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「……ぅっぬぬ」


 ベッドの上にいるのはわかるが……あちこち痛い。

 さらに、痛みだけじゃなく体も重いし……なんだこれ?


 そんな事を考えつつしばらくモゾモゾとしていたが……だんだん何があったかを思い出してきた。


 孤児院の裏手の井戸の中に降りて、ひと暴れしたんだった。

 ついつい色々とムカついてしまい、ガラにもなくムキになったが……頑張り過ぎたかな?

 そういえば、昔王都のダンジョンでも気を失ったことがあったが……あの時もあちこち怠かったし、しばらく体調が戻らなかった。


 今回もそんな感じかな?


 ともあれ、あれからどうなったのかは知らないが、ベッドで寝ているって事は上手い事片が付いたんだろう。

 片付いたよな?


「さてと……ぉ?」


 重たい体を起こしてベッドの上に座ると、セリアーナが隣で眠っているのに気付いた。

 外は雨で曇っていて部屋に光が入って来ないため、今が何時かわからないが……微かに外から音が聞こえて来るし、夜ってことは無いだろう。


 にもかかわらず、彼女はお休み中。

 たまーに俺が先に目覚める事があっても、その場合すぐに彼女も起きていたのだが……今日は起きてこないし、お疲れなのかな?

 静かな寝息が聞こえて来るし、体調を崩しているってわけじゃ無いだろう。


「……よいしょ」


 隣で眠るセリアーナは熟睡している様だが、それでも起こさないように静かにベッドから滑り降りた。

 【浮き玉】が見当たらないが、探すのは後回しにして、俺は【隠れ家】を発動した。


 ◇


「うわぁ……って、声酷いな」


【隠れ家】内の照明を付けながらリビングに向かうと、そこに置かれた鏡をみて思わず声を上げてしまった。

 そして、その声にまた驚く。

 風邪をひいた時の様にガラガラだ。

 あちらこちら痛いし怠いが、熱があるような感じではないし、何よりそれならセリアーナが隣で寝ることは無いだろう。

 ……俺も疲れてるのかな?


 まぁ、それよりも……。


「……これどうなってんだ?」


 鏡に映る俺は、髪を下ろして寝間着を着ている。

 俺が意識を失っている間に着替えさせてくれたんだろう。

 体から埃っぽさも感じないし、体も拭いてくれたのかな?

 感謝だ。


 んでだ。

 俺の右腕が……なんか凄いことになっている。

 手首から肘にかけて、紫色だ。


「……これ内出血か?」


 チクチク痛みはするが、見た目に反してそこまでひどい痛みではない。

 手を開いたり曲げたりも出来るし、治療自体は完了しているみたいだ。

 昔の足と一緒で、内出血は治らなかったんだろう。

 しかし……。


「どうなってたんだ? オレの腕……」


 ここまで広範囲に色が変わるって……どんな怪我していたんだろう。

 あの時は腕に痛みはあっても、それどころじゃ無かったしな……。

 治療をしてくれたのはフィオーラかな?

 後で聞いてみようか……それとも止めておこうか……。


 鏡を睨みながらそんな事を考えていると、肩口からひょこっとアカメが姿を見せた。

 それに合わせてシロジタとミツメも体を伸ばしている。


「お? 君たちも元気みたいだね」


 あの部屋でのバトルは俺の個人的な感情でやってしまったからな……ヘビ君たちにあの部屋の影響はなかったようで安心したよ。

 ホッとしてそう呟くと、ヘビたちも姿を見せて気が済んだのか、また服の下に潜っていった。


「さて……どうしたもんかな」


 このまま【隠れ家】から出てもいいんだが、セリアーナはまだ起きる様子は無かったんだよな。


 時計を見ると、今の時刻は11時をちょっと回った頃だ。

 俺たちが教会地区に向かったのは夜中だったし、実は俺が何日も昏倒していたとかならともかく、そうで無いのなら屋敷に戻ってきたのは夜明け頃か、あるいはもっと後かもしれない。

 それなら……。


「まだ寝てからそんな時間経ってないかもしれないし……もうちょいこっちにいるかね」


 起こしてしまうと、セリアーナの性格上2度寝はしなさそうだし、こっちでもう少し時間を潰す方がいいかもな。

 目を覚ました時、俺がいなかったらこっちにいるのもセリアーナならわかるだろう。


「よっし……それなら風呂入って、コーヒーでも飲もうかな!」


 風呂に入ってコーヒーをゆっくり飲む……時間はあるし、俺もこっちで1人優雅に過ごすのもいいだろう。

 そうと決めたら、早速風呂の用意からだ!


 ◇


「……ぅぅぅ」


 地声が高いだけに、我ながら不気味さは全くないが……リビングに俺の呻き声が響いている。


 風呂入ったはいいが……コーヒーどころじゃねぇ。

 さっきまでは何とも無かったんだが、湯に浸かってしばらくすると、なんだか頭がガンガンしてきたり体中痛みだしてきたり……優雅さはどこ行った!?

 体を拭いて服を着たものの、歩くのもきついくらいだ。

 風呂に入って、体が温まったのがダメだったかな?


「ひぃひぃ……」


 ともあれ、ここで1人倒れるのは駄目だ。

 外に出ないと……。


 呻き声を上げながら、【隠れ家】の玄関を目指してよたよたと這いずっていった。


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「……お前はなにをしているの?」


 なんとか【隠れ家】から這いずり出ると、寝室に置かれているソファーに座り本を読んでいたセリアーナと目が合った。

 俺が中にいたのは30分くらいだったがその間に起きていたらしい。

 既に着替えも済ませている。


 セリアーナは呆れた様な顔をしているが、俺が具合が悪いのがわかったのか、こちらにやって来たかと思うと、俺を抱き上げてベッドの上に寝かせた。


「それで……どうしたの? 寝ていた時は具合が悪いようには見えなかったけれど?」


 と、セリアーナは俺の髪を乾かしながら尋ねてきた。


「風呂入ってたらなんか気分悪くなったんだよね……。セリア様は変わりない?」


 風呂から出た時よりも、なんだか体が重く感じるようになってきているんだ。

 頭痛に倦怠感に吐き気……夜中ずっと地下の穴倉にいたからかな?

 地下施設は錬金技術でカビとか埃は無かったかもしれないが……アンデッドはいたし、具合くらい悪くなってもおかしくない気はするが……。


「ええ、問題無いわ。……熱は無いようね。フィオーラを呼ぶから大人しく寝ておきなさい」


 髪を乾かし終えたセリアーナはそう言うと、【浮き玉】に乗りドアに向かっていった。

 見当たらないと思っていたが、ベッドの下に転がしていたらしい。

 セリアーナは部屋を出て行ったが、寝室だけじゃなくて隣の部屋からも出て行く音が聞こえてきた。

 誰かに呼びに行かせるんじゃなくて、自分で呼びに行ったのか……。


 隣の部屋に行くのに【浮き玉】を使うなんて、実はセリアーナも具合が悪かったりしたのかな……?

 なんて考えたが、どうやら考えすぎだったらしい。

 んじゃ、体調崩したのは俺だけなのかな?


 俺が気を失っていた間の事とか色々聞きたい事もあったが、後にするか。


 ◇


 しばらくすると、セリアーナがフィオーラを連れて部屋に戻ってきた。

 少々時間がかかったが、まだフィオーラは屋敷の部屋を使っているはずだ。

 呼びにいくだけならすぐだろうけれど……なんか薬箱みたいなものを持っているし、それの準備に時間がかかったのかな?


「おはよう。具合が悪いそうね」


 部屋に入って来たフィオーラは、挨拶もそこそこに俺の顔を見るなりそう言うと、ベッド脇のソファーに座ると、テーブルに手にした箱を置いて、何かの準備を始めた。

 俺ってそんな顔色悪いのかな……?


「……うん」


 ともあれ、具合が悪いのは事実だし、俺はフィオーラに返事をした。


「そう。体は起こせる?」


「うん……よいしょ」


 もたもた体を起こすと、その様子を見たセリアーナが口を開いた。


「熱は無いのよね? お前、右腕はどうなの?」


「右腕は痛い事は痛いけれど……そこまでひどくはないかな? これってやっぱ折れてたの?」


「私はじっくり見たわけでは無いけれど、しっかり折れていたわね。一応骨自体はくっついているそうだけれど、しばらくは動かさない方がいいわ」


「ほー……」


 さっき頭洗う時に右手ガシガシ動かしてたからな……。

 それで痛み出したのかな?

 ちょっと迂闊だったかもしれない。


 さて、俺とセリアーナがそんな事を話している間にも何かの準備をしていたフィオーラだったが、どうやら完了したらしい。

 何かを手にして、俺のすぐ側に腰を下ろした。

 そして、俺の左手をとると何かを握らせるが……。


「……何これ?」


 小さいフラスコの様な容器に、青い液体と温度計の様な物が刺さっている。

 体温計……なのかもしれないが、そんなもん手を当てればわかるだろうしな。


「すぐにわかるわ。……少しでいいから魔力を流して頂戴」


「うん? こう?」


 言われた通り少量の魔力を手に流したのだが……特にその容器に変化は見られない。

 30秒ほどその状態が続いたのだが、フィオーラは「もういい」と言うと、その容器をかき混ぜながら凝視している。


「……セリア様はアレが何かわかる?」


「私も見た事が無いわね……」


 セリアーナと一緒にフィオーラの行動を見守っていたのだが、程なくして何かがわかったのか、フィオーラが手元の容器から顔を上げてこちらを向いた。


「予想通りだったわ。セラ……貴女、倒れる前の事はどれくらい覚えているかしら?」


「うん? ……えーと、石柱を壊したところまでは……」


【影の剣】でぶった切って、その後床に落っこちたところまでは覚えているけど、そこまでだな。

 まぁ……恐らくそこで力尽きたんだろうけれど、それがどうしたんだろう?


 フィオーラはそれを聞いて一つ頷くと、話を続けた。


「貴女は石柱に蓄えられた魔素を浴びてしまったのよ。魔素の中毒ね」


「……ぉぅ」


「それは何か異常が起きるの?」


 魔素の中毒……何かヤバそうな雰囲気がするけれど、大丈夫なんだろうか?

 セリアーナも気になるのか、続きを促している。


「ええ、大丈夫よ。お酒……は飲まなかったわね。二日酔いと似たようなものよ。大量の魔素を取り込む事で、体内の魔力の流れが悪くなって、しばらくの間不調が続くの」


「……それ大丈夫なの?」


 何となくわかるようなわからないような……ただ、魔力の流れが悪くなるって、あんまり大丈夫そうには聞こえないんだけどな……。

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