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 さらに日が経ち、雨季に入ってもう10日目の朝。

 例年通りだと雨季も後数日で終わるはずだ。


 今のところ街では事故等は起きておらず、初日のアレを除けば平穏そのもの。

 特に何か起きるような気配も無いし、今年の雨季は無事乗り切れるだろう。

 もっとも、忙しくなるのは雨季が明けてからだろうし、兵たちには今のうちに英気を養っておいてもらわないとな……。


 そして……そしてだ!


「ぬふふ……」


 思わず漏れてしまう声を何とか抑えながら、カチャカチャと器材を弄るフィオーラを見つめている。

 もうその光景も10日目ともなればすっかりお馴染みで、今更物珍しい物でも無い。

 だが、今日は違うぞ!


「どう? どう?」


「落ち着きなさい」


 ベッドから身を乗り出してフィオーラを問い詰めると、隣に座るセリアーナにペチッと額を叩かれてしまった。


「ぬ……」


 いかんいかん。

 セリアーナが言う通り、少々気が急いてしまったか。

 ちょっと深呼吸でもしておこうかな……すーはーすーはー……。


 深呼吸する俺を見て、エレナとテレサが小さく笑っているのがわかった。

 今日は彼女たちも仕事が休みで、こちらの部屋に集まっているのだが、一先ず彼女たちの反応は無視しておこう。


 さらに2度3度と大きく息を吸っていると、その間もフィオーラは器材を弄っていた。

 表情は……いつもと変わらないから、結果がどうなのかはわからないな。

 自分的にはもう体の怠さは無くなっているし、治ったと思っているんだけれど……。


 とりあえず彼女の言葉を待っていると、完了したのか手を止めてこちらを向いた。


「良かったわね。もう魔素中毒の症状は消えているわ」


「ぉぉぉっ!」


 良かった良かった。

 魔素中毒なんて初めて罹ったし、治ると言われていたが、ちょっと不安だったんだよな。


 さて……。

 魔素中毒が治ったって事はだ……!


「腕を出して頂戴。治療を始めるわよ」


「うん。お願い」


 返事をしてフィオーラに右腕を差し出した。


 この世界の高度な医療ってのは、魔力を使う事を前提にしている。

 ところが魔素中毒だと、その治療が上手く出来ない。


 俺の場合は、とりあえず最低限の治療で骨だけはくっつけたけれど、他の筋肉だったりそこら辺の治療はほとんど出来ていなかったらしい。

 だからこその安静期間だったわけだな。


 袖をまくって露出した腕は、もう内出血はほとんど治まっていて、元の白く細い腕になっている。

 このまま放っておいてもそのうち治ってはいただろうが……それでも、大きく動かしたり力を入れたりすると、痛みが走ることがあったんだよな。

 まぁ……力を入れるような機会は無いから滅多に無いことではあるが、治せるんなら治したほうがいいってもんだ。

 ってことで、診察で問題が無いようなら、さっさと治してしまおうってことになっていた。


 はぁー……10日程度とはいえ、長かったなぁ。

 フィオーラは俺の腕に手をあてると、回復魔法を発動し、治療を始めた。


 ◇


 右腕の治療は30分ほどで完了した。

 治療中に聞いた話では、もっとポーションをじゃぶじゃぶ使いながら魔法も合わせると、もっと時間は短縮出来るそうだが……その場合は結構体力も使ってしまうそうだ。

 そのため、他の薬品と組み合わせたりアレコレ手間がかかるらしい。


 ……うん。

 あまり体力に自信がない俺には向いていない治療法だな。

 だから、手間ではなくて時間をかける方法を選んだ。

 治るって結果は一緒だしな。


 場所を寝室から隣の執務室に移して、お茶の用意をしているのだが、


「ぉぉぉ……」


 右腕をブンブン振り回しても、もう痛むことは無い。

 バッチリだ!


 これならもうダンジョンで狩りに勤しんでも問題無いだろう。

 思えば割とずっとダンジョンに行く事は出来なかったし……久々に本気を出すのも有りかも知れないな。

 残り数日とはいえまだ雨季は続くし、狩りを休む冒険者だってまだ多いはずだ。


 ダンジョンでの大規模範囲狩りを夢想すると、思わず笑みが漏れてしまう。

 あれは儲けもだが、何より爽快感が違うからな……。


「……うへへ」


 だが……。


「セラ、ダンジョンはまだ当分禁止よ」


 セリアーナは、カップを手にしたままそう言い……。


「えっ!?」


「そうね。体は治ったけれど、しばらくは違和感が出たりするかもしれないし、ダンジョンでの狩りは止めておいた方がいいでしょうね」


 フィオーラもまたそう言った。


「……ぬぅ」


 セリアーナとフィオーラの2人に揃ってダンジョンでの狩りをストップされてしまった。

 要はリハビリ期間を設けろって事なんだろう。

 まぁ……今はダンジョンに人がいないし、万が一の事態が起きたら大変だもんな。

 だからこそ俺は行きたいんだけれど……。


「……平気だよ?」


「駄目よ。当分ダンジョンは控えなさい」


 と、セリアーナに先程言われた事をもう一度言われてしまった。


「ぐぬぬ……」


 唸っては見たが、分が悪いことを自覚しているからか、我ながら勢いがないのを感じられるな。

 確かにあのダンジョンでの狩り方は少々ハード過ぎるし、リハビリでやる様な狩りじゃ無いもんな。

 雨季が明けたら街の外の調査とかをするだろうし、それについて行こうかな?

 狩りになる可能性は低いだろうけれど、加護とか恩恵品の使用の丁度いい慣らしにはなるだろう。


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「……今年もたくさんあるね」


 テレサの指示の下、俺の部屋に運び込まれる荷物をソファーから眺めていたのだが、思わずそう零してしまった。

 使用人たちが、何往復もして運んでいる物は俺の誕生日の贈り物で、まだまだ残っているらしい。

 ちなみに、本館の談話室に集められていて、そっちはエレナが指揮をしているんだとか。

 

「数だけで言えば、私やエレナよりも多そうね」


「だよねー……」


 まぁ……数に関しては、セリアーナやエレナよりも、俺相手に贈る方がハードルが低いからってのもあるからなんだろうけれど、いやー……何箱あるかな。

 なんか今年は現在進行形で色々起きているのに、あんまり影響は無いんだな。


 毎年有難いことだが、贈り物はこの街だけじゃなくて他所の街からも届いている。

 流通の問題もあって、雨季の前には既にこの街の商人の下に届いていて、その商人たちがタイミングを見計らって屋敷に持って来るのが恒例になっていた。

 協定……という訳じゃ無いだろうが、貴族からの贈り物が先で、その後に平民からの贈り物が届いていたのだが……今年は一纏めに、それも誕生日前に屋敷に届いている。


「いつもよりもちょっと早めに届けられたけど、何か理由があるのかな? セリア様何か言ったとか?」


 たとえば俺が1人暮らしでもしていたなら、早めに届けたりってのもあり得るだろうが、俺は今領主の屋敷にいるからな。

 んで、後見人といっていいかはわからないが、俺にはセリアーナやテレサが後ろにいる。

 手間を省きたいからって理由で、いつもとは違うスケジュールを立てたりはしないだろうし……。


 そう思い、隣に座るセリアーナを見上げると、なにやら薄い笑みを浮かべている。

 これは、俺の予想通りかな?


「お前の贈り物は、商業ギルドで一纏めにして管理していたのは言ったことがあるかしら?」


「ぬ? ……そういえばそんな感じの事を聞いた事があるような……」


 いつだったか俺宛の外からの荷物は、商業ギルドに一旦集まるって聞いた気がする。


「今までも時期はクラウスに一任していたのだけれど、今年は今日から運び込んでいいと伝えておいたのよ。戦争に関しては事前に住民にも話しているけれど、教会地区の事はまだ正式には伝えていないでしょう?」


「伝えたのは商業ギルド経由でだって言ってたね」


 ふむふむとセリアーナの言葉に頷いた。


「そうね。もちろん領主側からの情報だとは分かっているでしょうけれど、何があったのか、商人たちも直接聞きたいでしょうからね。お前の誕生日に便乗させてもらったわ」


 元々俺の誕生日に商人たちがあれこれ持って来るのは、それを口実に領主に名前を憶えて貰ったりするためってのが大きかったんだ。

 今まではリーゼルに名前を覚えてもらう事が目的で、急ぐ必要は無かったが、今回は目的がちょっと違う。

 街の住民も正確な情報は早く知りたいだろうし、折角クラウスがある程度コントロールしているのに、引っ張り過ぎて破綻させるのも悪いもんな。


「それは全然良いんだけど……」


 俺の誕生日が何かの役に立つってのなら、利用してもらうのも全然かまわないんだが……。


「それならさ、セリア様ここに居ていいの? セリア様だけじゃなくて、テレサもエレナもお休みとってるし……」


 リーゼルも騎士団団長のオーギュストも今は街にいない。

 それなら代表になるのはセリアーナたちだと思うが、今朝から彼女たちはこの部屋にいて、その相手は出来ないし……。

 そうなると、役職的には騎士団の1番隊隊長のリック辺りが有力候補だが、性格を考えると、あんまり彼には向いていなさそうな気がする。

 なら、カロスかな……?


「問題無いわ。文官たちが対処するし、私たちが相手をしても、彼等も話がし辛いでしょう?」


「ふぬ……。それもそうかもね」


 セリアーナたちを相手にすると、彼女たちが言う事をただ聞くだけになってしまいそうだ。

 別にそれでも問題は無いのかもしれないが、住民の疑念を晴らすのにはちょっと向いていないかもしれないもんな。


「ああ……、テレサ。それはこちらに頂戴」


 なるほどなー……と納得していると、セリアーナはテレサを呼び止めて、使用人が運んでいる黒い箱をこちらに持って来させた。


 テーブルの上に置かれたそれは、縦30センチ横1メートルほどで、服が贈られて来る時に使われるような長方形の木箱だが……妙に箱の装飾が凝っている。

 素材からして、ただの白木とは違うし……何だろう?

 俺への贈り物なんだろうが、こんな風に豪勢な箱に収められた服って、ちょっと誰からか思いつかないぞ?


「開けて御覧なさい」


「うん」


 この感じだと、これはセリアーナが選んだ物かな?


「よいせっ……と。おぉっ?」


 中々重たい箱の蓋を開けると、肝心の中身は白い薄布に包まれていて、それが何かはわからないが、箱の内側には赤い布が貼られていた。

 外側だけじゃなくて、内側も豪勢だな……この箱。

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