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 教会地区のあれやこれや、領都内に潜んでいた賊やその支援者、協力者を捕縛してから数日が経った。


 俺は体調がまだ戻らない事と、加護と恩恵品の使用を禁止されている事もあって、セリアーナの部屋でダラダラ過ごしている。

 怠さや腕の内出血はまだ治っていないが、魔力を一切使っていない事から、魔素中毒の症状は現れていない。

 利き手の右腕があまり使えないからやれる事は少ないが、ベッドで横になりながら本を読んだり昼寝をしたりと、まぁ……いつも通りだな。


 一方、皆からほぼ強制的に休みを取らされているセリアーナは、読書をしたりして過ごしているものの、未だに慣れていないのか、少々落ち着かない様子だ。

 これが平時の雨季とかだと適当に時間を潰したりしているのだが、自分が不在でも回っているとはいえ、仕事があるのに休まなければいけないってのが、彼女の中ではしっくりこないのかもしれない。

 一応休暇という形になっているが、それでもセリアーナのサインが必要な書類なども有り、夜にエレナとテレサが報告がてらそれを持って来るが、なんかその時はホッとしたような顔をしてるもんな……。


 まぁ、睡眠はしっかりとれているのは良いことかもしれない。

 今までは寝るのは俺が眠った後で、俺が目覚める前にすでに起きていたが、今日なんて起きるのは同じ時間だったしな。

 良いこと良いこと。


 休暇に入ってまだ数日ではあるが、しっかり彼女の生活に変化が起きている事を喜ばしく思ってはいるんだが……。


「……んでさ」


「なに?」


「なんで部屋で木剣振ってんの?」


 俺は寝転がっていたソファーから体を起こすと、セリアーナの変化の一つに、ついつい口を挟んでしまった。


 ◇


 今日の昼食の後、セリアーナの執務室でのんびりしていたのだが、ふと彼女は俺の部屋に向かったかと思うと、木剣を手に戻ってきた。

 俺の部屋は、普段から俺の服以外にも何かと私物とかガラクタが置かれている。

 特に今は何かと荷物が運び込まれていて、その中には俺が把握できていない物もあったりする。

 木剣もその一つだ。

 木剣持ってセリアーナが部屋から出て来た時は一体何事かと思ったが……どうやら彼女が部屋に運び込んでいたらしい。

 いつの間に運び込んでたんだろうな?

 大体いつも一緒にいるのに俺が気付かなかったって事は……ここ数日の事かな?


 ともあれ、その木剣をかれこれ30分くらい振り続けている。

 部屋着を着て、ブンブン一心不乱に室内で剣を振るセリアーナっていう、訳の分からないものを見続けていたが、流石に気になり過ぎた。


「気分転換よ」


 セリアーナは、俺の言葉に剣を振るのを止めずに、端的に答えた。


「……そうなんだ」


「そうよ」


 体を動かしたいのなら訓練所でも行けばいいのに……と思ったが、今は街の兵の数がちょっと足りていない状況だ。

 エレナやテレサも、セリアーナが休んでいる分の穴を埋めるために忙しいだろうし……。

 それこそ俺がベストな状態なら、護衛も兼ねて彼女の運動に付き合う事も出来るだろうが、今は恩恵品とか加護を使えないのはもちろん、体調も運動が出来るほどじゃないもんな。

 セリアーナ一人でフラフラ出歩く事は出来ないし、体を動かすならここになるか。


 そう納得して俺は読書に戻ったが、結局セリアーナの素振りはさらに30分ほど続いた。


 ◇


「食欲は問題無いようですね」


「ええ。昨日まではいつもより少なかったけれど、今日はもう大丈夫そうね」


 さて、夜となり夕食の時間になった。

 今日は俺たちだけじゃなくて、エレナとテレサ、フィオーラもいる。

 フィオーラは毎朝俺の様子を見に来ているが、2人は忙しい様で部屋に来る事は仕事以外ではほとんど無かったのだが、なにやら大きい仕事が一つ片付いたらしく、それの報告も兼ねて一緒に夕食をとる事になった。


 どうやら教会地区での出来事が、商業ギルドの組合員を中心に街の住民にも広まりだしていて、もう大半の者に知られているらしい。

 雨季で住民が街に出る事はそんなに無いはずなのに……噂が広まる事の早いこと。


 賊と街の一部の者が手を組んで街を危険に晒そうとしたが、察知していた領主が事前に備えていた事もあって、一切の問題も無く収めることが出来た。

 そんな感じらしい。

 正確な情報ってわけじゃ無いが間違いって程でも無いし、ある程度情報を制限して混乱が起きないように調整をしているんだとか。

 雨季が明けたら教会地区で地下への穴を掘ったりと、とても隠すのは不可能な大がかりな工事を行うわけだが、この噂のお陰で住民が不安に思う様な事は無いだろう。


 ちなみに、クラウス主導で行われているらしい。

 たった数日で結果が出るなんて、大したもんだ。


 クラウスの事をよく知らなかった俺は、その話を聞いて感心していたのだが、他の女性陣はこれくらいは出来なければ困るって感じだ。

 報告は報告として受け取っていたが、あまり関心を示さずにお喋りに移っている。

 話題は俺の食欲というか体調に関してだが、そっちの方が盛り上がっているくらいだ。


 ……うむ。

 俺はしっかりクラウスの働きを評価するぞ。

 あまり商業ギルドに関わることは無いだろうが、しっかり彼の事を覚えておこう。


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 雨季に入って5日目。


 相変わらず俺はセリアーナの部屋から出る事が無く、外の様子は時折部屋を訪れるエレナたちからもたらされる報告で聞くくらいだ。

 街の様子に変わりは無し。

 ……考えてみたら、一番の問題は片付いたし、たかが数日でどうこうなる様なことは無いと思うんだが、情報が制限されるとどうにも気になって仕方が無い。


 一方セリアーナは、昨日はまだどこか落ち着かない様子だったが、先日クラウスの話を聞いて、もう自分の仕事は済んだと考えたんだろう。

 今の生活にようやく順応して来たのか、今日は木剣を振ったりはしていない。

 本を読んだり部屋のキッチンでお茶を淹れたりと、マイペースに過ごしている。

 その辺の切り替えの速さは相変わらずだ。


 そして今は、セリアーナが淹れたお茶を飲んでいるのだが……。


「痛む?」


 向かいに座ったセリアーナは、お茶を飲みもせずに俺の右腕をグニグニと押したりしている。


「ぬー……まだチクチクするかな?」


 右腕なー……多少マシになってきたとはいえ、まだ内出血していた箇所が残っているんだよな。

 もう動かす事は出来るが、それでもまだ痛みはする。

 魔法やポーションや【祈り】なんかを使えたら、一気に回復するのかもしれないが、それも使えないし、もうちょい我慢かな。


 体調の方も、走り回れるほどは回復していないが、起きて生活する分には問題無いくらいだ。

【浮き玉】があると便利だなーって思うことは、この数日で何度もあったが、無いなら無いで何とかなっている。

 この部屋から出る事も無いし、まぁ……問題無しだな。


「体調も良くなってきているようだし、こちらももうすぐかしら? まあ、まだしばらくは大人しくしておいた方がいいわね」


 そう言うと、セリアーナは俺の右袖を引き下ろして、手を放した。


「そうだねー。オレも本はまだまだ読んでないのがあるし、それを読み進めようかな」


 体調に問題が無い時も、狩りに行って帰って来てからだと、ちょっと読んだら眠くなっていたし、これを機に一気に積んだ本を崩していくのも悪くない。

 それよりも……。


「セリア様は子供の相手とかしないで、オレに付きあってていいの?」


 俺と違って、セリアーナは別に何かを禁止されているわけじゃ無い。

 もちろん1人で出歩くのはよろしくないが、すぐ隣の子供部屋とかなら行っても問題無いし、子供の相手をする時間はあると思うんだ。

 普段からあまり子供の相手をすることは無いが、ここ最近は特に減っていた気がした。

 別に子供を苦手にしていたり嫌ったりしているわけじゃ無いんだし、折角まとまった時間があるんだから、そういった過ごし方もいいと思うんだけど……。


「今私たちと長時間一緒にいると、周りの大人の接し方を真似てしまったりするでしょう? しばらくは教育係に任せて、過ごす時間を増やすのはもう少し大きくなってからになるわね」


「……へー」


 セリアーナはそう説明すると、お茶を淹れる前に読んでいた本を手にして読書に戻っている。

 そういえば、いつだったか似たようなことを聞いた気もするな。

 三つ子の魂が云々って前世の言葉もあるし、小さいうちの教育は大事なのかもしれない。

 例えば俺が今から教育を受けたって、セリアーナやリーゼルのように成れると思えないもんな……。

 子供の教育も大変だ。


 ◇


 夜。

 夕食も終わり、お風呂タイムだ。


「ふぃー……」


 あまり無理は出来ないが、もう腕は動かす分には問題無いし、昨日まではセリアーナと一緒だったが、今日はもう1人だ。

 別に人と入るのも嫌ってわけじゃ無いが、やっぱり1人で入る方が手足を伸ばせるし、気が楽だな。

 浴槽の縁に頭を乗せて、そこを支点に体を湯に浮かせてちゃぷちゃぷしていると、疲れが溶けていくようだ。

 ……まぁ、疲れなんかは無いけどな。


「ふむ……」


 未だ内出血の跡が残る右腕を掲げて眺めてみる。


 折れていたそうだが、見ただけではもうわからないだろう。

 怪我した当日は魔素中毒の影響もあって、ポーションや魔法の治療が上手くはいかなかったそうだが、プラプラ動かすと軽い痛みはあるものの、たった数日前にボキボキに折れていた腕がもうここまで良くなっている。

 あまりこの世界で大きな怪我はした事が無いから、たまに自分の身でその効果を確かめると驚いてしまうな。


「……ぁぁぁ……溶ける」


 ボンヤリと考え事をしながら浮かんでいたのだが、だんだん気分が良くなってきた。

 このままじゃ寝ちゃいそうだし、そうなる前に出るかな。


「よいしょっと……」


 気合いを入れて立ち上がると、浴槽の縁を跨いで湯から上がった。


 頭にタオルを巻いているし、髪が背中に貼り付くようなことはもう無い。

 良いのか悪いのかわからないが、随分慣れたもんだ。

 脱衣所に移動してサクサク着替えを済ませると、俺は浴室を後にした。

 湯冷めする前に髪を乾かしてもらわないとな!

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