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セリアーナは部屋の皆に休憩を告げると、執務室の隣にある談話室に移動した。
そして、セリアーナは、まずは俺の報告を聞く事から始めたのだが……特に報告するようなことはなかったんだよな。
皆が穴を掘って、そこに棺桶を埋めて、仕上げに俺が上から薬品を振りまく。
それだけだった。
意味が無かったとは思わないが、話を発展させようがないもんな。
そんな事を考えながら話をしていたのだが、それでもエレナたちがお茶を淹れるまでの時間繋ぎにはなったようで、話を終えた時にはそちらの準備も終わっていた。
そして、2人はこちらにやって来ると、テーブルにお茶を並べていく。
「そんで……さ」
お茶を一口飲んで、俺は口を開いた。
何となく予測はついているが、そろそろ教えて欲しいもんな。
「結局、伝令はなんだったの? 戦争終わったとか?」
まぁ……これだろうけどな。
「あら? よくわかったわね。その通りよ」
俺の言葉を聞いて意外そうな顔をするセリアーナ。
そして、手にしたカップを置くと話を始めた。
「まだあくまで簡単な報告ではあるけれど、無事大きな被害も無く、同盟側の勝利に終わったそうよ」
「おー……」
「賠償など相手国との話し合いは、まだこれからだけれどね……。ウチの兵に被害は出なかったそうだし、予想通りの結果ね」
「あー……皆無事って事なんだね。だからエレナがちょっと浮かれていたんだ」
取り急ぎ結果だけを伝えて来たんだろう。
全然詳しい情報ではないが、それでも勝った事とウチに被害が無かったっていう事がわかったなら十分だ。
「そ……そんな風に見えたかな?」
セリアーナの隣に座るエレナは、俺の言葉に少し照れている様だが……俺が一目でわかるくらいだったもんな。
「指摘するのも無粋だから、わざわざしなかったけれど、一目でわかったわね」
セリアーナの追撃の言葉に、さらに照れて頬を赤らめているが、いくらアレクとはいえ戦争に行くんだ。
そりゃー、心配になるさ。
それが無事ってわかってホッとしたんだろう。
それよりも……。
「セリア様は全然変わらなかったね……。旦那様の心配とかはしなかったの?」
セリアーナは照れ隠しでそっけない態度を見せる時があるが、そういった時はむしろその態度で気づいたりもする。
だが、今日はものの見事に平常運転だ。
全く変化がない。
「仮にも公爵よ。それも魔境との最前線の領地の。そんな人間に何かが起きたのなら、何を置いても連絡があるはずよ。正確な日付はわからないけれど、それでも開戦から一月以上経っても特に連絡が無い時点で、彼の身に何も起きていない事は分かっているわ」
「……なるほど」
リーゼル本人もだが、アレクにジグハルトにルバン、そしてオーギュストと……腕が立つ上に慎重な性格の者に囲まれているしな……。
心配するようなことはなかったか。
まぁ、その事は分かってはいたが、それでも改めてそれを知れて、俺もホッとしたな。
しかし、戦争は終わったのか。
「それじゃあ、皆もうすぐ帰って来るのかな?」
リアーナはこの戦争でそこまで重要な役割を担っているわけじゃ無いし、終戦処理とかには参加しないはずだ。
今日来たっていう伝令は終戦を見届けてから出発したんだろうけれど、リーゼルたちもそんなに向こうに滞在したりはしないだろうし、そろそろ帰って来るんじゃないかな?
「アレクとジグハルトは、今月末か来月頭には到着するんじゃないかしら? ルバンは……どうかしらね? 彼はある程度自由に動くし……」
ルバンは明確に雇用関係にあるわけじゃ無いから、折角王都まで行っているのなら、なにか向こうでの用事を片付けたりするかもしれない。
ただ……。
「んん? 旦那様と団長は別なの?」
「2人は王都に残るわ。王都にリアーナの屋敷を建ててはいるけれど、まだ本格的に稼働していないでしょう?」
「うん」
王都の屋敷は、リアーナ領の大使館の様な役割を求められる。
以前テレサと一緒に王都に行った際に色々準備をしたし、生活するだけなら可能だと思うが、如何せんここから王都までは距離があり過ぎるからな……。
ウチの人間を送る事は簡単には出来ずに、他領との交流ってのがいまいち進んでいないから、一応あそこを任せる者も決まっているそうだが、まだまだその役割を果たすには準備が足りていない。
以前テレサが行ったのは1年以上前の事だし、ちょっと間が空きすぎているよな。
だが、これを機にリーゼルたちが一気に進めているらしい。
元々あの2人は王都の人間だし身分的にも文句無しだ。
「今は王都に国中から領主やそれに近しい者が集まっているし、丁度入学時期とも重なるでしょう? 他国の者とも交流を図れるし、いい機会ね。だから、2人が戻って来るのはその後ね。お前も都合が良いんじゃない?」
「ぬ? ……ああ、それはそうかも!」
俺が春に王都に行って、そこでの用事を済ませる頃に一緒に戻ることになるのかな?
まぁ……俺は帰還速度が違うから、別行動になるかもしれないけれど……周りに知っている人がいるのは心強い。
「今の屋敷の体制も、もう少し続きそうね……」
そう言って、セリアーナは一つ大きく息を吐いた。
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戦争が終わり同盟側が無事勝利を収めたという情報は、執務室に届いた日から数日遅れて街にも広まり始めた……らしい。
俺はもう最近街には出ていないからな。
すっかり街の噂に付いていけなくなってしまっている。
まぁ……元から詳しいわけじゃないけどな!
セリアーナが伝令から報告を受けた際に街に布告しなかったのは、詳細がわからないし、わざわざする程では無いって考えての事だったが、別に口止めしていたわけではない。
今回の噂は、広まり方を考えると恐らく使用人経由かな?
使用人から商業ギルド内の家族へ伝わって、そこから住民へ……そんな感じだろう。
冒険者はその流れからはちょっと外れているけれど、2番隊の関係者から伝わったのかもしれない。
詳細はまだまだわからないが、なにはともあれ、全員無事で勝利を収めたって事は確かで、それがしっかり伝わっていた。
それが理由なのか、最近はまた領主の仕事が増えていて、セリアーナは忙しそうにしている。
もちろん、少し前から手掛けている、組織の情報の洗い直しとかも並行して手掛けているし……大変だ。
にもかかわらず、セリアーナが楽しそうなのは……もう、どうしようもないのかもね。
ちょっとオーバーワーク気味なのが気になるが、エレナとテレサが補佐に入っているし、彼女たちに任せたら大丈夫かな?
ちなみに俺は、今日の分の仕事は既に終えている。
相変わらず地下の研究室で、ポーション製作のお手伝いだ。
狩りの機会がない今は、多分これが一番役に立てそうなんだよな。
仕上げは俺には出来ないが、下準備だけならもう1人でもやれそうなくらいだ。
小技ばかり増えていくなぁ……。
「セラ」
「ほ? なにー?」
忙しそうに働く皆を尻目に執務室でダラダラしていたのだが、セリアーナの声に体を起こすと、彼女の方へと移動した。
◇
セリアーナに頼まれた仕事は、街壁の上に備え付けられた照明のメンテナンスだった。
といっても複雑な作業では無くて、暇な時に屋敷でも手伝いでやっているような、魔道具の動力源である魔晶の交換だ。
その照明は夏頃に新しく設置された物で、周囲を照らすというよりは、灯台のように目印にするためだ。
ダンジョンが出来て以来夜も街を出歩く者が増えて来たから、彼等が迷ったり、何かしらの事件が起きたりしないようにだろうな。
んで、街壁の照明に利用されている魔晶はビー玉サイズのちょっと大きめの物で、これだけで1年近くもつそうだが、中には性能がいまいちな物も含まれていたりする。
その辺は前世の工業製品とは違うな。
残念ながら照明に使われる魔晶もそうで、一つだけだが切れていたものがあったらしい。
だから、性能チェックした物と全部まとめて交換することになった。
豪快だとは思うが、俺がやるならすぐ出来るし、教会地区を避ける必要もなくなったしな。
ってことで、街中を飛び回っている。
「おぉぉぉ…………もうすっかり穴が埋められてるねぇ……。そろそろ色々建て始めたりするのかな?」
教会地区の上空から下を見ると、あの穴だらけだった場所はすっかりと埋められていた。
俺も最近はここに来ることはなかったから、以前のイメージのままだったけれど、作業を行っていた場所はもう綺麗に均されている。
まだ少し作業が残っているのか、整地のための機材等は残されているが、瓦礫なんかはもうのけられていた。
作業をしている面々も以前は騎士団の兵しかいなかったが、今は下で作業している中には兵はほとんどいない。
代わりに多く見えるのは、商業ギルドから派遣された工人かな?
彼等は木材を運び込んでいたり、建設予定地に縄を張ったりと、忙しそうに働いている。
どんな物が建てられるのかはわからないが、縄張りから推測するに、オーソドックスな長方形の建物っぽい。
まぁ、あんまり攻めた建築物は存在しないし、無難なものになりそうかな?
とはいえ、結局あの土地は2つの建物しか建てないようだし、大分規模が大きな物になりそうだ。
それに引き換え、教会のボロさよ……。
教会はこのまま残すし、利用する者がいるのなら特に制限を課すような事はしないそうだが、普通にボロいんだよな。
地下施設の破壊や撤去作業を開始する時に、ちょっと教会周囲を飛び回ってアレコレ見ていたんだが、その時から教会自体は何も変化は無いんだが……。
その時はまだ周辺の建物とかもあったから、多少ボロかろうともそれなりに威厳は保てていたんだが、今はもう撤去されて教会だけになっている。
教会そのものは結構大きいんだが、それだけに柵も何も無しにポツンと建っていると……みじめだ。
これはもう俺が資金を提供して、ちょっと改装でもしようかね?
中の人間も入れ替えられるそうだし、神国の影響はなくなるだろう。
俺が関わっても問題は無いはずだ。
使い道のないお金だしな!
「……おっと、いかんいかん。仕事しないと」
ついついここに来ると色々考えてしまっている気がする。
さっさと仕事を片付けないとな。
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