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教会地区の作業の立ち合いから始まって、街の周辺の地盤調査に東の川の調査。
そして、フィオーラのポーション製作の手伝いと、中々今までとは違った仕事に忙しかった冬の1月も終わり、冬の2月に入った。
俺は相変わらずフィオーラの研究室で素材を弄ったり暇潰しをしていたし、そこの主のフィオーラは慰霊碑の制作のために工房に出向いたりと忙しそうにしていた。
その際にわかったのは、俺にポーション作りの才能は無いって事だ。
素材の魔素を抜くのはお手の物だが、調合しながら魔力を込めていくっていうのが、とにかく時間がかかり過ぎる。
数日前に、試しに1本作ってみようとしたんだが、その魔力を込める工程で躓いてしまって……。
結局完成させる前に挫折するという、悲しい結果に終わってしまった。
色々出来そうで、微妙に力が足りないってのは何というか……俺っぽいな。
一方セリアーナたちは、先日お喋りの席で話題に出た、領内の運営に携わる各組織の内部で止まっていた情報を全部吐き出させている。
ついでに各組織から人員を派遣させて、情報の聞き取りの他にも意見の交換会の様なものをやったりと、精力的に活動していた。
派遣されてきた彼等も、中には利権に絡むもんだってあるだろうに、セリアーナからの招集だからか出し惜しむようなことはしないらしい。
そこで集まった情報を基に、将来的には割り当てる仕事を変更させたりもするかもと言っているし、リアーナもまた色々変わるのかもしれないな。
さて、将来の事はまたその時に偉い人たちに頑張って対処してもらうとして、今は目の前のことに集中だな。
今俺がいる場所は、街の救護院の側にある共同墓地だ。
そこで兵たちが埋葬用の穴をいくつも掘っている。
俺は【風の衣】があるから平気だけれど、昼とはいえこの寒空の下でご苦労様だ。
上からその彼等の作業を見守っていると、そちらに向かって近づいて来る男たちの姿に気付いた。
街中でも油断せずにしっかりと武装をしているのはわかるが、フードをしていて顔はよく見えないな。
1番隊のマントをしているし、そこの幹部の誰かかな?
フードの男たちの顔を見ようと、【浮き玉】の高度を下げたのだが……割と見慣れた顔だった。
「……あれ? リック隊長も来たんだ」
「む……。ああ、あの作業の責任者は私だからな」
俺の言葉に、フードを下ろしながらムッとした声で答えるリック。
彼と一緒にやって来た男たちも、同じくフードを下ろした。
リックの部下の1番隊の幹部陣だな。
「ふーん……。まぁ、いいや。んじゃ、リック隊長がやる?」
腰に提げたポーチから瓶を取り出して彼に見せるが、首を振った。
「いや、それはセラ副長が奥様から命じられたのだろう。私は見届けにやって来ただけだ」
「そっか。もうすぐ作業が終わるだろうから、そしたら始めるよ」
リックは一言「分かった」とだけ言うと、部下を連れて下がっていった。
◇
つい先日、教会地区の掘削作業と通路の破壊が無事完了した。
瓦礫の撤去こそまだだが、後は埋めて固めていくだけだし、もうじき作業も終了するだろう。
で……だ。
教会地区の掘削作業は、ただただ通路だけを掘り当てるのではなくて、あの一帯広範囲を掘るようにして進めていた。
深いわりに、細く入り込んだ通路だけを掘るのは難しいし、危険だからだな。
んで……だ。
広範囲を掘っていくと、やっぱり出て来るんだよな。
埋められた遺体が。
手足が切断されたりはしていないし、それもアンデッド化を狙っていたのだろうが、全部が全部アンデッドになるわけじゃ無いしな。
その掘り当てた遺体はもうアンデッド化の心配はないが、埋め直すわけにもいかないし、街の共同墓地に埋葬することになった。
まだ残っている可能性もあったし、一時的に別の場所で保管していたのだが、この度掘削作業が完了して、発見した遺体も回収した。
死体というとちょっと違うが、通路でテレサが倒したアンデッドは、倒した際に灰にしていたため、回収は出来なかったが……アレは仕方が無いよな。
ともあれ、発見、回収した遺体を今日纏めて埋葬することになったんだが、数は大人と子供で合わせて30人以上あった。
この国の平民の埋葬の仕方は、深く掘った穴に棺桶をドンドン積み重ねていく。
大体5人分くらいを一つの場所に埋めるので、この人数でも場所はさほど取らない。
埋める場所にはまだまだ余裕があるが、一度にこれだけの人数を埋葬する事はそうそう無く、先程まで兵たちが頑張って掘っていた。
そして、その作業も完了して、今は遺体が納められた棺桶が埋められていっている。
棺桶の中は遺体だけじゃなくて、掘った分の土も一緒に入っていて、相当な重さになっているだろう。
穴を掘ったり重い物を運んだり埋めたり……彼等も大変だな。
「セラ副長。全員分を終了しました」
大変だなー……と作業を見守っていると、兵の1人から声がかかった。
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棺桶を埋めた穴はもうしっかりと土で埋められていて、さらに蓋のように大きめの石板が置かれていた。
今回の穴だけじゃなくて、他の場所でも同様に石板を置かれている。
違いは、石板に死者の名前が記されているかどうかかな?
この国は誕生時はもちろん、街中での死亡者についてもしっかりと情報を集めている。
俺は今まではただ単に、役所がしっかり機能しているだけなんだなーとか暢気な事を考えていたが、アンデッド対策のためだったのかもしれない。
あんなのが街中でポコポコ頻出したら大変だもんな……。
冒険者だって遺体から可能な限り登録証を回収して、名前を確認していたくらいだ。
……その状況で、死者をあそこまで自由に扱う事が出来ていた、昔の、この街を始めとした辺境での神国の影響力ってのはやっぱり侮れないね。
まぁ、このリアーナではもう神国の影響力はほぼ無いし、いずれはメサリアからも追い払われそうだけどな……。
教会は勝手にこの国の人間が運営していくだろう。
……さらば神国!
「セラ副長。どうした?」
「や、なんでもない。んじゃ、始めるね」
墓を前に、ついつい教会や神国について考えを巡らせていたが、後ろから投げかけられたリックの声に、慌てて返事をした。
「よいしょっと……」
ポーチから出した瓶の蓋を開けると、中に入った液体を墓に向かって振りかけていく。
【浮き玉】で宙に浮きながら、埋めた穴全体に少しずつ馴染むように、ポタポタと……。
今振りまいている液体は、遺体から抜けた魔力が散る効果を高めるものだ。
埋葬の際には手足を切断してゾンビ化を防いでいるが、レイス化を防ぐにはこうやっているそうだ。
とはいえ、それだけってわけじゃ無い。
今日埋葬した遺体はもう完全に白骨化しているし、遺体に残留する魔力はもうとっくに空になっている。
今更レイスになる様なことはないが、それでもやるのはこれが儀式の様なものだからだ。
冒険者関係者ならカーンが、商業ギルド関係者ならクラウスが取り仕切り、どれにも属していない場合はオーギュストが行っていたそうだ。
今回のケースは身元不明ってことで、オーギュストが行うべきなんだが、彼は今いないからな……。
騎士団内の序列で行くならリックなんだろうが、セリアーナの代理人として、俺にその役目が回ってきた。
「……よし。終わったよ」
全部の墓にかけ終えると、完了した事を後ろで見ていたリックに報告した。
「ああ、確かに見届けた。本部までは来てもらうが、後の手続きは私が行おう」
「うん。お願い」
ただ瓶の中の液体をかけるだけとはいえ……緊張したな。
……何気にこの世界で宗教っぽい行いって、これが初めてじゃなかろうか?
あまりこの辺に近づくことはなかったから、たまに何かをやっているのは知っていたが、こんな事をやっていたんだな……。
まだまだ知らない事がいっぱいだ。
後の事はリックに任せて、俺は屋敷でゆっくりするか。
◇
「ただいまー……んん? ねぇ、何かあったの?」
騎士団本部に寄ってからのため、屋敷へは地下通路を使って戻ってきたのだが、執務室に入った際に、どこか雰囲気が違う事に気付いた。
まぁ……セリアーナたちはいつも通りだが、文官たちはどこか浮かれている気がする。
そういえば、屋敷の使用人たちもだし、警備の兵もいつも通りだったな……この部屋だけか?
「お帰りなさい。先程伝令が届いただけよ。それよりも、埋葬はちゃんと終えたのかしら?」
「あ……うん。終わったけど……」
セリアーナは俺の問いかけにはそっけなく返してきた。
伝令……悪い情報じゃ無いんだろうけれど、俺には関係ないことなのかな?
ふーむ……?
と、首を傾げていると、セリアーナの横に座るエレナが口を開いた。
「セリア様、少し休憩にしませんか? セラからの報告も聞きたいですし、セラだってこちらの話を聞きたいと思いますよ」
彼女も他の文官達ほどではないが、どこか上機嫌に見えるな。
今のこの声も弾んでいるし……。
「……仕方が無いわね。セラ、来なさい」
セリアーナは一つ息を吐くと、椅子から立ち上がった。
部屋を見るとテレサと目が合った。
セリアーナたちを見て苦笑を浮かべているが、彼女はいつも通り……。
2人は変わらないが、エレナと文官が上機嫌になる様な情報といえば……。
あ、もしやアレクたちの情報か?
アレクの情報って事は、それはリーゼルたちの情報でもあるわけだし、それならこの部屋の雰囲気も理解できる。
テレサは直接関係のある人物は戦争に行っていないし、セリアーナは……まぁ、いつも通りか?
冬の2月って時期的にも、これっぽいな。
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