて、街の各組織や住民にも顔が利き、尚且つそれで余計な野心がない。
名ばかりとはいえ、俺がミュラー家……というか、リアーナ領でのゼルキスの一番上にいる以上、実務を担当する者も好き勝手は出来ないだろう。
この街は本領から離れている上に、海を経由してあちらこちらへとつながる事が出来るから、やろうと思えば出来ちゃうもんな。
他の領地はどんな人間を送り込んでいるのかはわからないが、ゼルキスに関しては確かに俺が適任だ。
「まぁ、オレが選ばれた理由はわかったよ。仕事もそんなに面倒な事はなさそうだし……ほとんど生活は変わらなそうだね」
とりあえず、俺の仕事は書類にサインして、たまに挨拶をして……そんな感じなんだろう。
今の俺の役職は騎士団の2番隊副長という立派なものではあるが、仕事の大半は副官のテレサが引き受けてくれている。
時折渡される書類にサインをしたり、何かの作業に立ち会ったり……。
精々それくらいだ。
それと似たようなものだろうし、楽なもんじゃないか。
「ええ。ただ、一応ゼルキス領の仕事も増えるでしょうから、テレサを使う事は出来ないわよ」
「……うぬっ」
確かに、テレサは俺の副官で侍女でもあるけれど、リアーナの人間でもある。
その彼女に、他領の仕事を手伝わせていいのかって話にはなるか。
「そうですね。流石に他領の仕事に私が携わるわけにはいきません。ただ、今すぐにという訳でもありませんし、それまでにミュラー家側でも人員を用意するはずですよ」
「どうしてもお前が雇いたい者がいるのなら構わないけれど、その方が確実でしょうね」
ふむふむ……。
所謂縁故採用というか、コネ採用というか……俺にはあまり関係ない情報だ。
「なるほど……。俺はゼルキスに知り合いはほとんどいないし、その辺の事はじーさんたちに任せちゃっていいんだね」
2人は俺の言葉に頷いている。
その方がいいんだろうな。
「ふむふむ……。まぁ、その時になればわかるか。屋敷に関しては、まだどんなのを建てるかとかは決まっていないんだよね?」
「そうよ。この街は元々ゼルキス領だったし、建築様式に違いは無いからこの街の工房の職人を使う予定よ」
なんでも、他所の土地に屋敷を建てたりする場合、自領にあるひいきの工房から職人を連れていったりするらしい。
土地ごとの建築様式なんて、その土地の職人じゃないと理解出来ないもんな。
それに、防犯面でもよく知らない工房に任せて、何か起きる可能性を考えると、自分たちが信用できる者たちに任せたいってのは、当然だろう。
ところが、ミュラー家の場合は、まず建築様式の面で問題がない。
防犯面に関しても、この街に住む俺が責任者だ。
そこの心配もいらないだろう。
俺の後ろには、セリアーナとリーゼルがいるもんな。
ってことで、この街の工房に依頼を出す事になるのだが、文官はそれぞれ繋がりのある工房や職人がいたりする。
この屋敷を建てるっていう仕事は大きいだろうし、自分の繋がりのある者に回したいんだろう。
やる気がある様で何よりだ……。
「敷地の広さも同じくらいだし、設計は恐らく王都の屋敷と同じ様な物になるでしょうね」
そう言って、セリアーナは話を締めた。
◇
王都の屋敷は2階建てで、客室に貴賓室、複数の談話室を備えているうえに、王都でありながらも庭用のスペースもしっかりと確保していた。
パーティーを開くようなホールこそ無かったが、十分な大きさの屋敷だったと思う。
そこと同じくらいか……。
流石に土地の価値を考えるとこの街よりも王都の方が上だろうが、貴族街の広さはこちらの方が狭いんだ。
王都の屋敷は、貴族街の他の屋敷と比べても大分広かったが、こちらも同じくらいの敷地を確保しているし、大分気合いが入っているよな。
単純にセリアーナの実家だからってだけじゃなくて、ゼルキス領との繋がりをそれだけ重視しているんだろう。
当たり前だが、俺たちの代だけの付き合いじゃ無いからな。
今は初代領主夫人が長女だが、何代も後になると繋がりが薄れていくかもしれないし、そうなった時にも交流を持ちやすいようにしているのかもしれない。
まぁ……そんな先の事は俺が考えても仕方がない事だ。
今は街の工房は教会地区の作業で人手を取られているし、資材も向こうが大量に使っている。
一大事業だし、規模は屋敷よりずっと大きいから、完成するのは1年以上先のことだ。
屋敷の建設に取り掛かるのはそれからな様だし、中に入れる調度品なども含めて、ゆっくり考えたらいいだろう。
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