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「……ちょっと雨は弱くなってきたかな?」


 お茶を飲みながら、しばらくの間皆でお喋りをしていたのだが、ふと雨音が昼間より弱まっている事に気が付いた。

 まだまだ降り続けてはいるが、このまま弱まって来るのかな?


 俺の言葉を聞いたテレサは、窓辺に移動すると窓を開いて外を確認した。

 ここからは中庭しか見えないし、見るだけでは少々わかりづらいが、確かに雨音が弱まっている。

 昨日とかはバケツをひっくり返したような音だったもんな。


「ええ……この分なら明日か明後日には雨季が明けそうですね」


「そう。それなら冬の1月頭には教会地区の作業に取り掛かれそうね」


「穴掘って壊すんだよね? 全部騎士団でやるの?」


 街の外の街道整備や橋の補修なんかは、魔物に襲われる可能性もあるし、騎士団の1番隊がやる事もあるが、教会地区は安全な街中なんだよな。

 結構深かったと思うし、そこまで掘り進めるのは数人じゃ無理だろうし、ある程度人手を取られるはずだ。

 騎士団だけでやるのはちょっと大変な気がするけれど……。


「周囲の警戒は2番隊や冒険者ギルドにも協力してもらうけれど、その予定よ。今日まであの地下からアンデッドが現れたという報告は無いし、私の加護でも敵の姿は捉えられないけれど、それでも絶対に安全だとは限らないでしょう? 住民をそこに送る訳にはいかないわ」


「……なるほど」


 一応壊したそうだけれど、あそこが謎空間な事に変わりは無い。

 井戸の見張りはしていても、調査に入ったりもしていないそうだし、安全が確保されていない場所の作業に、無関係の住民を関わらせるのは避けたいんだろう。

 まぁ……もう大本は壊しているし、急ぐ必要も無いもんな。


「その作業が終わったら、あの辺ってどうなるの? 孤児院は取り壊すんでしょう?」


「そうね……孤児院も含めて、あの一帯にある冒険者向けの店の大半は潰す予定よ。教会は残すけれど大分変わるでしょうね」


 セリアーナは愉快そうに笑っていた。


 教会ってのは一応領内に必要な組織だと聞く。

 聖貨絡みの他にも、病院としての機能や、地域の寄り合い所的な役割も持っているからだ。

 もちろん、領主や代官も似たような施設を運営しているが、住民の全員が全員為政者側とは限らない。

 無理にそちらの利用を強制して却って反発を招くよりは、教会側の施設を利用させて街に留まらせるって方針なんだろう。


 教会側もその事をわかっているから、それなりに為政者側と仲良くやっていたりもするそうだが、領主の目が届きにくい辺境だと、教会側の力が強い土地もあるんだとか。

 旧ルトルなんかがモロにそれだな。

 教会地区って言葉は伊達じゃなくて、あの一画での裁量権は、教会が握っていたんだ。


 リアーナの領都に代わってから徐々に改善されてきたが、だからといって、これまでの長い間街は教会を中心に纏まっていたし、リーゼルも無理に介入する事は避けていた。

 最終的に奪い取るって自信はあっただろうが、なんだかんだでそれくらい油断できない勢力だって事だ。


 だが、今回の件で一気に介入する理由が出来た。

 今後この街の教会がどのように扱われるかはわからないが、人員も含めてあの地区へどんどん介入していくんだろう。


 しかし……。


「そっかぁ……無くなるのか」


 孤児院もだがあのエリアの店は、俺が小さい頃働いていた場所でもある。

 碌な思い出はないが、それでもこの人生の大半を過ごしていたし、ちょっとした寂寥感を覚えてしまう。


「無くなるわね。まだ具体的な利用法は決まっていないようだけれど……。そうよね? テレサ」


 セリアーナはテレサに向かってそう言った。

 まだ決まっていないとはいえ、セリアーナが把握できていないのはちょっと珍しいな。


「ええ。各ギルドの支部長が、ここ10日程集まって協議を続けていますが、まだ纏まっていませんね。いくつか案が出ていますが、好立地という事もあって各ギルドが取り合っていますから……。旦那様やオーギュスト団長が戻って来るまでは、決定は持ち越しになるかもしれませんね」


「広さもあるし、何より交通の便がいい場所ですものね。私が入ってもいいけれど……もうしばらくは協議させておきましょうか」


 なるほど……。

 報告こそ受けていたけれど、セリアーナは休暇中でずっと部屋にいたんだっけ。


 教会地区なー……。

 テレサが言うように、あの場所は中央広場に近い上に広さも十分あるし、商業地区からも冒険者地区からも近いし、アクセスもいい。

 商業ギルドも冒険者ギルドもまだまだ発展していて、今の本部が手狭になっている様だし、本部近くに支部が欲しいんだろう。


 そして、その両ギルド以外でも、街の中央に拠点を欲しいと考えているところは多いはずだ。

 今までは教会が占有していて手を出せなかった場所だし、この機会は逃したくないんだろうな。

 各ギルドで土地を分割しても、半端なことになるだろうし……。

 話し合いでどうこうなる様な感じじゃ無いのかもしれないな。


 強権を振るえるリーゼル待ちってわけか。


 そう納得して、ふむふむと頷いていると、ふとこちらを見るセリアーナと目が合った。


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 「ぬ?」


 セリアーナと不意に目が合った事に、思わず首を傾げる俺。

 周りの3人もなんだろうって顔をしているが、セリアーナはそのまま10秒ほど、何かを考えるような仕草をしながら俺を見続けると、口を開いた。


「お前は、何かあの場所の利用法に案は無いの? あまり変な物でなければ、多少は融通を利かせられるわよ?」


 あの場所を欲しそうな組織といえば、商業ギルドに冒険者ギルド、それと猟師ギルドに……後は各ギルドの部門かな?

 どこも折れそうには無いから、協議が長引くだろうって事なんだけど……抜け駆けしちゃっていいのかな?


「勝手に決めちゃっていいの?」


「いいわよ。あの場所を確保できるのは1つか2つの組織だけれど、私たちも加わっておいたら、後々揉めたりはしないでしょう?」


「なるほど……」


 場所を取り合っている以上、どこが確保しても皆が納得するとは限らないが、その中に領主側の人間が交ざっていたら、表だって文句は言いにくいだろう。

 裏で揉める分には各ギルド間の問題であって、よほど悪化したりしなければそれでいいんだろうが、揉めるというか、対立が住民にも伝わるようになると、領地の運営に支障をきたしかねないもんな。


 かといって、あそこを領主側が何か利用出来るかっていうと……思いつかないな。

 領主側の施設となると、救護院や騎士団関連の施設だろうけれど、それはもうしっかりとした物があるし、今更あの場所に何かを建てるような事ではない。


 領主側の人間で、街の利権に関係の無い俺に案を出させるってのは悪くはない気はする。

 突拍子の無い案なら突っぱねたらいいし、俺が加わるかもってだけで、議論が進むかもしれないしな。

 しかし……いきなり言われても何も思い浮かばないぞ?


「まあ、お前の案が必ずしも採用されるとは言えないし、仮に採用されても、そこの管理を任せるような事はしないから、安心なさい」


「うん……」


 空き地の利用法的なものでパッと思い浮かんだのは、駐車場や公園だが、それは前世の日本だからだ。

 それに、今セリアーナが言うように管理の問題もある。

 俺がしなくていいとはいえ、あんまり手間がかかるような物を建ててもな……。

 管理の手間がかからずに、あの場所に浮かないような施設……なんかあるかな?


「まあ、すぐに決めるような事でも無いし、冬の間ゆっくり考えたらいいわ」


 思いの外俺が真剣に考えこんだのが意外だったのか、苦笑しながらセリアーナはそう言った。


「ふぬぬ……うん……」


 もうちょい気楽に考えたらいいんだろうけれど……難しいな。

 駐車場や公園は論外としても、孤児院とかは潰しても教会はあそこに残るから、調和がとれるものを……と思考が固まってしまっている。

 教会っぽい物教会っぽい物……。

 前世では宗教には縁が無かったしな……精々初詣やお墓参り……。


「あっ!?」


 教会に似合いそうなものを連想していくと、一つあの場所に相応しそうなものが思い浮かんだ。


「あら? なにか思い浮かんだの?」


「お墓はどうかな?」


 教会や孤児院が何時から建っていたのかはわからないが、それでも10年20年って程度じゃないだろう。

 恐らく、あの場で戦ったアンデッドの数よりも多くの子供が命を落としていたはずだ。

 必ずしも、死体が全部アンデッドになるとは限らないしな。


 そして、遺体は孤児院の裏手に埋められていたが、埋葬なんてお世辞にも言えないような雑なものだった。

 教会や孤児院に資料が残っているかはわからないし、一人一人の名前はわからないかもしれないが、それでもお墓くらいはあってもいいんじゃないかな?


「お墓……墓地ですか。共同墓地は既にありますが、どうしますか?」


「そうね……。事の経緯を考えると悪くは無いけれど……」


 セリアーナはテレサの言葉に少し困った様な顔をしている。


「あぁ……そうか。お墓はもうあったね……」


 平民用に既に共同墓地があるんだし、わざわざ新たに用意しなくてもいいのか。

 それでも、セリアーナの顔を見るに、言い張れば作って貰えそうな気もするが……それはちょっと違う気がする。


「セリア様、慰霊碑はどうでしょうか? 今後教会はこちら側の人間が運営していく事になるでしょうし、今とは立ち位置も変わってくるでしょうが、神国の非道を領民に忘れさせない為にも、いいと思いますよ?」


 ふぬぬ……と、再度考え込んでいると、横からエレナが補足する案を出してきた。


 セリアーナは、俯いてしばし考えこんでいたが、結論が出たのか顔を上げた。


「慰霊碑ね……いいわ。明日の会議に通して頂戴。建てる意味もしっかりあるし、場所もそこまで取らないでしょう。まず決定でしょうね。セラ、お前もいいわね?」


「うんうん」


 俺の顔を見たセリアーナに頷き返した。


 慰霊碑か。

 少々大袈裟になってしまう気もするが、悪くないと思う。

 亡くなった子供たちをちゃんと埋葬したいという気持ちはもちろんあるが、俺のモヤモヤというか葛藤をスッキリさせたいってのもあるんだ。

 お墓は無理でも、何かしら形を残す事が出来るんなら、それでいいと思う。

 どんな物になるかはわからないが、花ぐらいは供えられるだろうしな。

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