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俺は今一の森の手前を流れる川の上空に浮いている。
先日初めて川の調査を行って、その報告をした際に何となくもう調査は必要無いかな?
って感じではあったんだが、昼間のうちなら好きにしていいと言われた。
ダンジョンじゃあるまいし、期限付き?
と思いはしたが……まぁ、水辺だもんな。
今まで【浮き玉】から落ちた事なんて、ちょっと前の地下の一件くらいだし、心配はいらないと思うが……ボチャって落ちようものなら、多分死ぬ。
気を付けるにこしたことは無いもんな。
昼間なら行き交う船も多いし、万が一の事があっても気付いてもらえるだろう。
ってことで、あれ以来昼食後に2時間ほど東の川を見回る事にしていた。
川の西側では無くて、反対側の森の手前を重点的にだ。
んで、そこを見回っていたが、川の近くとか関係無しに魔物の数が少ないことに気付いたんだ。
そういえば今って冬なんだよ……。
冬になると、魔物も獣も活動が減って、あまり目に付く場所には姿を見せないようになる。
俺はあまり一の森を始めとした、魔境の環境は詳しくないんだが、聞くところによると、魔境の奥の方が魔物にとっては暮らしやすい環境らしい。
普段は強力な魔物……主に縄張りのボスなどが居座っていて、他の魔物を近づけさせないそうだが、冬になって活動が減る事で、その縄張りも一時的に狭まるそうだ。
そして、その空いたスペースに周囲の魔物が移動して……少しずつ魔物の活動エリアが奥にスライドしていく。
浅瀬をうろつく魔物が減ってしまうのはそのためだ。
「ぬーん……あの辺にはいるんだけどなぁ……」
浅瀬からさらに奥に数百メートルほど行った辺りに、魔物の気配がある。
距離があるから姿形はハッキリわからないが、群れの規模からいって……オオカミかな?
小型の妖魔は見当たらないが、やはり全体的に奥に移動しているか。
とりあえず、異常は無いようだってことは分かったが……ちょっと肩透かしというか、なんというか……。
奥に魔物がいるのは分かったし、ちょっと一狩りってのも出来なくはないが、その後の魔物の死体の処理が問題だ。
今は冒険者は外での活動を縮小し始めているし、森の巡回をしている2番隊の数も減っているんだよな。
戦争の派兵や教会地区の作業で、さらに人手も取られている。
体を動かしたいからってだけで、彼等にここまで足を運んでもらうのも悪いし……狩りは諦めよう。
まだ1時間も経っていないが、もう1周くらいこの辺りを見て回って、その後は南の森をぶらつきながら街に帰るか。
◇
川の見回りを終えて、領都南に広がる森を通る街道。
そこをフラフラ領都目指して進んでいた。
この南の森は魔境のように強い魔物はいないが、それでもリアーナ領の東部に広がっていて、多くの魔物や獣が生息している。
冬は南の山の方へ移動するのが多いそうだが、あまり影響を受けずにそのままここで越冬するのもいる。
そのため、他の季節ほどではないが、今も多数の生物は確認出来てはいる。
「……むぅ」
わざわざ倒すほどじゃないんだよな。
一番の手間である、死体の処理がどうにもネックだ。
これが平時なら、冬でも街道の警備も兼ねて兵が巡回をしているが、今はなぁ……。
人為的にとはいえ、ただでさえ街中にアンデッドが現れたばかりだ。
アンデッドになる可能性がある以上、兵たちも死体の処理は積極的に行うだろうが、忙しいもんな。
街道に現れたり、街を襲ったりとかでもない限り、わざわざここの魔物たちを狩る必要は無いだろう。
やっぱダンジョンだな。
素材を手に入れる場合こそ、地上に運ぶ必要はあるが、そうで無いのなら核を潰してしまえば処理の手間が省ける。
何より、こんな風に移動しまくって魔物を探す必要も無いもんな。
「んじゃ、帰るかね……」
ちょっと早いけれど、冒険者ギルドに調査の報告で何だかんだで時間を食っちゃうだろうし、それが終わる頃には丁度いい時間になるだろう。
◇
「お疲れさまー」
「お疲れ様です。セラ副長」
報告にやって来た冒険者ギルドで、俺の応対をしたのは支部長のカーンではなくて、彼の秘書的役割をこなしているおっさんだった。
「今日支部長は?」
別に彼に不満があるわけじゃ無いんだが、昨日まではカーンだったんだよな。
今日はいないのかな?
「支部長は、今日は商業ギルドへ出向いています。何でも教会地区の利用についての話し合いをするとか……。本日は私が話を伺います」
「……ほう? まぁ、いっか」
カーンは商業ギルドか……。
まだあの教会地区の使い道は完全には決まっていないが、冒険者ギルドと商業ギルドのどっちかは確実だ。
……談合でもするのかな?
まぁ、別に悪いことじゃ無いし、そこは気にしなくていいか。
それよりも、俺の方の報告を済ませてしまおう。
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今俺がいる場所は会議室で、そこにはこの周辺の簡易地図が広げられている。
この地図には、普段は目撃されないような場所で魔物を見た時などの、冒険者が狩場で目撃した情報を記していた。
地図そのものは色分けなんかはされていないが、情報を提供される都度入れるチェックや備考で、大分カラフルになってきている。
ちなみに、俺は広範囲を移動出来るから発見数も他の冒険者よりずっと多く、半分近くは俺からの情報だ。
聞くところによると、有益な情報には報奨金みたいなものが払われているそうだが、俺は領主側の人間だから、無償だったりする。
「なるほど……」
さて、俺からの報告を聞いた職員は、小さく安堵の表情を浮かべながら頷いた。
俺の今日の報告は、どこも異常無し……っていう地味なものだったんだが、彼は結構役職的には上の方だろうし、教会地区の事も聞いているはずだ。
だから、俺が最近川を中心に見回りをしている理由がわかっているんだろう。
まぁ……実際は狩りをしたいからってのが大部分を占めているんだがな……。
「この分ならもう心配はいらないのかもしれませんね」
「だね。フィオさんも、何週間も異常報告は上がっていないし、もし川に流れ込んだりしていても、希釈されて問題無い濃度になってるだろうって言ってたよ」
地上でも魔物や植物に異常は見られなかったし、川に関しても問題無しだ。
これで、あの施設関連の問題は解決したって言っていいんじゃないかな?
「そうですね。ありがとうございます。冒険者に依頼するにも少々範囲が広すぎますし、ましてや季節が冬で、どうしてもダンジョンを優先したがるので……」
そう言って苦笑を浮かべている。
やっぱ狩りをするのはダンジョンが多いのか。
外ではほとんど見かけなかったし、1階のロビーでも、たむろしている冒険者の姿はあまり見なかった。
ダンジョン前のホールに集まっているのかな?
「今ダンジョンはどんな感じなのかな? 上層とか?」
何だかんだでダンジョンにはもう大分行っていないし、狩場のトレンドとかも変わっているかもしれない。
夏頃は上層がメインで、少し中層で狩りをする者がいるって感じだったけど……。
「ダンジョンですか? 今は中層が多いですよ。もうダンジョンが出来てから1年経っていますし、元々リアーナの冒険者は腕が立ちますから。それに、ここのダンジョン探索は内外でのサポートが充実していて、上層以降を目指しやすいそうです」
そういった彼はどこか誇らしげな様子だ。
「ほうほう……」
中層が増えている……と。
ダンジョン前のロビーは、ちょっとしたカフェみたいな造りで、探索前の仲間集めだったり打ち合わせがしやすいようになっているし、内部のあちらこちらに騎士団や戦士団が事故に備えて目を光らせている。
彼が言っているように、ここの冒険者は腕がいいし、サポートがしっかりしているのなら、奥を目指しやすい環境が出来ていた。
ここのダンジョンは中層が大きな一つのホールになっていて、大量の魔物と戦わなければいけないため、少数で挑むのは危険が大きく、上層が中心になっていたが……人数を揃える事が出来るのなら、中層の方が効率はずっといい。
あそこまでのルートがしっかり出来上がったのなら、補給や交代も可能だろうし、今後は複数パーティーが常駐することになるだろう。
他所のダンジョンではなかなか出来ない事だな。
そうなると、安定してダンジョン中層の素材が入手出来るようになるし、立派な売りになる。
さらに冒険者を他所から呼べるようにもなるだろう。
騎士団との連携がしっかりあって、リーゼルたちがその方針を取っているからって事もあるが、それを実現したのは冒険者ギルドだ。
リアーナの発展には今後も冒険者の存在は必須だし、そりゃー胸を張れるだろう。
しかしだ……。
そうなると俺の中層でのあの熱い狩りはマジでもう出来そうにないな。
「浅瀬とかはどうなってるのかな?」
「浅瀬ですか? 死体が丸ごと必要な依頼などでは利用されていますが、今は浅瀬に留まって狩りをする者はほとんどいませんよ。また春になって、新人が増えてきたら変わるかもしれませんが……」
空いてはいるが、狩りをする人もいるにはいるって事か。
俺が狩りを出来る空気じゃなさそうだな。
「そか……。よし、報告はこれでもういいかな?」
「あ、はい。大丈夫です、お疲れ様でした」
「うん。お疲れ様ー」
挨拶をすると、俺は出口のドアへと向かった。
折角だし、帰りは地下通路で帰るか。
途中でダンジョン前のロビーも見ておきたいし……。
それにしても、結局今日も何だかんだで真面目に仕事をしただけになっちゃったな。
息抜きのための川の調査だったけれど、狩りも出来ないままに終わっちゃったしなぁ……。
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