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 教会地区での作業が始まって既に数日が経っている。


 周囲の建物から撤去していき、今日はもう大物である孤児院に取り掛かっていた。

 元々数十人がまとめて生活できるような、大きな建造物ではあるが、木造という事もあって取り壊しは実にスムーズに進んでいる。

 作業を行っている兵たちも流石は1番隊といったところだろうか?

 練度が高く、普段は行わないような作業にもかかわらず、事故が起きるような事も無く順調に進んでいった。


 ◇


 初日のうちに、取り壊す建物から中にある物を運び出されたりもしたのだが、ボロい家具などはあっても、資料等はもう破棄されたか持ち出されたかはわからないが、あの中には存在しなかった。

 この土地から撤退が決定していた以上、仮に残っていたとしても、碌な物は無かっただろうけれどな。

 指揮をしていたリックも、その事はあまり気にしていなかった。


 俺もなー……支援者だとかお金の流れだとか、どこから指示を受けていたのかとか、そういった事には興味は無いんだが……。

 孤児の情報とかはちょっと欲しかったんで、その点だけは残念だ。


 さて……それはあくまで初日の事で、2日目以降はリックを始めとしたお偉いさんたちは、作業に立ち会いはしなかった。

 まぁ、作業の進捗報告さえ聞けば、後は彼等は立ち会う必要が無かったし、いたら現場が気を使って、むしろ効率が落ちちゃうかもしれないもんな。

 ってことで、結局初日にいたお偉いさん組の中で、毎日立ち会っていたのは俺だけだった。


 もっとも、俺が立ち会ったって何か出来るわけではないが、7年過ごした場所だ。

 別に感慨深いってわけでも無いが、写真なんて無いし自分の目で、ここが無くなる前にしっかりと見ておきたかったんだ。


 いやはや……本当にボロかった。

 取り壊す建物はもちろんだが、教会もね……。

 建物の壁や周囲とか、目に見える範囲が荒れているってのは、先日ここに来た際に知ったんだが、周囲を飛び回ってあちらこちらを眺めていると、そんなもんじゃないって事がわかった。

 窓には蜘蛛の巣が張って、ガラスにはヒビが入り、屋根板は割れて腐っていて、教会のシンボルも手入れが全くされておらず、鳥の糞等で汚れている。


 俺たちがこの街に戻って来てもう4年以上経つが、その間ずっと俺は教会を警戒して、近付かないように気をつけていたんだけれど……自分の中で勝手に大きくし過ぎていたみたいだな。

 もちろん、撤退が決定したからってのが理由だけれど、それだけでここまで落ちぶれる組織だとは思わなかった。


 うーむ……。

 もし、俺たちがこの街に来た時に、問答無用で教会に突撃していたら、またちょっと違った結果とかになってたんだろうか?

 色々考えちゃうね。


「ん?」


 ふよふよ教会地区を漂っていると、取り壊し現場から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


 そちらを振り向くと、残っていた最後の建物である孤児院がもう柱と床板がわずかに残っている程度だ。

 取り壊し作業で出た瓦礫は街の外で処分するため、作業をしながら撤去もしていたため、この一画はもうほとんど更地になっている。

 処分方法は……確か焼却だったかな?

 跡形もなくなるな……。


「……っと、呼ばれてるんだったね」


 ついついしんみりしてしまったが、今は仕事だ。

 2度3度頭を振って頭を切り替えると、俺を呼ぶ兵の下へと移動を始めた。


 ◇


 地上の撤去する建物が無くなり、いよいよ本命の地下に手を着けることとなった。

 とはいえ、いきなりドカドカ掘っていくわけじゃ無い。

 まずやるべきは、地下の構造の正確な情報の入手だ。


 あの時地下に潜ったのは、俺、セリアーナ、テレサ、フィオーラの4人だけで、マップ作製や地上との位置合わせなんて誰もやる余裕は無かった。

 大体の構造は把握していても、正確な情報じゃないんだ。

 まぁ、その情報だけでもなんとかなりそうな気もするが、折角時間に余裕があるんだし、より安全に作業を行うためにも、正確な情報が必要なんだろう。


 ってことで、その正確な情報を入手するために、兵士が1人井戸から縄で下へ降りていこうとしている。

 彼は鎧はもちろん剣も外して、火は点いていないがその代わり魔法の明かりを灯した松明を腰に差していた。

 鎧を外しているのは、あの井戸が細くて狭いからだってのはわかるんだが、剣も外して行くのか……。

 そりゃー、もうアンデッドはいないだろうが、それでもあの狭い地下の通路を武装抜きでってのは、俺ならとてもじゃないが1人で行けないぞ?


「ねぇ……武器無くていいの? 1人だけで行くんでしょ?」


 俺は井戸から少し離れた場所で降りていく姿を見守っていたが、ついついすぐ側に控える兵に尋ねてしまった。


「内部の構造は簡単にですが聞いています。小柄なセラ副長や女性ならともかく、我々の様な大の男が武装して複数で潜るのは却って危険かもしれません。引き返す時間を決めていますから、異常があればすぐにわかりますよ」


「そうなんだ……」


 律儀に答えてくれた彼にそう返すが、もし何かあった場合は、彼が独力で対処するしかないのか……。

 あの彼もそれがわかっている様だし……1番隊っぽいなぁ。


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 地下の調査は、兵士が1人潜って行っている。


 まず調査する1人が下に着くと、上から調査用の道具をロープで降ろすんだ。

 道具は杭にロープで、曲がり角に着くごとに杭を打って、ロープを張っていくっていうシンプルな調査方法だな。

 とはいえ、細い道がグネグネと折り曲がっていて、正確な距離や方角は分かりにくいし、こういった方法くらいしかないのかもしれない。


 そして、内部調査の手順が一々慎重過ぎるなとは思っていたが、彼等が気をつけていたのは、魔物はもちろんだが酸素についてもだった。


 あの地下施設は地下全体がいわば魔道具の様な物で、空気の循環とかも勝手に行っていたんだが、核となるあの石柱が破壊された事で、その機能も止まってしまった。

 俺たちが潜った時は先行するテレサが気を付けていたってのもあったが、何より地下の施設が生きていたため、あんまり気を付ける必要は無かったんだが……。

 だからこそ、松明を掲げて酸素の有無を調べながら、さらには酸素を無駄に消費しないように一人で潜って……と、慎重だったんだろう。


 んで、調査と帰還までを1時間でキッチリ終えると、地上で待機する兵と交代して、また次の兵が潜っていくってのを繰り返していた。

 幸い魔物も出ないようだし酸素も大丈夫な様で、体調そのものには問題無く見えたが、それでも魔物が出るかもしれない暗く狭い穴倉を1人で1時間も調査をするのは、鍛えた1番隊の彼等でも消耗する様だ。

 調査結果を伝えると、離れた場所にへたり込んでしまっていた。


【祈り】をかけては見たが、精神的なものに効果はあまり無い様で、動けるようになるのに時間がかかっていた。


 俺も【風の衣】があるから酸素を確保できそうな気がするし、【浮き玉】もある。

 調査にはもってこいな気もするが……もしダメだった時に、リカバリーが出来ないもんな。

 だからお留守番なんだ。


 ともあれ、兵士諸君の奮闘の甲斐あって調査は順調に進んでいる。


 地下の情報を基に、地上でも同じようにラインを引いて行き、大体の位置や構造が把握できて来た。


 スタートは井戸で、ゴールは孤児院があった場所なんだが、そこに行き着くまでがもう……ね。

 数メートル進んだらすぐ曲がってを何度も繰り返し、途中にある小部屋も含めると、この更地になった土地の大半にかかっている。


 確かにあの奥の部屋に辿り着くまで、戦闘を交えていたとはいえ時間がかかったし、距離があったとは思っていたんだが、いざこうやって視覚で確認すると、なんともえげつない。

 よくもまぁ、こんなもんを作ったもんだよ……と、心底そう思う。

 俺だけじゃなくて周りの兵士たちも、地下の情報が上がってくるにつれて、だんだん言葉を失っていたからな。


 参ったね……と考えながら更地の様子を眺めていると、後ろから兵士が声をかけてきた。

 ここ数日の調査の間、その彼は俺の側に控えていて秘書の様な役割をしていたが、現場で働く兵たちに指示を出していたし、多分彼も結構偉いんだろうな。


「セラ副長、本日は地下の構造が判明したら終了にしようと思いますが、よろしいでしょうか。恐らく次の番で辿り着けると思います」


 彼は、地面にひかれたラインを見ながら、そう言った。


「うんうん。それ以上をやるなら何やっても中途半端になっちゃうしね。それに、彼等も休みたいでしょう」


 そもそもこの調査は、地下の構造を明らかにすることがゴールじゃない。


 地下の構造を調べて、地面を掘って、そして壊して埋め立てることが目的だ。

 今日の調査で、あらかた地下の構造は把握できたし、どこに通路が埋まっているかもわかった。


 地上の建造物はもう取り壊して撤去も完了しているし、明日からは地面を掘る段階に移れるだろう。

 それなら今日はもう無理をする必要は無いし、引き上げていいだろう。


 彼は俺の返事を聞くと、周囲の兵に指示を出し始めた。

 そして、兵たちは撤収の準備に取り掛かる。


 何となく周囲を見ると、初日は通りにたくさんいた野次馬も、ただただ建物を取り壊すだけの作業に飽きたのか、もう全く見えない。

 精々、近くを通りがかった住民が、少し足を止めて作業の状況を眺めるって程度だ。

 野次馬ってよりはただの通行人だな。


 作業自体は明日からの工程はちょっと派手になると思うが、この分じゃ住民の事はそこまで気にしなくていいのかもしれないな。

 あぁ……でも、次の工程に移るって事は、冒険者ギルドとも連動し始めることになる。

 となると……まぁ、それは明日考えたらいいか。


【浮き玉】の高度を上げて、周囲を一目で見渡せる高さまでやって来た。


 地面にひかれたラインがここからでも見えるが、特に意味のあるような形には見えないし、そこまで警戒する必要はないかな?

 街壁との距離も余裕があるし、地面を広く掘り下げても壁が壊れるような心配はなさそうだ。

 この分じゃー思ったよりも作業は早く完了するのかもしれないな。


「うーむむむむ……」


 下の様子を眺めていると呻き声が漏れた。


 本格的に冷え込む前に作業が完了するのならそれは良いことだが……。

 まだ慰霊碑のデザインが思いつかないんだよな。

 埋め立てが完了する前には、なんか良い感じの案をひねり出さないと迷惑がかかるだろう。


 今日は屋敷に帰ったら、ちょっと資料とか色々漁ってみようかな……。

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