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 ここ数日の間、俺は日中ずっと教会地区の調査に立ち会っていたが、地下の調査が終わり掘削作業に入ったところで、現場の立ち会いを止めることにした。

 また、地下通路の取り壊しに移ったら再開するかもしれないが、今はやる事なんて穴を掘る事だけだしな。

 俺の出番は無いだろうって事で、普段通りセリアーナにくっ付いて、リーゼルの執務室にいる。


 冬の1月に入って、それなりに忙しさも戻って来ているのか、セリアーナは朝から仕事を行っている。

 俺はこの時期は狩りに行かない時は、今座っているソファーでゴロゴロしているのだが、今日は違うぞ!


「セラ、資料はここに置いておくわよ」


 フィオーラはそう言うと、資料を綴じた複数冊のファイルを俺の前に置くと、向かいのソファーに腰を下ろした。


「うん。ありがとー」


 中々の存在感を放つファイルだが、その中身は様々な施設の魔道具関連の資料だ。

 以前もフィオーラから資料を借りたのだが、相変わらずデザインに迷っていて、新たな資料を借りることにした。


 以前の分は外に設置されるタイプの物ばかりが載っていた。


 慰霊碑は外に建てるし、それでいいかなと思ったんだが……なんていうか……どれも似通った物々しいデザインだ。

 屋外に設置して、魔道具としての機能を維持するにはどうしてもそうなってしまうのかもしれない。

 まぁ……この世界で屋外にわざわざそんな物を設置するような大きな建物なんて、大体公的機関だしな。


 ってことで、今日は違う資料をフィオーラに用意してもらった。


 この屋敷もそうだが、大きな建物には内部全体の魔道具を管理するシステムが、動力源込みで設置されている。

 建物に上手く馴染むような外装で作られていたりして、ちょっとそれを参考にさせて貰おうと思ったんだ。

 あの教会エリアがどんな風に発展するかはわからないが、少なくとも兵士が常駐するような場所にはならないだろうし、多分そっちの方が正解な気がする。


「……色々あるね」


 しかし……パラパラと資料をめくっているのだが、外に設置する物と違って、柱に偽装した物もあれば、棚に偽装した物、壁裏や階段裏に設置する物と、実にバリエーション豊かだ。

 簡単なイラストと説明文だけしかないが、それでも十分伝わってくる。


「屋内だと色々あるもの。それにしても、慰霊碑は外に建てるのよ? 屋内用のデザインでいいの?」


「うん? いや……そういうわけじゃ無いけど、こっちの方が色々なデザインがあるからね。参考になるよ」


 例えば前世だと、ネット無しでも旅行雑誌とかで、よその建築物何かを調べる事が出来たが、こっちじゃ自分で行かないと無理だからな。

 あれこれ色々載っているこういうのは、色々参考になる。

 フィオーラはそれを聞いて、「そう」と一言呟くと、自分も仕事があるのか、別のファイルを開いて何かを書き始めた。


 ペンの動きから、書いているのは文字というよりも図形の様な感じだな。

 それじゃー、俺も負けずにお絵描き……もとい、デザインを進めますかね。


 ◇


 夜になり、俺は今セリアーナの寝室にいる。

 いつも通りだな。

 時間ももう遅い事もあって、テレサもフィオーラも自室に下がっていて、部屋には俺とセリアーナだけだ。


 セリアーナはソファーに座り、読書をしている。


 雨季の間から読み進めている、積み本だが……多少は消化していたのだが、聞いたところ、冬の間にまた商人から本を運ばせているようで、またその山は増えそうだ。

 読み終えた本も含めると、そろそろ本棚に入らなくなるだろう。


 屋敷の本館には書庫があるのだが、この分ならそのうち南館にも書庫が出来るかもしれないな。

 本の種類は普通の物語だし、決して多いわけではないが屋敷に滞在する客用に開放するのも悪くないと思う。


 そのためにも頑張って山を崩してもらわないとな。


 さて……セリアーナは読書だが、俺は今昼間から引き続き慰霊碑のデザインを進めている。


 昼間色々資料を見た事で、この世界の一般的なデザインの情報も増えたし、その甲斐もあってか、何となくどんな感じにしたらいいのかってイメージが湧いてきた。


 まぁ、あまりにも周囲とのセンスから逸脱している様なら、制作を開始する前に専門家が手直しをするだろうが、俺が考えているのは、台座の上に長方形の柱を建ててプレートを打つ物だ。

 そんなにクセのないシンプルなデザインにする予定だし、多分このままいけると思う。

 高さも3メートルほどに抑える予定だし、管理の手間もかからないだろうしな。


 フィオーラに相談したら、俺がイメージする機能を持たせるのはそんなに難しいことじゃ無いそうだし、決定したら設計を引き受けてくれると言っていたし、まず間違いなく俺のデザインで作ることになるだろう。

 製作は少々時間がかかるそうだが、遅くとも半年以内には出来るそうだ。

 お披露目は、あの教会地区の作業が全て完了してからだからまだ先になるだろうが、記念祭までには完成しているだろう。


 そのためにも、さっさとデザインを仕上げないとな。

 フンっ! と、気合を入れ直すと、俺は再びデザインに取り掛かった。


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 今日も今日とて執務室。


 慰霊碑の大まかなデザインは完了して、もうここから先は専門家が細部の模様を詰めていく段階となっている。

 俺の出番は終わりだ。

 ちょっとフィオーラに協力をお願いしたし、いい物に仕上がってくれることだろう。


 さて、ここ最近俺が頑張っていた仕事もひと段落して、後は例によってダラダラ過ごすだけ……とはいかない。

 今日は特に仕事の予定が入っていなかったのだが、昼食の席で冒険者ギルドの支部長に仕事を頼まれたんだ。


「セラ副長、お願いします」


 廊下から声がしたかと思うと、ドアが開いた。

 開けたのは、部屋の警備をしている兵士だ。


「はいよー」


 彼に返事をしながらソファーから降りると、足元に転がる【浮き玉】に乗ってそちらに向かっていたのだが、セリアーナの机の前を通る際に彼女に呼び止められた。

 机の上には、冬に向けての陳情やら決裁の書類が溜まっていて、彼女はその処理をしていたのだが、手を止めてこちらを見ている。

 どうかしたのかな?


「お前、街の外周を見て回るのよね?」


「うん。穴を掘り始めたし、壁に何か影響が出てないか調べないとね」


 地下の調査を終えて以来、教会地区では掘削作業が始まっている。


 当初の想定よりもずっと広大で、完了するのは大分時間がかかるだろう。


 一応地下の施設がある場所は把握出来ていて、そこだけ掘っていくってのも不可能じゃ無いんだが、アリの巣……とまではいかないが、教会地区の、特に井戸から孤児院にかけてびっしりと張り巡らされている。

 それなら一々通路だけ掘りあてるよりも、あの辺り一帯を纏めてゴッソリ掘る方が効率がいいって事になったんだが……教会地区の半分近くを掘る事になるんだよな。


 んで、それだけの大規模作業となると、時間ももちろんだが周囲の地盤への影響も気を付けなければいけない。


 ってことで、今日俺が頼まれた仕事。

 それは、調査をする専門家と、その護衛である2番隊の隊員と冒険者たちと一緒に街の周囲に廻らされた街壁の調査だ。

 もともとは、教会地区と隣接する壁の外側を警戒するだけの予定だったんだが、もう全部見てしまおうって話になった。


 調査自体は俺がやることは無いが、調査隊の調整役というかお目付け役としての参加だ。

 2番隊と冒険者は相性はいいんだが、調査をする専門家は1番隊所属らしいんだよな。

 別に揉めたりはしないだろうが、やっぱりちょっと仕事に対してのスタンスとかは違うし、そこを警戒しての事だろう。

 俺がいればそうそう揉めるような事は起きないだろうしな。


 まぁ……調査隊の後ろを浮いていればいいだけの楽な仕事だ。


 この事はセリアーナも聞いていただろうし、今更聞かれるようなことは無いけれど……。


「なんか他にも見ておいた方がいい場所とかあるかな?」


「余裕があったら、上から東の川を見てちょうだい」


 東の川か……。

 井戸の水源と繋がっているんだったかな?

 街の外で何かの影響が起きるとしたら、東の川沿いが一番多そうだし、あそこの確認も大事だな。

 街を一周するんなら東側にもいくし、そのついでにやっておこう。


「了解。ついでに確認しておくよ」


「ええ。行ってらっしゃい」


 話はそれで終わりなのか、セリアーナは再び仕事に取りかかり、俺も部屋の外で待つ兵の下へと向かった。


 ◇


 街壁の調査は、まずは教会地区に接する場所から開始することになった。

 壁の手前の地面に棒の様な物を刺して、何かを調べている。

 測量みたいなものらしい。

 1番隊所属ってだけあって、黙々と手慣れた様子で作業を進めている。


「これって今日だけなの?」


 壁のすぐ向こうで作業が行われているが、もし何か影響が起きるとしたら地盤沈下とかかな?

 それなら、もっと作業が進んでからの方が影響は起きると思うが、まだ開始したばかりで、流石に何かが起きるってことは無いだろう。


 だが、俺が聞いているのは、今日だけだ。

 もちろん、通常の警備の仕事として、街の周囲の見回りは毎日しているが……今目の前で行われているような大掛かりな作業はどうだろうな?


「いや、向こう側の進行具合に合わせて、定期的に行うそうだぞ? 今日と同じ作業かどうかは分からないけどな」


 俺の言葉に答えたのは、2番隊の隊員だ。

 どうやら彼等はその辺の説明をテレサたちから受けていたらしく、俺にも教えてくれた。


「なるほどねー……」


 別に今日だけで作業が完了するわけじゃ無くて、もっと日数をかけて行うらしい。

 そりゃそうか。


 で、今日俺が同行したのも、互いに各々の作業を理解するためなんだろう。

 とりあえずどんな作業をするかってのがわかれば、今後揉めるような事も無いだろうしな。

 それならそれで、今のうちに俺だけが出来ることをやっておくかね。


 周囲の様子を探ろうと、【浮き玉】の高度を一気に上げた。

 高さ30メートルほどの位置に来て、周囲を見渡すが……。


「ふーぬ……。あっちもこっちも……異常はないかな?」


 もう冒険者たちは狩りを再開しているし、問題が起きてもそうそう見逃す様なことは無いか。


 下を見ると、作業道具を片付け始めているし、どうやらここでの調査は完了したようだ。

 次の場所に移動だな!

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