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 街の北側から開始した、街壁及び地面の調査は順調に進み、いよいよ最後の東側へとやって来た。

 街の東側には騎士団の訓練所があるが、こちら側は冒険者が一の狩場などへ向かう際に通る事も多く、街壁のすぐ側に冒険者向けの施設などもちょっとずつ出来ている。

 この領地で街壁の外に何かを作るのはちょっと危険なんだが……、すぐ側に訓練所があるため、今のところ魔物絡みの事故は起きていないそうだ。

 教会地区の利用法で、冒険者ギルドと商業ギルドとで議論を交わしていた時、冒険者ギルドはここに解体施設を造ればいいと言っていたが、まぁ……確かにここを見ると、それでもいいんじゃないかって気もするよな。


 そんな事を考えながら作業を見守っていたのだが……もうそろそろ完了しそうだし、今から何か揉めるような事も無いだろう。

 ってことで、セリアーナに頼まれた、川の様子を見てこようと思う。


 昼過ぎから作業を始めてから何だかんだで2時間くらいは経っているし、あまりのんびりしてしまうと、すぐ暗くなってしまう時期だ。

 まだ日が出ているうちに片付けたいんだよな。


「ねー」


「ん? どうかしたか? 副長」


「オレちょっと見てくるところがあるから、ここで離脱して大丈夫かな?」


 俺の側で、同じく作業を見守っている兵の1人にそう伝えてみた。

 彼等はしばし顔を見合わせ、何事か話し合っていたが……。


「わかった。奥様からの命令だろう? 後は俺たちで見ておくから、アンタは行ってくれ」


 セリアーナの件は彼等にも伝わっていた様だ。

 俺は何も言っていないから、呼びに来た兵経由かな?


 あくまで、セリアーナの命令で川を見に行くってくらいしか伝わっていないっぽいが、説明の手間が省けるのは良いことだ。


「そうそう。じゃあ、後はお願いね」


「おう」


 彼等に後の事を任せると、俺はその場を離れて東の川を目指す事にした。


 ◇


 多くの住民が暮らす領都は、当然だが生活排水が大量に出る。

 小さい村ならそのまま水路や川に流してしまうが、これだけ人口が多いと川が汚れてしまう為、街のすぐ外にある処理施設で一旦浄化しているんだ。

 処理の仕方は、高温で一気に焼ききるっていうシンプルな方法だが、化学物質を使わないこの世界ならそれで十分なんだろう。


 ただ、それはあくまで通常の生活排水の場合であって、たとえば錬金術師等が薬品を作ったりした際に出る排水は、別の処理の仕方をしているそうだ。


 俺もそれに関してはあまり詳しくは知らないが、なんでも通常の処理だと魔力が込められた水は浄化出来ないらしい。

 かといってちゃんと浄化しないで垂れ流すと、周囲の生態系に何かしら悪い影響を及ぼす事もあるんだとか。


 そのための施設は大分手間がかかる物らしく、小さい村なんかだと、作ったり管理したりが出来ないらしい。

 錬金術師が大きい街に居を構える理由の一つだ。


 んで、この街はそれをクリアしているのだが、つい最近、ちょっとしたイレギュラーが起きた。

 あの教会地区の件だな。

 1日足らずの出来事ではあったが、あれだけアンデッドをわんさか生み出す様な物だったんだ。


 今日まで何か異常が起きているって報告はないが、それでも無視していい問題ではない。

 ってことで、セリアーナは俺に見てくる様に言ったんだろう。


 冒険者や森の監視に出向く兵たちも近くを通るが、わざわざ足を止めて何も起きていない川を注視するようなことは無いだろう。

 俺なら【妖精の瞳】やヘビたちの目で、小さい異常でも見つけることが出来るかもしれないもんな。

 ぬふふ……見逃さないぞ!


 と、息巻いていたはいいが……。


「ふぬ……。特に何か異常が起きているって感じは無いかな?」


 領都の生活排水の処理施設から引かれた水路が流れ込む川までやって来て、少し上流から水面や両岸をじっくりと調べてみたが、変化は無い。


 この川はそこまで川幅が広いわけじゃ無いし、水棲の魔物はあまり生息していないらしい。

 その分、森の奥に近づくことが出来ない、ゴブリンを始めとした森の浅瀬の弱い魔物が水を飲むために森から出てきたりもする。

 もし川に何かしらの異常が起きていたら、その弱い魔物たちにも影響が出て、魔境にも影響が……さらには巡り巡って、街への襲撃に繋がったりもしかねないから、気合いを入れて調べたが、少なくともこの辺は大丈夫そうだ。


「下流も見てみるか……?」


 この川を下って行くと、海まで繋がる広い川に合流する。

 まだ上流のこの辺ではそこまで川幅は広くないが、それでもこの川に比べたらずっと広いし、水棲の魔物も多く生息している。

 迂闊に近付くと人でも魔物でも引きずり込まれてしまうから、あまり近付くことは無いそうだが、そこで影響が出ているのなら大事だしな。


 日は傾き始めているが、日没まではまだ時間はある。


「よっし……行くか!」


 気合いを入れ直して、進路を南にとって一気に加速した。


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 領都周辺から大分南に下ってきた。


 何本かの川が合流した事で、川幅は大幅に広がっている。

 もう少し南に行くとルバンの村が見えるだろうが……流石にそこまでは行かなくていいかと、この辺りを中心に調べていた。

 朝や昼と違って、そろそろ日が暮れる時間という事もあって、川を往く船はいないようだ。

 お陰で、気兼ねなくフラフラ飛び回れる。


 ってことで、何度か俺は場所を変えて移動を繰り返しているのだが、どうにもね……。


「ふぬぬぬぬ……!」


 新たな場所に移動した後、気合いを入れて眼下の川を見ていると、ユラユラ泳いでいる魔物の気配が感じ取れた。

 強さそのものはそこまでじゃ無いんだが、そもそも水中って時点で陸の魔物にはハードルが高いからな……。

 この強さでも十分なのかもしれない。


 実際、川の近くに魔物の姿は無い。


 奥の森にはチラホラ見えるんだが……もう1時間近くこの川の上空を漂っているが、川辺に近づく魔物の姿は一度も見ていない。

 結構強そうな魔物もいるはずなのにだ。

 川の近くは危険ってのがわかってるのかもしれないな。


 しかしだ……。


「ぬーん……もう少し普段から川も見ておけばよかったかな?」


 平時の光景を知らない俺からしたら、今のこの状況がどうなのかわからないんだよな。

 少なくとも異常事態が起きているとは思えないけれど……。

 まぁ、何かあれば報告が入っているだろうし、それが無いって事は大丈夫だったんだろう。


「ふぬ……」


 チラリと西を向くと、空が赤く染まり始めている。

 帰るには頃合いかな?

 んで、帰ってから今日の事を報告して、そこでまた指示を仰げばいいだろう。


 よし……帰るか!


 ◇


 俺が戻った頃には、既に街壁周囲の調査を行っていた連中は帰還して、今日の調査結果の報告を終えていた。


 教会地区の掘削作業はまだ始まったばかりだし、まだ影響はどこにも出ていなかったようだが、作業期間中は定期的に調査を行っていくらしい。

 そこら辺は予定通りだな。


 んで、別行動をとった後の俺の報告だ。


 東の川はとりあえず異常事態は起きていなかったと伝えたのだが、それについても予測は出来ていたらしい。

 中途半端な報告しか出来なかったが、ちゃんと受け取ってもらえた。

 今回の事を抜きにしても、もともと何か異常があればすぐに報告するようにと言っていたんだとか。

 まぁ、他領からの物流を担うわけだし、その辺は日頃から気を付けているんだろう。


 ただ、俺の質問はその場では止められてしまい、後で聞く……と言われた。

 執務室で、周りに文官たちがいたからなのかな?


 ◇


 さて……夜も更けて、いつもの4人でセリアーナの寝室に集まっている。

 話す内容もいつもと変わらない。

 適当なお喋りだったり、仕事の事だったり……その時その時色々だな。


 フィオーラもテレサもいるし、昼間の仕事の事をちょっと聞いてみようと思っているのだが、そういえば、エレナはもう自宅に戻っているが、何故かいつもここでの会話内容をしっかり共有しているんだよな。

 議事録を取っているわけでも無いのに……。

 いつの間に話をしているんだろう?

 今度聞いてみようかな。


「……なに首を傾げているの?」


 セリアーナの言葉に、2人も一緒にこちらを見た。


「む? いや、あのさちょっと今日の調査の事で聞きたいことがあるんだよね。あのさ、今日の事なんだけど……」


 彼女たちがしていた話題が切りの良い所で途切れたって事もあり、丁度いいから調査の件で聞きたかったことを訊ねることにした。


「ああ……それはね、通常ではあり得ない濃い魔素が、水路を通じて流れ込んだ可能性があったでしょう?」


「うん」


「通常なら流れが淀んだ箇所があって、もしそこに流れ込んだりしたらどんどん濃縮されていくの。そこの水や、魔素を吸収した水草を魔物や動物が摂取すると、凶暴化したりしてしまうの。水中の魔物はそこまで心配する必要は無いけれど、陸の魔物はね……。すぐ側に魔境があるでしょう? そちら側で暴れる可能性があったのよ。ああ……それと、貴女は調査が不十分かもと思っていた様だけれど、十分よ。貴女が一目で気づけない程度なら問題無いわ」


「……ほぅ」


 魔物にとってクスリでもキメちゃうような感じなのかな?

 んで、俺が一目で気づけるようなレベルじゃないと、そのラインは越えないって感じか。

 だから、セリアーナの指示はアバウトだったのかもしれない。

 そう考えるとしっくり来るな。


 フィオーラの説明に頷いていると、さらにセリアーナも続けてきた。


「森には冒険者や巡回の兵がいるけれど、川には人を送る訳にはいかないでしょう? あまり大々的に兵を動かすと、騒ぎになるでしょうし……お前が外に出るのは都合がよかったわ」


「なるほどねー」


 アンデッドの件からまだ一月も経っていないし、それでまた兵を一気に動かすってのは不安になるよな。

 かと言って、何でもかんでも一々説明するのも、それが当たり前になるようでは困るだろう。


 しかし、そうなると俺の川の見回りとかは必要無いのかな?

 これから数日くらいは行くつもりだったんだけど……。


 本格的に冬になる前に、ちょっと外で体を動かそうと思ったけれど、出番はないかもしれないな。


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