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先日夜、俺の部屋で集まっていた時に予想したように、その2日後に今年の雨季は終わった。
今年の雨季は初日こそ想定外の事態が起きたが、事前にしっかり準備していただけあって、リーゼルや騎士団の団員がごっそり街から離れていても、何事も無く乗り切る事が出来るし、安心して冬を迎えられそうだ。
まだ地面はぬかるんだ箇所もあるが、本格的に冬になる前に商人等が街の移動を開始される。
その彼等が、街で起きた事件の事を他所でも広めるだろう。
今まさに西部の一部の国々とは戦争が行われているが、教会を起点とした東部への介入は減っていくはずだ。
まぁ……冬は冬で気をつけることはたくさんあって、完全に気を抜くわけにはいかないが、それは毎年の事だし、特別な事をしなくてもいいだろう。
ともあれ、この土地にはまだまだ魔境の問題こそあるが、これでリアーナへの人の手による妨害工作は、あらかた凌げたはずだ。
後は、領地を安定・発展させるために、一つ一つ問題を片付けて地道に仕事をこなしていく事になるだろう。
リアーナの今後については、正直俺が考えることでは無い。
この領地の舵取りはリーゼルとセリアーナの仕事だ。
もちろん今後も俺だって仕事は頑張るし、何かを頼まれたりしたら全力を尽くしはするが……。
俺たちがこの地に移ってきてすぐに起きた魔物の襲撃をはじめ、リアーナ領創立初期の魔王種討伐やダンジョン探索、その他諸々の魔物絡みの問題解決にあたった専属冒険者としての仕事はひと段落ついたと思っている、
かつてセリアーナと結んだ、彼女の専属冒険者としての仕事は完遂したんじゃないかな?
今日は俺の14歳の誕生日だ。
誕生日といっても特に何かパーティーを催すわけでも無いし、贈り物も受け取っているから何かをする訳ではないが……、春には伯爵という高位貴族家の一員になる事が決まっているし、冒険者としての俺は卒業だな。
まぁ、あくまで養子で大した権限はないが、それでも一応今の様なフラフラした立場じゃなくて、貴族というしっかりした身分になる。
成人を迎えた初めての朝だ。
鏡の前に立って、自分の姿を眺めてみると、その自覚が滲み出ているのか、心なしか顔つきがいつもよりも引き締まっている気がする。
「お前……起きるなり鏡の前で何変な顔をしているの?」
横から声をかけてきたセリアーナは、俺より早く起床していたし、既に準備を完了していた。
雨季も終わって数日おいた今日から、彼女はまた領主代行の仕事に復帰する。
この雨季の間の休暇期間でしっかり休む事が出来ただろうし、また今日からバリバリ働くことだろう。
久々の仕事に、心なしかピリッとした雰囲気を漂わせている。
そんな彼女に負けないようにと、俺も気合を入れていたのだが……。
変な顔……とな?
失礼な!
「気合入れてんだよ!」
「……ふっ」
セリアーナに向かって言い返すが、鼻で笑われてしまった。
全く……わかっていないねーちゃんだ。
「まあ、いいわ。お前も準備をさっさと済ませなさい」
「はーい」
返事をして鏡の前から離れると、タンスから靴下を取り出して、それを履いた。
そして、足元に転がしている【浮き玉】に乗ると、試しにその場でクルクルと回ってみたのだが……【浮き玉】に乗るのは久しぶりだが、操作に問題無し。
まぁ、何年も乗り続けているんだし、たかが2週間乗らなかったからって、操作を誤る様なことは無いか。
ふむ……と納得して、ドアの前で待つセリアーナの下へと移動した。
◇
久々のリーゼルの執務室。
休暇前は暇な時期だったが、雨季が明けた今はまた、少しずつ忙しさが戻って来ている。
部屋の顔ぶれに変化は無いが、休暇前とは活気が違う。
「サラサラサラ……ペッタン……と」
さて、普段の俺ならそんな彼等を尻目に、ソファーで寝転がってのんびりしているのだが、今日は違う。
つい先日、誕生日の祝いの品を大量に頂いてしまったし、そのお礼状を書いている。
もっとも書いているといっても、文章を考えたのはテレサで本文や宛先は文官が紙に書いて、10通一束の山にして用意してくれていたのだ。
サインと2番隊副長の印だけは俺が押しているが、お固い文章を書くのは難しいんだよな。
身分や相手の土地に合わせた文章が必要になる場合もあるし、こればっかりは俺が不勉強ってわけじゃ無い。
手紙の文章を考える専門職があるくらいだし……一応俺も宛先の確認くらいはしているけどな!
返礼先は領内の貴族や商人はもちろん、ゼルキスやマーセナル領に、近くの領地……後は王都からと、随分バリエーション豊かなラインナップになっている。
これだけ色んな場所の、直接俺と面識の無い者に知られているっていうのは不思議なもんだ。
「出来たよー」
束を一つ片づけたところで、テレサに声をかけた。
彼女は次の束を持ってこちらにやって来ると、先に俺が今片付けた分を確認していく。
「……確かに。それでは姫、こちらで終わりになります」
「はーい。多かったねー。毎年増えてる気がするよ……」
机に身を投げ出してそう言うと、テレサは笑って答えた。
「恐らく、来年が一番多いと思いますよ。それから後は落ち着いていくはずです」
今年は成人、来年は貴族として、付き合いがまた変わったりするのかもしれないし、彼女の言う通りかな?
このままどんどん増えていったらって思うと、ちょっと憂鬱だったが……それならもうちょいの辛抱か。
頑張ろう。
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仕事再開初日。
俺がお礼状にサインを書いていた頃は、執務室で働く者たちはまだいつも通りの顔ぶれだったんだが、昼が近付くにつれて徐々に変化が現れていった。
ここで働く面子は、領都の文官はもちろん騎士団の事務方もいるのだが、各ギルドからも職員が派遣されていたりする。
一応民間ではあるが、各ギルドは半分公営の組織だし、街や領地の運営に必要不可欠だしな。
だから、そこの職員がここで仕事をしていること自体は自然な事なんだが、今日は各ギルドの支部長やギルド内の部門長も姿を見せていた。
教会地区の空きスペースに関しての協議の為なんだろう。
執務室の奥の談話室に集まって、午前中はずっと協議を行っていた。
そして、それは昼の休憩になっても終わらず、昼食後も続いている。
「……なんか盛り上がっているね」
「無理も無いわね」
昼食は、俺たちを含むあの場のお偉いさんが揃って食堂で済ませたんだが、その中には各ギルドの支部長たちも交ざっていた。
その彼等は、流石に食事中は大人しくなっていたのだが、食事が済むと議論を再開している。
ここにはセリアーナもいるし、流石に大声で怒鳴ったりはしていないが、それでも白熱しているのか、しっかりと聞こえるな。
周りの者も、何となく声を潜めて彼等の話に耳を傾けている。
俺もそうだ。
教会地区の空く予定の土地の利用に関して、俺はどこが欲しがっているかっていうのは何となく知っていても、詳細は実は知らなかったんだが……聞こえてくる彼等の話でようやく理解できた。
まずは冒険者ギルド。
ウチのダンジョンは、騎士団の団員が中に常駐していて、彼等が定期的にダンジョンの魔物の死体を地上まで運んで来るようになっているんだ。
ダンジョン産の魔物を確実に入手できる以上、それ用にスペースを空ける必要もあって、手狭になってきているらしい。
すぐ向かいの地区にどデカい本部を構えているが、新たに外の魔物の処理を専門にする施設が、冒険者ギルドに欲しいそうだ。
他のギルドは、外の魔物を専門に処理するのなら街の外に建ててしまえと言っているが、それに対する反論が、素材を商業利用するためにも、街中にある方が都合が良い……と。
まぁ、どっちの言い分も理解は出来るな。
で、次は商業ギルド。
こちらは単純に、本部近くに大きな建物が欲しいそうだ。
今後この街には多くの商人が訪れるだろうし、その中には護衛が必要な大物もいるかもしれない。
この街にも、そういった謂わばVIPを対象にした宿もあるにはあるが、そのクラスの商人が訪れる時期なんて記念祭くらいだし、どうしても重なってしまうらしい。
だからこそ、商業ギルドで商談はもちろんだが、VIPが宿泊できるような施設を保有したいんだとか。
商談をするのに適していて治安のいい中央広場周辺で纏まった土地……あの場所がベストってことだ。
こちらの意見ももっともだ。
他にも、商業ギルドの職人頭が展示場の様な物を欲しいと言っていたり、狩猟ギルドは商業ギルドに近い場所に解体所兼加工所が欲しいからだと言ったり……。
どの意見もそれぞれしっかり理由があるから、どうにも決め手に欠けている気がする。
この街ももうちょっと発展するだろうけれど、そう遠くないうちに落ち着くだろうし、そうなったらあまり大規模な工事なんて出来ないだろうし、区画整理なんてもっての外だ。
この機を逃すと、もう一等地の纏まった土地を確保するのが難しくなるのはわかっているからか、皆真剣だ。
「全部一纏めにする様なのは駄目なの?」
彼等の話を聞いた感じ、冒険者ギルドと商業ギルドの本部側がやはり優勢で、その2つに決まりそうな気配があるんだが、上手い事一つに纏められないのかな?
各々大小の差異はあっても商業ギルドと関わっていくだろうし、デパートみたいにしたらいけそうな気がするんだけれど……。
だが、俺の言葉を聞いたセリアーナは首を振っている。
良いアイディアだと思ったんだけどな……。
「纏めたらどこが主導権を握るかで後々揉めるに決まっているわ。これが何十年もあとになれば領主一族から人間を出したりも出来るでしょうけれど、今は無理でしょう?」
「あー……」
各ギルドの複合施設のトップに就ける者がいないのか。
セリアーナが言うように、もっと時間が経って領主一族が増えたりしたら、話は違ってくるかもしれないが……リアーナ領の若さが出ちゃうんだな。
「まあ、お前の案はもう通しているし、そもそも急いで決める必要は無いもの。そうね……春までに何かしら形になればいいわ。さてと……私たちは先に執務室に戻りましょう。セラ、数日以内に教会地区での作業が開始する予定だから、お前も資料に目を通して、手順だけでも理解しておきなさい」
セリアーナは立ち上がると、そう言いながら食堂の扉に向かって歩き始めた。
「ぬ……はーい」
食堂の奥を見ると、まだ偉いおっさんたちが睨み合いながら話を続けている。
あっちはあっちで重要ごとではあるが、急ぐ事では無いし、とりあえずは目の前の教会地区の作業についてだな。
俺が何かするってわけでも無いが、セリアーナの言うように、どんなことをやるかってだけでも理解しておいた方がいいだろう。
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