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俺の体内の魔力の流れが悪くなっているそうだが、フィオーラは詳しい説明の前にさらに診察を進めている。
診察かー……前世だったら採血の後はなんだろう?
聴診器とかで胸の音を聞くとかかな?
それに対して、俺は今なんか棒とかを握らされたり、変な板を額に押し付けられたりしている。
これがこの世界の通常の診察なのか、あるいは魔力的な診察なのか……ちょっとわからないが、フィオーラの表情を見るに、そこまで深刻な事態って感じはしないな。
しばらくそのままフィオーラのされるがままになっていたが、どうやら診察は終了らしく、診察用の道具を箱に戻し始めた。
そして、それが済むと俺の下へ。
「さて……と、それじゃあ、説明しましょうか。もう横になっていいわよ」
「うん」
診察のために座っていたが、まだ体が怠いんだよな。
横になっていいんなら、そうさせてもらおう。
ベッドに横になって布団を首元まで引き寄せると、話を中断していたフィオーラが再び口を開いた。
「症状については、先程話した通りよ。あの石柱を壊した際に魔素を大量に浴びてしまった事で、体内の魔力の流れが悪くなっているわ。ただ、あまり一般的な事では無いから知られていないけれど、その症状は錬金術師だと割とよくあるわね」
「……ほう」
俺の漏らした言葉に頷くと、フィオーラはさらに続けた。
「道具や薬品の素材に魔力を付与したり抜いたりする事が多いのだけれど、未熟なものはその調節が上手く出来ずに取り込み過ぎたりしてしまうことがあるの。それと似たようなものよ」
わかるようなわからんような……酒で例えていたし、要は過剰摂取による中毒なんだろうけれど……酒や食べ物での中毒と魔力はまた違うよな?
セリアーナの方を見ると、彼女もまだ理解しかねているのか首を傾げている。
「……それで、結局治療法はあるの? 貴女の話ではあまり重い症状のようには感じないけれど……」
セリアーナは俺の方をチラチラ見ながら、フィオーラにそう問いかけた。
まぁ……肝心なところだもんな。
割とよくあるって言っているし、対処法があるのなら教えて欲しい。
「体内の魔力が自然に入れ替わるまで待つ必要があるわね。魔力が多い者ほど循環が早いから、すぐに快復するけれど……貴女の場合だと……ね。1週間から10日……もしかしたらもう少しかかるかもしれないわね」
俺の魔力のポンコツさを知っているからか、フィオーラは苦笑を浮かべている。
だが、どうやらすぐにって訳にはいかないが、ちゃんと快復はするようだ。
ちょっと安心したな。
これがもう快復することなく、一生障害に悩まされる……とかだと、ちょっとあの頑張りを後悔していたかもしれないが、この程度なら我慢できる。
となると……。
「そう……治る事はわかったけれど、何か気をつける事はあるのかしら?」
今正に俺が聞こうとしたことをセリアーナが口にした。
体内の魔力が自然に入れ替わるって言っていたし、大人しくしておけばいいのかな?
「魔力を使わない事ね。症状が悪化するようなことは無いけれど、体調は崩すわ。セラ、貴女さっき随分と顔色が悪かったけれど、加護を使ったでしょう?」
「うん。風呂入ったからそうなったのかと思ってたけど……奥に行ったのが原因だったのかな?」
【浮き玉】は使わなかったが、あの時【隠れ家】を発動していた。
【隠れ家】の諸々の動力は魔素が使われている様だが、発動そのものは俺の魔力を使っているのかもしれない。
フィオーラの説明通り、頭痛や二日酔いみたいな症状だったし……その可能性が高いかな。
「加護はどうしても検証が足りないから断言はできないけれど、発動に多少なりとも魔力を用いる場合が多いの。さっき調べた限りでは、魔力の流れが随分乱れていたし、【隠れ家】を使った事が直接の原因でしょうね。こればかりは私の作る薬も効かないし、自然に治るまで大人しくしていなさい。もちろん、恩恵品も使っては駄目よ」
「ぬぬぬ……了解」
ポーションも効かないのか。
あまりお世話になることは無いが、それでも質次第ではなんにでも効くってイメージだったが……ポーションも万能じゃ無いのか。
まぁ、アレは普通の薬品に魔力を付与する事で効果を発揮するのがほとんどだし、ちょっと相性が悪いのかもしれないな。
しかし、ポーションが効かないのはいいとしても、加護も恩恵品の使用も禁止……ちょっと前に【浮き玉】を使わない期間があったけれど、今度は全部だ。
【祈り】も【ミラの祝福】も駄目だし、久々のノーマル状態か……。
あっ、そうだ。
「アカメとかは影響ないのかな?」
俺と共生状態にある潜り蛇。
俺の魔力を餌にしているそうだけれど、なにか影響とかあるのかな。
先ほど見た限りではいつも通りだったけれど……。
「そういえば従魔の事もあったわね……。何か魔力を動かすわけじゃ無いし問題は無いと思うけれど、私はまだしばらくの間この屋敷にいるし、何かあったら呼んで頂戴」
それだけ言うと、荷物を手にフィオーラは部屋を出て行った。
「……なんか忙しそうだね」
アカメたちに影響が無さそうなのは朗報だけれど、礼を言う暇もなかったぞ?
「お前が倒れた後、石柱の残骸を少しだけれど回収したのよ。私が部屋に行った時は何か書き物をしていたけれど……地下の研究所で分析をしたいんじゃないかしら?」
フィオーラを見送ったセリアーナは、寝室のドアに背をもたれさせながら肩を竦めている。
「……ははぁ」
確か国内じゃ禁止されているとかそんな事を言っていたしな……。
知識はあっても、実物を見たのは初めてだったらしいし、フィオーラの何かが触発されたのかな?
「今回はウチだったけれど、もしかしたら国内の他の場所でも同じ様な物があるかもしれないし、備えるためにも研究をすることは悪いことでは無いわね。ところで、お前食欲は? そろそろ昼食だけれど……」
「ぬ……」
何となく胃の辺りがグルグルしている気がする。
重たい物は……食べたくないな。
「軽い物なら……」
「そう。なら部屋に運ばせるわ。お前は休んでいなさい」
「あ、うん」
と、俺が言い終わる前に、セリアーナは部屋を出て行った。
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昼食というには少々早いが、俺とセリアーナは部屋で一緒に食事を済ませた。
食事の配膳と回収には使用人がやって来たが、それ以外はエレナやテレサも含めて誰も来る事無く、2人でのんびりしている。
そこで今更ながら気づいたんだ。
なんでこのねーちゃん、ここにいるんだろう……と。
なによりセリアーナは領主代行で、雨季に入ったとはいえ全く暇ってことは無いはずだ。
リーゼルの執務室に詰めておく必要があったと思うんだけど……今はベッド脇のソファーで読書をしている。
元々彼女は読書好きではあるけれど、何だかんだで忙しくてあんまりゆっくり本を読む時間が今まで無かったからか、彼女の本棚には未読の本が溜まっていて、それを端から読むつもりなのか、何冊か取ってテーブルに積んでいた。
……今日はお休みなのかな?
ちょっと聞いてみるか。
「ねぇ、セリア様」
「なに?」
俺の声に、セリアーナは手元の本から目を離さず答えた。
「今日は仕事無いの?」
「無いわよ」
セリアーナは少し何かを考えるような素振りを見せたかと思うと、本を閉じてこちらを向いた。
「そういえば、まだ地下から出た後の事を話していなかったわね……」
そう言うと、何故セリアーナがここにいるのかではなくて、俺が倒れた後にどんなことがあったかの説明をしてくれた。
話してくれたのだが……色々あったらしい。
外の冒険者どころか、昔からこの街にいた商人まで捕らえるとか……ある程度話は聞いていたけれど、それでも思ったより大事になっている気がする。
ますます、ここでのんびりしていていいんだろうか?
その考えが表情に出ていたらしい。
ペチペチと俺の額を軽く叩きながら、話を続けた。
「当初の予定では、街に潜んでいる反抗勢力を捕らえるだけのつもりだったのだけれど、その動きはこちらの想定以上だったし、捕縛の輪を支援者にまで広げる事が出来たの」
「……うん」
聞いた限りでは、精々街中にアンデッドが現れる……ってくらいの事を考えていたそうだが、実際はもっと面倒なことになりそうだったもんな。
この街が落ちたら、リアーナ領はもちろん、隣接する他の領地もどうなったかわからないし、そうなったらこの国や同盟全体にまで影響があったかもしれない。
そんな事に僅かなりとも加担したとなれば、そりゃー……捕縛するには十分な理由だよ。
「本来はもっと時間をかけて、領内の支援者たちを潰していく予定だったの。あの賊たちのお陰……と言うのは変かもしれないけれど、最初の一手で領都を綺麗にする事が出来たわ」
「ほうほう」
何だかんだで、この街は住民の力というか結束が結構強いし、いくら領主とはいえ、昔からこの街で暮らしている者を捕らえるには、相応の理由が必要だったんだろう。
だから、賊を捕らえた後に、じわじわと詰めていくはずだったが、うん……一気に片付いちゃったと。
「その分処理する案件は増えたけれど、それはクラウスに任せる事にしたわ」
「……クラウスって誰だっけ?」
「商業ギルドの支部長よ。お前はあまり話すことは無いでしょうけれど、顔くらいは覚えているでしょう?」
「……ぁぁ! あのおっさんね」
冒険者ギルドと違って、商業ギルドの方とはあまり絡みが無い。
精々お使いで行った時に挨拶をする程度だが、そうか……あのおっさんはクラウスっていうのか。
あんまり印象に残っていないが、商業ギルドはリーゼルの管轄だし、彼が任せているのなら仕事は出来るおっさんなんだろう。
捕らえた住民は商人がほとんどらしいし、その後処理は確かに彼が適任なのかもしれないな。
「それと、私たちが潜っていた地下に関しては、あの時決めた通り地上から地面を掘り進めて、地下施設も全て壊して撤去する予定よ。まあ……機能自体は停止しているから、急ぐ必要も無いし、作業開始は雨季が明けてからになるわね。もっとも念のため見張りは付けておくけれどね」
反乱を起こしそうな連中は捕らえたし、策も潰した。
ついでに、その連中を支援していた住民も捕らえたし、リーゼルたちが街を離れている間の懸念事項が一気に片付いたって事だ。
まぁ、まだリーゼルたちはいないけれど、これでもう街はいつも通りって事だろう。
「なるほどー……。それじゃあ、もういつも通りなのかな?」
「そうよ」
セリアーナは俺の言葉に頷いた。
「あれ? でも、セリア様はここにいていいの?」
面倒な事が片付きはしたものの、それはそれ。
肝心の領主代行の務めはいいんだろうか?
今日だけお休みとか?
そう思い彼女の方を見ると、何やら困った様な顔をしている。
「……エレナとテレサに休むように言われたのよ。カロスも同調していたわ」
「……なんでまた?」
「この街に移って以来、ずっと敵の存在は認識していたでしょう? 彼女たちが言うには、そのせいで私はずっと気を張り続けていたそうなの。今は街が綺麗になっているし、外からの人間が入って来ない雨季の間は休んでおけって……」
雨季が明けたら他所の人間がまた街に入って来る。
その中には、セリアーナに好意的では無い者もいるかもしれないし、だからといってそれだけで排除は出来ない。
だから、今のうちにしっかり休んでおけって事か。
今日、起きるのが遅かったのもその為だろう。
領主代行の仕事もあるだろうが、休むのが苦手なセリアーナに纏まった期間休ませるには、比較的仕事の少ない今が丁度いいタイミングなのかもな。
ふむ……。
「んじゃ、一緒にのんびりしようか? オレもなんも出来ないし、ずっとベッドに1人ってのも退屈だしね」
「……仕方が無いわね」
セリアーナは、フンと小さく息を吐くと、テーブルに置いていた本に再び手を伸ばした。
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