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 つい先日、街壁の照明のメンテナンスを行っていたのだが、最近はさらに貴族街の照明のメンテナンスも行うようになっていた。


 こちらで行うのは街壁ではなくて、通りのあちらこちらに立っている我が街自慢の街灯の魔晶交換だ。

 コレのお陰で、貴族街は夜でもいつも明るく、安全に出歩くことが出来るようになっている。

 ……もっとも、夜に出歩くことは滅多にないけど。


 それはおいておくとして……貴族街は当たり前だが貴族の屋敷が建ち並んでいるし、作業をする者が少々うろつきにくい空気が漂っている。

 この一画だけは、他の領都や王都にだって引けをとらないレベルだ。

 そもそも、今が冬ということを差し引いても、あまり人が徒歩で出歩くようなことはないし……目立つよな。


 もう少し大がかりな作業だと、モニカを始めとした騎士団の兵が動くから、まだ少しはやりやすいだろうけれど、今回の作業はなぁ……。

 ほとんどただの電池替えだ。

 仰々しくやるような事じゃない。

 大事な作業なのは間違いないけれど、それだけの事で騎士団を動かすっていうのも、それはそれで良い印象は与えないだろうし、俺がやるのが正解だな。


 ってことで、ここ数日は貴族街のアチラコチラを飛び回っている。

 時折用事で屋敷から使用人が通りに現れるが、俺を見ては一瞬ギョッとして、すぐに俺と気付き用事を片付けに行く。

 自分でいうのもなんだけど、作業中の俺って結構珍妙な姿だと思うんだけどな……。


 お陰様でスムーズに作業を進められているし、いいんだけれど……あんまり感覚が麻痺しちゃうと、それはそれで大丈夫なんだろうかって気がして来るよ……。

 まぁ……屋敷を警備する兵は流石に俺から目を離さなかったし、それで十分かな?


 ◇


「……ここもOKと。後は……むむ?」


 この作業は貴族街の入り口手前から始めているのだが、連日ふらふらふよふよと街灯を求めて飛び回りながら作業を消化していき、今日は貴族街の南西側までやってきた。


 貴族街は、この街で暮らす貴族はもちろん、他領や外国の貴族の屋敷も建っていて、入口周辺から奥に行くにしたがって身分や立場が上がっていく。


 最奥の高台の上に領主の屋敷が建っていて、その途中に防衛施設も兼ねたアレク宅とオーギュスト宅が。

 そして、麓には騎士団本部を始めとした行政施設が建っている。

 だから、この高台周囲は除外だ。

 実質身分が一番上なのは、その高台の周辺の屋敷になる。


 リアーナ領は将来有望という事もあって、他所の多くの貴族が屋敷を持とうとしていた。

 ここの一等地を押さえる事が出来たなら、将来的にも大いに権勢を見せる事が出来るもんな。

 大人気だ。


 ……で、その大人気の土地にポッカリと空いた土地があった。


 貴族街の入口から真っ直ぐ進んだ突き当りがあって、そこはちょっとした広場の様にになっている。

 で、そこを右に行くと領主の屋敷がある高台に行けるが、その土地は左に曲がって、2軒屋敷を過ぎたところだ。


 一応この貴族街でも、まだ土地だけ確保して屋敷の建設に着手していない場所もあるにはある。

 まだ、リアーナが出来て数年だしな。

 ただ、そんな場所でも資材を置いたり、その土地を押さえているってアピールをしている。


 だが、この土地は柵で囲って綺麗に整地こそされているが、何も置かれていないただの空き地になっていた。

 今まで気付かなかったが……なんだここ?

 一等地なのに、何でこんな風に無造作にしているんだろう?


 普段は屋敷から出て外へ行く時は大抵真っ直ぐ東に飛んでいくし、こちら側に来る事って街に移った初期くらいだ。

 今回の仕事でたまたま通りかかったから気付いたけれど……。


「セラ副長、どうかしましたか?」


 うぬぬ……と、その空き地の前で首をかしげていると、近くの屋敷を警備していた兵士が声をかけてきた。


「ん? うん……ここの空き地って、何かにするの?」


「そこですか……。確かご領主様が押さえていると聞いています。こちら側は領内ではなくて他領の方が利用されているので、ご領主様か奥方様の縁者の方が利用されるのではないでしょうか?」


 俺の問いかけに、彼は南西側を示しながら答えた。


「なるほどー……ありがとう」


「はっ」


 そう短く答えると、彼は再び持ち場へ戻っていった。


 詳しいことは聞く事が出来なかったが、それでも何となく今のでわかった事がある。

 ここの警備を担当できるのは1番隊だし、その彼が詳しいことを知らないとなると……これはリーゼルよりはセリアーナ側が確保した土地な気がするな。


 リーゼルは割とオープンな主義だし、よほど極秘にするような事でもない限り、情報は教えるだろう。

 セリアーナは逆に、秘密主義ってわけじゃないが内輪以外にはあまり情報を伝えたがらないもんな。


 考えてみれば、ゼルキス領の屋敷がここには無いんだよな。

 いざとなれば、俺がすぐに飛んでいけるし必要が無いのかと思っていたが、もしかしたらここに建てるつもりなのかもしれない。

 じーさんが、王都での役目を終えたらこっちに来ようかなとか言っていたし、それ待ちなのかもしれないな。


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 貴族街での仕事を終えて屋敷に戻ると、執務室の窓が開いていた。

 窓を開けると寒いからって事もあって、最近は玄関から入っていたからこのルートでの帰還も久しぶりだ。

 普段出入りしている窓はセリアーナの席のすぐ側なのだが、少しずれている。

 ……寒いからだろうね。


「ただいまー」


 ともあれ、窓から部屋の中へ飛び込むと、まずは挨拶を一言。

 そして、部屋の中を見渡した。


 最近は教会地区の利用法の話が落ち着いたのか、冒険者ギルドと商業ギルドの両支部長は姿を見せていない。

 もちろん両ギルドから出向してきた職員たちは忙しそうに仕事をしている。

 教会地区って結局どんな風になるんだろうな?


 ふぬ……と思案していると、窓を閉めていたテレサがこちらにやってきた。


「姫、上着を預かります」


「あ、ありがと」


 彼女に上着を脱いで渡すと、仕事の完了を報告するためにセリアーナの下に向かった。

 彼女の机の上には、毎度変わらず多くの書類が積まれている。

 片付いたり忙しくなったりと、ここ最近はアップダウンが激しいが、今日は忙しい日みたいだな。


「セリア様。はい、これ。今日ので貴族街の照明も一通り交換して来たよ。魔晶は後でフィオさんのとこに持ってくね」


「ご苦労様。何か異常は?」


「何も無かったよ。警備の兵もしっかりしてたしね。……あ、そうだ」


 完了の報告をして、ついでに何か街に異常がなかったかの確認をして、何も無かったと答える……それが最近のお決まりのやり取りだった。

 セリアーナもそれで終わると思っていたのだろうが、俺が言葉を続けたことで不思議そうな顔をしている。


「あのさ、通りを屋敷とは反対に行ったところに広い空き地があるでしょう? あそこって、何に使うの?」


 今日見かけたあの土地の方を指しながらそう言った。

 まぁ……予想はついているんだけどな。


「反対側……?」


 俺の唐突な言葉に、セリアーナは一瞬訝しげな表情を浮かべたが、すぐに思い当たったようで、「ああ」と小さく呟いた。


「あそこは……そうね。今は仕事が詰まっているし、夜にでも話すわ」


 セリアーナが視線を部屋に這わせると、こちらを見ていた文官や商業ギルドの職員がさっと視線を下に向けたのは、セリアーナの視線を気にしてかな?


「ぬ……。了解」


 仕事が詰まっているってのは確かだろうけれど、それよりも周囲を気にしたっぽい雰囲気だ。

 俺でも思い当たるくらいだし彼等も予想は出来ているだろうけれど、建築にどこが携わるか……とか、情報が確定したら色々影響がありそうだしな。

 ここではその話はしない方がいいのかもしれない。


 それなら……先に残りの用事を済ませておくか。


「それじゃあ、俺はフィオさんのところに行ってくるね」


 腰に提げた魔晶の入ったポーチをポンと叩いた。


「ええ。また後で」


「はいよー」


 それじゃあ、地下に向かいましょーかね。

 皆に挨拶をして、俺は廊下に出た。


 ◇


 しかし……あれだね。


 先程の部屋の様子だと、文官たちはすぐに話の予想はついていた様だし、あそこの土地の使い道は知っていそうだな。

 でも、あくまで使い道だけで、詳しいことはまだ決まっていないって感じかな?

 この段取りの感じは、やっぱりセリアーナ主導の案件だろうね。


 ミュラー家のお屋敷かぁ……。

 どんな感じになるんだろう。

 やっぱり無骨な感じかな?


【浮き玉】の速度を気持ち抑えめにしながら、地下研究所に到着するまでの間、俺はそんな事を考え続けていた。


 ◇


 その日の夜。

 いつものメンバーでセリアーナの部屋に集まって、お喋りを……となった時、セリアーナが隣に座る俺を見て口を開いた。


「そう言えば、昼間の話がまだだったわね」


「昼間?」


 セリアーナの言葉に聞き返すフィオーラ。

 あの時彼女は執務室にいなかったから、知らないんだろう。

 テレサが、その時の事を説明している。


 しかし、普段は俺の話は割とどうでも良いことが多いから、最後とかに回る事が多いけれど、最初からってのはちょっと珍しいな。

 それなりに重要な話なのかな?


「あの土地の話だよね? ミュラー家のお屋敷でも建てるの?」


「ええ。よくわかったわね」


「あそこの土地は旦那様が押さえてるって聞いたからね……。でも、旦那様なら割となんでも伝えるし、隠すのはセリア様っぽいかなって」


 それを聞いたセリアーナは、「まあね」と胸を張っている俺を見てフッと笑っている。

 そして、口を開いた。


「建築をどこの工房に任せるかや、屋敷に収める調度品を任せる相手も決まっていないから、急ぐ事ではなかったのだけれど……。いずれはお前の物になるのだから、いい機会ね」

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