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「それでは、私はこれで失礼します。お疲れ様でした」
「ええ、ご苦労様」
エレナはセリアーナに挨拶をすると、ソファーに座っている俺たちにも小さく手を振ってから、部屋を後にした。
そして、テレサもエレナと共に部屋を出て行く。
エレナの屋敷までの護衛だな。
リーゼルたちが領地を発った数か月前から彼女はずっと屋敷で暮らしていたが、今日からはもう、彼女は子供も連れて自分の屋敷に戻る事になっていた。
まだ彼等は戻って来ないが、セリアーナの護衛も兼ねての滞在だったわけだし、もう既に街での危険は取り除かれた以上、屋敷に滞在する理由がなくなっている。
セリアーナからしたら、部屋はたくさんあるんだし、リーゼルたちが帰還するまで屋敷で暮らしてもらっても全然構わないんだが……。
家人に任せているとはいえ、戻れるようになっているのにあまり家を空けてしまうのは、騎士団の2番隊隊長夫人って立場を考えると、あんまりよくないらしい。
フィオーラは男性陣が帰還するまでは屋敷で過ごすし、テレサも屋敷にずっといて、ダラダラと出来る時間は良かったんだが、雨季も明けたし来客とかもあるかもしれないもんな。
しゃーないしゃーない。
それに、彼女の家から屋敷まで歩いて5分もかからない距離だ。
この部屋から屋敷の玄関まで行く方が時間かかりそうだもんな。
その事を思えば、自宅から通うのも大した問題じゃないか。
「そういえば、エレナの荷物はもう全部運んだの? 最近貴女の部屋から運び出しているのは見たけれど……」
部屋を出て行ったエレナを、ソファーに座りながら見送っていたフィオーラが、ふと思い出したようにそう言った。
「うんうん。今日でもう全部運び終わってたよ」
エレナの荷物……。
彼女の誕生日に貰った贈り物だな。
俺の部屋に保管するって事で【隠れ家】に突っ込んでいたんだが……、彼女が自宅に戻るのに合わせて、それを少しずつ外に出していたんだ。
んで、それらは使用人たちの手によって、彼女の家に運ばれている。
俺が直接向こうに行って、【隠れ家】から全部出すのが手っ取り早いんだが、まぁ……【隠れ家】の存在は秘匿しているしな。
手間はかかるが、妥当なところだろう。
「急がせる必要は無かったのだけれどね……。それより、お前はデザインは仕上がったの?」
部屋のドアを見ていたセリアーナが、こちらを向いた。
彼女が言うデザインってのは、教会地区に今度建てる慰霊碑の事だ。
まだあの教会地区の取り扱いをどうするかは決まっていないが、とりあえず、あそこに慰霊碑を建てること自体は既に決定しているんだが、どんな物にするかってのはまだ決まっていない。
まぁ、決定してまだ数日だし流石にデザインまでは決まらないだろう。
このリアーナ領の各街や村にもゼルキス領の時に建てた慰霊碑はあったりする様だし、それに倣うんじゃないかと、昼間話を聞いた時に思ったんだが、その時俺にもデザイン案を出せと言われたんだ。
不意打ちもいいところだが、俺の案を基に職人がいろいろ手を加えていくらしい。
一応慰霊碑を建てる事は決定したが、それでもあの場所を取り合っていた連中からしたら、面白くないはずだ。
で、作業をする職人は商業ギルドに所属しているし、積極的には関わりづらいかもしれない。
だから、俺が案を出せば彼等も仕事に取り掛かりやすいだろう。
責任は中々重い気がする。
だが……。
「ぬーん……難しいねぇ」
慰霊碑を建てる土地の場所は、あの井戸があった場所のもう少し奥で、広さは縦横5メートルずつってのはもう決まっている。
空き地の残りの土地に建つ建物がどんな代物かはわからないが、まぁ、慰霊碑が目立つような事にはならないと思う。
だから、シンプルな形状でいいと思うんだが、参考にしようと思った他の慰霊碑がなぁ……。
ただの石柱だったり石板だったり……どうかしたらデカい石だったり、それに文字を彫っているんだが……。
ちょっと俺の中にあるイメージとは違っているんだよな。
参考にならない。
「そう……まあ、地下空間を埋める作業が完了する頃までに出来ていればいいわ。あまり考えすぎなくてもいいのよ」
「うん」
セリアーナが言うように、要は職人が作業を始めるきっかけになればいいんだし、簡単なイメージだけでもいいんだろうが……出来れば俺がしっくり来るような物がいいんだよな。
そう思い、テーブルの上に置いた紙に向かい合っているんだが……中々思いつかない。
何となくイメージはあっても、慰霊碑とかまともに見た事なんて無かったんだ。
流石に墓石は違うだろうし……。
中々思いつかず、「ぬぬぬ……」と唸っていると、フィオーラが思わぬ助け舟を出してくれた。
「セラ、私が持っている資料を貸しましょうか? 慰霊碑とは少し違うけれど、私たち魔導士も目印として石碑を建てることがあるし、何かの参考になるかもしれないわよ?」
「!?」
魔導士の資料か!
そういえば、魔導士も色々石碑みたいな物を建てたりしているよな。
「お願い!」
「ええ。明日にでも用意しておくわ」
彼女が言うように、確かに少々毛色は違うかもしれないけれど、きっと詳しく記されているだろうし、参考になるはずだ。
ここはお言葉に甘えよう。
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「おかしくない?」
鏡に向かって両手を広げて今日の服装の確認をしているのだが、だんだん自分じゃわからなくなってきたため、隣に立つセリアーナに判断を任せる事にした。
今日の俺の服装は、服こそいつものと大差は無いが、上からコートを着て、さらに靴下に膝下まであるブーツを履いている。
久しぶりの外出用の恰好だな。
それも余所行きの。
ちなみに、【影の剣】や【琥珀の剣】そして【琥珀の盾】といった指輪はいつも通り着けているが、【緋蜂の針】と【足環】は今日は外している。
といっても、出かける先はお堅い場所では無いんだが……。
「まあ、悪くは無いわね。ただ、指に着ける恩恵品はいいけれど、他は外しておきなさい。テレサ」
「ぬぅ……」
「姫、失礼します」
セリアーナの横に立っていたテレサが俺の後ろに来ると、恩恵品を外し始めた。
セリアーナのチェックに引っかかってしまったか……。
今日のお出かけ先は教会地区だ。
雨季が終わってもう数日が経ち天気も安定したし、地面もすっかり乾いた。
ってことで、いよいよあの地下の作業に取り掛かることになったんだ。
作業内容は、まずは地上の教会以外の建物を取り壊していく。
それと並行して、地上から地下施設まで穴を掘っていき、調査を終えた後に取り壊す。
そして、その穴を埋め立てていき整地をして、完了だ。
今日は初日という事で、俺が作業の開始に立ち会うことになった。
んで、騎士団の仕事で街の外に行くことはよくあるし、そんな時は俺の服装は動きやすさを優先しても良かったんだが、今回は街中だ。
しかも、場所は今まで長い間領主側が介入してこなかった教会地区での作業。
さらに、そもそも介入の切っ掛けとなった事件は、もう街の住民の間でも大分広まっていて、何かと注目されるだろう。
流石に現場まで住民が見学に来るようなことは無いだろうが、移動の際に住民から見られたりもする。
冒険者として移動するならともかく、今日は2番隊副長としての仕事だし、あまり自由な恰好で街中を移動する訳にはいかないってわけだ。
俺の恩恵品尽くめの普段の恰好は、性能だけを考えたら文句無しだし、見る人が見たらその価値はわかるんだが、威厳のある姿とはとても言えない。
俺がどんな服を着たって、威厳からは程遠い気もするが……まぁ、それでも流石にメイド服で裸足よりはマシだろう。
と、頷いている間にテレサは恩恵品を外し終えて、保管用の箱に仕舞っていた。
「姫、どうぞ」
そして、その箱をこちらに渡してきた。
「お? はいよ。そんじゃ、ちょっと仕舞って来るね」
セリアーナの部屋でも保管するのは問題無いんだが、まぁ……一応何が起きるかわからないし、いつでも取り出せる【隠れ家】が一番だろう。
俺はその箱を受け取ると、【隠れ家】を発動した。
◇
「どうした? セラ副長」
キョロキョロとしていた俺に向かって、リックが声をかけてきた。
「ん? うん……」
俺は、リックの言葉に生返事を返した。
今俺たちがいるのは、場所は教会地区にある孤児院のすぐ手前の広場。
そこでは、1番隊の隊員が集合して今日の作業の注意事項や手順を通達している。
さらに、その彼等から数歩離れた場所では各ギルドのお偉いさんが揃っていた。
作業をするのは隊員だが、今日は初日という事もあって、彼等もわざわざ足を運んでいる。
別に式典を開いたりはしないんだが、これから出来る空きスペースの処遇は未だに決まっていないし、視察も兼ねているんだろうな。
ついでに、直接このエリアに足を踏み入れているわけではないが、街道からこちらを見ている野次馬の視線を感じる。
念のため服装に気をつけて来たが、正解だったな。
「明るいうちにここに来るのは初めてだから、ちょっと気になっちゃってね」
明るいうちは精々近くの上空を通過する程度だったし、あの時は絶賛夜中だったから、明るくなってからこの地区に来たのはもう数年ぶりだ。
いやはや……改めて見てみると、ひどいもんだ。
人がいなくなった孤児院のぼろさや、周囲の店のぼろさ加減はもちろんだが、教会だってあちらこちらにガタが出ている。
ド派手に壁に穴が空いたりなんかは流石にしていないが、ところどころ色が剥げたり、雑草が伸びっぱなしだったり……あの夜は孤児院周りだけしか見ていなかったが、こっちも大分荒れていた。
俺がいた頃は、掃除こそ子供たちがやっていたが、もっと大人も手入れをしていたんだが……もう半ば放置されていたんだろう。
人手も金も無いとこうなるのかな?
今後教会は領主側の人間が運営していくらしいが、こっちも大規模な改修が行われたりするかもしれないな。
「ふむ……。教会を除けば取り壊すんだ。さして見るような物があるとは思えんがな……」
何かと感慨深く思う俺に対して、この場所に思い入れの無いリックは興味がまるでない様子だ。
まぁ、しゃーないか。
「始まるようだな。行くぞ」
「ほいほい」
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